ホーム > インタビュー&レポート > 「僕のゴジラには戦争とは切っても切れない関係性がある」 神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、吉岡秀隆、佐々木蔵之介ら 豪華競演で山崎貴監督が戦後を舞台にゴジラを描く 『ゴジラ-1.0』山崎貴監督インタビュー
──まさに、監督の今までのキャリアが詰まったような映画でした。ゴジラの映画はいつか撮りたいと思ってらっしゃったのでしょうか。
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の時にゲストで来てもらいましたが、大変だったんです。2分ぐらいのシーンを作るだけでCGの方たちのリソースが半分ぐらい割かれてしまって。デジタルの時代になってからゴジラの映画を作るのは大変だなと思って、ちょっと封印して。準備が整ったら作りたいと思っていました。その間に、実験と言うと言葉が悪いですが、他の作品でいろんなことがわかってきたので、そろそろいけるかな、という時にちょうどお話をいただいて、監督をすることにしました。
──この作品はゴジラ映画の70周年記念作品ですが、何年ぐらい前から企画は動き始めていたのでしょうか。
プロジェクトが動き出したのは5年ぐらい前からです。
──ということは、『シン・ゴジラ』の後ですよね。『シン・ゴジラ』を観た時はどのように感じられましたか?
ハードル上げやがったなって(笑)。
──(笑)。
チラシの裏に載せるコメントを求められたので、「ハードルが上がっちゃいましたね」と他人事のように書いていたら、まさか自分のところに返ってくるとは(笑)。今となっては、ブーメランって怖いなと思ってます(笑)。
──『シン・ゴジラ』の舞台は現代でしたが、監督は自身がゴジラ映画を撮るなら舞台は戦後だと思ってらっしゃったのでしょうか。
『シン・ゴジラ』がすごく良くできていたので自分の土俵に連れてこないと戦えないと思って。『シン・ゴジラ』は、3.11をモチーフにした非常に正しいゴジラだと思ったので、違う時代に行った方がいいんじゃないかと。ただ、考えてみるとゴジラの舞台は常に現代なんです。
──その映画が作られた当時の現代ということでしょうか。
その時々の現代が舞台で、時代劇になっているゴジラはなかったので、意外とダブーに挑戦したんだと後で気づきました(笑)。いろんな人に「初代より前の時代に行くなんて大胆なことを考えましたね」と言われて、大胆だったんだ、と。僕の中では戦後がゴジラに似合ってると思って、その時代にしたんですが、今までやられてなかったことをやったんだと後で思いました。
──1954年に作られた初代のゴジラは、1954年が舞台ですもんね。
1954年に作った、1954年を舞台にしたゴジラですから。今となっては昔だけど、当時は現代で、常に現代なんですよ。少し未来や過去に行ったり、タイムトラベル要素があるものもありますが、基本的に主な舞台はその時代なんです。過去を舞台にしたゴジラはなかったと知って新鮮でした。
──最近で言うと、2014年にギャレス・エドワーズ監督による『GODZILLA ゴジラ』が公開されていますが、アメリカで作られたゴジラはどのように感じられましたか?
