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「今まで僕がスクリーンで観てきた安藤サクラとは
違う安藤サクラがそこにいた」原田眞人監督が
黒川博行の『勁草』を安藤サクラ&山田涼介共演で映画化!
『BAD LANDS バッド・ランズ』原田眞人監督インタビュー

『破門』で直木賞を受賞した作家・黒川博行の『勁草』を『ヘルドッグス』の原田眞人監督が映画化したクライムサスペンス『BAD LANDS バッド・ランズ』が、T・ジョイ梅田ほか全国にて上映中。大阪を舞台に、特殊詐欺に加担している姉と弟が、思いがけず手に入れた大金をきっかけに、巨悪に追われる様をスリリングに描く。

安藤サクラが主人公のネリを、山田涼介がネリの弟・ジョーを演じ、宇崎竜童、生瀬勝久、吉原光夫、天童よしみらが共演する話題作だ。そんな本作の公開を前に、原田眞人監督が作品について語った。

──原作を読んだ時はどんな印象を持たれたのでしょうか。

まずは犯罪組織のディテールの細かさが魅力的でした。いい小説、刺激的な小説を読んでいる時は大体そうですが、そこから橋岡を女性にしたらどうだろうか、ネリとジョーに血縁関係があった方がいいんじゃないか、などと考えながら読み進めていきました。

──映画化までには時間がかかったそうですね。

原作を読んだ頃は残念ながら映画化権を押さえられていたので諦めていました。でも、自分の中である程度イメージが発酵してきたので、映画化できないかもしれないけど自分なりの脚本を書いておこうと思って脚本を書いていたんです。

──そうだったんですね。

その間に『燃えよ剣』を作ることになって、(山田)涼介が沖田総司を演じている時に、沖田総司が現代に蘇ったとしたら矢代みたいなサイコパスだろうなという想像が膨らんで。幕末だからサイコパスに見えないだけで、考えてみれば新選組はサイコパスの集団ですから(笑)。矢代を涼介のイメージで書き直して、そこから本格的に動き出しました。

──橋岡を女性にすることはすんなりと進んだのでしょうか。

6年後に映画化権が獲れることになって、最初に原作者の黒川さんに聞いてもらったのが、橋岡を女性にするジェンダーチェンジをやってもいいかどうかでした。それを黒川さんがOKしてくださって。黒川さんも小説を書いていた時に橋岡を女性にしようか迷ったことがあったそうです。だから、どうぞそうしてくださいと。それに勇気づけられて、橋岡を演じる女優は誰がいいか考えていきました。

──安藤サクラさんがネリ役に決まったのはどのような経緯があったのでしょうか。

涼介が関東出身だから方言指導をつけるので、ネリは大阪出身の女優さんが良いかなと思っていたのですが、東映さんから「安藤サクラさんはどうですか?」と。初めて会った時に、サクラから「この役は本当に私でいいんでしょうか?」と聞かれて。これはつい最近わかったんですが、サクラは今まで初めて脚本を読む時に時間をかけたことはなかったのに、今回は1日かけて読んだらしいんです。だから、最初に会った時にもうネリの匂いがしたんです。そこにものすごく惹かれました。今まで僕がスクリーンで観てきた安藤サクラとは違う安藤サクラがそこにいたんです。

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──最初から役に入り込んでらっしゃったんですね。

衣装合わせの時にはもう完全にネリになっていました。初めて脚本を読む時に時間をかけて読むというのは、舞台の稽古を2ヶ月、3ヶ月やるのに匹敵するぐらいの集中力がいるんですよね。細かいところまで噛み砕いて、それが血肉になっていたんだと思います。僕はつい最近までそんなこと聞いてなかったので、彼女の役者としての凄みはそういうところにあるんだと、今更ながら納得しています。

──原作の橋岡とは全く違って、安藤さんが演じられたネリは、根っこの部分は悪人ではないんじゃないかと思わせる人物でした。

原作の橋岡は全く魅力のない、よくいるお金が欲しいだけの小悪党ですよね。正直、実生活では顔も見たくないタイプ(笑)。でも映画では、知れば知るほど不可思議な魅力のある主人公にしたいと思ったので、女性にすることを思いつきました。原作の橋岡は葛藤もハンデも抱えていませんが、ネリはそれを全部抱えていて、逃亡者として西成に入っている。それが、あることをきっかけにタガが外れて二重にも三重にも出てくるんです。原作の後半は刑事の佐竹の描写が増えていきますが、僕はネリの姿を見ていたいと思いました。

──本作の舞台は大阪ですが、大阪での撮影はいかがでしたか?

