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「好きな映画を作ることができた」
芥川賞受賞作を綾野剛主演×柄本佑共演で荒井晴彦監督が映画化!
映画『花腐し』荒井晴彦監督インタビュー

2000年に芥川賞に輝いた松浦寿輝の同名小説を荒井晴彦監督が翻案した人間ドラマ『花腐し』が、11月10日(金)より、シネ・リーブル梅田ほか全国にて公開される。廃れゆくピンク映画界の映画監督と脚本家志望の男、彼らが思いを寄せた女優の人生が交錯する様を描く。

『火口のふたり』などを手がけた荒井晴彦が監督と脚本を手掛け、綾野剛が主人公のピンク映画の監督である栩谷、柄本佑が、栩谷が立ち退きの依頼に訪れたアパートに住む脚本家志望だった男・伊関、さとうほなみが、ふたりが愛した女優・祥子を演じ、川瀬陽太、山崎ハコ、マキタスポーツらが共演に名を連ねている。そんな本作の公開を前に、荒井晴彦監督が作品について語った。

──まずは、この原作を映画化することになった経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。

小説を読んで、これを俺が映画化したいと思ったわけじゃないんです。20年ぐらい前の湯布院映画祭で、『L'amant ラマン』で来ていた廣木隆一(監督)と『サヨナラCOLOR』で来ていた竹中直人が、お酒を飲みながら「花腐し」を映画にしたいという話をしていて。そこで初めて「花腐し」という名前を聞いたんです。このふたりがやりたがるということは、面白い原作なんだろうなと思って。でも結局、ふたりとも実現しなかった。

──廣木監督と竹中さんが映画化したいと聞くと興味が沸きますね。

去年、亡くなった斉藤久志に撮らせようと思って、10年前に俺の教え子の中野太に脚本を書かせたら、俺のデビュー作の『新宿乱れ街 いくまで待って』を彷彿とさせる脚本が上がってきて。だから奥田瑛二がやった沢井は、俺みたいな存在です。それでも、お金が集まらなかったから、ほったらかしになっていて。だから、映画の背景がちょうどその頃になっているんです。

──そういうことだったんですね。

『火口のふたり』が楽しく撮れたので、体力がある内にもう1本ぐらいやろうかなと思って、脚本をプロデューサーの佐藤現さんに読んでもらったら、やりましょうと。それが2019年の秋で、年が明けたらコロナになって、濃厚接触シーンばっかりだから撮影できないだろうと(笑)。

──中野さんが書かれた脚本の段階で、ピンク映画の話や同じ女性を愛していたという設定は入っていたのでしょうか。

入っていました。男ふたりが話しているシーンが長いので、そこは原作から変えて、俺が(ホン・サンス監督の)『ハハハ』という映画でいこうよ、と。

──なるほど!『ハハハ』だったんですね!

『ハハハ』は、男ふたりが同じ女性の話をしていることを観客はわかっているけど、当人同士は知らずに別れていく話なんですよね。だけど、こっちはわからせようと。

──だから、韓国バーの名前が「気まぐれな唇」だったんですね。

そうなんです。ホン・サンスの中で俺が一番好きなのが『気まぐれな唇』だから、ホン・サンスへの感謝の意味をあの店の名前に込めて。サンクス・フォー・ホン・サンスです。あの店のママを演じてもらった山崎ハコは、俺が企画した『福田村事件』のクラウドファンディングにお金を出してくれたので、お礼(で出てもらう)というのはおかしいけれど。店内で流す音楽も山崎ハコの曲を使おうと思ったら、本人に値切ってもらっても使用料が高くて。だから諦めました。

──他のシーンで山崎ハコさんが歌っている曲が流れていた気がしましたが...。

ハコが今まで歌ったことのない曲をスタジオで録れば、"ただ"じゃないかと気づいて(笑)。ハコがギターを持ってきて、「荒井さんへのプレゼントね」と言って3曲歌ってくれたんです。

──だから聞いたことのない曲ばかりだったんですね。

初めて歌う曲ばっかりですよ。(劇中で使った)「さよならの向う側」の宇崎(竜童)さんとの繋がりで「知らず知らずのうちに」とか。澤井(信一郎)さんが好きだった松山千春の「恋」、堺正章の「さらば恋人」はもうカバーしているので「街の灯り」。ちょっと贅沢な店内音楽になりました。

──さとうほなみさんが「さよならの向う側」を歌うシーンは印象的でしたが、あの曲を使おうと思われた理由は何だったのでしょうか。

宮本浩次のカバーを聞いていい曲だなと。その後たまたま山口百恵のさよならコンサートをテレビでやっているのを見て、やっぱりご本人の方がいいなと(笑)。最後に百恵ちゃんがマイクを置くパフォーマンスもこの映画のテーマにぴったりだと。

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──「さよならの向こう側」を歌うさとうさんの声も良かったです。エンドロールにも驚かされました。

本当は、百恵ちゃんの歌をラストからクレジットに使おうと思ったけど、許諾が難しくて。だから、急遽カラオケのシーンを作って、ほなみに歌ってもらうことにしたんです。なかなかいいシーンになったけど、6分超もあった。回想シーンで6分はさすがに長いと思ったけど、捨てるのはもったいないから、エンドロールに持ってきたんです。我ながらずるい手を考えたなと(笑)。

──そんなさとうさんも含めて、キャスティングはすんなりと決まったのでしょうか。

綾野くんがやった役はなかなか決まらなかったですね。いろんな人に当たったのではなく、誰がいいかという段階が長くて。というのも、最初は時制を現代にしようとしていて、そうすると、(ピンク映画出身の)瀬々(敬久監督)や廣木(隆一監督)の歳を考えると、主人公は60歳を過ぎていることになる。