自分で作ってみて改めて思ったのは、ゴジラは日本のものだと。日本人が1954年に感じていた不安や核に対する恐怖、癒えていない戦争の傷跡がゴジラというものになってやってきたのであって、ゴジラは神様でもあるというか、いわば神事。ゴジラ映画を作るのは儀式だと。その時々の不安をゴジラという形で鎮めてきたんだと感じたんです。
──鎮めるという考え方が、まさに日本の神事の考え方ですもんね。
今もコロナウィルスや、世界各地で戦争が起きたりしています。時代設定は違いますが、そういう不安みたいなものが、ゴジラという姿でやってきてしまうものなんだと改めて感じました。ゴジラに関してだけは、和製と言われると輝きが増すような気がするんです。
──すごくわかります。本場というか。
日本が本家なんです。ハリウッドのゴジラは技術的に凄まじいことをやっているんですが、本家じゃない。日本人が持っている宗教観を反映したものがゴジラなんです。やっぱり、海外のゴジラは巨大なモンスターのような。生物学的に殺せる生き物だという風に描かれているように感じます。でも、日本だと神様兼生物。やっぱり、基本的にゴジラは日本のものなんだな、と。
──1954年の『ゴジラ』を改めて観ましたが、監督がおっしゃるようにゴジラが神様のように描かれていると感じました。神秘的ですらありますよね。
当時は第五福竜丸のことがあって、この先、核兵器はどうなるんだろう? という不安が社会に蔓延していたと思うんです。それがグロテスクな怪物になって暗闇の中から現れ、夜の東京を襲ってくるというのは、社会情勢とリンクしたものだったと思いますし、あれはタタリ神だと思いました。
──祟り神という考え方も、日本古来のものですもんね。
理不尽ですよね。核実験はアメリカがやったことで日本は何も関係ないのに、ゴジラは日本に来てめちゃくちゃに壊すというのは、『もののけ姫』のタタリ神と同じなんですよ。あれも関係ない村に来てめちゃくちゃにするじゃないですか。ゴジラが水爆によって凄まじい姿にされて、なりふり構わず襲ってくるというのは理不尽さも含めてタタリ神なんだな、と。それをなんとか鎮めなきゃいけないんです。
──鎮めるという意味もアメリカと日本では違いますよね。
向こうではきっと殺すという意味ですよね。こっちは、神よ鎮まりたまえ、ですから。
──そういう意味でも、戦後を舞台にしようと?
もしゴジラをやるならば...という状態がすごく長く続いていたんですが(笑)、一貫して、やるなら戦後で、戦争の傷跡が残っている頃だと。少なくとも昭和じゃないと。現代のビルの間にゴジラがいる映画を作りたいわけではなかったので。昭和の画の中にゴジラを立たせたいという思いが強かったですね。
──監督は昭和を舞台にした映画も多く、『アルキメデスの大戦』や『永遠の0』などでも戦争を描いてらっしゃいますが、本作でも戦争への思いが綴られていました。やはり、監督の中に戦争への思いを描きたいという気持ちがあるのでしょうか。
ゴジラというのは戦争がやってきているんです。僕の中ではそういう印象がすごく強い。戦争への恐怖や反戦への思いが形になってやってくるのがゴジラだと思うので、僕のゴジラには戦争とは切っても切れない関係性があるんです。今までいろんな方が、その時々のいろんな問題をゴジラに反映させて作っています。公害問題がすごい時にはヘドラが出てきて。
僕は初代のゴジラが背負っていたものが、ゴジラの真の姿だと思っていて。国の今の情勢や、コロナ禍において政府にもうちょっとちゃんとしてほしかったという感じも含めて、どうしてもそういうものは作っている最中に入ってきちゃいますよね。その時々の人たちの不安や恐れ、怒りというものがゴジラという形になって現れるんだと思います。
──主人公の敷島を演じた神木隆之介さんが、残された者の思いに打ちひしがれていたのが印象的でした。それも、コロナやウクライナの戦争などがあって、遠い話ではないと感じました。
そうなんですよ。作っている間に、5年前はそうでもなかったことがどんどん濃くなっていったように感じています。ちょっと嫌な感じにシンクロしていくのは怖かったですね。世の中はどうなっていくんだと。
──神木さんは本来、すごく笑顔が素敵な方ですが、本作では思い悩んでいることが多くて、見ていて辛くなるシーンもありました。
ずっと鏡に向かって「お前なんか存在しちゃいけないんだ」って自分で言い続けていたらしいです。
──そこまで追い込んでらっしゃったんですか?
