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「登場人物の抱える矛盾を明確に描くことができれば
この映画は作ることができる」
綾瀬はるかがハードボイルドなダークヒロインを熱演!
映画『リボルバー・リリー』行定勲監督インタビュー

第19回大藪春彦賞を受賞した長浦京による同名ハードボイルド小説を『ナラタージュ』や『劇場』の行定勲監督が映画化した『リボルバー・リリー』が、8月11日(金)より、T・ジョイ梅田ほか全国にて公開される。大正末期、1924年の東京を舞台に、謎の男たちに家族を殺され、自身も追われる身となった少年・細見慎太に助けを求められた小曾根百合が彼とともに陸軍に追われる様を描く。

綾瀬はるかが、ハードボイルドなダークヒロイン・小曾根百合を演じ、そんな百合を陰ながら助ける弁護士の岩見を長谷川博己が、さらにGo!Go!kidsの羽村仁成、シシド・カフカ、古川琴音、清水尋也、ジェシー(SixTONES)らが共演した話題作だ。そんな本作の公開を前に、行定勲監督が作品について語った。

──どのような経緯で本作の監督を務めることになったのでしょうか。

東映の紀伊プロデューサーからお話をいただきました。彼は日本映画界における稀代のプロデューサー、僕にこの企画を持ってきてくださることが既に面白いですよね。ある種のチャレンジじゃないですか。アクションが上手な方も合成やCGに長けている監督もいっぱいいる。ジャンルを飛び越えて監督をさせていただけることは、なかなかないので有難いと思いました。

──紀伊プロデューサーとは以前から面識がおありだったのでしょうか?

随分前から面識はありましたし、実は別の企画を動かしていたんです。それが前に進まなくなった時に、これはどう? と。原作を読んで、原作以上に百合の心情を描かないといけないと直感したので、そういう部分を僕に、という風に見てくださったのかな、と。

──原作は単行本で498ページもある、長い小説で登場人物も多い。脚本化というのは大変だったのではないでしょうか。

僕に話が来た時は、主役は綾瀬はるかで決まっていて、2ヶ月ぐらいで初稿を作ってほしい、と。その時点で脚本家にあたっても手練れの脚本家たちの予定はほぼほぼ埋まってる。そこで考え方を変えて演出家と組もうと。

──だから小林達夫さんだったんですね。

そうです。脚本・監督をやっていて、世界中の映画に詳しい人物を考えたら小林達夫の顔が浮かんで、「小林君アクション見る?」って聞いたら「なんでも見ます」と言うので、「アクション映画の脚本書いてみない?」と。そして、彼に完璧に原作を網羅してもらったんです。「あの場面どうだったっけ?」と聞いたらそのページがすぐに開けるくらいに原作の登場人物の心情や行動をつかんでもらって。僕は、部屋の中をぐるぐる歩き回りながら口頭でイメージを伝えて脚本を作っていきました。

──そんな風に脚本を作られたんですね。

1週間ぐらいで本筋だけは見えました。頭で考えず、印象に残っていて、僕が見たい、映像になると思った部分を並べて。なるべく複雑にせず、2時間ぐらいで一気にいく、ロードムービーのようなイメージで作っていきました。

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──映像化するのが難しかったシーンもあったと思います。特に、ラストの何千人もの兵を相手にするシーンは難しかったのではないでしょうか。

1000人以上の兵隊の攻撃をくぐり抜けていくシーンは、霧かな、と(笑)。霧だったら相手が見えないし、相手も、撃つと味方に当たるかもしれないから撃てなくなる。これはいいんじゃないかと。そういうのもしゃべりながら考えていきました。

──脚本を作っていく中で特に大事にしようと思ったシーンはどこでしたか?

百合は過去に自分の息子を死なせてしまった悲しみを背負っている。その一方で、百合は指令によるテロ行為で50人以上の人を殺してきた。大義として殺人を行ってきた人が、生きるってどういうことなのかという問題に直面すること、その心情をどう描くのかが一番大事だと思いました。でも、製作途中にウクライナで戦争が勃発して、僕はそこでフェーズが変わったと感じたんです。この原作を今の時代にどう描けばいいんだろうと。

──現在も続いていますが、衝撃的な出来事でした。

コロナの鬱屈した気分を吹き飛ばすようなものを作りたいというのが、プロデューサーからの企画書だったんです。でも、この戦争は対岸の火事では済まされない、と。それに僕は、原作にあるようなきな臭い感じが今の日本にも漂っているように感じていて。そんな中で、エンタテインメントだとしても、ただ主人公が人を撃ち抜くのを見てスカッとするという状況ではないんじゃないかと。

