ホーム > インタビュー&レポート > 吉田修一の同名小説を大森立嗣監督が 福士蒼汰と松本まりかをW主演に迎えて映画化 映画『湖の女たち』大森立嗣監督インタビュー
──『さよなら渓谷』以来10年ぶりの吉田修一原作の映画化になりました。今回もすんなりと映画化できるような原作ではなかったのではないでしょうか。
福士くんと松本さんが演じる男女の関係が恋愛ではないので、ふたりの関係性を作っていくのに苦労するかもしれないと思いました。特に、福士くん演じる圭介には奥さんがいて子どもが生まれるタイミングで。普通に考えると、大概の人は不倫という言葉で括るか、モラルがないと言うかですよね。
──オープニングのシーンは原作にありませんが、あのシーンによって、ふたりの関係性が示されたような気がします。
あのふたりの映画にするには、ああいうオープニングが必要だろうと。あれも異様なシチュエーションじゃないですか。その異様さみたいなものが映画の空気だということと、このふたりの関係が一筋縄ではいかないだろうと予感させられたと思うので、僕もあのオープニングは好きですね。
──すごくいいオープニングでした。
基本的に、僕は映画のオープニングで人物を撮る時には背中から入りたいんです。今回は、釣りをしている福士くんの背中を陸から撮ったんですが、背中は積極的に何かを語ってこないですよね。はっきりしないけど、身体のラインが見えて、朝日がまだ暗い中で胸のあたりまで水につかって釣りをしてるのがわかっていく。きっと、お客さんは何かを感じ取ろうとするはずなんです。このシーンが、この映画に対してお客さんがどういう風にアプローチすればいいのかという始まりになるんじゃないかと。
──なるほど。
何かを饒舌に表してる映画ではないというところから始めていきたいと。お客さんにある程度、能動的に何かを感じてほしいんです。教えてもらうんじゃなくて、自分で何かを感じとる間や、考える隙間を作りたかったので。
──監督は「吉田さんからの挑戦状だと思った」とコメントされていましたが、吉田さんの小説には特別な思いがあるのでしょうか。
吉田さんの小説には、割と素直に感動してるんです。この「湖の女たち」という小説にも。
──原作を読んで普通に感動したとおっしゃいましたが、原作を読まれた時はまだ映画化の話はなかったのでしょうか。
書評を書くことになって読みました。ミステリーとしても面白かったですし、歴史的な積み重ね、しかも負の積み重ねの上に僕たちがいて、それが僕たちに浸透している怖さを描きながら、なおかつ、それを湖の描写によって救いにまで還元しようとしてるんじゃないかと感じて、すごいなと思ったんです。感動しちゃいました。
──731部隊が登場して、なおかつ、それをエンタテイメントとして表現していることに驚きましたが、監督はどのように感じられましたか。
小説で731が出てきた時は興奮しましたね。731という響きには、なんとなくヤバさが漂うし、ハバロフスク裁判も出てきて。そのヤバさを映画でどう表現すればいいんだろうというのが悩ましいところでした。裁判を再現することはできないし、NHKの映像を使うこともできないので、そこが1番難しいところだったかもしれません。
──裁判の音声を流して、部屋の証明をどんどん暗くしていったシーンですね。あのシーンは鳥肌がたちました。
ものすごくアナログに、照明部がジーっと絞ってました(笑)。音はクランクイン前に裁判の音声を聞いて、反響するように大きめのホールで録音しました。みんなで一生懸命咳払いしたり、椅子を引く音を作ったりして。自分でもあのシーンはすごくうまくいったと思ってます。
──監督は脚本も書いてらっしゃいますが、雑誌記者が男性から女性になっているなど、原作から変えている部分もあります。脚本はどのように作られたのでしょうか。
雑誌記者の役を女性に変えたのは、まずひとつは、湖の女たちの一員になってほしい、と。いわゆる男性の記者というのは既視感があるから、そうではなく、もう少し心をグラグラと揺らすような若い女性で、まだ社会のことはそんなに知らなくて、世の中の穢れみたいなものにまだ飲み込まれてない人がいいと思ったんです。
──浅野忠信さん演じる、圭介の上司の伊佐美も原作のイメージとは少し違って、より存在感を増しているように感じました。
そんなに役を大きくしたつもりはないんです。浅野さんとは今回初めてご一緒したんですが、なかなかすごい俳優さんでした。
──どういうところがすごいと感じられたのでしょうか。
僕は現場で、主役のふたりには自分で考えてほしいと言っていたんですが、浅野さんには割とこうしてほしいと言ってたんです。でも、浅野さんは「わかりました」と言いながら、そんなに変わらない。浅野さんは自分の役に対して、「こういうお芝居をしてほしい」と言われるのはどこか嫌だったと思うんです。
──というのは?
