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彩瀬まるの同名小説を岸井ゆきの&浜辺美波競演で映画化!
映画『やがて海へと届く』中川龍太郎監督インタビュー

彩瀬まるの同名小説を基に、『わたしは光をにぎっている』の中川龍太郎監督が映画化したヒューマンドラマ『やがて海へと届く』が4月1日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開される。大学時代に出会い、憧れの存在でもあった親友すみれが突然姿を消してしまい、彼女の不在を受け入れられずにいる主人公・真奈が、悲しみを抱えながらも、未来への1歩を踏み出そうとする姿を描く。引っ込み思案で他人に自分をうまく表現することができない主人公の真奈を岸井ゆきのが演じ、どこかミステリアスだが目が離せない魅力を持つ親友のすみれに浜辺美波が扮している。岸井ゆきのと浜辺美波という注目の女優ふたりの競演が話題を呼んでいる本作の公開を前に、中川龍太郎監督が作品について語った。

──映画を観てから原作を読ませていただきましたが、原作は心情描写が多く、映画化するのが難しいように感じました。監督が原作を読んだ時はどのように感じられましたか?
 
和田プロデューサーから「中川さんだったらどう映画化しますか?」とこの本を渡されました。非常に素晴らしい作品でしたし、自分自身が描いてきたテーマと繋がるところがあったので、監督を引き受けさせていただきました。映画化の軸を青春映画にして、真奈とすみれ、ふたりのラブストーリーとして描くことができれば、映画化するには難しい小説も映画化できるのではないかと思いました。原作は深くて多様なので、色んな読み方ができると思うのですが、僕としては真奈とすみれのある種のラブストーリーだと捉えて映画化しました。個人が確立している者同士であれば、ただの友情でも恋愛でもない複雑な領域があると思うんです。
 
──真奈とすみれの大学時代のエピソードや真奈の東北への旅、すみれの持ち歩くビデオカメラなど、映画にしかないシーンやアイテムも多いですが、脚本はどのように作り上げていかれたのでしょうか?
 
ひとつだけ、真奈と(職場の先輩である)国木田が旅に行く場所を東北に行くことにしてほしいと伝えて、まず脚本家の梅原さんに原作をそのまま脚本化してもらいました。その後で、真奈とすみれの大学時代のエピソードなど、原作にない要素を僕が加えていきました。僕は原作者の彩瀬さんを尊敬していますし、彩瀬さんも映画のことを尊重してご理解してくださったのだと思います。1度お会いしてお話することができたので、そこでコミュニケーションが取れたのも良かったと思います。
 
──真奈とすみれの大学時代のエピソードは映画にとってなくてはならないシーンだったと思います。あのシーンを作り上げていく上で、何に一番気を付けられましたか?
 
できるだけ瑞々しく美しいものとして描きたいと思いました。飲み会のシーンで描かれる違和感や先輩の男性への嫌悪感など、割と嫌なものも描かれているので、それを描く時に嫌なものをそのまま描きたくなかった。ふたりの出会いは、生命が瑞々しく輝いていた時間なので、チクリとするような痛みがあるからこそ、瑞々しく描くことを心掛けていました。それに加えて絵空事になってしまわないように、ある種の寂しさや違和感、友人への思いなど、自分自身の大学時代の実感を込めるようにしました。
 
──その真奈とすみれを演じたのが岸井ゆきのさんと浜辺美波さんですが、おふたりのキャスティングが決まった時に、監督はこの映画はうまくいくと確信されたのではないかと思います。まずは岸井さんの決め手は何だったのでしょうか?
 
このふたりであるかそうじゃないかで作品の世界観が全く変わってしまいますよね(笑)。岸井さんのことは、作品もいくつか拝見して、ずっと素敵な俳優さんだと思って意識していました。岸井さんは、今までの僕の作品に出てもらった松本穂香さんや(仲野)太賀さん同様、表現力の素晴らしい俳優さんなので、いつかご一緒したいと思っていましたし、必然的なものだったと思っています。それに加えて、岸井さんには生命力がありますよね。傷つくんだけれど簡単に倒れないのが真奈なので、岸井さんにお願いしたいと思いました。
 
──では、浜辺さんはどのように決まったのでしょうか?
 