──なるほど。

だから、登場人物の心情が垣間見えないといけない、と。人を殺すことを何の迷いもなくやってきた百合が、守らなければいけない少年を前にした時に、どんな選択をしていくのか。その後第二次世界大戦に突入していくわけですから、きっと大正時代にも日本がどんな国になっていくのかを予見し、不安に思う気持ちがあったと思うんです。そして、もうひとつの重要なポイントは、山本五十六という名前が鎮座していることです。

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──本作で山本五十六を演じているのは阿部サダヲさんでしたが、今まで山本五十六を演じてこられた役者さんたちとはイメージが全く違っていました。

僕にとって山本五十六を描くというハードルはすごく高くて。彼がどういう人間であって、この国においてどんな風に伝えられてきたのかを把握した上で、あの時点での山本五十六はどのぐらい野心があったのかを、自分の解釈で描きたいと思っていました。彼を阿部サダヲに演じてもらったのも、今までの山本五十六像とは違うということを示したかったからです。

──今まで山本五十六を演じてこられたのは大柄な役者さんが多かったですが、実際の山本五十六は小柄なんですよね。

阿部サダヲと山本五十六は身長が低く小柄です。顔の雰囲気は違うかもしれませんが、この映画の彼はまだ大佐で、ここから上がっていくんですよね。ひょっとしたら百合が山本五十六と対峙して、彼が何を考えていたのかを語らせていたかもしれない。歴史的にはありえないかもしれないけど、実在の人物に触れることで、今に繋がるんじゃないかと思いました。

──百合と山本五十六が対峙するシーンはこの作品にとってもすごく重要な場面だったと思います。

僕が書いた台詞は「戦わずしてこの国が生き残る道を見つけ出す」だったんですが、取材した専門家の方が、「山本五十六は軍人なので違和感がある」とおっしゃって。五十六は軍人なので「戦わない」とは絶対に言わない、と。そこでまた調べてみると、「戦争を回避する」と言った記録が残っているんです。だから、その言葉を使いました。彼の結末を全部知っている上で、あの時点で彼が発する言葉は大きな意味を持つと思います。

──劇中に響く「戦争を回避する」という言葉には重みがありました。

現在もウクライナでロシアは戦争をしていますが、彼らの大義は何なんだろうと僕は思ってしまって。最前線で戦っている兵士たちの大義は、本作の陸軍の兵士に近いものがあるんじゃないかと。ジェシー演じる陸軍大尉の津山が「軍なしではこの国を守れない」と言いますが、その辺りを今の人たちが観て考えるきっかけになるといいなと思っています。実際、僕もこの作品を作ったことが考えるきっかけになったので。

──監督にとってもこの作品は大きな存在になったんですね。

2023年という時代がこの映画を作り出しました。登場人物が口にする言葉もだいぶ変わっていきました。誰しもが矛盾してるんですよ。その矛盾が、本作の一番のポイントです。

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──百合自身が、少年・慎太を守る中でその矛盾によって苦悩する様が色濃く描かれていたと思います。

百合は、動くことを停止させるぐらいの致命的にならない程度のところを狙って撃てる人間だから、「急所は外してる。殺してない」と言っていますが、いざ慎太を守るとなると、人間と戦わなきゃいけないからそうも言ってられなくなる。百合にとって慎太を守ることは二次的な状況で、また人を撃たなきゃいけないことに対していい加減にしてくれと思っていたはずなんです。

──なるほど。

僕は、戦場に立ったことのある人、惨状を目の当たりにした人が一番平和を願っていると思うんです。だから、終盤、自分が来た道を振り返ることなくそこまで来た慎太が振り返るシーンを入れたんです。それが戦争なんだと実感させるために。撮影当日、現場で「振り返って見てくれ」と演出したのは、この惨状を自分で振り返ってみないといけない、振り返らせたいと思ったからです。最前線で見たその悲惨な風景というのは、それを見た人たちに平和にしていかないといけないと思わせるはずなんです。

──だから、慎太はあの場面で振り返ったんですね。

僕らは平和って何なのかわかってないのかもしれません。一番平和が必要だと思っている人は、そういうことを経験した人たちですから。そういう人たちはあれで良かったと思うはずがないので。そういう感情は岩見にも宿っていると思います。彼は海軍を辞めて弁護士をしていますが、彼にも矛盾があるんですよね。

──登場人物全員が矛盾を抱えているんですよね。

おそらく誰でもそうなんですよ。頭の中では平和が一番で人を傷つけるようなことはしちゃいけないと思っているけど、自分の身の回りの人が危険にさらされて、自分事として降りかかった時に、武器を持たないのか? と問いかけると持たないかどうかはその場になってみないとわからないはずです。そんな考えが湧き起こるたびに、2023年にこの映画を商業映画として見せられないんじゃないかという気持ちになりました。と同時に、その矛盾を明確に描くことができれば、この映画は作れるんじゃないかと思いました。