身体はもちろん、髪型もすごく作ってきてくださったので、そういうことでちゃんと見せ切れるという自信があったんだと思います。それに加えて、伊佐美の回想シーンが何回か入ってくるので。だから、僕の方が考えを改めました。
僕が福士くんとか松本さんに言ってるようなことを、僕は浅野さんに言われてたのかもしれないですね。伊佐美という役のことを考え過ぎてるんじゃないですかって。僕はちゃんと伊佐美として存在してますから大丈夫ですと言われてるように感じました。
──財前直見さん演じる、容疑者の介護士・松本郁子がスーパーマーケットで圭介にぴったり後につかれるシーンは、原作を読んだ時と比べて異様さがすごく出ていたように感じました。
あのスーパーのシーンは、松本の事故の後なんです。だから、片足を引きずってるんですよね。そういう女性が、あそこまでやられて何を感じるかというのは、僕たちの日常では想像してもなかなかわからない。この映画では、僕たちの日常の中では感じられない感情があらゆるシーンで出てくるので、そこがきっと、ものすごく疲れましたとか、時にわからないなんて言われたりするんです。でも、僕は自分の日常を超えて、経験したことのないものに触れる感覚が大事だと思っているので。
──そうですね。
僕たちの日常との接点を飛び越えて、さらには想像も超えていくことが、この映画の面白さだと思うんです。だからこそ、福地さん演じる記者の池田や財前さん演じる松本のように、僕たちの日常との梯子を渡してくれる役が必要でした。
──まさに想像を超えるような、今まで見たことのない福士さんの表情に驚かされましたが、福士さんは脚本の段階で当て書きされたのでしょうか。
僕は脚本を書いてる時も小説を読んでる時も、誰のことも思い浮かべないし、当て書きもしないです。
──原作にも脚本にもフラットな状態で入っていくんですね。
決め込んでしまうと、その人がダメだった時に崩れちゃうので。映画作りにおいてキャスティングは、ものすごく大事で、僕が思ってるだけだとうまくいかないんです。それに、僕の演出は役者が決まった瞬間に始まっていくんです。福士くんがやるって決まった瞬間に、もうこの役は福士蒼汰以外あり得ないと思って、そういう演出をしていくので。
──なるほど。
福士くんはこの台詞に何を思うんだ、何を見て、何を感じる?という風に演出するんです。そうすると、僕が思ってることじゃなくて、役者が思ってることが映画にそのまま映るので、演技はものすごくナチュラルになるし、福士くんにしかできない芝居になるから、役者は褒められるんです。僕は誰に対してもそうやって演出してます。
──『さよなら渓谷』の真木さんもすごく評価されましたし、今回もおふたりともターニングポイントになった作品だとおっしゃってます。監督自身は撮影中にそういうことを感じるのでしょうか。
『さよなら渓谷』の真木さんの役や、今回の松本さんの役は結構きつい役なんです。それなのに、僕がはっきりこういう風にしてほしいとは言わないから、すごく苦しそうにしてましたね(笑)。僕は彼らの演技を見ながら、「やってんな、こいつら」って思ってます(笑)。「ヤバい顔してんな」、「この顔しばらく映画で見てないな」って(笑)。そういう表情が撮れたら、これはいい映画になるかもしれないと感じるんです。
──なるほど。今回、最後の方にほぼワンシーンワンカットで撮ったんじゃないかという、きつそうなシーンがありました。あのシーンには、作り物めいた何かを全然感じませんでした。
カメラはずっと回しっぱなしでしたね。実は、あそこが1番大変なシーンでした。前日に雨が降ってきて、撮影が1回止まったんです。翌日、撮影しましたが、途中で芝居を切っちゃったから、ふたりのテンションが低かったんです。それでも、ちゃんとふたりが芝居を作って、間も考えてやってくれました。