浜辺さんに出ていただけると聞いた時は、僕も驚きました。キャスティング会議の中で、浜辺さんの名前が上がって、出てくれるとは思えないけど、出てくれたら面白いですよねと言っていたものの、確かに浜辺さんはすみれにぴったりですよね。どこを見ているのか、何を考えているのかわからないミステリアスな感じが。
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──今までのどんな映画やドラマでも見たことのなかった浜辺さんを見たように感じました。
 
浜辺さんの最大の魅力はどこにも属していないように感じるところだと思っていて。だから、『賭ケグルイ』のような漫画が原作の映画にもぴったり合うんです。抽象的な存在だから、肉体感があるようであまりないので、漫画的なキャラクターが合うのだと思います。そういう意味では、この映画で描いていることは全然違いますが、彼女のその特質に通じるところがあって。真奈から見たすみれが描かれる前半の彼女は、ある種の空洞みたいなものなので、この作品への適性はあったのではないかと思います。
 
──浜辺さんの髪型は時代ごとに変わっていましたが、特に終盤のベリーショートの浜辺さんはすごく新鮮でした。
 
すみれの登場シーンの髪型はロングで女性的な印象だったと思います。すみれがどんどん余計なものを捨てていくことで、自分でどう生きていくのか選択する強さを身に着けていくので、最初は髪が長いですが、どんどん切って短くなっていくという構図になっています。だから、歳をとるに従って髪の毛は短くなっています。僕がベリーショートの浜辺さんを見てみたかったというのもありますが(笑)。
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──海辺に佇むすみれの写真からは、同じように海辺で姿を消した女性を描いたアスガー・ファルハディ監督作の『彼女が消えた浜辺』を思い出しました。
 
懐かしい!面白い映画でしたね。あの映画も結局、彼女がなぜいなくなったのかわからないんですよね。確か、凧あげのシーンもありましたね。僕が学生時代に作った自主映画にも凧あげしている女の子が出てくる場面があって、それも海辺のシーンだったので。僕としては全く意識していませんでしたが、思わぬものに影響を受けているものですね。
 
──オープニングのアニメーションが、原作の中のすみれの心象風景を現していたと思うのですが、なぜアニメーションにしようと思われたのでしょうか?
 
原作では、すみれというキャラクターがどういう風に旅立っていったのかが全体の半分の分量を割かれて描かれているので、それを映画で描かないなら、この原作を映画化する意味がなくなってしまう。ではどうするのかと考えた時に、久保雄太郎さんと米谷聡美さんという素晴らしいアニメーションの監督がいることを知ったので、おふたりがコンセプトを基にアニメーション化してくだされば、いいものになるのではないかと思いました。
 
──最初からアニメーションで描こうと思ってらっしゃったのでしょうか?
 
実写にできないからアニメーションにするというのは安易な考え方なので、アニメーションだからこそやる意味のある表現にする必要性があると思っていました。だから、観ていただければわかると思うのですが、過去と未来や生と死が入り混じったある意味、輪廻を想起させるような世界観は、実写でやるよりもアニメーションでやった方がより深く表現できるのではないかと思って、おふたりにお願いしました。
 
──中川監督は、2016年に公開された仲野太賀さん主演作『走れ、絶望に追いつかれない速さで』もそうでしたが、海と喪失感を描く物語に惹かれるのでしょうか?
 
