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「自分のうまくいってない時間が主人公たりえるような、
日常がもっと愛おしくなる映画を作り続けたい」
今泉力哉監督が稲垣吾郎を主演に迎えて書きおろした
オリジナル映画『窓辺にて』今泉力哉監督インタビュー

『愛がなんだ』や『街の上で』の今泉力哉監督が、稲垣吾郎を主演に迎えて書きおろしたオリジナルのラブストーリー『窓辺にて』が、11月4日(金)より、シネ・リーブル梅田ほか全国にて公開される。フリーライターの主人公が、編集者をしている妻が担当作家と浮気をしていることを知っても何の感情も沸かないことに思い悩む姿を、ユーモアを交えて描く。

主人公の市川茂巳を稲垣、その妻・紗衣を中村ゆり、主人公が文学賞の取材で出会った高校生作家・久保留亜を玉城ティナ、市川の友人でプロスポーツ選手の有坂正嗣を今泉組常連の若葉竜也、有坂の妻・ゆきのを志田未来、有坂と不倫関係にあるモデル・藤沢なつを穂志もえかが演じるなどユニークなキャストが名を連ねている。そんな本作の公開を前に、今泉力哉監督が作品について語った。

──どのようにこの企画は始まったのでしょうか?

稲垣さんと何かやりませんかという依頼を受けて脚本を書き始めました。10年ぐらい前に僕が、妻が浮気してもあんまり怒ることができないかもと思ったことがあって。そこから、妻が浮気をしていた時に怒りの感情が沸かないことで、妻に対する愛情がないのかどうか悩むような設定を考えたことを思い出しました。

──監督自身の経験から生まれた物語だったんですね。

その時は、40代か50代の夫婦でやりたいと思ったので、すぐには映像化しませんでした。今回、お話をいただいた時に自分も40代になって、あれができるかも、と。稲垣さんには喜怒哀楽が激しい印象がなかったので、このアイデアを実現できるのではないかと。

──妻が浮気しても怒ることができるだろうかと考えたきっかけはあったのでしょうか?

元々、浮気だけでなく恋愛の温度を下げて描くことに創作として興味があって。恋愛は熱が上がるものとして描写されることが多いですが、普通に過ごしていると感情的になることよりも穏やかな時の方が多いですよね。もうひとつは、親族が亡くなった時に、僕は悲しみを感じているのに、涙を流すなど分かりやすく表面化しなくて。自分のそういう悩みを投影した部分もあります。

──監督の書かれた主人公の市川に稲垣さんはぴったりだったと感じましたが、監督はどこかで手ごたえを感じる瞬間はありましたか?

衣装合わせで稲垣さんとお話した時に「自分も知っている感情です」と言ってくださって。「僕も、怒っていいような出来事が起きた時に「もっと怒っていいんですよ」と周りの人から言われても「まぁまぁ」ってなります」と。だから、現場に入る前から安心していましたし、過去の僕の作品を観て僕の映画のトーンを知ってくださっていたので、現場に入ってからもすごく楽でした。

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──そんな稲垣さん演じる主人公は、自分から能動的に動くのではなく、巻き込まれていくキャラクターでした。

主人公が能動的に動いて何かを解決するというより、巻き込まれていく形式は意識して書いています。自ら行動するのではなく誰かに会って、それをきっかけにまた誰かに出会っていく。それは、僕が能動的なタイプじゃないからだと思います。通常、主人公は行動して成長すべきで、目的がある方がいいと言われますが、目的がない時間の方が実人生には多いと思うので。あまり目的もなく受動的で、極力主人公は成長しない物語を目指して作っています(笑)。

──主人公がパチンコをするシーンがありましたが、稲垣さんは日本で一番パチンコの似合わない俳優だと思いました(笑)。

稲垣さんは、本当にパチンコをやったことがなかったみたいです。

──だと思いました(笑)。

当たるまでパチンコをしてもらって、当たるリアクションを撮りたかったのに、当たったら稲垣さんが素直に喜んでしまって(笑)。NGではないですが、当たった瞬間にキョロキョロしていたと思うんです。たぶんあれは芝居じゃなくて(笑)。もうちょっとじっとして画面を見ておいてほしかったのですが、素直に「おー」となってしまっていたので、面白かったです。

──パチンコのシーンを入れた理由は何だったのでしょうか?

