ホーム > インタビュー&レポート > 「今までにない深い関わり方をさせていただいた 大事な作品になりました」他者に恋愛感情を抱かない 主人公がありのままの自分を愛せるようになっていく姿を描く 映画『そばかす』主演・三浦透子インタビュー
──本作は他者に恋愛感情を抱かない、アセクシャルと言われる女性を描いた作品ですが、初めて脚本を読まれた時はどのように感じられましたか?
アセクシャルというセクシャリティを持った女性を主人公にした映画は、今までに作られていないと思ったので、興味を持って読ませていただきました。佳純が自分のセクシャリティに起因して悩んできたことや向き合ってきたことは、セクシャリティがゆえの悩みや違いを感じている人だけのものじゃないと思いました。誰しもが本質的に考えなければいけないことで、そういうことと向き合う時間を作らなければいけないということが描かれている映画だと思いました。
──誰しもがきっと"普通"に当てはまらない何かを持っているはずなので、そういう"普通"と違うことを見つめる映画でもあると感じました。
佳純が、葛藤や悩みみたいなものを抱えながら生きる姿を通して、私は、普通に適応できないことへの違和感を覚えていた自分の悩みも救われるような気がしました。改めて、当たり前のように享受している普通って何なのだろう? と考えました。でも、それは彼女だけではなく、全ての人が考えるべきことではないかと個人的には思います。
──三浦さん自身が、普通に適応できないと感じていたことを聞かせていただいてもよろしいでしょうか。
子どもの頃は、たぶん、自分の発言でよく人を傷つけていたと思います。それは、思ったことを言ってしまう子どもだったからです。相手が先生や大人であっても、それは違うんじゃないかと思ったら口に出してしまうような。だから、うまくいかないことはたくさんありました。
──なるほど。
でも、自分にとっては、内容がポジティブであろうがネガティブであろうが、その人のことをもっと知りたいという欲求から出る、素直なコミュニケーションのひとつだったと思います。もちろん、もっと内容を吟味すべき部分はあったと思います。みんなが口にしてはいけないと考える基準と、自分がズレていると感じていました。
──周囲と感覚がズレていることを自覚されていたんですね。
みんなが「わかる」と言っていることがわからなかったので。逆に、みんなが気にならないことが気になることもあって。さらに言えば、普通に1時間座っていることも苦手でした。みんなができていることをできないと感じた経験は、子ども時代は頻繁にありました。
──ということは、人と違うと感じてしまう佳純の気持ちは、三浦さんにとって経験したことのあるものだったんですね。
そうですね。でも、こういう題材だからこそ、自分が演じていいのかどうかはすごく慎重に考えながら脚本を読みました。そんな中で、自分が演じてもいいのかな、演じられるかなと思ったのは、まさに今おっしゃっていただいたように、佳純とは違う悩みかもしれないけれど、確実に多数派ではない自分を、人生の中で感じたことがあって、それについて悩んだこともあったからです。佳純に自分自身を重ねて考えさせられるものがあったので、演じたいと純粋に思いました。
──オープニングの合コンのシーンでは、みんなが楽しそうに会話している恋バナに、佳純は興味を持てず居心地が悪そうにしていることが伝わってきて、いたたまれなさを感じました。それと同時に、恋バナは全員が興味を持てる話題だと一般的に考えられていることには疑問も感じました。
佳純が持っている、セクシャリティがゆえの悩みが一番わかりやすいかたちで表現されているシーンだったと思います。誰にとっても恋愛の話は楽しいはずだと考えられていることには、私も個人的に違和感を覚えています。その話題が楽しくなかったり、質問の答えがわからないから黙っていたりするとノリが悪いと思われたり。恋愛の話に盛り上がれないとパーソナリティに問題があるとすら受け取られているぐらいに市民権を得ている話題になっていますよね。その話題に乗らないことが相手に心を開いていないと思われるのにも違和感がありました。
──しかも、場の空気を壊しているぐらいに思われてしまう可能性もありますよね。
恋愛感情を抱かない、性欲がわかないというのがアセクシャルというセクシャリティですが、アセクシャルの中にも完全にない人だけでなく、グラデーション的にいろんな人が存在しているはずです。恋愛感情を抱きづらい人もこの世の中にはたくさんいると思いますが、別に自分が何と世間に言う必要はなくて。ありのままのセクシャリティが誰と違っていても、その人には価値があると思いますし、そのアイデンティティは尊重されるべきものだと思っています。そういうことを伝えるためにこの映画を作ったつもりです。
──そう考えると、すごく考えさせられるオープニングでした。
あのシーンのリハーサルにおける玉田さんの演出で、佳純の方向性が決まったように感じました。合コンに来ている3人と佳純のコミュニケーションがうまくいっていないことを示すシーンでしたが、コミュニケーションがうまくいっていない理由が問題で。
──その理由に問題の本質があるということでしょうか?
