ホーム > インタビュー&レポート > 池波正太郎の三大シリーズのひとつに数えられる 大ベストセラー時代小説『鬼平犯科帳』を、“鬼平”こと長谷川平蔵を 松本幸四郎が、“若き日の鬼平”を市川染五郎が演じて映像化 劇場版『鬼平犯科帳 血闘』松本幸四郎&市川染五郎インタビュー
──長谷川平蔵役のオファーを受けた時はどのように感じられましたか。
松本幸四郎(以下、幸四郎):2020年、4年前だったと思います。驚きもありましたが、重いものを感じました。とは言え、戸惑って冷静な時間が欲しいというわけではなく、「やらせていただきます」とすぐにお返事させていただきました。
──その時には、銕三郎を染五郎さんにというオファーも聞いてらっしゃったのでしょうか。
幸四郎:これから作品をどのように作っていくかという話の中で、染五郎にもという話はいただきました。
──染五郎さんは、お父様が演じる長谷川平蔵の若い頃を、ご自身が演じると最初に聞いた時は、どのように感じられましたか。
市川染五郎(以下、染五郎):話を聞いたのは少し後でしたが、出演させていただけるとは思ってなかったので驚きましたし、嬉しかったです。
──長谷川平蔵は祖父の初代松本白鸚さんや叔父の中村吉右衛門さんも演じられていましたが、『鬼平犯科帳』という存在は、幸四郎さんにとっても特別な存在だったのでしょうか。
幸四郎:そうですね。当然、近い存在ではありました。そもそも、祖父をイメージして池波正太郎先生が書かれたものでもありますし、叔父が長い時間をかけてほぼ全作品を映像化して、皆さんに愛され、必要とされてきた長谷川平蔵ですから。ただ、そうは言っても、その時代時代に映像の『鬼平犯科帳』が存在してほしいという思いは強く持っていました。
──鬼平と言えば中村吉右衛門さんのイメージが強いですが、幸四郎さんにとって吉右衛門さんの鬼平のイメージはどのようなものでしたか。
幸四郎:強烈でしたね。歌舞伎だと、父や叔父、祖父がやってきた役を目指してという思いがありますが、映像となると、それほど頻繁にリメイクが行われませんから、また少し違いますよね。だから、長谷川平蔵というのは叔父だというイメージを持っていました。
──染五郎さんは、吉右衛門さんが演じていた鬼平の印象を覚えてらっしゃいますか。
染五郎:きちんと拝見したのは、今回のお話をいただいてからでした。もちろん、大叔父様がずっとやってこられた時代劇というイメージはありました。小さい頃に、鬼平の装束がダースベーダーみたいでかっこいいなと思った記憶と、真っ黒の装束で相手を威圧する鬼平の印象が残っています。
──実際にお父様の演じる鬼平を見て、どのように感じられましたか。
染五郎:同一人物を演じているので、撮影が一緒になることはなかったですが、本作の最初に「火付盗賊改方 長谷川平蔵」と名乗るシーンは威圧感を感じましたし、鬼の平蔵としての存在感がありました。
──昨年、京都の撮影所で行われたレギュラー出演者発表会見でも同心を演じた浅利陽介さんや山田純大さんが「名乗られるシーンを見て、ゾクッときた」とおっしゃっていましたが、あのシーンは、どんな思いで臨まれたのでしょうか。
幸四郎:『本所・桜屋敷』と『血闘』は同時期に撮っていましたが、あの装束になって「火付盗賊改、長谷川平蔵」と名乗る場面を撮ったのは『血闘』が最初でした。やはりあの装束を着るということと、そこで名乗るシーンの時は、緊張したのか気持ちが落ち着かなかったので、そのシーンが終わるまではなるべく誰にも会わないようにしていました。
──高ぶるものがあったということでしょうか。
幸四郎:それは、鬼平を自分が演じる嬉しさというよりは、『鬼平犯科帳』というすごいものを作ることに集中しなければいけないという思いでした。そのための時間が必要でした。
──本作は京都の松竹撮影所をメインに撮影されていますが、京都での撮影はいかがでしたか。
染五郎:京都というところは、歌舞伎の舞台でも1ヶ月滞在したことがありますが、日本人としてのルーツを感じるような場所だと思います。だからなのか、不思議な居心地の良さを感じて。そういう場所でお芝居できたことが純粋に嬉しかったです。また、撮影所ならではの温かさもあって。100%銕三郎という役に徹することができたのは、あの場所ならではの空気があったからだと思います。
──幸四郎さんも撮影所ならではの空気を感じられましたか。
幸四郎:京都の撮影所は長くお世話になっているところであり、育ててもらった場所でもあります。すごく刺激がある場所であり、ずっと居たい場所でもありますね。
──吉右衛門さんも松竹の撮影所で撮影されていたと思いますが、同じ場所で撮影していた可能性もあるのでしょうか。
幸四郎:そうですね。"五鉄"は綺麗にはなりましたが、同じ場所です。軍鶏鍋屋の"五鉄"のシーンではなくても、撮影所の中で"五鉄"と呼ばれる場所になっているんです。叔父はそれほど長くやっていましたから。
──この先、連続シリーズの2本は発表されていますが、その後も長く続けていきたいという思いはお持ちでしょうか。
幸四郎:そこを目指しています。
──染五郎さんも同じように?