僕がパチンコを依存的にしていた時期があったので、そこからのモチーフです。あと、失恋した時にパチンコに行くとめっちゃ勝つというジンクスがあって(笑)。大学生の頃、彼女と別れた後や好きな人に振られた後にパチンコに行くとすごく出るのですが、失恋中にパチンコの箱が積まれていく時の「俺、何やってんだろ? 感」がすごく辛くて。全然嬉しくなくて、なんとも言えない空虚な時間というのを稲垣さんにやってもらいたいと思ったのかも。

──稲垣さんと中村ゆりさん演じる主人公夫婦が話し合う長回しのワンカットはすごく緊張感があったと思いますが、その分達成感もあったのではないでしょうか?

久しぶりに現場で感動しました。でも実は、ワンカットで撮る予定じゃなくて。あの長さでソファーにはす向かいで対峙するので、ちゃんとカットバックを入れて、表情も撮ろうとしていましたが、現場で段取りやテストをしていて、これは割れないと。ワンカットで撮ると先に決まっていなかったから生まれた緊張感だと思いますし、とてもいい芝居になったと思っています。

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──女子高生小説家の留亜を玉城さんが演じていましたが、今回の玉城さんは現実離れした漫画チックな役ではなく、初めてカテゴライズされていない等身大の彼女が出ていたように感じました。高校生小説家というキャラクターでありながら現実と地続きの場所に存在していました。

玉城さんはどうしてもそのビジュアルや本人の持っている雰囲気から、そういうものを求められることが多いと思っていました。彼女は、講談社のMiss iDというオーディションで2013年に1回目のグランプリを受賞したのですが、その翌年に、彼女とともに僕が審査員としてご一緒したので面識があって。その時にすごくクレバーな方だという印象もありましたし、お芝居ができるとなんとなく感じていました。

──そんなに前から面識があったんですね。

だから、今回は今までにない等身大の役をやってもらいたいと思いましたし、若くて、ビジュアルも美しくて、小説の内容をちゃんと見てもらえない女子高生小説家というキャラクターの悩みは、玉城さんも知っている感情だと思ったので、間違いなくはまるだろう、と。玉城さんについて、この映画でこんなにお芝居ができる人なのだと驚いたという感想をいくつか聞きました。台詞の量は大変だったと思いますが、すごく真摯に向き合ってくれました。

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──その玉城さん演じる留亜の受賞会見のシーンは気まずくて、観ていてもいたたまれないものを感じてしまいました(笑)。

あのシーンは、稲垣さんにしゃべらせすぎました(笑)。あんなインタビュアーはいないと思いつつ、内容の説明をあそこでしなければいけなかったので、長くなってしまいました。他の取材記者のかみ合わない感じは、芥川賞の受賞会見を参考にしました。芥川賞って新進の作家が受賞することが多くて、リップサービスなどをしない方も見受けられて、ああいう空気になるのを見るたびに、これは面白い空気だな、と思っていました。

──やはり、以前から考えてらっしゃったアイデアだったんですね。

遠野遥さんという方が「破局」という小説で芥川賞を受賞した時の会見の雰囲気がすごくて。それを意識して書いていました。たぶん、質問している人がその小説を好きじゃない(笑)。この小説に興味ないんだろうなという質問が飛び交っていて(笑)。