例えば、クラスの人気者とそうではない子のうまくいかないコミュニケーションのようにも文字だけでは受け取れてしまう。でも、そうではなくて。彼ら彼女らになりたいけどなれないのではなく、佳純自身が普通だと思っていることが理解してもらえないから、言えないのではなく、言わないことを選択している。最初のシーンでそういうことをしっかりやらないと、佳純が持つ固有の悩みが描けないのではないかと。
──言えないのではなく、言わないことを選択している佳純の気持ちは痛いほど伝わってきました。
平たく言ってしまうと、コミュニケーションがうまくいかず、心を開けなかった内気な女性が成長していく話と言えてしまうかもしれませんが、そうではなくて。そういった意味ではむしろ真逆というか、彼女はすごく自分をしっかり持っていて、自分が人と違うことを感じながら生きてきたので、私って何なんだろう? ということも他の人よりたくさん考えて生きてきたと思うんです。
──そうですね。
だからこそ佳純は、自分の考えを言葉にすることもできるはずで。できるけど、それを伝えても相手はわからないだろうということまで考えてしまっているから、言わないことを選択している。そこに生まれるコミュニケーションの断絶をあのシーンでは描いています。そこが、いわゆる1軍と3軍のコミュニケーションのうまくいかない感じに見えないように、リハーサルの段階から玉田さんとディスカッションしました。
──佳純はすごくいろんなことを見て考えている女性のように感じました。
そうですね。だから悩むし、他の人が気づかないことに気づく。最初の頃の佳純は、自分を守るために相手を諦めるという手段をとっていた気がします。そういう風に生きていた中で、同じではなくても自分を理解して尊重してくれた(前田敦子演じる)真帆ちゃんや、(北村匠海演じる)天藤のような、同じことを共有できる人との出会いによって、諦めることや逃げることがある意味ポジティブに捉えられるようになったと思います。
──確かに、真帆ちゃんや天藤との出会いによって佳純は変わっていきます。
逃げるしかないのではなく、逃げることを選択して、「逃げていいんじゃない?」と自分に言ってあげられる。そういう風に頑張らない自分も含めてありのままを愛してあげられるように成長していく物語だと思っています。だから、最後の走っている姿もそういう風に見えますし、逃げることをポジティブに肯定しているように私には見えました。
──登場シーンは多くないはずなのに、北村匠海さんはもっていきましたね(笑)。北村さん演じる天藤と佳純が交わす言葉は多くないですが、似たものを持っていることがすごく伝わってきました。
脚本を読んですぐに彼が「このふたりの関係は表裏一体ってことだよね?」と言っていて。私もまさにそうだと思いました。彼との付き合いは長いので、私たちが共有してきた時間があったからこそできたことはあったかもしれないと感じました。彼にはすごく感謝しています。
──天藤の態度は、一見素っ気なく感じますが、佳純とだけはコミュニケーションがとれているように見えました。
天藤の振る舞いは、佳純ができなかった姿だと思っています。例えば、最初の合コンのシーンで、天藤のようにその場に行くことさえもしないという選択肢もあったのではないかと。
──確かに、そうですね。
保育園の同僚の人たちとのシーンの佳純は成長しています。合コンのシーンの時もトム・クルーズの話をしていますが、その時とはちょっと違っていて。自分はこれが好きだからこの話をするのだと、気持ちよく話ができている。そういうところに自分と同じような人が現れて、「僕は帰ります」と言う。そういう姿が佳純にとっては気持ち良さすら感じたのではないかと思います。
──天藤とのシーンは佳純から清々しさを感じました。
さらに言うと、温泉に行った彼(お見合い相手にも関わらず結婚に興味ないことで共感し合い友だちになった、伊島空演じる木暮)とうまくいかなかった記憶があるから、天藤に対してはきちんと自分は恋愛感情を持てないと伝えているように、天藤とのシーンは短いですが、佳純の成長が詰まっているように感じています。
──天藤と佳純のシーンは、この映画にとって重要な場面だったと思います。
佳純のそういう発言に対してちゃんと呼応してくれる天藤の存在は大きくて。佳純の成長をすごく感じるシーンでもあり、佳純が天藤みたいな自分と同じ価値観を持った人に出会えたから救われたことは、この映画で一番描きたかったことだと思います。天藤の言う言葉ですが、「この世界のどこかに自分と同じように感じている人がいるんだったらそれでいい」と私も思いましたし、本質を捉えていると思います。
──あの天藤の言葉は胸に沁みました。
自分は普通ではないのではないか、自分と同じ価値観を持っている人なんてこの世の中にいないのではないか、自分はひとりなのではないか、と感じている人はこの世界にたくさんいると思います。この映画が、佳純にとっての天藤や天藤にとっての佳純のような存在になって、あなたと同じように感じている人はいると伝えられるものになれたら私はすごく幸せだと思っています。だからこそ、大事な映画ですし、大事なシーンだと感じています。
──天藤や真帆ちゃんなど、佳純を理解してくれる人がいる一方で、干渉過多にも思える家族とのシーンは色々と考えさせられました。
家族とのシーンは難しかったです。誰も嫌な人がいないので、佳純もきっと家族のことは好きだと思います。ただ、たとえ家族であっても分かり合えないことはありますよね。家族だから絶対に分かり合えなきゃいけないというのもちょっと違う。わかってもらう努力を絶対にしなくちゃいけないわけでもないですし。だけど、佳純には家族だから言えることや家族に求めていることはあるので、それだけで十分なのではないかと思っていました。
──そんな家族とのシーンはどのように考えながら演じてらっしゃいましたか?
