インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 「アイナさんと出会えたことは幸運だった」 アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すずらが豪華共演! 岩井俊二監督×小林武史による音楽映画 『キリエのうた』岩井俊二監督インタビュー

「アイナさんと出会えたことは幸運だった」
アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すずらが豪華共演!
岩井俊二監督×小林武史による音楽映画
『キリエのうた』岩井俊二監督インタビュー

岩井俊二監督と音楽プロデューサーの小林武史が『リリイ・シュシュのすべて』以来のタッグを組んだ音楽映画『キリエのうた』が、10月13日(金)より、T・ジョイ梅田ほか全国にて公開される。路上ミュージシャンのキリエを中心に、4人の男女の運命が交錯する様を、大阪、東京、仙台、帯広を舞台に描く。

伝説的グループ「BiSH」を経て、現在はソロアーティストとして活動するアイナ・ジ・エンドが、歌うことでしか“声”が出せない路上ミュージシャン・キリエを演じ、松村北斗、黒木華、広瀬すずらが共演する話題作だ。そんな本作の公開を前に、岩井俊二監督が作品について語った。

──まずは、本作のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

ひょんなところから生まれた、ミュージシャンとマネージャーのコンビの小さな話でした。まだ実現していませんが、『ラストレター』の続編の企画があって、劇中に出てきた小説の中身を映画化しようと。実は、『ラストレター』の時には既にできていて、主人公の乙坂鏡史郎が、大学時代について書いた小説です。その中に、映画を作っている女の子がいて、その子が撮ったとされる8mmフィルムがこの映画の原型でした。

──『ラストレター』の続編企画の中の物語だったんですね。

当初は20分ぐらいの短編のイメージで、粗筋だけ書いていたんですが、この話面白いな、と自分で書きながら気に入ってしまって(笑)。これを独立した映画にできないかと。最初の段階ではミュージシャンの子はそんなに上手い想定ではなかったのに、書いているうちに震災を体験している要素も含まれてきて、その内に今のキリエのようなイメージになって、段々ハードルが上がってしまったんです。

──なるほど(笑)。

僕が大好きで、再上映されると必ず観に行く篠田正浩監督の『はなれ瞽女おりん』という古い映画があるんです。目の見えない三味線弾きの歌うたいの話で、『スワロウテイル』もそうですが、僕は、その映画の影響をすごく受けていて。今回もその影響で、最初はカラオケで歌ってるシンガーだったのに、ジプシーというか流浪の民っぽい質感が強くなってきて。これはハードル高いなぁ...と。

──確かにハードルが高そうですね。

男性で言うと七尾旅人さんみたいなイメージなんですが、女性版は思いつかなくて。そんな時に「ROTH BART BARON(ロットバルトバロン)」という、知り合いの知り合いみたいなバンドのライブにアイナさんがゲストで出演して歌っているのを見たんです。ちょうど脚本を書いていた時だったので、ぴたっとイメージがはまってしまって。

──それがアイナさんとの出会いだったんですね。

その時は彼女のことを何も知らなかったんですが、いろいろ調べていくと、意外と有名な人だというのがわかって。その時は、たまたま「ROTH BART BARON(ロットバルトバロン)」とポカリスエットのスペシャルユニットとして「A_o」をやっていたんです。

──本当に偶然の出会いだったんですね。

そこから事務所に問い合わせて、スケジュールを打診したんですが、他の音楽映画が決まっていたら無理なので、それが一番心配でした。それぐらい、喉から手が出るほどこの映画に出てほしかったんです。

kyrie_sub2.jpg

──それは、アイナさんの声に惹かれたからでしょうか?

声もですし、あらゆる要素がイメージと合いました。映画の中の幼少期の物語にも合いそうで、本当にドンピシャな感じがして。彼女と出会えて、僕自身すごく幸運だったと思います。

──それは、今までの作品のヒロインの方とは違うものだったのでしょうか。

そうですね...(熟考)。アイナさんの場合はちょっと人間離れしてるんですよね。すごく可愛らしくてチャーミングなんだけど、CHARAさんとかCoccoさんは、会ってみたらちゃんとした人間でしたもんね(笑)。

──人間離れしているというのは?

