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井浦新、水原希子、永瀬正敏共演で、
近未来を舞台に延命治療やクローン技術を描く
映画『徒花 ADABANA』甲斐さやか監督インタビュー

『赤い雪 Red Snow』の甲斐さやか監督が20年以上かけて構想した、延命治療やクローン技術に焦点を当てた社会派ドラマ『徒花 ADABANA』が、テアトル梅田ほか全国にて上映中。

延命治療が促進された近未来を舞台に、一定の上流階級が病に罹患した際に提供される、自分そっくりの「それ」と呼ばれる分身(クローン)と対面した主人公・新次の心情を丁寧に描く。

井浦新が新次を、水原希子が新次に寄り添う臨床心理士のまほろを演じ、その他、三浦透子、板谷由夏、斉藤由貴、永瀬正敏ら豪華キャストが名を連ねている。そんな本作の公開を前に、甲斐さやか監督が作品について語った。

──新次がすりガラス越しに「それ」と向かい合うシーンが、この作品の全てを物語るシーンだと思いましたが、あのシーンが最初に思い浮かんだのでしょうか。

20代の頃、クローンにまつわる都市伝説みたいなものが、めちゃくちゃ流行ってたんです。1997年に発表されたクローン羊のドリーなど、クローンの話を調べるのが昔から大好きで。クローン桜についてのいろんな文献を読んでいた時に、同じ顔なのに搾取する人、される人が、ガラス越しで向かい合っていて、すりガラスがクリアなガラスに変わる場面をパッと思いつきました。無菌状態のクローンとマイクを通して会話をする7日間のカウンセリングの話を短編用に書いたのが最初でした。

──映画化までに20年以上かかったのはどんな理由があったのでしょうか。

いろんな人に脚本を見せても、あまり反応がなかったんですが、コロナが起こったら、「衝立てのあの話ってどうなった?」と言われるようになって。

──コロナの前は、そこまでキャッチーじゃなかったんですね。コロナによって、ガラス越しの空間を誰もが間近に感じましたから...。

想像できなかったことが想像できるようになったんですよね、きっと。最初から、パンデミックが起きて出生率が激減した世界が舞台だと脚本には書いてあったんですが、コロナ前はまずそれが想像できなかったんだと思います。昔だったら、スペインかぜやペストなど、一気に世界中で人口が激減するような病気が流行ったことはありましたが、今はそういうことはないからと、コロナ前は言われてたんです。それが、下手すれば自分の身も危ないような状況が起こって。

──現実味を帯びてきたんですね。

現実に出生率は下がってますし、現在も労働力は足りてないので、AIではなくクローン人間にやらせようという時代が、いつか来てもおかしくないと思うんです。

──なるほど。コロナがあったことでこの映画の企画に現実味をもって考えてもらえるようになったんですね。オープニングの医療格差を示す描写もコロナがなかったら、実感できなかったと思います。

コロナの最中は自分が適切な医療を受けられるかどうか考えたと思いますし、コロナの時に入院できるのは特別な人だけなのでは?と考えましたよね。新次たちはほとんどあの施設以外に出ないので、外の世界がどうなってるのかを前半になんとなく感じてもらいたいと思いました。

──コロナがあったからリアルに感じられるというのも皮肉な話ですが、実際そうなんですよね。

結局、コロナが起きないと、急に自分たちが置き去りにされて、自分たちの命も下手したらゴミ屑のように捨てられるかもしれないという感覚をリアルに感じられなかったんですよね。でも今なら、急激に何かが起きたら、その時は国だって対応できないという感覚がトラウマとして染み付いてると思うので、ある意味、現実の怖さがあるのかもしれません。

──最先端の機械が出てくるわけでもなく、宇宙に行くわけでもないのに、ホラーめいたSFのように感じました。

わかりやすい怖さというよりも、じわっと浸食されるような、いつの間にか、気がついたら自分がいる場所がわからない、自分を失っている怖さを感じていただけると思います。

──「それ」という言葉も怖いと感じました。クローンではなく、敢えて「それ」にしたのは、どういう意図があったのでしょうか。

クローンの存在の空虚さや、彼らが命を乱暴に扱われてる感じを出したいと思いました。また、私たちは敢えて言葉を置き換えることで、物事を見ないようにすることがあると思うんです。

──臭いものに蓋をするではないですが、口にしたくないものを敢えて「あれ」と言うこともありますね。

例えば、実際にお会いして会話して素敵だなと思ったら、すごく身近な方だと感じられますが、全く知らなかったり、違う言語や違う育ちの人のことは動物のように思えたり、脅威を感じることもありますよね。言葉遣いが乱暴な人は中身もそういう風だと思い込んだり。分断されていくきっかけは、そういう違いを固定概念で分けて考えてしまうところにあるような気がするんです。

──なるほど。

私たちが目にする情報もある意味、コントロールされてますよね。スマホに流れてくる情報自体がセグメントされているので、流れてくる情報を疑う力もすごく弱まってると思います。だから、「それ」は人間の形をしていても動物なんだと言われたら、平気で動物のように思えてしまう私たちの感性には、怖さもあると思ってもらいたくて、敢えてああいう冷たい言い方をしました。

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──「それ」を演じるにあたって、井浦さんには、どのように演じてほしいと伝えられたのでしょうか。