過干渉に対するフラストレーションも抱えつつ、佳純にとってはここにしかない居心地の良さが確実にあるのだろうなと感じながら演じていました。あの家族はすごくバランスが良くて。お父さんと佳純には共有できるものがあって、妹とお母さんもそう。その間にいるおばあちゃんがどちらの感覚も持っているハイブリッドな存在として鎮座していて。けっこう現代的で、多様性に対しても寛容で。そこが面白い構図になっていて、誰かが誰かの味方になって、自然と誰もひとりにならないようになっているなと感じました。
──確かに、佳純の家族は誰も孤立していませんでした。ある意味、優しいのかもしれないですね。
あの家族だったからこそ佳純は生きてこられたのかもしれないと思いました。どうしても、お母さんはお母さんで、地方都市における近所との関係性もあると思います。お母さんも世間の"普通"に影響を受けているひとりの人間ではないかと。家族のシーンは、どの立場に立つかによって"普通"は違うのだということを表現しているように感じました。
──三浦さんは本作の主題歌も担当されています。羊文学の塩塚モエカさんとはどのように楽曲を作り上げていったのでしょうか?
映画の撮影を終えてからの制作だったので、撮影現場で感じたことはもちろんお話しました。主題歌をお受けしよう、自分の歌としてこの映画のための曲を作ろうと決断できた理由にも繋がるのですが、次のアルバム制作について、ボーダーレスをテーマのひとつとして挙げていて。わかりやすく女性の歌、男性の歌、大人や子どもと断定しない、狭間にある人の価値観もすくいあげられるようなものを大事にして作りたいと思っていました。
──本作のテーマに通じるものがありますね。
今まで大事にしてきた価値観の延長線上で、この映画の曲は作ることができると思ったので、この曲は蘇畑佳純ではなく、私が歌う曲として作ることができると思いました。羊文学の塩塚モエカさんとは、もちろん映画のお話もしましたが、今までの楽曲制作の時と同じように、自分が普段どんなことを考えているのか、どういう人間なのかというような雑談もしました。私という人間を知ってもらう時間と、映画の撮影を通して私が考えたことを話して、映画を観てもらって作っていただきました。
──三浦さんが映画を作って感じたことが歌にも反映されているんですね。
この映画に出演したことで、ずっと自分が考えてきたことや大事にしたいと思っていたことに改めて向き合うことができたし、改めて、こういう考えを持って生きていきたいと思いました。主演としてこの映画に関わらせていただいて、主題歌も担当して、今までにない深い関わり方をさせていただいた大事な作品になりました。
そういう作品で、ずっと大事にしてきたテーマを扱って芝居も音楽の表現もできたことはすごく恵まれていたと思います。やってきたことの積み重ねの結果なのかなと思えましたし、こういう役を私にやらせたいと思ってくださったことも嬉しかったです。今までいろんな役を演じてきて、必ずしも自分が大事にしていることばかりを出してきたわけではないですが、見てくださった私の姿が多少なりとも影響した結果なのかなと感じています。
取材・文/華崎陽子
(2022年12月22日更新)
▼12月23日(金)より、シネ・リーブル梅田ほかにて公開
出演:三浦透子
前田敦子、伊藤万理華、伊島空、前原滉、前原瑞樹、浅野千鶴
北村匠海(友情出演) 田島令子 坂井真紀 三宅弘城
監督:玉田真也
企画・原作・脚本:アサダアツシ
主題歌:三浦透子「風になれ」
【公式サイト】
https://notheroinemovies.com/sobakasu/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/246068/index.html
みうら・とうこ●1996年10月20日生まれ、北海道出身。2002年「なっちゃん」のCMでデビュー。主な出演作は、映画『私たちのハァハァ』(15/松居大悟監督)、『月子』(17/越川道夫監督)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18/冨永昌敬監督)、『あの日のオルガン』(19/平松恵美子監督)、『ロマンスドール』(20/タナダユキ監督)、『スパゲティコード・ラブ』(21/丸山健志監督)、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(22)、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』(21/濱口竜介監督)ではヒロインを演じ、第45回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。歌手としても活動しており、映画『天気の子』(19/新海誠監督)では主題歌のボーカリストとして参加。本作では主題歌「風になれ」の歌唱も担当する。月10ドラマ「エルピス―希望、あるいは災い―」にも出演。公開待機作に、『とべない風船』(22/宮川博至監督)、『山女』(22/福永壮志監督)がある。