原作に登場する宗右衛門町で撮ろうとしたんですが、どう考えても無理で。でも、僕の好きな映画『レッズ』も、アメリカを舞台にしながらも全部イギリスで撮っているんです。ニューヨークのグリニッジビレッジなどを象徴的に見せておいて、密度の濃い部分はイギリスで撮っている。プロビンスタウンの海岸はあんな風だと思っていたのに、実はイギリスのどこかの海岸線で。そういうイメージで撮りました。

──実際に大阪で撮影することはなかなか難しいんですね。

実際に西成の三角公園を見ても面白いと感じなくて。しかも、100%コントロールできないし、トラブルも出てくると聞いて。そんな中で、これぞ西成としっくりきたのが動物園前通りのアーケードでした。それが大阪のイメージの大動脈になって、後は詐欺の場面を、これは大阪だというところで撮らなきゃ駄目だ、と。それで、いくつかの候補の中から中之島のみおつくしプロムナードで撮ることにしました。

──あそこは、私も好きな場所なので映画で使っていただけて嬉しかったです。

ただ、あそこは撮影できるけど、通行人を規制しちゃいけない、と。だから、主要な登場人物の周りにコントロールできる役者を配置しておくために、東京で30~40人の役者と安藤サクラも入れてリハーサルをして、中之島でその日だけ呼んだ人も入れると100人ぐらいで撮影しました。実際の通行人が薄められているから、いろんなアングルで撮っても繋がっているように見えるんです。苦労しましたが、やりがいのあるシーンになりました。

──他に大阪での撮影で印象に残っている場所はありますでしょうか。

実は、いいロケ場所を見つけましたが、使えなかったんです。新大阪駅の新幹線に向かっていく道の下にローカル線の線路が並んでいて、脇に古い階段があって。そこを上っていくと梅田の高層ビルが見えるんです。天国と地獄のような風景がパンすればワンフレームに収まるので、そこで撮る予定だったんですが、中之島の後に撮るはずが、時間がなくなってしまって撮れませんでした。大阪での撮影日数も限定されていたので。今もそこは悔やまれますね。あの場所はすごく気に入っていたので。また次の映画で使いたいと思っています。

──監督の作品はいつもロケ地に驚かされますが、賭場のシーンのロケ地も素晴らしかったです。

僕はいつもロケ場所には個性を求めています。原作のように別荘地も探したんですが、面白いところがなくて。そこで、せっかく彦根をベースにして撮影するなら、いつか撮影で使いたいと思っていた、『燃えよ剣』の池田屋の撮影で使った場所で、と。裏から入ればうらびれた雰囲気が出てくるし。池田屋で沖田総司が横移動をするシーンを撮影した時のレール用の場所も別のシーンで使っています。いわばピンチヒッター的に出てきたロケ場所でしたが、うまくいきました。

──ネリたちの根城のようになっていたビリヤード場の「BAD LANDS」もかっこよかったです。

『ハスラー』に出てくるような木造のビリヤード場を日本全国探しましたが、1軒あったのが群馬。さすがにそのシーンだけのために群馬に行くのは無理なので、どこか別の場所でビリヤード台を入れた方がいいんじゃないかと。そうしたら、彦根で閉店した洋服店が見つかって。実は選挙の事務所になっていて、壁に「必勝」と貼ってあったので、これはそのまま生かそうと。

──なるほど。

だから、あそこも選挙の時は選挙事務所として使っているというコンセプトで、美術監督が色々考えて飾りを作ってくれました。西成のはずれには住宅地が結構あるので、その境目にあるイメージで。実際のジャンジャン横丁から動物園前通りの地図の中に、高城の倉庫がどこにあって、「BAD LANDS」がどこにあるのか、架空の場所を入れたものを作って、それをスタッフの間で共有していました。だから、導線に関しては映画の中の西成区として成立しているんです。

──『ヘルドッグス』の時に、ようやくフィルム・ノワールを撮ることができたとおっしゃっていましたが、前作に続いてのフィルム・ノワールになりました。

ずっとフィルム・ノワールが続くのは嫌ですけど(笑)。やりたい世界ではあります。フィルム・ノワールが面白いのは悪のヒーローを作ることができるところ。フィルム・ノワールをエクスキューズにしてはいけませんが、悪人だけどどこかに尊厳を持っていたり、あるいは、生き抜くための哲学を持っていたり。その組み合わせは好きですし、悪の世界にも疑似家族は存在する。『ヘルドッグス』も今回もまさにそうですよね。

