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青森を舞台に内気な少女の世界が広がっていく様を描く青春映画
『いとみち』横浜聡子監督&主演・駒井蓮インタビュー

『陽だまりの彼女』の越谷オサム原作による同名青春小説を基に、舞台と同じ青森県出身で、『ウルトラミラクルラブストーリー』や『俳優 亀岡拓次』などで知られる横浜聡子が監督・脚本を務めた青春映画『いとみち』が、テアトル梅田ほか全国で上映中。津軽三味線が特技だが、激しい津軽弁でありのままの自分を出すことができない内気な少女・“いと”が、自分を変えるためにメイドカフェで働き、多くの人と触れ合いながら成長する様を描く。『朝が来る』の駒井蓮が主演を務め、ぶっきら棒で頑固なところもあるが決めたことにはひたむきに向き合う“いと”を等身大で演じている。豊川悦司が幼い頃に母を亡くした“いと”に不器用ながらも寄り添おうとする父親に扮し、“いと”たちと同居する祖母を津軽三味線の巨星、故・高橋竹山の最初の弟子である西川洋子が演じている。そんな本作の公開を前に、横浜聡子監督と主演の駒井蓮が作品について語った。

――まず、監督にお聞きしますが、原作となった小説の存在は元々ご存知だったのでしょうか?
 
横浜聡子監督(以下、監督):原作のことは、プロデューサーから映画化の話を頂いた時に初めて知りました。今まで長編で青春物語をやったことがなかったので、こういう物語にチャレンジしてみたいなと思いました。もうひとつ、原作を読んだ時に、青森と東京や、“いと”とお父さん、生と死など、いろんな距離がテーマの物語だと思ったので、それだったら映画的な面白い構築ができるかもしれないと思って引き受けました。
 
――では、主演の“いと”を駒井さんに決めた理由は?
 
監督:駒井さんのことは、津軽弁が喋れることと、『名前』など過去の出演作を見て決めました。都会的な、アーバンな感じに染まりきっていないというか、青森で育っていた時間の痕跡がまだちゃんと残っている方だと思ったんです。小説の“いと”は小柄なんですが、駒井さんはすごく背が高いんです。でも、駒井さんを見ていたら、小柄でチャキチャキしている“いと”ではなくて、長い手足をどう活かしていいか分からなくて、木偶の坊のようにその空間に立って困っている“いと”の姿が浮かんだんです。駒井さんを見て、手足の長い“いと”も面白いなと思ったんです。
 
駒井:私、同じことを言われたことがあります。一昨年、舞台をやった時のオーディションで、「ダンスもうまくて、手足の使い方が上手い方もたくさんいたんだけど、駒井さんを見ていると、手足をまだうまく使いこなせてない、ぎこちなさがいいと思った」と言われたんです(笑)。未だに使いこなせてないってことですね(笑)。ダンスも歌も好きなんですけどね。
 
――駒井さんは横浜聡子監督にどのような印象を受けましたか?
 
駒井:『俳優 亀岡拓次』などを観ていたんですが、横浜監督が青森出身だということは知らなかったので、今回ご一緒して初めて青森出身だと知りました。初めてお会いした時は、すごくクールな方という印象だったんですが、打ち合わせなどでお会いして行くうちに、監督の人柄にどんどん惹かれていきました。スタッフさんも演者もみんな、監督のファンなんです。チャーミングな魅力があって、ついていきたくなるし、皆、監督のことが気になるんです(笑)。スタッフさんも演者も監督のことが大好きなので、今、監督が何を考えて何を見ているんだろうと皆で話していました。
 
――ちなみに、本作で“いと”が話している津軽弁は、中々すぐには聞き取れないかもしれませんが、青森出身の人にとっても難しいものなのでしょうか?
 
監督:ヒアリングはできるけど、喋るのはまた違う感じですね。
 
駒井:おじいちゃんやおばあちゃんが話していることは聞き取れるんですが、それを再現するとなると難しいですね。
 
――それでも、“いと”たちが話す津軽弁を聞いている内に、なんとなくこういうことを言っているのかな?と感じる様になりました。
 
監督:完璧にわかってはいただけないと思うんですが、俳優は言葉だけで表現しているわけではなく、全身を使って何かを伝えようとしているので、全体を見れば、正しい意味ではないかもしれないけれど、それに付随する何かは伝わるはずだから、正しい意味がわからないことが物語を損なうことはないだろうなと思いました。ただ、正しい意味を求める習慣がある人が観ると、クエスチョンマークが浮かぶかもしれないですが。それは観る人によって違うと思います。劇場で販売されるパンフレットには、シナリオも全部載っていますし、津軽弁の解説も載っていて読み応えもあるので、気になる方はそこで確認してもらえれば(笑)。
 
――逆に捉えれば、広い解釈ができるかもしれないですね。
 
監督:間違って受け止めてもらっても、全然いいと思っています。正しさだけが正義ではないので。
 
――その流れで言うと、“いと”の周囲の女性たちは、いとが落ち込んでいても安易に慰めることはなく、発破をかけたりたしなめたりする言葉をかけていました。皆、たくましく感じました。
 
監督:女性が痴漢や性的な被害にあったりすると、「そんな格好をしているのが悪い」とか「女性に原因がある」というような、論理が全くズレた考えをする人が未だにいるので、それは違うんだよという思いは込めました。そういう思いは随所に現れています。“いと”が痴漢にあった時に「私が悪い」と言うことは、明らかに間違っているんです。でも、“いと”なら言いそうな感じはあるんです。まだ社会経験が少なくて、幼い真面目な“いと”なら、そう言ってしまうかもしれませんが、メイドカフェという、社会勉強をさせてくれる大人のいる場所が、彼女を救ってくれたんだと思います。
 