──あの時の会見は話題になっていましたね。

僕は、遠野さんのその小説が好きだったし、芥川賞の候補になる前に初めて書評の依頼を受けて、注目していたら芥川賞を受賞したんです。だから余計に気にして見ていたら、これはひどいことが起きているぞと(笑)。でも、ああいう会見は結構、定期的に起きているような気がします。田中慎弥さんの「もらってやる」というような発言もありましたし。たくさん書いている人や巨匠と言われるような人はマスコミとのやり取りにも慣れていますが、新人たちの理解してもらえてないなという会話のズレなどは個人的に興味深いです。

──監督は恋愛をメインにした映画をたくさん撮ってこられましたが、浮気や不倫もよく扱うテーマだと思います。浮気や不倫を題材に選ぶ理由は何なのでしょうか?

浮気や不倫が悪いことなのは大前提ですが、芸能人や政治家の浮気や不倫が明るみに出た時に、絶対的な悪として断罪されて業界から消されるのを見ていて、ちょっといきすぎていると感じていて。その理由は、皆がその時間を楽しい時間だと捉えているからじゃないかと。

──確かに、そうかしれません。

僕はそんなに楽しいことばかりじゃないと思っていて。その時間の中でも罪悪感を覚えているだろうし、「こういうのって良くないよね」と話していると思うんです。浮気相手側の心情だけを見れば、純粋な片想いという可能性もあるのに、そういう細かい感情を無視して絶対悪として切り捨てることに対して、疑問を感じていました。

──だから、劇中で浮気している人は皆楽しそうじゃなかったんですね。

そうです。楽しいシーンを描くつもりは毛頭なくて、誰も楽しんでないという風に描くつもりでした。それが、浮気や不倫している人たちを映画として観ていた時に、嫌な感情が沸かない理由だと思います。たぶん、あの人たちがのうのうと楽しんでいたら、やっぱり嫌なやつだと感じると思います。

──確かに!

浮気や不倫もですが、スポーツ選手が引退しようか迷う姿を描いたように、辞めることや手放すことも今回描こうと思っていたことでした。

──辞めることや手放すことを否定的に描かないのも監督らしいと思いました。

後悔することや手放すこと、辞めることや諦めることなど一見ネガティブに思えることも、実は続けることと同じぐらい悩んだ末に出した結論だと思うんです。続けることが良いことで、そういうのが良くないことというのは違うと思っていて。どちらも悩んだ末の結論であって、手放したことで手に入る時間もあると思うので。一般的に、これは良くないとされていることを肯定的に描くことは意識していました。

──だから、稲垣さん演じる主人公は期待されていた小説家だったけど書くのを辞めたというキャラクターだったんですね。

きっと1冊目で満足してしまったんじゃないかな、あの主人公は。満足って、創作者にとってはとても怖い感情だと思います。満足しないから続けられる、というか。

──それは、監督も感じたことがあったのでしょうか?

僕も、満足したら次は作れないと思います。毎回、作ることができているのは、前作のここはうまくいかなかったとか、もっと面白くできるとか、そういう感覚があるからだと思うんです。『街の上で』を作った時にちょっとだけ満足感が僕の中にあって。これを超えられないなら作らない方がいいんじゃないかと思ったこともありました。

──この映画を観て辞めるという決断も素晴らしいことなのだと思えました。

特に、スポーツ選手の引退に関しては思うところがあって。僕は、松坂大輔さんと同い年で。彼は2021年に引退しましたが、日本に戻ってきたのに活躍してないとか、給料泥棒とかいろんなことを言われていて。あれだけ注目されて、海外でも活躍して、日本に戻ってきて怪我もあるのにあれだけ無遠慮に言われているのを見ていて、いやいや、きっと本人が誰よりも考えているし、誰よりも悩んでいるよ、と言いたくて。

──確かにそうですよね。

そういう思いを、若葉さん演じるスポーツ選手が冒頭で後悔について話すシーンなどに反映させています。彼らも悩んでいることがあまりにも理解されていないというか、本人が一番考えているよと言いたいです。

