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極寒のシベリアで生きる希望を捨てずに帰国を信じ
仲間を励まし続けた男の実話を二宮和也主演で映画化
映画『ラーゲリより愛を込めて』瀬々敬久監督インタビュー

辺見じゅんのノンフィクション「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を映画化した『ラーゲリより愛を込めて』が、12月9日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開される。第2次世界大戦後、シベリアの強制収容所に送られた日本人たちが絶望する中で、帰国(ダモイ)の希望を持ち続け仲間を励まし続けた山本幡男の半生を描く。

二宮和也が、山本幡男に扮し、山本とともに極寒のシベリアの収容所で過ごした抑留者仲間を松坂桃李、中島健人、桐谷健太、安田顕らが演じている。『糸』や『護られなかった者たちへ』の瀬々敬久が監督を、同作でも脚本を手掛けた林民夫が脚本を務めた。そんな本作の公開を前に、瀬々敬久監督が作品について語った。

──まずは、原作やプロットを読んだ時の印象をお聞かせいただけますでしょうか。

最初に原作を読んでほしいと言われた時には、二宮くんが主演というのは決まっていました。林さんが書いたプロットがある程度できていたので、それも一緒に読みました。原作はノンフィクションというよりもルポルタージュに近いので、事実の断片を集めたという印象でしょうか。原作では、幡男さんはかなりの数の収容所を渡り歩いていましたが、僕が読んだ段階のプロットでは2個に集約されているなど、大まかな骨格はできていたので、こういう物語なら映画にできるのではないかと感じました。

──監督自身はシベリア抑留者についてはどのように記憶してらっしゃいましたか?

最後の引揚船が1956年で、僕は1960年生まれ。生まれる4年前に終わっているので、詳しくは知りませんでした。ただ、シベリアに遺骨を探しに行く番組を子どもの頃は毎年のようにテレビで見た記憶があるので、そういう出来事を身近に感じてはいました。

──改めて今回、監督を務めるにあたってシベリア抑留者のことを調べて、驚いたことはありましたか?

実は、当時の写真というのはほとんど残っていなくて。写真が残っていたとしてもソ連側が映したもので、ソ連側に都合の良い、健康そうな抑留者の様子と皆で学習しているような整然とした写真しか残っていませんでした。だから、この時代の資料は、抑留されていた人たちが帰ってきて描いた絵になるんです。

──確かに、写真を見た記憶はほとんどないですね。

彼らは記憶を辿って描いたはずなのに、すごく精密な絵が残っていて。映画を作る上で、それが僕たちの重要な資料になりました。

──それは身に迫ってくるものがあったのではないでしょうか。

そうですね。よくここまで覚えているなと思うくらい精密な絵でしたから。建物の中や移動する列車の中など、あらゆる局面を描いた絵が残っていました。

──松坂桃李さん、中島健人さん、桐谷健太さん、安田顕さんらが演じた映画に登場する、山本幡男さんを取り巻く4人の抑留者仲間は原作に登場する人々を合わせたのでしょうか?

原作には、山本幡男さんの抑留者仲間が20人ぐらい登場するので、それを4人に集約しています。

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──その4人のキャスティングは難しかったのではないかと思います。重視したことは何だったのでしょうか?

二宮くんが、撮影が終わった時に「こういう戦争を題材にした映画を、自分たちの世代で作ることができて良かった」と言っていて。要するに30代や40代の俳優です。かつてだったら大御所俳優がキャスティングされていたかもしれませんよね。そうではなく、「同世代で、しかも戦争を知らない世代の俳優たちで作ることができたのが自分にとって価値のあることだと思う」と。

──確かに、二宮さんと同世代の方が中心になっていました。

戦争から何十年も経って、皆が戦争のことを忘れがちなこの世の中で、戦争を知らない世代の人たちでこの映画を作ることができたのが、すごく意味のあることだと思いますと言っていたのが印象的でした。そういう意味では、奇しくもこうなったわけですが、今は、フラットな、偏りのない感じのする人が集まったような気がしています。

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──山本幡男役に二宮さんはぴったりだったと思いますが、監督は二宮さんが山本幡男として撮影現場に現れた時はどのように感じられましたか?

得も言われぬものがあると言うか、眼鏡をかけた時の二宮くんは山本幡男さんにしか見えないですよね。二宮くん自身はそんなに身長がある方ではないし、小柄ですが、その小柄な体型が二宮くんの強みじゃないかと。そこに確固たる柔らかさと意志がある佇まいがまさに山本幡男さんだと感じました。

──まさにはまり役でしたね。

初号試写の時に山本幡男さんの息子さんの顕一さんが観に来られたのですが、「お父さんにそっくりです」とおっしゃっていました。息子さんから見ても似ているらしいです。

──二宮さんの佇まいには説得力を感じました。

今思い出しましたが、二宮くんは「山本さんをヒーローとして演じたくない」と言っていました。こういう映画だとヒーロー然として扱われる可能性もあるじゃないですか。そうではなくて、もう少し普通の人が希望を捨てずに生きていたんだという感じにしたい、と。

──確かに、戦争映画にありがちなヒーローのような存在ではありませんでした。

二宮くんは、お祖父さんが実際にシベリアの抑留者だったんです。そういう意味では、お祖父さんが日本に帰ってきて、その命が二宮くんに繋がっているわけですから、自分の存在に繋がるルーツを感じていた部分もあったのではないかと思います。大変なことがいろいろあったからかもしれませんが、お祖父さんは過去についてあまり語らなかったらしいです。そういう意味では、二宮くんのこの映画への思いはひとしおだったと思います。

──二宮さんとこの映画との縁をすごく感じますね。

劇中、二宮くん演じる幡男さんが「戦争って酷いもんですよね」と言うシーンがありますが、あれはクランクイン前の顔合わせの際に二宮くんが「こんな感じの台詞を言いたいんです」と言ってきて、後から足した、二宮くんのアイデアによる台詞です。大きな声で戦争に反対するというよりは、彼は人間らしさを追及しようとしたんだと思います。あの瞬間の幡男さんからは、死を恐れている様子も感じられると思いますが、ある意味等身大の弱さみたいなものを含めて、生きている山本幡男を演じたいと思っていたように感じました。

──監督にとっても戦時中を描く映画は初めてだったと思います。特に意識されたことはありましたか?

