ホーム > インタビュー&レポート > 「偉大な巨匠の姿を描きたいのではなく、 人間としてのアルヴァ・アアルトを描きたい」 フィンランドの世界的建築家兼デザイナー、 アルヴァ・アアルトの知られざる素顔に迫る 映画『アアルト』ヴィルピ・スータリ監督インタビュー
──監督が初めてアアルトを認識したのはいつ頃だったのでしょうか?
物心ついた時から特別な人だということは認識していました。北極圏の近くにある私の故郷の町は、戦時中に激しい空襲を受けたので、焼き払われて何もなくなってしまいました。そのため、複数の建築家らによって都市を再興したのですが、アアルトはその中のひとりでした。彼が残した建築物はたくさんありますが、中でも私にとって特別だったのは図書館です。
──どんな図書館だったのでしょうか。
1970年代に小学生だった私は-30℃の吹雪の中、図書館にたどり着くと、そこが自分の家の居間のように感じられました。当時の個人宅というのは非常にささやかなものだったので、図書館はより特別な空間に感じました。また、図書館は公共のものなのですから、私もまたオーナーのひとりであると感じて毎日のように通っていました。真鍮のランプや革張りの椅子、ドアの繊細な取っ手のカーブなどが今でも心に残っています。
──なぜ、アアルトの映画を作ろうと思われたのでしょうか。
この映画は、企画をもらったものではなく、作らなければいけないと思って作った、そういう意味では個人的な思い入れのある作品です。ひとつの理由は、子どもとして感じたものを映画の中で表現したいと思ったからです。もうひとつは、私の両親がアアルトのことを尊敬していて、よく話をしていたことも理由です。加えて、アアルトの建築物は、私の故郷の小さな町にも尊厳をもたらしてくれたからです。
──フィンランドでは、アアルトと言えば誰もが知っている存在なのでしょうか。
フィンランドでは、アアルトについては誰でも一家言を持っています。それは、テーブルクロスや椅子など、幼稚園の頃から彼の作品に触れているからです。誰もが独自の見解を持っているので、アアルトの映画を作ることになってからは、あらゆる人から様々なアドバイスを受けました。
──アアルトはフィンランドでは誰しもにとって身近な存在なんですね。
特に、タクシードライバーさんです。大体は不満ですが(笑)、あそこは屋根の雨漏りがすごいとか大理石が欠けているなど、アアルトの作品について不満をよく聞きました。一方で、アアルトの熱狂的な崇拝者からは彼がアルコールの問題を抱えていたことは言わない方がいいと言われたこともあります。ただ、私はアアルトについて深く掘り下げた取材を続けたので、誰の意見をもらわずとも私なりのアアルトのドキュメンタリーを作ることができると思うようになりました。
──本作では、アルヴァ・アアルトの最初の妻であるアイノがとても重要な存在として描かれていますが、監督がアイノの存在について知ったのはいつ頃だったのでしょうか?
取材を進めていくに従って、アルヴァ・アアルトの人となりと、彼の全体像を知るようになりました。その過程で、それまであまり知らなかった、最初の妻であるアイノについて深く知るようになりました。実は、フィンランド人もアイノの存在をほとんど知らなかったんです。ある意味では、アイノ・アアルトという人物自体が新たな発見でした。彼女は非常に大きな貢献をしているので、本来であればもっと認識されるべきなのに、埋もれていたように感じました。
──フィンランドでもアイノの存在はあまり知られていなかったんですね。
アイノがアアルトの世界観にすごく大きな役割を果たしていたんだと、私の作品によって認識されるようになりました。私も取材の中で、いかにアイノがアルヴァにとって大事な存在だったのかを実感しました。彼らの親族から提供していただいたアルヴァとアイノの書簡を読んで、この映画を作ることができると確信しました。
──アイノの存在によって、人間としてのアアルトが浮かび上がってきたように感じました。