脚本には、子どものように無邪気だと書いていました。新次が誕生してから「それ」を作ってるから、10歳ぐらい若いという設定なので、新次より若いんですよね。そして、純粋な心を持っていて新次の半生をフィルムで見ているので、新次に洗脳されていて、ある意味、新次の信者のようなところもある。そして、限られた情報を浴びて生きてるので、すごく強い信念を持っている。

──確かにそんな雰囲気を感じました。

だから、無邪気で純粋であることは全面に打ち出してもらいたいと。また、新次を神のように捉えていて洗脳されてますが、彼は満たされてる。「それ」は空虚なはずなのに満たされていて、新次の方が満たされてないんですよね。

──それがすごくちぐはぐというか皮肉ですよね。

そうなんです。ただ、漫画みたいにクローンはクローン、新次は新次のような描き分けはしたくないと思いました。同じ人みたいで同じ癖もあるけど、どこか違う...というじわっとした気持ち悪い違和感があるような。新次は、気づいたら皺を寄せてモニターを見てる人生で、でも「それ」は皺も寄らない。そういうことでお芝居の違いを出さればと思いました。まるで双子みたいだけど何かが違う方が面白いと思ったので。

──井浦さんは、すんなりと新次と「それ」を演じわけられたのでしょうか。

『赤い雪 Red Snow』の撮影中に、この役をやるとおっしゃってくれて。山形の舞台挨拶を一緒に回ってる時には、この作品の演技プランの話をしてました。まだ脚本は完成してなかったんですが(笑)。新さんならどちらの役もできるだろうという信頼はありました。

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──水原希子さんはすごく作品に馴染んでるように感じました。監督はこの作品に水原さんが馴染むイメージがあったのでしょうか。

水原さんと1日だけCMでご一緒させていただいたことがあって。彼女の持つ空気感がすごく印象に残ったんです。頭が良くて真面目な方だと。まほろは、清らかなものを持ちつつ、自分のアイデンティティや存在を疑うようになっていきます。前半は新次の成長物語ですが、後半はまほろが引き継いで成長していく物語なので、彼女が自分を疑うところがこの映画のカタルシスかもしれないと思った時に、水原さんを思い出したんです。

──なるほど。

彼女の偉いところは社会的な出来事に対しても発言するんですよね。自分の国籍のことで悩まれた経験などをいろんなところで発言されていたのを目にしていました。彼女は、まほろのように、自分で自分が分からない苦しみみたいなものをきっと経験されていて、それを乗り越えて今の水原さんがあると思ったんです。だから、まほろはこの方しかいないと思って水原さんに手紙を書きました。

──そうだったんですね。すりガラスがクリアになる部屋は、すごく無機質な感じがある一方で病院のように感じませんでした。ロケーションを探すのは大変だったのではないでしょうか。

大変でした。予算がないので当然、セットを組むお金もないですし。私が最初から持ち続けていた絵を配りまくって(笑)。私は20年前にこれを想像できていたので、ピカピカじゃなくて、むしろ過去にも見えるような施設がいい、と。過去でもありうる話だし、未来でもあるので。あまり時代が特定できない方が良いと。近未来が舞台の、例えば『ブレードランナー』もクローンやAIが題材ですが、そういうものを連想しないような場所がいいと思って、古い施設も探して、窓から外を見た時の借景の素晴らしさであの施設に決めました。

──まるで絵みたいでした。

廃虚なので、何年も手入れされてないんです。庭も木も。だから、あんなに生命力があるんです。

──最後に、本作に込めた思いをお聞かせください。

私たち現代人は、あまりにも忙しくて、自分を見失いすぎてると思います。情報はもちろん、何でも操作されてしまって、気がついたら自分を疑う暇もなくなってる。だから、鏡のように自分を見ることや、スクリーンと対峙して考えていただくきっかけになればと思います。クローンは鏡でもあり、全く違うものでもあるので。

空虚な人同士が何かを交換しあう姿から、観た方に何かを受け取っていただければという希望を持っています。コロナがあったので、この映画はサスペンスやホラーのように観ていただくことになるかもしれませんが、何かをフィードバックしていただける作品だと思っているので、それを私も知りたいし、何かに気がつくきっかけになったらという思いを託しています。

取材・文/華崎陽子




(2024年10月24日更新)


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甲斐さやか監督

Movie Data


(C) 2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ

『徒花 ADABANA』

▼テアトル梅田ほか全国にて上映中
出演:井浦新、水原希子、三浦透子、甲田益也子、板谷由夏、原日出子 / 斉藤由貴、永瀬正敏
監督・脚本:甲斐さやか

【公式サイト】
https://adabana-movie.jp/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/359161/index.html


Profile

甲斐さやか

かい・さやか●映画監督、脚本家。10代より舞台や映画の現場で助監督や美術を担当する傍ら、女子美術大学在学中、共同監督の『BORDER LINE』(2000)、『pellet』(2001)がSantafeショートフィルムフェスティバル、オーバーハウゼン国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭などに選出される。そして脚本・監督作の短編『オンディーヌの呪い』がスキップシティ国際Dシネマ映画祭「奨励賞」を受賞。初長編作品の『赤い雪 Red Snow』は、第14回JAJFF(Los Angeles Japan Film Festival)最優秀作品賞を受賞、数々の映画祭にて高評価を受ける。更に小説「シェルター」(別冊文藝春秋)を2020年に発表し、2023年には舞台『聖なる怪物』の脚本・演出も手がける。