ホーム > インタビュー&レポート > 「映画のリスタートが岡田将生君との作品になったことを 運命のように感じました」 山下敦弘監督と脚本家の宮藤官九郎が初タッグを組み、 岡田将生×清原果耶のW主演で『1秒先の彼女』をリメイク! 映画『1秒先の彼』山下敦弘監督インタビュー
──『1秒先の彼女』を初めて観た時はどのように感じられましたか。
実は、初見の時にはリメイク化の話をいただいていて。そういうことも考えながら観たので、面白かったんですが、「なんでこれを俺に?」と思いながら観ました。だけど、2回3回と観るうちにすごく好きになっていきました。複雑な話だけど、全体的にチェン・ユーシュン監督独特の可愛らしさがあって。最終的には主人公ふたりのキャラクターが素敵だったので、あまり難しく考えるのはやめようと思いました。
──チェン・ユーシュン監督の作品はお好きだったんでしょうか。
実は、観たことがなかったんです。『1秒先の彼女』が初めて観たチェン・ユーシュン監督の作品で、そこから『熱帯魚』と『ラブゴーゴー』を観ました。ビジュアルは見ていましたし、存在は知っていましたが、台湾にこんな監督がいたんだと驚きました。台湾と言えばホウ・シャオシェン監督やエドワード・ヤン監督、ツァイ・ミンリャン監督など、シリアスなイメージがあったんですが、こんなにポップな作品もあるんだと。
──『1秒先の彼女』を観る前からリメイク化の依頼があったんですね。その時には脚本を宮藤さんにという話も出ていたのでしょうか。
プロデューサーからは「まずは観てもらって気に入ってもらえたら...」と言われていました。宮藤さんも僕と同じように「気に入ってもらえたら...」とオファーがあって、宮藤さんもオリジナルを気に入って、一緒にやることになりました。
──山下監督の作品に宮藤さんが出演されたり、宮藤さんが脚本を書かれた「いだてん」に山下監督が出演したりと交流はあったと思いますが、監督と脚本家という立場でご一緒されていかがでしたか。
ちょっと僕が甘えてしまった部分はあると思います。宮藤さんは大ベテランですし、仕事も早いので。ふたりともチェン・ユーシュン監督の『1秒先の彼女』が好きで、あの映画を好きだという共通認識を持ちながら、日本の京都という場所を舞台に物語を考えていきました。
──本作は全編にわたって京都が舞台になっていますが、特に天橋立のシーンは台湾版の海辺のシーンにすごく似ていて素敵でした。
台湾版の海辺のシーンがすごく素敵なんですよね。海の中を走るバスとか。ああいうイメージもあったので、宮藤さんとは「天橋立でバス走らせられないかな?」って言っていたんですが、さすがにバスが通る幅はなくて。一応、国立公園ですし。でも、天橋立って思っていたよりも生活空間なんですよね。普通にジョギングや散歩している人もいれば、夏になると海水浴に行く場所。そういうところも台湾版と似ているように感じました。
──天橋立は京都の中でもなかなか映画のロケ地になることがないので、今回、天橋立で撮影していただいたことがすごく嬉しかったです。
天橋立って、上から撮影した天橋立の写真は見たことがあって知ってはいるけど実際に行ったことのない人の方が多いと思うんです。今回は、いろんなアングルから天橋立を撮ることができたので、新鮮に映るんじゃないかと思います。今回、鴨川が舞台になっている『パッチギ!』といしだあゆみさんが出ている京都舞台の『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』を観直したんです。『男はつらいよ~』はまさに、前半が鴨川で、後半が丹後地方の伊根が舞台。天橋立はあまり映っていませんでしたが。
──それでいうと、本作では観光地というよりは生活空間としての京都が映っているように感じました。
僕は大学卒業後、4年ぐらい大阪に住んでいたんですが、その頃「京都国際学生映画祭」という学生主導の映画祭があって。何回か呼ばれて京都に行ったら、学生がやってる映画祭だから宿泊先もスタッフの下宿先の町家で。炬燵で雑魚寝なんです(笑)。3、4日、京都でぼーっとして、学生たちと過ごしたのんびりした京都のイメージと、京都の大学生のイメージをこの映画に活かしました。
──だから、岡田さん演じるハジメが住んでいるのが町家だったんですね。
そうです。レイカが大学7回生なのも、京都だったらあり得るんじゃないかなと(笑)。
──台湾版から男女を反転させるアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