──綾瀬さん演じる百合を実際に見られていかがでしたか。

説得力が感じられますよね。体幹がいいから、しっかりしてる。本人が喜ぶかどうかわかりませんが、細いけど逞しさがあって。ストイックさを感じますよね。彼女にはふわっとした柔らかいイメージもあると思いますが、今回の百合は無口で余計なことはほとんど話さないキャラクターですから。僕はデビュー作の短編で一緒にやって以来でしたが、20年近く連続ドラマの土壌でキャラクターをたくさん作り上げてきた、その逞しさがありますよね。

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──百合の衣装も素晴らしかったですが、その衣装を着ながら激しいアクションもこなした綾瀬さんに魅了されました。

あんまりないんですよね、この時代を舞台にした作品は。今回は黒澤和子さんが監修してくれましたが、衣装デザインもかなり難しくて。仕立て屋が個人的に海外の情報を持っていて、あの洋服を作ることができているという発想で。そうじゃないと、あの百合の衣装は10年か15年ぐらい嘘をついていることになるんです。

──1920年代、30年代のアメリカやヨーロッパのイメージですよね?

あの時代に、既にココ・シャネルがああいう服を作っていますが、まだ日本に伝聞されているわけがないんです。アメリカにはあっても、それが日本に届くのに10年ぐらいかかるので。それを仕立て屋が先取りしてるという設定にすることにしました。そのままあの時代を再現するだけだと夢を見られないですよね。

──大正時代を舞台にすることは、実は難しいことなのではないでしょうか。

そうですね。でも、面白い時代だと思います。基本的に庶民は和装だけど洋装の人もいて。日本髪なのに洋装の人もいる。「鬼滅の刃」も大正時代の物語なので、馴染みはあるような気はしています。ただ、それを実際、リアルに作り上げるのはひと苦労でした。大正時代の物が残ってないから何かあるごとに作らなきゃいけなくて。現代のものが大正時代の物に見えることはまずないので。それをうまく映画的に解釈して描けるかですよね。

本当は、今の時代のガンアクションと比べると大正時代の人々の動きも遅いはずなんです。運動能力は今の方が高いから。そういう意味では、実際の大正時代とはたぶん違います。でも、様々な分野のエキスパートを置いて、ここは嘘をつくという選択をしながら作っていくことには可能性を感じました。

──この後、またアクション映画を撮りたくなりましたか?

いや、それはわからないですね(笑)。でも、大正という時代は面白いと思いました。夏目漱石の初期の作品、青春ものをやってみたいな、と。そういう可能性は広がったと思います。

──この映画は、監督にとって視野を広げてくれた作品になったんですね。

挑戦させてもらっただけでいい経験になりました。ただ面白ければいいとか、アクションがかっこよければいいというわけではない作品になったと思っています。

取材・文/華崎陽子




(2023年8月 4日更新)


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Movie Data




(C)2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ

『リボルバー・リリー』

▼8月11日(金)より、T・ジョイ梅田ほか全国にて公開
出演:綾瀬はるか 長谷川博己
羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズJr.)/シシド・カフカ 古川琴音 清水尋也/ジェシー(SixTONES)
佐藤二朗 吹越 満 内田朝陽 板尾創路
橋爪 功/石橋蓮司/阿部サダヲ
野村萬斎 豊川悦司
監督:行定勲
脚本:小林達夫 行定勲
原作:長浦 京『リボルバー・リリー』(講談社文庫)

【公式サイト】
https://revolver-lily.com/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/227863/index.html


Profile

行定勲

ゆきさだ・いさお●1968年、熊本県生まれ。2000年に長編映画初監督作品『ひまわり』で釜山国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。2001年には、『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ数々の賞に輝き、一躍脚光を浴びる。2004年に『世界の中心で、愛をさけぶ』が公開、興行収入85億円の大ヒットを記録し、社会現象となった。以降、2010年には、『パレード』で、第60回ベルリン国際映画祭パノラマ部門・国際批評家連盟賞受賞し、2014年には大阪で撮影した『円卓』を発表する一方、日中合同作品『真夜中の五分前』を手掛け、2016年には『ピンクとグレー』が話題を呼んだ。そのほか、故郷熊本を舞台に撮影した『うつくしいひと』(16)、日活ロマンポルノリブート『ジムノペティに乱れる』(16)、『うつくしいひと、サバ?』(17)、『ナラタージュ』(17)など。2018年には『リバーズ・エッジ』が第68回ベルリン国際映画祭パノラマ部門オープニング作品として公開され、同映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞。また映画だけでなく、舞台「趣味の部屋」(13、15)、「ブエノスアイレス午前零時」(14)、「タンゴ・冬の終わりに」(15)などの舞台演出も手掛け、その功績が認められ2016年毎日芸術賞 演劇部門寄託賞の第18回千田是也賞を受賞。2020年には『劇場』と『窮鼠はチーズの夢を見る』が公開された。