──本作では、特にジョーのネリへの思いはグッとくるものがありました。

僕は、家族の部分がないフィルム・ノワールには興味がないんです。涼介には、ジョーがこの世に存在する唯一の理由はネリに対する愛情なんだという話をしていました。

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──そんなジョーとネリを演じた山田さんと安藤さんの相性は素晴らしかったと思います。

涼介は早くに決まっていたので、誰がネリになるのかドキドキしながら待っていたみたいです。「安藤サクラになったよ」と言ったら、本当に喜んでいました。安藤さんは安藤さんで、涼介に会ったら本読みの時からカチッと合うものがあったみたいで。最初からふたりの雰囲気は良かったですし、芝居をするたびにどんどん距離が近づいたように見えました。アドリブではないけれど、お茶目なところも出せるようになっていったので、ケミストリーが合うんだと感じました。撮影は毎日が刺激的で楽しかったですね。

──ネリの過去はどのようにして生まれたのでしょうか。

元々、ドストエフスキーの「虐げられた人びと」を現在に置き換えて作ったので、彼女の虐げられた部分は、ドストエフスキーが描いたネリーもそうだし、『赤ひげ』で二木てるみさんが演じた"おとよ"もそうですし、男たちに苦しめられ、貶められた不運な女性です。その不運の連続を断ち切る役目を負った、新しいネリが今回のネリなんです。これまでのネリたちの業をどれだけ入れこむのか考えて作りました。僕が今までスクリーンで描いてきた女性の中で一番、ネリが底辺をさ迷っていると思います。

──『駆け込み女と駆け出し男』のじょごの状況も辛かったです。

じょごもね(笑)。でも、じょごは技術を持っていますから。今回のネリはそれもなくて、尚且つ、悪党の高城のところになんて戻りたくないはずなのに、そこしか安全圏がないという惨めな状況なんですよね。回想シーンをモンタージュで出していますが、ネリを演じた安藤サクラの絶望感を見て、心からネリになっているなと感じました。何をされても逆らわない、落ちるところまで落ちている場面で彼女は涙を流しますが、あれは彼女の中から自然に出てきました。

──本作は特殊詐欺が題材になっていますが、監督は元々、興味を持っていらっしゃったのでしょうか。

なんで日本人ってこんなに騙されるんだろう? と。名簿屋や道具屋をはじめ、この組織の仕組みは面白いなと思って。ただ、原作を読んだ時は、オレオレ詐欺自体が何年後かには消えているんじゃないかと思ってたんです。ところが、形を変えてずっと残っている。これはおっかないなという気持ちはあります。この映画がヒットするとしたらこの要素かな(笑)。なんでこんなにいつまでも続くんだろうと思いますね。

──まだまだ詐欺事件は多いですね。

僕もスパムメールで騙されそうになることはありますし、それは他の国にもあるんです。今は強盗が増えてきてわかりやすくなっていますが、電話でコンタクトしてくる詐欺事件はまだ続いてますよね。それはトカゲの尻尾切りみたいになっていて、上の方は残っているからじゃないかと。今回、映画でははっきり示していませんが、相当なスポンサーがいないとあのグループを維持できない。だから今でも残っているんじゃないかと思います。

取材・文/華崎陽子




(2023年10月 2日更新)


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Movie Data




(C) 2023「BAD LANDS」製作委員会

『BAD LANDS バッド・ランズ』

▼T・ジョイ梅田ほか全国にて上映中
出演:安藤サクラ 山田涼介 生瀬勝久 吉原光夫 大場泰正 淵上泰史 縄田カノン 前田航基 鴨鈴女
山村憲之介 田原靖子 山田蟲男 伊藤公一 福重友 齋賀正和 杉林健生 永島知洋 サリ ngROCK
天童よしみ / 江口のりこ / 宇崎竜童
原作:黒川博行『勁草』(徳間文庫刊)
監督・脚本・プロデュース:原田眞人

【公式サイト】
https://bad-lands-movie.jp/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/288857/index.html


Profile

原田眞人

はらだ・まさと●1949年7月3日生まれ、静岡県出身。黒澤明、ハワード・ホークスといった巨匠を師と仰ぐ。1979年に、『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビュー。『KAMIKAZE TAXI』(1995)は、フランス・ヴァレンシエンヌ冒険映画祭で准グランプリ及び監督賞を受賞。さらに『関ヶ原』(2017)では第41回日本アカデミー賞優秀監督賞、優秀作品賞などを受賞。近年の主な作品は、『駆込み女と駆出し男』(15)、『日本のいちばん長い日』(15)、『検察側の罪人』(18)、『燃えよ剣』(21)、『ヘルドッグス』(22)などがある。