それだと回想シーンとのギャップが広がってしまうので、主人公の歳を若くして、現在ではなく10年前に戻そうと。ほなみ(演じる祥子)と佑(演じる伊関)の出会いを、さらに前の2000年頃に持ってきました。その後すぐに栩谷役が綾野くんに決まって、そこからはすんなりいきました。

──さとうほなみさんのキャスティングはどのように進んだのでしょうか。

彼女は、佐藤プロデューサーがプロデュースした『愛なのに』という映画を観て、この子いいなと思って、オーディションに呼んでもらいました。俺が求めていた顔や芝居をしてくれて、絶妙でしたね。

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──同じ女性なのに、綾野さん演じる栩谷の前と、柄本さん演じる伊関の前では違う女性のように見えました。

最初はかつらで差を出そうとしたんだけど、ヘアスタイルの問題じゃないと思って、やっぱりやめることにしたら彼女はすごく喜んでいましたね。

──さとうさんをはじめ、女性スタッフの意見を取り入れていたとお聞きしました。

ジェンダーバランスを考えて、女性側からだったらどうなの? と聞いていました。男性ふたりが話をしている映画だから、どうしても男性からみた女性描写だけになってしまう。女性側の意見を入れないとバランスが悪いじゃないですか。

──原作小説を読まれた時はどのように感じられたのでしょうか。

これ、映画にするのは難しいなと思った。最初は、自分が撮ろうと思ってシナリオを書いていなかったからね。他人が撮ると思って書いている方が、距離を作れる。他人に書いている時は「さぁ撮ってみろ」って気持ちだけど、最初から自分で撮ろうと思って書くと、難しいところを避けちゃう。ここは難しいなと思ったら易しい方へいってしまう。監督のホン直しは大体そうです。撮りやすい方へ撮りやすい方へ。だから、俺が脚本を書いた時は喧嘩するんです。(監督が)自分のわかる方へ持っていくから。なのに、自分が監督したら同じことをやっているんです(笑)。

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──今回、難しいと感じた部分はどこだったのでしょうか。

雨を含めて仕掛けが結構あるじゃないですか。そういう仕掛けをあまりやったことがないからどうかと思ったけど、一旦、リアリズムじゃなくていいと決めると自由になりました。雨の境界線をくぐると何でもありだと。人が生きているのか死んでいるのかもわからない世界で、あのアパートは幽霊屋敷かもしれない。佑もあの女の子もいたのかどうかわからない。何でもありの方に行くと、映画青年的にいろんなことができる。遊び心というか。

──リアリズムじゃなくていい、と。

今までと変わったとか新境地と言われているのは、たぶんそこだと思います。76歳で新境地ってねぇ。成長したなって(笑)。俺自身としては、好きな映画ができたと思っています。

──あのアパートは本当にあるものですよね?

あれがセットだったら何億かかるか。あのアパートが見つかったから、いけると思いました。俺の考えていたイメージ通りで理想的なアパートでした。玄関も正面にどーんと階段があって、踊り場もあって。

──あのアパートの階段は、小説のイメージそのものでした。

昔はああいうアパートがいっぱいあったけど、今は少ないですね。あれが見つからなかったらアウトでした。10年前の設定だけど、映画に映っていることや雰囲気は昭和ですよ。おじいさんが撮っているから。

──あんなに煙草を吸うシーンが多い映画もないですよね。

あれは抵抗しているんです。ハリウッドでは昔の映画の煙草を吸っているシーンを消したりしているんでしょ。そういうのやめろよって。そういうコンプライアンスで昔の映画をいじるのは、歴史を変えるのと同じですよ。それにしても吸いすぎだと思うけど。見ているだけで肺がんになりそう(笑)。

取材・文/華崎陽子




(2023年11月 8日更新)


Check

Movie Data

(C)2023「花腐し」製作委員会

『花腐し』

▼11月10日(金)より、シネ・リーブル梅田ほか全国にて公開
出演:綾野剛 柄本佑 さとうほなみ
吉岡睦雄 川瀬陽太 MINAMO Nia マキタスポーツ ⼭崎ハコ ⾚座美代⼦/奥⽥瑛⼆
監督:荒井晴彦
原作:松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫)
脚本:荒井晴彦、中野太
【R18+】

【公式サイト】
https://hanakutashi.com/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/283565/index.html


Profile

荒井晴彦

あらい・はるひこ●1947年1月26日生まれ、東京都出身。季刊誌「映画芸術」の編集・発行人。若松プロダクションの助監督を経て、1977年、日活ロマンポルノ『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(79/神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(82/根岸吉太郎監督)など数々の日活ロマンポルノの名作の脚本を執筆。以降、日本を代表する脚本家として活躍し、『Wの悲劇』(84/澤井信一郎監督)、『リボルバー』(88/藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(03/廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(11/阪本順治監督)、『共喰い』(13/青山真治監督)の5作品において、キネマ旬報脚本賞を受賞した。その他、脚本を手がけた作品に、『神様のくれた赤ん坊』(79/前田陽一監督)、『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81/神代辰巳監督)、『遠雷』(81/根岸吉太郎監督)、『KT』(02/阪本順治監督)、『やわらかい生活』(06/廣木隆一監督)、『戦争と一人の女』(13/井上淳一監督)、『さよなら歌舞伎町』(15/廣木隆一監督)、『幼な子われらに生まれ』(17/三島有紀子監督)など。1997年に『身も心も』(97)を初監督し、『この国の空』(15)、第93回キネマ旬報ベストテン第1位、第41回ヨコハマ映画祭作品賞を受賞した『火口のふたり』(19)に続き、本作が監督4作目となる。