今回特別協力に入っているふくだもももこ監督が、『1秒先の彼女』を劇場で観て、宣伝部の方に「私だったら男女反転してリメイクします」とアイデアを伝えていたらしいんです。僕と宮藤さんでやることになって、台湾と同じ設定だとキャスティングがうまく決まらなくて。その時に、ふくださんが言っていた男女反転のアイデアとほぼ同じ案をプロデューサー陣も言ってきて、そこからすっと岡田くんが浮かんできて、あとは早かったですね。
──岡田さんとは『天然コケッコー』以来16年ぶりのタッグになりました。
ちょっと照れくさかったですね(笑)。
──私も『天然コケッコー』を観返しましたが、岡田さんの若々しさと初々しさに驚きました。
岡田君が役者になる前というか。役者前夜ですよね。だから妙に生々しいし、芝居なのか何なのかわからない、初々しい感じがありますよね。僕もあの時は29歳だったので。僕も新人というか、まだいっぱいいっぱいだったし。あの頃のお互いを知っている上で、お互いに経験を重ねて再会すると、やっぱり照れくさいですよね(笑)。懐かしさを感じながらも、岡田君も今はプロの俳優なので、安心してハジメ役を任せていました。
──岡田さんが演じるからこそ、憎たらしいところもあるのになぜか可愛いハジメになっていたと思います。
その辺は、岡田君が出ていた「ゆとりですがなにか」の脚本を書いていたこともあって、宮藤さんがすごくわかっていたんだと思います。宮藤さんは岡田君が持っている資質や魅力をわかっているんですよね。
──ハジメというキャラクターについて監督は岡田さんとどのような話をされたのでしょうか。
ワンテンポ早いというキャラクターをどうしようかという話はしました。僕はあまりドラマを見ないんですが、「ゆとりですがなにか」は好きで見ていて。岡田君ってこういうキャラクターも合うんだよなと思っていたんです。だから、基本的には宮藤さんが作り上げてくれた脚本を信じてやっていました。
──男女反転したからこそ、より可愛らしい世界観になっていると思います。
宮藤さんのすごいところは、岡田君にヒロイン感があることを見抜いていたことですよね。男性なんですが、岡田君はこの映画のヒロインなんですよ。それをよく見抜いていたなと思って。
──よくわかります!
ヒロインができる男性の俳優さんは岡田君以外にいないでしょうね。
──岡田さんが郵便局の制服を着ているだけでも面白いですよね(笑)。
冴えない感じも含めて似合ってますよね。これも、無茶苦茶な郵便局なんですけどね(笑)。受付の人が郵便局のバイクを運転するなんてことはあり得ないですから。配達員の人は別にいるはずなので。ここは完全に架空のファンタジーですね(笑)。
──監督にとって本作は『ハード・コア』以来5年ぶりの長編映画でした。その間に短編や中編を撮ってらっしゃいますが、この間に思うことはありましたか。
『ハード・コア』での燃え尽き症候群もありましたね。自分が好きな原作をやりたい放題やって撮っちゃったので。『ハード・コア』の後に1本企画があったんですが、コロナで2回延期になって。正直、このまま映画を撮れなくなるのかな? と思った時期はありました。ちょっと前までは、自分が新人だと思い込んでましたが、冷静に考えると新人じゃないし、下に若手監督いっぱいいるよなって。こうやって撮る本数が減っていくのかな、と弱気になったこともありました。
──そうだったんですね。監督はデビューされてから定期的に作品を発表されていたので、こんなに間が空いたのは初めてだったのではないでしょうか。
『天然コケッコー』の後、『マイ・バック・ページ』までが3年ぐらい空いたんですが、あの時はドラマをやったりしていて、休んでいる感じはなかったんです。でも、さすがにコロナ禍の2020年から2021年まではこのままフェイドアウトしていくのかな、でも『ハード・コア』撮れたしいいかなと諦めモードに入ることもありました(笑)。
──そんな時にこの映画の話が来たんですね。
そうですね。言い方は悪いかもしれませんが、断る理由はないですよね(笑)。「映画が撮れる」というのは第一にありましたが、その作品で岡田将生君と再会する、映画のリスタートが岡田将生君との作品だというのが、もう新人じゃないという思いも含めて運命のように感じました。
──コロナになっていなければ、この作品で再会できていたかどうかわからないですよね。
そうかもしれないですし、これも不謹慎かもしれませんが、コロナ禍だったから京都で撮影できたというのはあります。人が少なかったので。
──なるほど! 平安神宮のシーンは、どうやって撮ったんだろう? と思っていました。