──ハルビンの湖で白衣を着た人たちが歩いている姿と、琵琶湖のシーンを重ねる演出がありましたが、100年前と現在を重ねるのは映画ならではの表現でした。あのシーンはどのように思いついたのでしょうか。
確か、最初はオーバーラップしてなくて。脚本上では、あそこまではっきりオーバーラップをかけるつもりはなかったです。伝わるだろうけど、伝わらない人もいるな、と考えて、もう少し直接的にした方がいいと思いました。時代を超えて今も連鎖してることを伝えたいというのは、この映画のテーマのひとつなので。
──時代を超えて今も連鎖してると言うと、三田佳子さんがあのシーンだけで100年前に時間を戻すことができるのはさすがだと感じました。あの役を演じる三田さんを見て、監督はどのように感じられましたか。
現場での集中力がすごかったです。特に、髪の結い方や着物の着こなしを大事にしていらっしゃいました。映画界に長くいらっしゃるから、映画の豊かな時代をご存知なんですよね。衣装にもこだわりがあって、衣装や髪型で感じさせることをすごく理解されていました。俺は撮影所がなくなってから映画を作り始めたので新鮮でした。
──今まで何本も映画を撮っている大森監督が新鮮に感じられたんですね。
樹木希林さんもそうでしたが、自分がどういう風に見えているかということへの意識と一瞬の集中力はすごかったですね。三田さん演じる市島松江の台詞の中に、この映画にとってすごく大事な台詞があります。そんなに苦しい人生があるんだということや、歴史の重さ、国家というものに対する思いも込められた台詞ですが、それを現代で、若い記者と向き合ってる中で言うことで、歴史の連続性を三田さんから見せてもらって、感動しました。
──あの市島松江の言葉が最後、浅野さん演じる伊佐美にも繋がっていきます。それも映画だから感じられることですし、言葉が他者に影響する様に、こみあげるものがありました。
そうなんです。だから、あの言葉が今を生きてる僕たちの心に響いてほしいですし、そういう風に思ってもらえると嬉しいです。
取材・文/華崎陽子
(2024年5月16日更新)
▼5月17日(金)より、テアトル梅田ほか全国にて公開
出演:福士蒼汰 松本まりか
福地桃子 近藤芳正 平田満 根岸季衣 菅原大吉
土屋希乃 北香那 大後寿々花 川面千晶 呉城久美 穂志もえか 奥野瑛太
吉岡睦雄 信太昌之 鈴木晋介 長尾卓磨 伊藤佳範 岡本智札 泉拓磨 荒巻全紀
財前直見/三田佳子 浅野忠信
原作:吉田修一『湖の女たち』(新潮文庫刊)
監督・脚本:大森立嗣
【公式サイト】
https://thewomeninthelakes.jp/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/286134/index.html
おおもり・たつし●1970年、東京都生まれ。父親は前衛舞踏家で俳優の麿赤児。弟は俳優の大森南朋。大学時代から8ミリ映画を制作し、俳優としても活動。2001年、プロデュースと出演を兼ねた奥原浩志監督作『波』が第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞を受賞する。阪本順治監督作や井筒和幸監督作など、多数の映画に演出部として携わる。2005年、長編監督デビュー作『ゲルマニウムの夜』が国内外の映画祭で高い評価を受ける。本作の原作「湖の女たち」の吉田修一とは、2013年に第35回モスクワ国際映画祭で日本映画48年ぶりとなる審査員特別賞の快挙を始め、数々の国内賞を受賞した『さよなら渓谷』以来、10年ぶりに両者のタッグが実現。監督・脚本作品として『光』(17)、『日日是好日』(18)、『タロウのバカ』(19)、『MOTHER マザー』、『星の子』(20)などがある。また俳優としても『菊とギロチン』(18/瀬々敬久監督)、『ほかげ』(23/塚本晋也監督)などに出演している。