注意しておきたいと思ったことはありました。例えば、北川景子さん演じる、幡男さんの妻モジミさんですが、原作ではすごくちゃんとした、完璧なお母さんとして描かれています。それが、息子さんの顕一さんにお話を聞いたら、「お母さんは超ドジでした」と。「料理も下手だし、音楽や図工などの学校の授業は大嫌いだった」と(笑)。

──そうなんですね(笑)。

市毛良枝さんが幡男さんの母親役で出ていますが、顕一さん曰くお祖母さんは完璧な人だったそうです。だから、モジミさんは引け目を感じていたと。それが面白かったので、劇中のモジミのキャラクターに反映させています。その部分は、顕一さんからお話を聞いて慌てて書き直しました。その方が現代の人も感情移入できると思ったからです。

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──北川さん演じるモジミさんは人情味あふれるいいお母さんというキャラクターでした。

とあるシーンでモジミさんは庭で転げまわって泣いていますが、実際は畳の上で転げまわって泣いたらしいです。顕一さんから話を聞くとすごく生々しい印象を持ったので、そういう人間っぽさを加えていきました。

──確かに、現代と地続きというか、遠い昔の人のようには感じませんでした。

戦争映画だから、戦争の時代だからという理由で、男とは、女とはこう生きなければならないという風な方向には振りたくなくて。もう少し生身な感情を持った人々の物語にしたいと思っていました。松坂桃李くんの役なんてまさにそうで、今までの日本の戦争映画だと許されないキャラクターですよね。全体的にそういう作りにしたつもりです。

──そんなリサーチを経て完成した脚本を読んだ時はどのように感じられましたか?

俳句だなと感じました。一瞬のきらめきというか。俳句はその瞬間を捉えるから、写真に似ているとよく言われます。気持ちではなくその瞬間の状況を描いている。短歌になると気持ちが入ってきますが、俳句は気持ちを描かない。五七五でその一瞬を写真のように切り取る。この脚本にはそのきらめきがあると感じました。中盤、幡男さんが俳句を教えているシーンがありますが、その一瞬のきらめきみたいなものが俳句と幡男さんの人生と繋がっていて、生きていた瞬間、その一瞬に人生のきらめきを感じていた幡男さんの存在を俳句のように感じました。

──劇中の俳句がそこに繋がっていたんですね。

僕はそのように感じましたし、それこそ日本的だなと思いました。

──その俳句もそうですし、「頭の中で考えたことは誰にも奪えない」という台詞など、印象的な言葉が劇中に数多く登場しました。その中で一番監督の胸を打った言葉は何でしたか?

(じっくり考えて)「戦争って酷いもんですね」という二宮くん発案の言葉が、僕は一番響くような気がしました。素直な言葉だなと感じました。その前の桃李くんの「花をつんできました。綺麗だったので」という台詞も、実は台本に書かれてなくて。桃李くんには花を渡しただけでしたが、「綺麗だったので」という言葉はいいなと思いました。花を見て綺麗だと感じる心をこういう瞬間でも忘れていないのがいいな、と。

──撮影が終わった後にロシアによるウクライナへの侵攻が始まったと思いますが、どのように感じられましたか?

ウクライナの戦争にはやはり衝撃を受けました。この映画を作っている時は、若い俳優部の人たちにとっては戦争ってどこか遠いものだったと思うんです。今までも外国で戦争はありましたが、今回ほど大きく報道されることはなかったので。そう考えると、この映画の意味合いや捉え方が変わってきたなと感じています。

取材・文/華崎陽子




(2022年12月 5日更新)


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Movie Data



(C) 2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 (C)1989 清水香子

『ラーゲリより愛を込めて』

▼12月9日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開
出演:二宮和也、北川景子
松坂桃李、中島健人、寺尾聰、桐谷健太、安田顕 ほか
主題歌:Mrs. GREEN APPLE「Soranji」(ユニバーサルミュージック / EMI Records)
原作:「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」辺見じゅん/文春文庫刊
監督:瀬々敬久
脚本:林民夫

【公式サイト】
https://lageri-movie.jp/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/220841/index.html


Profile

瀬々敬久

ぜぜ・たかひさ●1960年5月24日、大分県生まれ。1989年『課外授業 暴行』で監督デビュー。『ヘヴンズ ストーリー』(10)で第61回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞、NETPAC賞の二冠を獲得、『アントキノイノチ』(11)で第35回モントリオール世界映画祭イノベーションアワード、『64 -ロクヨン- 前編』(16)で第40回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。その他の監督作品に、『感染列島』(09)、『ストレイヤーズ・クロニクル』(15)、『64 -ロクヨン- 後編』(16)、『最低。』『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17)、『友罪』『菊とギロチン』(18)、『楽園』(19)、『糸』(20)、『明日の食卓』『護られなかった者たちへ』(21)、『とんび』(22)など。公開待機作に『春に散る』(2023年公開予定)がある。