そういう風に思えるようなお芝居を求めているのであって、実際に追い込んじゃ駄目だと僕は思っているんですが、後で聞いたら、そんな風にしていたらしいです。
──神木さんもそのぐらい気持ちが入っていたということですよね。
ゴジラという存在が大きいので、それに対して向き合うには自分も追い込まなきゃいけないと思ったんでしょうね。また、敷島というキャラクターは特殊な状況にいるので、それを自分の中に降ろしてくるには相当努力が必要だったんだと思います。彼が今までやったことのないタイプの役だったので。僕はやりすぎないでね、と思っていました。
──そんな神木さんと浜辺美波さんの相性はすごく良かったと思いますが、「らんまん」よりも先にこちらが決まっていたのでしょうか。
「らんまん」カップルね(笑)。もちろん、こっちが先で「らんまん」が後ですよ。「らんまん」ロスになった人たちが観に来てくれるんじゃないかとポジティブに考えるしかないですよね(笑)。ふたりから「朝ドラやることになりました」と聞いて。「えっ?カップルじゃないよね?」と聞いたら「夫婦役で」と言うので「おい!」と思いました(笑)。
──『ALWAYS 三丁目の夕日』からの繋がりもある吉岡秀隆さんは、監督の作品の中で光輝いているように感じます。今回の野田という役も、吉岡さんしか考えられなかったのではないでしょうか。
吉岡くんには毎度毎度助けられていますが、今回もいい味を出してくれて。彼にはデビュー作の『ジュブナイル』にも出てもらっているので、付き合いは僕のキャリアと同じなんです。彼にはちょいちょいお願いしちゃってますね。
──しかも、ずっと重要な役ですよね。
吉岡くんが出てくれるなら重要な役ですよ。『ジュブナイル』、『三丁目の夕日』が3本に、『海賊と呼ばれた男』も出てもらっているので、もう6本目ですね。
──それは、やはり信頼感があるからなのでしょうか。
今回の役は説明台詞も多いので、失敗したキャスティングをしてしまうと、あんまり面白くない人になってしまうんですが、吉岡くんはそこに人間味を足してくれるんです。説明台詞にも思いをのせてくれるので、今回の作戦の象徴としての吉岡くんはすごくいいなと思ったんです。(『三丁目の夕日』の)茶川さん感というか(笑)。
──確かに、茶川さん感がありました!
武器が全部揃っていて強い軍隊がいるなら、あの役は吉岡くんじゃないと思いますが、爪に火を点すような闘いのプランニングをする役柄は吉岡くんにちょうどいいんですよね。
──『ゴジラ-1.0』というタイトルはすぐに思いつかれたのでしょうか?
ものすごい難産でした。僕が考えたわけではなくて、何度も会議を重ねて、最後にこれで決まりました。
──そうだったんですね。
マイナスってちょっとネガティブな感じがするなと思ったんですが、あれだけ会議が七転八倒していて、その結果決まったのならこれで行くしかないなと思って(笑)。でも、段々いいタイトルに思えてきました。
──わかります。
まず、他と違う。今までのゴジラとは違う命名原則なので。最近は悪くないなと思ってます。
──本編を観ると、『ゴジラ-1.0』というタイトルに納得がいきました。
時代設定もそうですし、実は人間ドラマを大切にしたタイトルでもあるんです。
──映画自体も人間ドラマを大切にしているように感じました。
ゴジラ映画はどうしてもゴジラと人間が乖離してしまうんです。人間の物語とゴジラの物語のふたつにどうしても分かれてしまうので、僕がやってみたかったことのひとつが、これを接着することでした。人間がゴジラと対等に立てる物語を作ることは、僕の中で重要なミッションでした。それに加えて、ゴジラという存在に対して人間がどう抗うかという物語にしたかった。と言うのも、初代がそうなんですよ。
──確かに、初代は人間ドラマが濃く描かれていました。
初代は人間ドラマがゴジラに対して双璧として立ってるんです。ゴジラに対して人間がどう感じるかということがすごく大事にされている作品なので。そもそも、ゴジラは人間ドラマをすごく大事にしていたはずなのに、どうしても人間とゴジラが乖離してしまうんです。ゴジラは大きいから単純に同じフレームに入れるのが大変なんですよね。特に、当時の技術だと。
──1954年の『ゴジラ』といくつかのシーンで重なるものを感じました。
いくつかのシーンは54年のオマージュですね。ゴジラが電車をくわえるシーンとか。電車にぶつかりそうになるところは、完コピしてます。当時の運転手と助手の役者さんに似た人を探してもらって出てもらいましたから。
──やはり、一番苦労されたのはそういうVFXの作業だったのでしょうか。
いや、一番大変だったのは船の上の撮影ですね。
──あの、安っぽい...。
安っぽいって言うな(笑)。ボロい船、あんなちゃちな船でね(笑)。あれは本当に海の上で撮ったので、あれが一番大変でした。
──すごく揺れているように見えましたが...。
みんな気持ち悪くなっちゃって。役者さんたちとゴジラの話をすると、あの時の話しかしないってぐらい(笑)。大きい船の撮影の方が全然楽でした。しかも、あの船のシーンは、ドローンの日本チャンピオンの方に操作してもらって撮ってもらったり、大きい船にクレーンをつけて望遠レンズで撮ったりしていて。後は天候が大変でした。
──天候に悩まされたのでしょうか?
