ホーム > インタビュー&レポート > 日本のポップス史において、とても重要、かつ、 ユニークな音楽家・加藤和彦の魅力、 かっこよさをほぼ2時間で体験出来るドキュメンタリー 『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』相原裕美監督インタビュー
──まずは、この映画が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
僕の前作が『音響ハウス Melody-Go-Around』(2020年)で、それに(高橋)幸宏さんが出演されて、ドラムも叩いていただいていて。その完成直後の関係者試写の打ち上げで、幸宏さんからいろんな話があった中のひとつに「トノバン、もうちょっと評価されたらなあ」というのがありました。その時、ちょうど加藤さんが亡くなられて(2009年10月16日)から10年目くらい。
そのあと、2020年にコロナがあって、3月、4月となかなか人と会えなくなったじゃないですか。その頃に、幸宏さんが言ってたことを思い出して、加藤さんのCDを買って曲を聴いたり、インタビューを読んだりするうちに、やっぱり凄いな、と。
そこで、加藤さんの最後のマネージャーをされた方で、僕の前からの知り合いだった内田(宣政)さんと、「ヨーロッパ三部作」のパリとベルリンでの録音にも同行された牧村(憲一)さんに相談して、いろんな関係者を紹介してもらいました。その年の5月頃から4カ月くらい取材をしてから、お金を集めなきゃいけないんで、企画書を作って、いろいろ廻りました。なんとか目処がついて、本格的に製作を開始しました。
──幸宏さんが言われるように、加藤さんがその功績に対して、世間の評価が低いと思われる、その要因はどこにあるとお考えですか。
次々と音楽スタイルを変えていくんで、加藤和彦ってなにもの?っていうのが明確に見えにくいというか。やっぱり、永ちゃん(矢沢永吉)は、はっきりと永ちゃんっていうのがあるじゃないですか。そういうひとつのカテゴリーに納まらないところが大きいんじゃないかな。
──自身で歌詞を書かない、ということに象徴されるように、俺のことを見ろ、とか、私のことを理解してほしい、という表現とは正反対の表現者ですね。
そうですね。作詞といえば、北山修さん、松山猛さん、安井かずみさん......。安井さんが亡くなられてからは、オリジナル・アルバムを出されていないですもんね。ただ、坂崎(幸之助)さんとのユニットの和幸の歌詞は加藤さんが書かれているんですよね。坂崎さんには、「アマチュア気分に戻ったみたいだよ」って楽しそうに話されていたようです。
──映画には多くのアーカイヴ映像が使用されています。
まずYouTubeから探してみて、それプラス、各テレビ局に残された映像素材を検索して、問い合わせてみて。その中で使えるものと、使えないものがありました。
──映っている人の肖像権がネックでしたか。
いや、そもそも、(放送)局として出さない、というもの多いんですよね。あと、使用料がめちゃくちゃ高かったり。1秒につき2万円とか(苦笑)。
──たくさんの証言者が登場しますが、加藤さんとの交流を語るのは音楽家にとどまることがないですね。
それだけじゃ、加藤さんを表現出来ないなと思って。安井かずみさんとの仲の良さはよく知られているコシノ(ジュンコ)さんはもちろん、料理を通じて、加藤さんとおつきあいのあった、門上(武司)さんや、三國(清三)さんなどにもインタビューしてます。そのあたりも、最初にお名前を出した内田さんのアドバイスですね。
──監督は生前の加藤さんとはご面識がなかったそうですが、実際に、こうして映画を作られて、加藤さんのことをどう捉えられていますか。
ギンガムみたいなPA会社を作ったりとか、新しいことをやり続けてきた人。もしかしたら、新しいことをやり続けなきゃいけないという強迫観念に駆られた人なのかなあ、とも考えるようになりました。
──たとえば、の話ですが、映画の中から10分間抜き出して、インターネットでプレビュー公開する機会があるとすれば、どこを選ばれますか。
どこだろうね。やっぱりミカ・バンドのコーナーじゃないかな。クリス・トーマス(*3)も出てくるし、BBCの映像もあるし。
──「快傑シルヴァー・チャイルド」の時代を超越したドラムの音や、英国の音楽番組「オールド・グレイ・ホイッスル・テスト」での「塀までひとっとび」のキレッキレの生演奏を観ていると、つくづく解散が悔やまれますね。
映画の中でも語られてますけど、ハーヴェスト・レーベルの人は、このままフロント・アクトじゃなくてメインでもライヴが出来るとか、アメリカでもツアーが組めるかもって言ってますもんね。
──両方に所属した幸宏さんはもちろんのこととして、YMOはミカ・バンドを見たあとで、世界進出するんですよね。受けた影響は大きいと思います。
細野(晴臣)さんもパリやベルリンにも参加されてますもんね。あの1979年頃のYMOの3人を引き連れて海外でレコーディングするなんて、よくスケジュール取れたなあ、と思いますよね。
──やっぱり、親分(加藤)の存在は大きかったんでしょうか(笑)。
いや、それだけ加藤さんとやることの音楽的刺激が大きかったんだと思います。ただ、情だけでの話ではないですよね。