身のこなしが人というよりもカワウソとか動物っぽい。どこまで撮っていても撮り飽きることがなくて。昔作った『夏至物語』というショートフィルムを、映画のキャンペーンを目がけてリメイクしたんですが、彼女にやってもらってるだけで僕は微動だにしてない。元々、コンテンポラリーダンスもやっていたので、動きが様になっていて、ちょっとびっくりしましたね。

──確かに、動きが様になっていました。

極端な例え方をすると、ディズニーのアニメーションみたいですよね。フルアニメで動いてる動物のアニメキャラクターの動きを見てるような。そういう意味での人間離れですね。

──それは出会った時も、撮影中もということでしょうか。

初めてライブを見た時から独特の動きをする子だなと思っていましたが、実際にやってみるとちゃんと演じられるんです。本人の年より若い高校時代を演じないといけなかったので、どんな風になるんだろうと思ってましたが、想像以上に役になりきれていたので、すごいと思いました。だから、僕の方で四の五のやる必要はなかったですね。僕は、いち観客としてにやにや眺めてただけです(笑)。撮影中も編集中もずっと楽しかったです。

──アイナさんのかすれた声はどのように撮影されたのでしょうか。

聞こえるか聞こえないかギリギリのところだったので、技術的な都合で基本的には全部アフレコで録り直しをしています。小さな声で話したのを聞こえるところまでレベルを上げると、そこだけノイズが出てしまうので。アイナさんは大変だったと思います。ギリギリのところを探りながら、苦労しながらでした。現場でもほとんど聞こえないし、お客さんに聞こえるのかも不安で。とんでもない設定にしちゃったなって(笑)。現場で苦労しましたね。大変でした(笑)。

──アイナさんと松村北斗さんの共演シーンもすごく自然だと感じましたが、監督と松村さんとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。

彼を初めて知ったきっかけは、朝ドラマニアの中学時代の友人が「中学時代の岩井と面影が似たような子がいる」という話をしてくれて。誰だろう? と思って見てみたら、似てるかな? とは思いましたが、こういう役者さんがいるんだと認識したのが松村北斗さんでした。

kyrie_sub.jpg

──そうだったんですね。

その後、北斗君が僕のファンだったみたいで、時々X(旧Twitter)に「北斗君と仕事してください」とファンの方がアピールしてくれていたので、微笑ましく眺めながら、いつか機会があれば、と思っていました。今回、僕の地元の物語なので、どこか自分の青春期と重なるようなところがあって、ふと、夏彦という役に北斗君がはまるなと思ったんです。

──その夏彦というキャラクターはどこから生まれたのでしょうか。

エリート的な立場にいる人物という設定は最初からありました。石巻に住んでる、大学時代に一緒に映画を作っていた友人がモデルです。プロフィールだけがモデルで、見かけは北斗君とは似ても似つかないんですが(笑)。インテリというかお金持ちで、ブルジョア、一般庶民を見下してるみたいな雰囲気で。一時、一緒に映画を作っていましたが、一緒に映像の世界に来ることはありませんでした。彼は敷かれたレールで医者になることが決まっていたので。

──夏彦の家族からはそういう匂いを感じました。

口ではアナーキーなことを言っていても、そこは絶対に変えない。それは僕には全くない感情だったので、自分のやりたいことをやればいいのにと思ってました。そういう人がああいう女の子と恋に落ちた時に、全てをかなぐり捨てるようなことになるようなディープな物語を、震災の翌年ぐらい、「花は咲く」の作詞の依頼がきた頃に書いていたんです。

──それはどこかに出そうと思ってらっしゃったのでしょうか?