私は、偉大な巨匠の姿を描きたいのではなく、人間としてのアルヴァ・アアルトを描きたいと思っていました。建築家としてのアアルトだけに焦点を当てるとアカデミックなものになってしまうので、彼の持つ人としての温かみや、いろんなものに対する愛情、人間だからこそ持つ矛盾など、パブリックイメージとは違う姿を描いて、誰でも楽しめる映画にしたいと考えていました。人間には必ず欠点があります。アルヴァも、その瞬間はすごく魅力的で素敵な人でも、次の瞬間には自己中心的な振る舞いを見せて、アイノを苦悩させることもある。まさにそれを描きたかったんです。
──どれだけ偉大な巨匠であっても、欠点はあるということですね。
人間は誰しも完璧ではありませんが、時として彼らの作品である建築物も完璧ではなく、アルヴァと仕事をした作業員の方は「アルヴァというのは臨機応変な人だ」と言っていました。というのも、建物の正面が完璧ではなかった時にアルヴァは「蔦をはわしておけば大丈夫だ」と言ったそうです(笑)。そういったユーモラスな部分も作品に入れていきたいと思いました。
──ふたりの手紙はこの映画の中ですごく重要な役割を果たしていたと思います。特に、アイノが「心が沈んでいる」と素直にアルヴァに心境を吐露していることに心が動かされました。
アイノとアルヴァの手紙のやり取りには私も心が動かされました。私自身も俳優と一緒に住んでいるので、自分と重なる部分もあって。私たちもよく出張に行きますし、アイノとアルヴァも各国に行っていました。アイノとアルヴァはすごく複雑な関係だったと思います。アルヴァ自身はアイノのことをすごく尊敬して愛していたと思いますが、時にアイノは落ち込んでしまうんです。
──アイノはアイノで、家にいないアルヴァに対して思うこともあったと思います。
しかも、彼女はアルテックの経営者であると同時に、ふたりの子どもがいて、また、妻でもある。そして、伴侶は非常に魅力的ではあるけれど、時々とても扱いづらくて厄介な男性です。なので、私はついつい同じ女性としてアイノの方に気持ちが寄ってしまいました(笑)。子どもが病気で大変な時に、アルヴァがマルセイユで遊びまわっていることに耐えられるアイノは、精神的にもすごくタフで逞しい女性だと思います。
──アイノのタフさは映画からも伝わってきました。
私は、アイノが晩年孤独を感じていたと作品の中で表現しました。アルヴァも晩年そこに罪悪感を覚えていたようですが、それは当然だと思います。ふたりは複雑な関係性の結婚生活でしたが、まぁ結婚生活なんて皆そんなものですよね(笑)。
──そうですね(笑)。
実は、アルヴァ・アアルトの声優として夫が出演しています。ちゃんとオーディションを実施して、最終的に私は彼を選びました。アルヴァの声を録音した古い音声があったので、当初夫は本人の真似をしようとしたんです(笑)。でも私は、「それはいらないから、普段の声で話してくれ」と言いました。そして、声に親密感を出そうとする時は、私のことを考えれば出るからと言いました(笑)。
──アアルトの建築物を紹介するシーンに流れていた音楽が、とても印象に残っています。それらはどのように作られたのでしょうか?
今回は、女性の作曲家とともに作りました。有機的な音楽ではなく、時間の流れに左右されない音楽を使いたいと思ったので遊び心に溢れた音楽を合わせました。アアルトベースという有名なガラスの花瓶にバイオリンの弓をあてて、その音の反響を録音したり、スタジオに木材や大理石を持ち込んで、そこから生まれる音を楽曲に入れ込みました。アルヴァ自身が非常に遊び心に溢れた人で、それを楽曲にも出したかったので、アヴァンギャルドなチャレンジをしています。フィンランドの映画賞でも評価されましたし、彼女はすごくいい仕事をしてくれたと思います。
取材・文/華崎陽子
(2023年10月13日更新)
▼10月13日(金)より、シネ・リーブル梅田ほかほか全国にて公開
声優:ピルッコ・ハマライネン マルッティ・スオサロ
監督:ヴィルピ・スータリ
脚本:ヴィルピ・スータリ ユッシ・ラウタニエミ
音楽:サンナ・サルメンカッリオ
【公式サイト】
https://aaltofilm.com/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/255466/index.html
●1967年生まれ。フィンランドのヘルシンキを拠点に、映画監督、プロデューサーとして活躍。ヨーロッパ・フィルム・アカデミー会員。映画『アアルト』は、“フィンランドのアカデミー賞”と称されるユッシ賞にて音楽賞、編集賞を授賞した。