父の実家が海沿いだったのですが、幼い頃に海を見ていて怖いと感じていました。それが原風景としてあるからかもしれません。また、僕は誰しもが言い知れぬ喪失感を抱えながら生きているんじゃないかと感じていて。それは喪失感という言葉にしないまでもそうなんじゃないかと。だから自然と喪失感のようなものを表現してしまうのかもしれません。
 
──本作は、喪失感に加えて、他者のわからなさというのもテーマになっていたと思います。
 
人間が強烈に面白いのは、人によって全然違うものを求めているからなんですよね。それと同時に、それに対する強い嫌悪感や拒否感もある。そういうことへの興味もありますし、死ぬということは、分かり合えない断絶という究極の選択なので、それを通して人間がどうなるのかを知りたいのかもしれないですね。
 
──それでも、監督の映画には希望も描かれているように感じました。
 
それは映画を作る人間によっても違うと思います。自分が観客として映画を観ている時は、それこそ『彼女が消えた浜辺』のような希望があまりないラストも好きなのですが、自分が作るとなった時は、それは無責任なように感じるんです。問いかけ自体に意味はあると思いますが、宙ぶらりんにしてしまうのではなく、観客が求めているのは光や希望なんじゃないかと。映画を作る時の倫理観と観客として好きな映画が僕の場合はかなり違うからだと思います。やっぱり、僕が作った映画を観たお客さんにはポジティブな気持ちで映画館を出てほしいと思っています。
 
──それで言うと、親友を失ってしまった真奈にとって、中崎敏さん扮する職場の先輩・国木田さんの存在はある種の光のようなものだったと思います。『ワンダーウォール』の中崎さんもすごく良かったですが、本作でも素晴らしかったです。
 
僕は出ていただく俳優さんとは必ずお会いしてお話して決めるようにしているのですが、彼の場合は、『ワンダーウォール』を観ていたこともあって、会った時に国木田の役にぴったりだし彼しかいないと思いました。ちょっと古風な男らしさがありますよね。知性と色気も。
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──劇中に「人は知らないうちに人にいろんなことを押しつけているけど、真奈は押しつけない」というすみれの台詞がありましたが、その台詞がまさに、大学時代の飲み会のシーンでの“押しつけ”や、他人の痛みへの想像力の欠如に対する観客への問いかけのように感じました。
 
それは、自分が大学時代に飲み会へ行って観察していて感じていたことで、映画の中でいつか描きたいと思っていたことでした。今の社会は、他人の痛みを自分事として感じる想像力があまりにも欠如していると感じていて、そういうことを表現するためにも映画は存在していると思うんです。特に、戦争なんて想像力の欠如の最たるものですよね。
 
取材・文/華崎陽子



(2022年4月 1日更新)


Check
中川龍太郎監督

Movie Data



(C) 2022 映画「やがて海へと届く」製作委員会

『やがて海へと届く』

▼4月1日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開
出演:岸井ゆきの、浜辺美波
杉野遥亮、中崎敏
鶴田真由、中嶋朋子、新谷ゆづみ
光石研
原作:彩瀬まる「やがて海へと届く」
脚本:梅原英司
監督・脚本:中川龍太郎
PG-12

【公式サイト】
https://bitters.co.jp/yagate/#

【ぴあ映画サイト】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/214471/index.html


Profile

中川龍太郎

なかがわ・りゅうたろう●1990年1月29日、神奈川県生まれ。詩人として活動をはじめ、高校在学中の2007年に「詩集 雪に至る都」を出版。やなせたかし主催「詩とファンタジー」年間優秀賞を最年少で受賞する。慶應義塾大学文学部に進学後、独学で映画制作を開始。監督を務めた『愛の小さな歴史』(15)で東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門にノミネート。翌年には『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(16)も同部門にてノミネートされ、2年連続の出品を最年少にして果たす。フランスの映画誌カイエ・デュ・シネマから「包み隠さず感情に飛び込む映画」と、その鋭い感性を絶賛される。『四月の永い夢』(18)は世界4大映画祭のひとつ、モスクワ国際映画祭コンペティション部門に選出され、国際映画批評家連盟賞・ロシア映画批評家連盟特別表彰を邦画史上初のダブル受賞。さらに松本穂香主演作『わたしは光をにぎっている』(19)がモスクワ国際映画祭に特別招待。『走れ、絶望に追いつかれない速さで』に続いて仲野太賀を主演に迎えた『静かな雨』(20)が、釜山国際映画祭正式招待作品として上映され、東京フィルメックスにて観客賞を受賞した。