これは世に出せないな、と思いながらも、思いついたので書いていたんです。震災の後、SNSでいろんな人と消息を尋ね合っていた時期があって。その時に、SNSでよく会話していた人から、高校生の女の子が同級生の男の子を探しているけど、周囲には知られたくない、と言っていることを聞いて。それは、自分が彼を好きなことを知られたくないから、という理由でした。

──そんな話があったとしてもおかしくない状況でしたね。

確かに、あれだけのことが起きた中で、いろんな立場の人がいたと思うんです。亡くなった相手との関係を誰にも言えない人も少なからずいただろう、と。そういう人の解決しない思いというのは、いかばかりなものだろうと思って、気がついたらそういう物語を書いてしまっていたんです。

──なるほど。

書いたものの、ずっと封印していたんですが、アイナさんをキャスティングして映画化が進みだして、最初の話では小さすぎて不完全燃焼で終わってしまいそうだったので、微かに触れていた震災の話を拡張することになって。夏彦の話は既に思い浮かんでいたので、これだな、と思いました。

──それは、時間が経ったからというのもあったのでしょうか。

夏彦の物語だけでは着地点がなくて。12、3年経って、その後が補完されれば物語としての着地点があるかな、と。ただ、当時書いたものを都合良く書き換えても...と思ったので、コンセプトは変えずに彼の後日談として、妹との話にしました。大阪の女の子の話も震災の頃に考えていた話だったので、そういうものが集まったのが、このタイミングだったんだと思います。アイナさんがキャスティングされていなかったら、ここまでの話になっていなかったし、なんならコメディ映画になっていたかもしれません(笑)。

──大阪のシーンで、女の子が教会で涙を流すシーンは圧巻でした。

あれは後で足したエピソードで。彼女の話は存在していましたが、彼女がひとりで何をしていたのかというエピソードを膨らませました。ロケハンでいい教会が見つかったので、ここだ、と。あのシーンは彼女がよく頑張って泣いてくれました。

──大阪の女の子の話も震災の頃に考えていたとおっしゃいましたが、監督は大阪に縁がおありなのでしょうか?

親戚が多いのと、僕自身も幼稚園から小学校にかけて1年ちょっと大阪に暮らしていたことがあったので、どうせ撮るならそこがいいなと思って、暮らしていたところで撮りました。仙台から大阪に来たものの、幼稚園が定員オーバーで入れなくて。僕は、小学校に入るまで半年ぐらい何もすることがなかったんです(笑)。だから、毎日外でひとりで遊んでました。それは最高に楽しい日々だったんですよ。その後、小学校に入ったら息苦しさを感じてしまって。僕の人格形成にはその時の影響があると思っています。

──その時の監督の記憶がルカちゃんの生活に反映されているんですね。

だから、どうせ撮るならそこがいいと思ったんです。自分がその頃の気持ちを思い出せると思ったので。

──特に大阪で雨のシーンが多かったのは、登場人物の感情表現だったのでしょうか。

実際に雨だったんです。黒木華ちゃんの初日が、いきなり雨だったのでこれは大変だと思ったんですが、降ったり止んだりしていたので。そのまま活かして、傘をさしたり下したりして。

──天気を利用したような感じでしょうか。

どちらかというと僕は天気に委ねる方なので。浜辺のシーンも、ものすごい風でしたが、無風だったらあんな風になってなかったと思うんです。だから、全て天候様様です。雪のシーンも、直前で現地に行けないぐらい降られてしまって。2月の撮影だったので、実は雪もだいぶ汚れていたので、どうしようかと思っていたら、綺麗にしてくれたので。本当に天候様様でした。

──天候にも恵まれた映画だったということですね。

僕自身、今まで20年ずっと天候に恵まれ続けた人生なので。現場では岩井マジックと言われてるんです。『Love Letter』の雪のシーンもそうです。役者さんは東京から来るので、雪が降ったからそのシーンを撮ろうと思っても撮れない。役者さんが来た時に雪が降らなきゃ駄目なんです。

──まさにマジックですね(笑)。

北海道に行くとそのマジックの感度が上がるんです(笑)。

──今作では、監督のルーツに繋がる場所が舞台になっていますが、監督の中で何か変化があったのでしょうか。

故郷を思うみたいなことは、こんな仕事をしていると『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』にしても『Love Letter』にしても、完全に仙台で体験したことがベースになっているので、非常にお世話になっています。そういう場所に津波が押し寄せたというのは、その当時も衝撃を受けました。当時は海外にいたので、日本を映画の題材として見つめ直すきっかけとして、すごく大きな出来事でした。

ただ、なかなか震災そのものを描くことに着地できなくて。形が変わって『リップヴァンウィンクルの花嫁』や『ラストレター』になっています。10年以上経って、ようやく今回は、自分の中で具体的に震災を描けるタイミングだったのかなと思います。