──よく、レコーディングにあれだけの予算が出たものですね。
亡くなられたワーナーの折田(育三)さんとかが頑張られたみたいですね。みんな加藤さんのことが好きで、加藤さんが新しくやることに対してワクワクしていたんじゃないでしょうか。
──驚かされたのは、「ヨーロッパ三部作」のあと、いきなり加藤さんの死去へと時代が飛ぶことです。その後も見てみたかったのですが、とにかく「加藤和彦の音楽の醍醐味を一気に見せよう」という意図に気づいてからは、このつくりに納得しています。
そのあとのアルバム『あの頃、マリー・ローランサン』まで含めて素晴らしいという人もいますし、僕もそう思うんですけど、ただ、尺的に絶対足らないなと判断しました。あのアルバムも語るべきものが多くて、扱いはじめると、それだけで5分、10分では足らないな、と思いました。
編集してみたら、全編の長さが6時間半になったんです。それを2時間に詰める作業が、大変なんですけども、文章にしても同じでしょうけど、内容をそのまま3分の一にするなんて出来ないじゃないですか。それを一緒に編集してもらった方が20代の女性で、ばっさばさと切っちゃうんですよ(笑)。「ここ、もうちょっと残してもよくない?」ってところを大胆に。そういう立場の人がいないと切れないんですよね。
──フォークルが最初に作ったアルバム『ハレンチ』のレコード・ジャケットが、ジャスト30センチ四方のサイズで、(遊びの部分がないため)直径30センチのLPが入らなかった、というところの演出など随所にちりばめられたユーモアも楽しめました。あのエピソードがあることで、いかに彼らがアマチュアだったか、というところもちゃんと伝わってきます。
ぴあさんが出来たのだって、フォークルのおかげですよね。アングラ文化が生まれなければ、情報誌も成り立たなかったわけだから。サブカルチュアというか、日本の若者文化って1967年、8年あたりから出てくるじゃないですか。その象徴がフォークルだったと思うんですよね。そこからいろんなものが派生してきて。
──ラジオの深夜放送の本格的な流行もそうですね。
そう。あと、歌謡曲とは違う、自分たちで詞を書いて、曲を作って、レコードをリリースして、みたいなことってそれまでは無かったので。そういう日本のポップスの大きな流れの先駆けですよね。映画の応援コメントでも奥田民生さんが言ってるんだけど、「加藤さんが好きでやってたことのおかげで、僕たちがやりやすくなった」と。
その功績を健全な形で引き継いでいかないとね。配信などのおかげで、自作の作った曲でいきなりグローバル・チャートを目指すことが出来る時代だからこそ、そこで、その原点が語られているこの映画が若い人にとって、なにかきっかけになったらいいですよね。
──現在の、歌手が無名でも曲が面白ければバズる、というのも、まんま「帰ってきたヨッパライ」ですよね。
「やり方」も今あるものに乗っかってるんじゃなくて、何か新しい方法や手段があるんじゃないか、と考えるということですよね。だから、この映画は単に加藤さんを懐かしがるだけのものではないと考えています。
取材・文/安田謙一
トノバン(*1)
名前の由来は英国のシンガー&ソングライター、ドノヴァン。俗に「ちりめんビブラート」と呼ばれる歌唱法に共通するものがあった。
とても重要(*2)
ヒット曲が職業作家だけでなく自作自演歌手の時代へと変わっていく分岐点ともいえる、吉田拓郎「結婚しようよ」(1972年)の編曲についても映画『トノバン』ではしっかり扱われている。
クリス・トーマス(*3)
英国の音楽プロデューサー。ビートルズの『ホワイト・アルバム』のアシスタントとしてキャリアをスタート。ピンク・フロイド、ロキシー・ミュージック、セックス・ピストルズなどのプロデュースを手掛ける。1974年、サディスティック・ミカ・バンドのセカンド・アルバム『黒船』をプロデュース。バンドの運命にも深く関わっていく。
(2024年6月 4日更新)
▼大阪ステーションシティシネマほか全国にて上映中
出演:きたやまおさむ 松山猛 朝妻一郎 新田和長 つのだ☆ひろ
小原礼 今井裕 高中正義 クリス・トーマス 泉谷しげる 坂崎幸之助
重実博 コシノジュンコ 三國清三 門上武司
高野寛 高田漣 坂本美雨 石川紅奈(soraya) 他
アーカイブ:高橋幸宏 吉田拓郎 松任谷正隆 坂本龍一
他(順不同)
企画・構成・監督・プロデュース:相原裕美
【公式サイト】
https://tonoban-movie.jp/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/299646/index.html
あいはら・ひろみ●1960年生まれ。レコーディング・エンジニア、ミュージック・ビデオのプロデューサーなどを経て、2010年、ビクターエンタテインメントから独立。映画監督として、デヴィッド・ボウイ『ヒーローズ』のジャケットでも知られる写真家、鋤田正義を題材とした『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』(2018年)や、1970~80年代の日本のロック/ポップスの名曲、名盤を数多く生んだ録音スタジオ『音響ハウス Melody-Go-Round』(2020年)など優れたドキュメンタリー作品を手掛けている。