染五郎:いえ、今のところはお話をいただいてはいません。
──では、本作でひと区切りということでしょうか。
幸四郎:そうですね。『本所・桜屋敷』と『血闘』というのは、銕三郎にとって非常に大きな物語ですから。
──では、銕三郎という役は今回でひと段落ということになりますが、銕三郎役に愛着は湧いていますか。
染五郎:愛着は湧いています。今まで歌舞伎の舞台も含めて、やらせていただいた役の中でも好きな役のひとつになりました。クランクアップした時は銕三郎という役から離れるのはもちろん、このチームの中に居られなくなるのも寂しかったです。
──銕三郎として、染五郎さんは『本所・桜屋敷』では松平健さんとの共演シーンがありましたし、幸四郎さんも松平さんとの共演シーンがありました。松平さんといえば時代劇の重鎮ですが、松平さんとの共演はいかがでしたか。
染五郎:道場で対峙するシーンは本当に貴重な経験でした。本当に嬉しかったです。
──本作では、柄本明さんがすごく重要な役として出てらっしゃいました、柄本さんとの共演はいかがでしたか。
幸四郎:本当に素敵な役者さんですね。柄本さんは何度か映像でご一緒させていただいていますが、言葉ではない表現にいつも説得力を感じて、素晴らしい役者さんだと思っています。
──『本所・桜屋敷』に続いての共演となった火野正平さんはいかがでしたか。
幸四郎:彦十という役は、火野さんのために書かれた役なんじゃないかと思いました(笑)。
──私も思いました(笑)。
幸四郎:役作りをした感じがしないぐらい自然に見えるのですが、それだけ考えて現場に入ってこられないと、あんな風にならないと思うので。本当にすごいと思いました。
──染五郎さんも火野さんとの共演シーンがありましたが、いかがでしたか。
染五郎:本当に素敵な方だなと思いました。祖父が染五郎時代にミュージカルで火野さんと共演されていた話を伺って、ご縁を感じました。
──同じ人物の現在と過去を親子で演じる機会というのは、なかなかないことだと思います。そういう役を演じられて、いかがでしたか。歌舞伎の舞台ではそういう役柄のご経験はおありだったのでしょうか。
染五郎:親子の役はあるかもしれないですが...。
幸四郎:同じ人物の現在と過去を演じたことはないと思います。
──初めての経験だったんですね。染五郎さんの演技を見られて、どのように感じられましたか。
幸四郎:『鬼平犯科帳』という作品として、最初の方で銕三郎の存在感を引き出していただいたと感じることができましたし、身内としては有難いことだと思っています。作品としても、銕三郎は染五郎で良かったんだと感じました。
──銕三郎は今までの『鬼平犯科帳』でもあまり描かれてこなかったキャラクターですが、演じられていかがでしたか。幸四郎さんが演じる平蔵との繋がりを意識することはありましたか?