あの敷地内は一応、撮影許可はおりるんですが、普段だと人が多いので人を止めることができないと思います。それも含めて、コロナ禍だったからギリギリ撮影できました。天橋立もまだ観光客が戻ってきてなかったので、今だったら無理だったと思います。
──台湾版でも重要な役割を担っていたラジオ番組ですが、本作では笑福亭笑瓶さんの番組になっていました。
あれは宮藤さんのアイデアですね。初稿の段階から「笑福亭笑瓶のおばんざいナイト」というタイトルまで決まっていたので。笑瓶さんありきで書いてました。僕は普段あまりラジオを聞かないので、ラジオのエピソードは宮藤さんが面白おかしくしてくれました。
──そうだったんですね。
オリジナル版もそうですが、ラジオや手紙といったような映画のモチーフが懐かしいものばかりなんですよね。LINEやスマホも出てきますけど。アナログなものを使うのは、やっていて楽しかったです。私書箱なんて、若い人の中には初めて見る人もいると思います。でも、知らない人は知らない人で新鮮に見えたらいいな、と。チェン・ユーシュン監督作品の懐かしさやアナログさを僕も宮藤さんも好きだったんだと思います。
──その懐かしさやアナログさと京都の街の雰囲気がマッチしているように感じました。
そうですよね。京都はちょっとアナログというか懐かしい感じもしますよね。
──京都で撮影されて、どのように感じられましたか。
独特の空気が流れているなと思いました。初めて京都に2ヶ月弱滞在して、二条のホテルに泊まって、撮影して、撮休の時は近所の銭湯に行って。京都市内は自転車があればどこでも行けると思って、中古の自転車を買って普通に生活してました。ゆっくりとか速いではなくて、マイペースなんですよね、京都の時間は。京都の時間が流れているように感じました。この時間にはまってしまうと抜けられないだろうなと思いました。
──また京都で撮りたいと思われましたか?
2ヶ月いた後は、しばらく京都はいいやと(笑)。でも、東京に帰るとすぐに京都が懐かしくなりました。
取材・文/華崎陽子
(2023年7月 4日更新)
▼7月7日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開
出演:岡田将生 清原果耶
福室莉音 片山友希 しみけん 笑福亭笑瓶
松本妃代 伊勢志摩 柊木陽太 加藤柚凪 朝井大智 山内圭哉
羽野晶紀 加藤雅也 荒川良々
主題歌:幾田りら「P.S.」
原作:『1秒先の彼女』(チェン・ユーシュン)
監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
【公式サイト】
https://bitters.co.jp/ichi-kare/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/237521/index.html
やました・のぶひろ●1976年8月29日、愛知県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。卒業制作の『どんてん生活』(1999)が内外で評判を呼び、脚本の向井康介とのコンビによる“ダメ男三部作”『ばかのハコ船』(2003)、『リアリズムの宿』(04)へと繋がる。『リンダ リンダ リンダ』(05)がスマッシュヒットを記録し、続く『天然コケッコー』(07)では第32回報知映画賞監督賞、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞等を受賞、高評価を得て新人だった岡田将生を輝かせた。以降『マイ・バック・ページ』(11)、『苦役列車』(12)、ドラマ「午前3時の無法地帯」(13/共同監督・今泉力哉/ BeeTV)、『もらとりあむタマ子』(13)、『味園ユニバース』(15)、『オーバー・フェンス』(16)とキャリアを順調に積み重ね、作家性と娯楽性とを兼ね備えた作風を確立してゆく。『ハード・コア』(18)では第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。宮藤官九郎とは、『ぼくのおじさん』(16)やテレビドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」(20/TX)での宮藤官九郎の助演、大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(19/NHK)での山下敦弘の出演と控えめなコラボはあったが、監督と脚本家の立場で組むのは初。公開待機作に和山やま原作、野木亜紀子脚本による『カラオケ行こ!』、ロトスコープアニメーション映画『化け猫あんずちゃん』(共同監督・久野遥子)等がある。