──全編を通して背後で音楽が流れていて、そういう意味でも音楽映画でした。

背後で流れているのは、古いドイツの讃美歌です。「キリエ」という言葉はそこからインスパイアされています。陣内大蔵さんというキリスト教の牧師さんをやられているミュージシャンの方がいて、その方からこの曲を教えてもらいました。ドイツの最も古い讃美歌のひとつだそうで、調べていくと同じ詩でメロディー違いの歌があって。それがひとつのモチーフになっていて、それをアレンジしたものが半分ぐらいあると思います。

──だから教会のシーンとの親和性も高く、尊い感じがあったんですね。

最初は「キリエ」という言葉が気に入って。僕も今回、初めて知った言葉でした。「花は咲く」もある種のレクイエムでしたし、彼女の歌う歌が何かしらのレクイエムになっていると思ったので、レクイエムっぽいキーワードを探していたら、「キリエ」という言葉が出てきて。レクイエムの第2楽章あたりで、「主よ憐れみたまえ」みたいなことを連呼するパートがあるらしく、そこを「キリエ」と呼ぶらしいです。

──そうだったんですね。

この物語におけるキリエという役名が、小説では確かモモコという名前だったんです。実は、似たような登場人物は形を変えて僕の物語に何度か登場していて。その中のひとりが『ラストレター』で中山美穂さんがやった「サカエ」という役で、もうひとりが、これはまだ映像化されていませんが、僕が書いた「零の晩夏」という小説の「カナエ」という人物です。今回、名前をどうしようと思っていたら「キリエ」が出てきたので、これは「キリエ」しかないなと。

──ある意味、運命的に出会った名前だったんですね。

最初はタイトルになる予定ではなかったんですが、やっていくうちにタイトルにまで昇格しました(笑)。本当はヒロインの名前じゃなくて、劇中ではわりと脇役だけどすごく重要な役で、不幸な女の子のイメージでした。それはどこから出てきたかというと、夏彦の話を震災の後に書いたあたりからずっと存在していたキャラクターなんです。「サカエ」「カナエ」ときて「キリエ」と僕の中では繋がっているんです。名前から物語を想像することも多いので、名前は重要なんです。

取材・文/華崎陽子




(2023年10月12日更新)


Check

Movie Data



(C)2023 Kyrie Film Band

『キリエのうた』

▼10月13日(金)より、T・ジョイ梅田ほか全国にて公開
出演:アイナ・ジ・エンド 松村北斗 黑木華 / 広瀬すず
村上虹郎 松浦祐也 笠原秀幸 粗品(霜降り明星) 矢山花 七尾旅人 ロバート キャンベル 大塚愛 安藤裕子 鈴木慶一 水越けいこ
江口洋介 吉瀬美智子 樋口真嗣 奥菜恵 浅田美代子 石井⻯也 豊原功補 松本まりか 北村有起哉
原作・脚本・監督:岩井俊二 『キリエのうた』(文春文庫刊)
音楽:小林武史
企画・プロデュース:紀伊宗之(『孤狼の血』シリーズ『シン・仮面ライダー』『リボルバー・リリー』 他)
主題歌: 「キリエ・憐れみの讃歌」Kyrie (avex trax)

【公式サイト】
https://kyrie-movie.com/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/283969/index.html


Profile

岩井俊二

いわい・しゅんじ●1988年よりドラマやMV、CMなど多方面の映像世界で活動を始め、その独特の映像は“岩井ワールド”と称され注目を浴びる。1993年『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』がテレビ作品にも関わらず、日本映画監督協会新人賞を受賞。初の長編映画『Love Letter』(1995)は、アジア各国で熱狂的なファンを獲得。2012年にはm¥、東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」の作詞を担当するなど活動は多岐にわたる。その後も、日・米・カナダ合作映画『ヴァンパイア』(12)、長編アニメーション映画『花とアリス殺人事件』(15)、中国映画『チィファの手紙』(18/20)など、国内外を問わず表現の場を拡げている。主な作品に『スワロウテイル』(96)、『四月物語』(96)、『リリイ・シュシュのすべて』(01)、『花とアリス』(04)、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)、『ラストレター』(20)などがある。