染五郎:今まであまり登場することのない役でしたが、個人的な好みとして、ああいう荒々しい役は歌舞伎の役でも見るのも演じるのも好きなので嬉しかったです。好きな役になりました。父が演じる平蔵を多少の意識はしていましたが、父の平蔵時代に合わせるというよりは平蔵は銕三郎の未来の姿なので、そんなに意識しすぎてもよくないと思っていました。ですので、演じている最中は、銕三郎という役を演じることだけに集中して、その役をきっちりと自分の中に落とし込んで、銕三郎になることだけを意識していました。
──先ほど、いつの時代にも『鬼平犯科帳』が存在してほしいとおっしゃいましたが、この令和の時代に鬼平が帰ってくる意義について、幸四郎さんはどのように考えてらっしゃいますか。
幸四郎:それは、後々感じることではないかと思いますが、敢えて今考えるのであれば、人が人と会ってこそ、ということだと思います。人と人が会えば何かが始まり、何かが起きて、事件も起きてしまう。でも、会わなきゃ何も始まらない。自分がアクションを起こさないと情報すら何も得ることができない時代ですから。
それに、鬼平というのは、悪い連中からすれば声を聞くだけで、いないのに恐れる名前なんですよね。ただ、長谷川平蔵だと名乗らなきゃわからない。名乗って初めて、そこで気づくわけです。今だったら写真や動画でわかりますが、鬼平の時代は人相書きなので。そういう時代なんです。
──そうですね。
幸四郎:ただ、それが人として1番健康的なことなのだと思います。今の時代は便利ですが、便利イコール満足なのかと。人と人が会えば情報を得ることもできるし初めての経験もできる。それに加えて、『鬼平犯科帳』は悪を制する物語です。ダメなものはダメで、許せないものは許さない。それが、今、鬼平をやることができた意義、今じゃなきゃいけなかった意義なのだと思います。
──では、長谷川平蔵という人物の魅力はどんなところにあると感じてらっしゃいますか。
幸四郎:この人は悪い人、この人はいい人ということではなく人と相対する、どんな人とでも相対するところだと思います。そういう、ぶれないところがあるからこそ、誰とでも相対せるんでしょうね。『本所・桜屋敷』でも、『血闘』でも平蔵は失敗するんです。必ず出てくるんじゃないでしょうか、平蔵の失敗は。ですので、いわゆる完全無欠のヒーローではないんです。
──そうですね。
幸四郎:主役の平蔵でさえ、人として描かれています。そして、覚悟を決めたら絶対立ち止まらない。向かっていくところが平蔵の強さであり、魅力だと思います。
──染五郎さんはどのように思われますか。
染五郎: 男が惚れる男というか、素敵だなと感じるところがたくさんある人だと思いました。今、父も言っていたように『血闘』でも、たくさんの人と斬り合った後に、平蔵が「さすがにくたびれた」と言うシーンがあります。そういう人間らしいところもいいなと思いました。そこが作品全体の魅力でもあるし、長谷川平蔵という人物の魅力でもあると思います。
取材・文/華崎陽子
(2024年5月17日更新)
▼大阪ステーションシティシネマほか全国にて上映中
出演:松本幸四郎
市川染五郎 仙道敦子 中村ゆり 火野正平
本宮泰風 浅利陽介 山田純大 久保田悠来 柄本時生/松元ヒロ 中島多羅
志田未来 松本穂香 北村有起哉
中井貴一 柄本明
原作:池波正太郎『鬼平犯科帳』(文春文庫刊)
監督:山下智彦
脚本:大森寿美男
音楽:吉俣良
【公式サイト】
https://onihei-hankacho.com/movie/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/338095/index.html
まつもと・こうしろう●1973年、東京都生まれ。二代目松本白鸚の長男。1978年、父が主演したNHK大河ドラマ「黄金の日日」に子役で出演。翌年3月に歌舞伎座『侠客春雨傘』で三代目松本金太郎を襲名して初舞台。1981年10月に七代目市川染五郎を襲名。古典から新作歌舞伎にまで取り組み、二枚目から実悪、色悪、女形まで務める。また、劇団☆新感線の舞台など歌舞伎以外でも幅広く活動し、テレビ・映画の作品にも多数出演。2005年には映画『阿修羅城の瞳』『蟬しぐれ』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、報知映画賞最優秀主演男優賞、日刊スポーツ映画大賞主演男優賞を受賞。2018年に十代目松本幸四郎を襲名。
いちかわ・そめごろう●2005年、東京都生まれ。十代目松本幸四郎の長男。祖父は二代目松本白鸚。2007年に歌舞伎座「侠客春雨傘」で初お目見え。2009年、歌舞伎座「門出祝寿連獅子」で四代目松本金太郎を名乗り、初舞台を踏む。2018年に歌舞伎座「壽初春大歌舞伎」において「勧進帳」で源義経を勤め、八代目市川染五郎を襲名。2022年6月に「信康」で歌舞伎座初主演。同年、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演。2023年には織田信長と正室・濃姫を描いた『レジェンド&バタフライ』で森蘭丸役を演じた。第47回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞。