ホーム > インタビュー&レポート > 「坂口健太郎さんで映画を撮りたかった」 坂口健太郎主演、行定勲が企画・プロデュースを務めた 映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』伊藤ちひろ監督インタビュー
──脚本家として活動していらっしゃる時から監督になりたいと思っていらっしゃったのでしょうか。
全くなかったです。私は元々小説家になりたかったので、自分が映画監督をやるとは思ってなかったです。脚本と両立させながら「ひとりぼっちじゃない」という小説を書いていたら、長い年月がかかってしまって。文章を書いているだけの生活になっていることに気がついて怖くなってきたんです。
──それはどのくらい続いたのでしょうか。
10年近くです。小説が終わらないから、隙あらば小説を書かなきゃいけなくて。常に文章を書いて家に引きこもっているような生活が続いていました。本当に必要最小限の気の合う人としか会わないので、自分を不健全に感じてしまって。ちゃんと人と関わらないと物語を生み出すことができなくなってしまうのではないかと感じ、監督に挑戦してみようと思いました。それまでは監督をするなんて思いもしていませんでした。
──本当は『ひとりぼっちじゃない』より先に、本作を撮るはずだったそうですね。
『サイド バイ サイド 隣にいる人』をデビュー作として書いていたんですが、コロナでスケジュールが延びてしまって。スタッフは集まっていたので、何か急遽撮れないかな? と思って、小説として長い間向き合ってきた『ひとりぼっちじゃない』なら時間のない中でも準備できるという話になったので、こっちが2作目になりました。
──『ひとりぼっちじゃない』と本作の間はどのくらい空いたのでしょうか。
1年の差があります。本作は自然の緑を映したかったので、季節を1回逃してしまうとなかなか難しくて。
──自然の緑というと、本作のロケ地となっている長野県・上高地の風景は、現実かどうかわからない景色が印象的でした。長野県をロケ地にすることは脚本の段階から思い描いていらっしゃったのでしょうか。
神秘的な自然をイメージして脚本を書いていました。脚本を書き終わった後で、スタッフにイメージを伝えるために写真を探したら、イメージに近いなと思った写真がどれも全部、長野県だったんです。これは長野で撮るしかないと思って。特に、上高地の大正池は絶対にここで撮らせてほしいと思いました。
──まるで導かれたみたいですね。
自分でもびっくりしました。長野って美しいんだな、と。これは絶対長野で撮るってことなんだと思いました。特に大正池は1回見たら忘れられない、特別な場所ですよね。
──本作が生まれるきっかけみたいなものはあったのでしょうか。
まずは、坂口健太郎さんで撮りたい、坂口さんでキャラクターを作りたいというのが一番でした。ビジュアル的なことも含めて、彼が持っている内面的な魅力を最大限に活かせるキャラクターを考えました。しかも、今までやったことのない役でと考えていく中で見えてきたのが未山のキャラクターでした。
──具体的にはどんなキャラクターをイメージされたのでしょうか。
ひたすら与え続けて、人の気持ちに敏感で人の思いを吸い寄せてしまうような人というイメージでした。そこから寓話的なイメージを思い描いて、最初はオスカー・ワイルドの「幸福な王子」を想像したんですが、どうしてもあのような表現を現実の世界に引き寄せて描くのはなかなか難しくて。でも、未山というキャラクターには寓話的な要素が必要だと思いました。
──坂口さんで映画を作りたいと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
元々、彼のことはモデルとして知っていました。『ナラタージュ』の脚本を書いた時に(堀泉杏名義)、坂口さんの演じる小野くんを見たいと思ってオファーしたら、あまりにも良くて。坂口さんは奥行きも感受性もあって、すごく面白い役者だと感じたので、また絶対一緒に仕事をしたいと思っていました。なかなかタイミングが合わなかったんですが、自分で撮りたいという気持ちになって、彼ありきで脚本書いてみようと思ったんです。
──堀泉杏は伊藤監督の別名義だったんですね。
はい。最近公表しました。
──『ナラタージュ』の坂口さんは、それまでのイメージを一変させるような演技が印象的でした。
あの頃は坂口さん自身もそう言われることが多かったみたいです。小野くんのリアルな心の痛みやもがきが伝わってきて、ひりひりしますよね。坂口さんの演技がリアルだったからこそ、有村架純さんが演じる泉も、そして観客もすごく辛い気持ちになったと思うんです。坂口さんは、物語の強度を高めてくれる役者さんだと思います。
──今回も、坂口さんが演じているからこそ未山のキャラクターにリアリティが生まれたと思います。特に、牛と対話しているシーンは一番未山のキャラクターが伝わってくる場面でした。牛との触れ合いというアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
未山は、いろんなものを呼び寄せて心を通わせられるし、相手の心を感じ取れるんです。だから、出会うもの全てと交流できる。それと同時に、"迷い牛"という言葉がずっと私の頭の中にあって。"迷い牛"って何を思って歩いているんだろう?って聞いてみたくなっちゃうんです。だから、この映画でも未山が"迷い牛"と出会うのはすごく意味のあることになっています。
──なぜ"迷い牛"だったのでしょうか。
よく"迷い牛"のエピソードを耳にしていて。放牧すると、迷ってフラフラしちゃう、そういう牛もいるんですよね。それが面白いなと思って。冒険心がある個性的な牛なんだろうし、何かに誘われるようにフラフラしちゃうのかな。
──監督の中で"迷い牛"のイメージが広がっていたんですね。
"迷い牛"は、ずっと自分の中に残っていたので、どこかで1度使ってみたいと思っていました。今回ほどぴったりの作品はないと思いました(笑)。
──未山が"迷い牛"と出会う場所は、1本道のような開けた場所ではなく、カーブのある山道でした。そこにも意味があるように感じました。
そうですね。"迷い牛"と未山が遭うところは、この映画にとってものすごく大事な場所だったので、ロケ場所を探すのに難航して、最後まで見つかりませんでした。私がイメージしているものを撮れる場所を見つけるのに苦戦しました。
──どのような場所をイメージされていたのでしょうか。
その先に道がぷつりとないような、違和感のある変な空間をイメージしていました。ちょっと非現実的というか、どこか怖いような。ぱっと見ると美しいけれど、不穏さを感じてしまう場所というような雰囲気がすごく重要でした。日常の延長線上にあるような場所ではないところがよかったので、本当に大変でした。
──前作の『ひとりぼっちじゃない』も拝見いたしましたが、本作同様、登場人物の寝ている姿がとても美しいと感じました。特に、横から寝姿を映すシーンというのはあまり今まで見たことがなかったので新鮮でした。そこにも監督のこだわりがあったのでしょうか。
確かに、あまり見たことはないですね。たぶん画面いっぱいに寝姿を映すのが個人的に好みなんです。人が寝ている姿はすごく無防備だし、死に近いというか、すごくシンプルな状況だと思うんです。朝の姿も寝る前も、横たわる時というのは人間にとって重要な場面だと思うので、そこは大切にして撮っています。
──『ひとりぼっちじゃない』も本作も女優さんがすごく綺麗だと感じました。
すごく嬉しいです。それは10代の頃に私が映画を好きになったきっかけが、女優さんが美しく映っているからだったんです。それが自分の中のテーマになっているんだと思います。結局、観終わった時に私が「この映画好きだ」と思えるものは、すごく女優さんが綺麗な作品なんですよね。
──例えば、どんな映画でしょうか。
例えば、『愛のコリーダ』や『青い夢の女』なんかもそうですし、それ以外にも、レオス・カラックスや鈴木清順さんの映画がすごく好きです。惹かれて記憶に残っている映画は全部、観終わった時に女優さんを「なんて魅力的なんだ」と思える作品でした。それが私にとっての映画体験だったんです。自分が女としてどう生きればいいのかわからなかった時に、魅力的な女性ってこういう人なんだと学んだんだと思います。
──なるほど。
そういう意識があるので、自分の映画に登場させる女性は魅力的でなきゃいけないというこだわりがありました。
──坂口さん演じる未山と共に暮らす恋人・詩織を演じた市川実日子さんもとても魅力的でした。
詩織はこの映画の軸になる存在で、光でもあります。人間としての逞しさがあって、周囲に生きる力を与えるすごく重要な存在なので、キャスティングはものすごく悩みました。実日子さんにやってもらえてよかったし、実日子さんじゃなかったらきっとダメでした。詩織は、この映画の心臓とも言える存在なので。
──先ほど、レオス・カラックス監督の映画がお好きだとおっしゃっていましたが、本作のエスカレーターで未山が齋藤飛鳥さん演じる莉子を追いかけるシーンは、レオス・カラックス監督の『TOKYO!/メルド』を思い出しました。
本当ですか? 嬉しいです。今まで誰にも言われてないですが、それはすごく鋭い指摘で。あのエスカレーターのシーンは、勢いというかスピード感を入れて撮りたいと思ったので、どういう風に言えばスタッフに伝わるだろうかと考えたんです。その時にスタッフに見てもらったのがレオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』の地下道のシーンでした。
──そうだったんですね!
当初頭に描いていたのは、ああいうスピード感で、どこにいるのかわからない中を延々と走っているようなイメージでした。だから最初にイメージしていた片鱗が残っていたのかもしれないですね。特にこの2作は、自分から生まれるものを純度高く作ってみたいと思ったので、私が好きな映画を反映させることや影響を受けてしまわないように、意識的に見直さないようにしていたんです。でも、あのシーンだけはスタッフにも見てもらったし、私も見返したので。映画の世界に憧れるきっかけになった、私にとって特別な存在のカラックスがそういうところにちゃんと残っているんですね(笑)。
──緑あふれる山の中に未山たちがいるシーンはエリック・ロメールを思い起こしました。
エリック・ロメールはスタッフにも言われたことがあります。これまでの私は好みが偏っていて、たくさん映画を観ている方ではないので、最近はすごく悩んでいて。撮影の準備などをしていて「例えばエリック・ロメールのような...」とスタッフが私に名作を通してイメージを伝えようとしていると、私はだいたい観ていなくてピンとこない、みたいなことがあります。スタッフとのコミュニケーションを円滑にするためにも、本当はたくさん映画を観た方がいいと思うんです。
でも、無意識に自分が影響を受け過ぎてしまうんじゃないかと。最初のうちは特に、自分自身から純粋に生まれるものを大事にしたいし、自分の個性というものが何なのかを探っている時は、ちゃんと見つけるためになるべく他の作品を観ない方がいいんじゃないかと悩んでいるんです。
──確かに、本作は独創的な映画になっていると思います。
本作も自分の中から生まれるものを大事にして撮りましたし、そう言ってもらえることが多いからこそ、余計に怖くなってしまって。でも、スタッフとのコミュニケーションは作品を通してできることが多いので、すごく難しいところです。
──行定勲監督が本作のプロデューサーを務めてらっしゃいますが、アドバイスなどはあったのでしょうか。
「思うままに撮れ」と言ってもらいました。そして「わからないことがあったらもちろん俺は答えられるけど、ちゃんと自分で考えた方がいい。大事なのは自分が最初に思ったことを最後までブレずに撮ること。現場で時間に追われたり、みんなから思っていたことと違うアイデアが出てきたりするとどうしても迷ってしまう。時にはそれがいいこともあるけど、ちゃんと自分の中に芯を持っていないと、自分がどう作ろうとしていたのか途中から分からなくなって、後に大変なことになることもあるよ」と言われました。
現場で何度もその言葉が蘇りましたし、そのアドバイスのおかげで、なんとか最後まで頑張って自分の気持ちを維持し続けることができたのだと思います。
──実際に監督をされてみて、一番難しかったことは何だったのでしょうか。
この2作品とも、説明を意図的に排除しているところが多くて。それは、現場のスタッフやキャストにもはっきりとは伝えずに撮影した箇所もいくつかありました。私が感覚的な伝え方をした部分は特に、スタッフやキャストにとってわからないままの撮影だったと思うので、やりづらいだろうなと感じて、そういうところが私も難しかったです。私は、ちゃんと自分の思いを伝えることやイメージを適切に言語化することがまだまだ至らないので、そういうことが一番難しかったし、課題だと思っています。
取材・文/華崎陽子
(2023年4月17日更新)
▼4月14日(金)より、大阪ステーションシティシネマほか全国にて公開
出演:坂口健太郎
齋藤飛鳥 浅香航大 磯村アメリ
茅島成美 不破万作 津田寛治 井口理(King Gnu)
市川実日子
監督・脚本・原案:伊藤ちひろ
主題歌:「隣」クボタカイ (ROOFTOP/WARNER MUSIC JAPAN)
企画・プロデュース:行定勲
【公式サイト】
https://happinet-phantom.com/sidebyside/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/271921/index.html
いとう・ちひろ●『Seventh Anniversary』(2003)で脚本デビュー。その後、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)の脚本に抜擢され、『春の雪』(05)、『クローズド・ノート』(07)など行定勲監督とタッグを組む。その他の作品に、ヴェネチア国際映画祭コンペディションに選出された『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(08/押井守監督)、『今度は愛妻家』(10/行定勲監督)、『真夜中の五分前』(14/行定勲監督)など。神奈川県立芸術劇場(KAAT)のこけら落とし作品「金閣寺」(宮本亜門演出)の上演台本を手掛けるなど、活躍は映画にとどまらない。近年は、堀泉杏名義で『ナラタージュ』(17/行定勲監督)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(20/行定勲監督)などの脚本を手掛ける。劇場映画初監督作品となる『ひとりぼっちじゃない』が、2023年3月10日(金)に公開された。