──ラスト付近で、ある人物が主人公を否定するような言葉を発するシーンは思わず笑ってしまいました。

妻が浮気をしていることを知ってもショックを受けないことに対して理解できない人の視点は必要だと思ったので、誰かがああいう風に言うことでこの作品を全部否定してしまうような構造にしています(笑)。稲垣さん演じる主人公を否定するというよりも全否定ですよね(笑)。

──それでこそ今泉監督の映画なような気がします(笑)。

今、"共感"という言葉がすごく簡単にもてはやされていて、共感できるかできないかで区切っている気がしていますが、僕は共感という言葉を疑っていて。全員が理解できる感情を描くよりも、理想ですが、映画を観た方が「これは自分だけが知っている」とか、「この感情を映画にしてくれるんだ!」と思ってくれた方が、深く届くのではないかと思っています。

──狭いからこそ深く届くということでしょうか?

決してたくさんの人に届くことを捨てているわけではなくて、深い悩みや個人的な迷いの方が、結果的にはたくさんの人に届くのではないかと。創作物で扱われる題材って、どうしても大きな事件や大きな悩みがあって、山があるものが多い。でも僕は、小さい悩み、他の人にとっては取るに足らない悩みを題材の軸に置いて描きたいと思っています。

──それは何かきっかけがあったのでしょうか?

『愛がなんだ』でも、主人公がやっぱり自分の今の恋愛はよくないからこうする、と変化して終わる物語ではなかったから、あの映画はたくさんの人に届いたような気がしていて。主人公が何かを手に入れたり、成長する物語って、観た時にあの人もこうやって手に入れていたから私も頑張ろうと、その瞬間は勇気ももらえますが、いざ持ち帰っても実生活はそんなにうまくいかない。そうすると、あの主人公はやっぱり特別な人だったんだ、自分とは違うんだ、と感じると思うんです。

──なるほど。

だから、映画の中の人物がうまくいってないまま終わると、自分のうまくいってない時間が主人公たりえるというか、自分が画面の中にいると感じてもらえるのではないかと。その方が、普段生きている日常がもっと愛おしくなると思うんです。だから、主人公を成長させないようにしていますが、それで物語として面白くするのは難しい。でも僕はやっぱり、そういう物語を作りたいと思っています。

取材・文/華崎陽子




(2022年11月 2日更新)


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Movie Data



(C) 2022「窓辺にて」製作委員会

『窓辺にて』

▼11月4日(金)より、シネ・リーブル梅田ほか全国にて公開
出演:稲垣吾郎、中村ゆり、玉城ティナ
若葉竜也、志田未来、倉悠貴、穂志もえか、佐々木詩音
斉藤陽一郎、松金よね子
監督・脚本:今泉力哉
主題歌:スカート「窓辺にて」

【公式サイト】
https://madobenite.com/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/241456/index.html


Profile

今泉力哉

いまいずみ・りきや●1981年2月1日、福島県生まれ。2010年に『たまの映画』で長編映画監督デビュー。2012年、恋愛群像劇『こっぴどい猫』で、ルーマニアで行われたトランシルヴァニア国際映画祭にて最優秀監督賞を受賞。その他の監督作に『サッドティー』、『知らない、ふたり』、『パンとバスと2度目のハツコイ』など。2019年に公開された『愛がなんだ』が大ヒットを記録。同年、伊坂幸太郎原作小説の映画化『アイネクライネナハトムジーク』、2020年には、男性同士のカップルを描く『his』や『mellow』が公開。2021年には『あの頃。』『街の上で』『かそけきサンカヨウ』と3作品を立て続けに公開。2022年も『猫は逃げた』を発表。また、ドラマ「有村架純の撮休」や「時効警察はじめました」の演出を手がけるなど、映画以外にも活動の場を広げている。公開待機作に『ちひろさん』(2023年2月23日よりNetflixにて全世界配信&劇場公開予定)。