撮影できる条件が、天気が良いことと波が低いこと、そして海のうねりというのがあって、それが落ち着いていることだったんです。そうじゃないと海に出られないので、港でいつになったら撮りに行けるんだろう? と思いながら皆で待っているうちに夕方になってしまった悲しい日もありました。これだけ晴れてるから撮れるかもしれないと思って先発隊が出るんですが、港を出た瞬間に船が大揺れして、すぐに帰ってきたこともありました。
──船のシーンは結構多かったですよね。
そうなんですよ。いろんなシチュエーションがあったので、割と尺が長くなって。船にざばーんと水がかかるシーンは、船尾にバケツ隊の人たちがいて水をかけるんですが、その人たちを乗り降りさせるために一旦港にもどらなきゃいけなくて。周りの陸地が全部見えない状態にするために、港と撮影場所の往復で1時間ぐらいかかるので効率も良くないし、みんな気持ち悪くなっちゃうし。
──監督は大丈夫だったんですか?
僕は船に強いと思っていたんですが、モニターを見た瞬間に気持ち悪くなっちゃって。モニターを見たら、自分の身体とモニターの揺れ方が違うから、途端にダメで。「帰ろう」と言ったら、「監督、まだ1カットも撮ってません」って(笑)。最後は、早く海が荒れて帰らざるを得ない状況にならないかなと思ってました(笑)。
──それは大変そうですね。
本当に大変だったので、撮影で吐いた人たちには僕が記念のTシャツを作って配りました。なかなか阿鼻叫喚の現場でした。だんだん、現場から人が減っていくんですよ(笑)。
──戦艦もそうですが、まさか、「あれ」が出てくるとは思いませんでした。
そうなんですよ、戦後すぐの話にしたのも...実はこれを出したいというのもあって。これでみんな使っちゃったから次にこういうのをやる時にどうすればいいんだろう? と思って(笑)。
──ほんとですね。次はどうされるんですか?
楽しみにしていてください(笑)。まだ映像化されたことのない日本の兵器を出す...かもしれません。まだまだやりたいものはあるので。よく、この映画が集大成だと言われますが、まだ終わるつもりはないです。でも、集大成感は出てますよね(笑)。
──最後に、本作の続きはあると思っていていいでしょうか?
何のことですか(笑)? ゴジラは本当に大変なんですよ。作るとへとへとになるんです。大ヒットしたら気を良くして次を作ろうと思うかもしれません。だから、大ヒットするようによろしくお願いします。
取材・文/華崎陽子
(2023年11月 2日更新)
▼11月3日(金・祝)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開
出演:神木隆之介 浜辺美波
山田裕貴 青木崇高
吉岡秀隆 安藤サクラ 佐々木蔵之介
監督・脚本・VFX:山崎 貴
【公式サイト】
https://godzilla-movie2023.toho.co.jp/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/294925/index.html
やまざき・たかし●1964年、長野県松本市生まれ。幼少期に『スターウォーズ』や『未知との遭遇』と出会い、強く影響を受け、特撮の道に進むことを決意。阿佐ヶ谷美術専門学校卒業後、1986年に株式会社白組に入社。『大病人』(1993)、『静かな生活』(95)など、伊丹十三監督作品にてSFXやデジタル合成などを担当。2000年『ジュブナイル』で監督デビュー。CGによる高度なビジュアルを駆使した映像表現・VFXの第一人者。『ALWAYS 三丁目の夕日』(05)では、心温まる人情や活気、空気感を持つ昭和の街並みをVFXで表現し話題になり、第29回アカデミー賞最優秀作品賞・監督賞など12部門を受賞。『永遠の0』(13)、『STAND BY ME ドラえもん』(14)は、それぞれ第38回アカデミー賞最優秀作品賞ほか8部門、最優秀アニメーション作品賞を受賞。その後も、『海賊とよばれた男』(16)、『DESTINY 鎌倉ものがたり』(17)、『アルキメデスの大戦』(19)、『ゴーストブック おばけずかん』(22)など、話題作を手掛ける。日本を代表する映画監督のひとり。