駒井:私も自分が悪いと思ってしまうタイプなので、“いと”の気持ちも分からなくはないですね。でも、自分が悪いと言えばそれで済むと思っている気持ちが、他の人の気持ちを無碍にしているということにもなることが、私も大人になってきたのでわかるようになりました。
 
――そんな大人との交流が、頑なだった“いと”の心を溶かしていきますが、幼い頃に母親を亡くしたことが“いと”の人生にすごく大きな影響を与えているように感じました。
 
駒井:私の中では“いと”とお母さんの関係がひとつのテーマとしてありました。この映画には、津軽三味線やメイドカフェなど、様々な要素がありますが、私の中ではこの映画を通して、母親の存在がずっと背後にありました。
 
――終盤、黒川芽以演じる、メイドカフェで働くシングルマザーの幸子に、“いと”が髪の毛をといてもらっているシーンは特に印象的でした。
 
駒井: “いと”の不安定さやかけている部分が、物語を通して埋まっていくんですが、特に、黒川芽以さんとご一緒したあのシーンは、“いと”にとって大きな意味のある場面になりました。実は、深夜の3時ぐらいに撮影したので、ぐったりしていたんです(笑)。
 
監督:シナリオを書いている時は、どんな風に“いと”の表情が変わっていくのか分からなかったのですが、本番で駒井さんの変わっていく表情を見て、やっと“いと”について腑に落ちた感覚がありました。
 
駒井: “いと”は、母親との記憶がほとんどなくて、想像と僅かの記憶でしか母親の存在を埋められないので、いろんな出会いの中で自分の中の母親が埋まっていくことが、“いと”が本当に欲していたものだったんじゃないかと私は思っています。“いと”は、いろんなコンプレックスや葛藤を抱えていますが、根本の原因として母親の不在があったんだと思います。
 
――駒井さんは劇中で巧みな津軽三味線を披露していますが、未経験だったそうですね。
 
駒井:元々、私は音楽が好きなので、楽器を演奏する役をやってみたいと思っていたんですが、津軽三味線はちょっと予想の範疇を超えていました(笑)。楽器と言っても、ピアノとかギターをイメージしていたので、津軽三味線!? と思いました。全く触ったこともないので、未知の世界でした。津軽三味線の世界での基準がよく分からないので、そこをまず学ぶことから始まりました。お祖母ちゃん役の西川さんに色々教えていただいたんですが、西川さんの若い時の、せっかちな弾き方に似ているからゆっくり弾きなよと言われていました。私の弾き方を見ていると、自分が若い時に三味線を持って弾き始めた頃のことを思い出すんだよね、と言ってくれました。
 
監督:西川さんと駒井さんが会って、どういう風にふたりが関係を作っていくかを私はじっと見ていただけです。
 
駒井:西川さんがどういう人生を歩んできて、どんな思いで三味線を弾いてきたのかというのは直接お聞きしたので、今回西川さんが演じた相馬ハツヱという役が、西川さんの津軽三味線と歩んできた人生と重なっていることは、三味線を弾きながらすごく感じていました。
 
――“いと”が高校の課外授業で青森空襲の体験談を聞くシーンがありますが、一見唐突にも見えたあのシーンにはどのような意味を込められたのでしょうか?
 
監督:青森空襲のことは今では地元でも知らない人がすごく多いうえに、体験者もご高齢になられて、語り継ぐ人がいなくなってしまうので、事実として皆さんに知っていてほしいという思いもありました。原作ではメイドカフェがある場所は青森市の街中なんですが、そこも昔空襲で被害にあった場所なので、空襲のことは入れなきゃいけないと思ったんです。“いと”が知らない世界というのを、この劇中で何か取り入れたいなと思っていたので、物語の運びとはまた別の、ストーリーラインとは関係のない何かを映画の中に紛れ込ませたいというチャレンジでもありました。
 
――本作は、今年の3月に開催された第16回大阪アジアン映画祭でグランプリと観客賞の2冠を受賞されました。
 
監督:アジアン映画祭の1回目の上映の時は、お客さんと一緒に観たんですが、授賞式には帰っていたので、受賞したことはプロデューサーからの電話で知りました。電話がかかってきた時は突然だったので、何か悪いことでも起こったのかと思ったんですが、受賞したことを聞いて目が覚めました(笑)。審査員の方たちが、数あるアジア映画の力作の中から選んでくれた理由を聞きたいです。きっと、駒井さんや俳優部の役者たちがすごく良かったからだと思います。私は、この映画の見どころは俳優がいいところだと思っているので、それが観ている人にも伝わったことが嬉しいです。
 
 
取材・文/華崎陽子



(2021年6月30日更新)


Check

Movie Data



(C) 2021『いとみち』製作委員会

『いとみち』

▼テアトル梅田ほか全国で上映中
出演:駒井蓮、黒川芽以、横田真悠
中島歩、古坂大魔王、ジョナゴールド
宇野祥平、西川洋子、豊川悦司
脚本・監督:横浜聡子

【公式サイト】
http://www.itomichi.com/

【ぴあ映画生活サイト】
https://cinema.pia.co.jp/title/185467/


Profile

横浜聡子

よこはま・さとこ●1978年、青森県生まれ。大学を卒業後、東京で1年OLをし、2002年に映画美学校入学。卒業制作の『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』が2006年、第2回CO2オープン・コンペ部門最優秀賞受賞。CO2助成金を元に、長編第1作『ジャーマン+雨』を自主制作。同作で2007年度日本映画監督協会新人賞を受賞。2009年にはオール青森ロケの『ウルトラミラクルラブストーリー』が公開、TAMA CINEMA FORUM最優秀作品賞を受賞。2013年には『りんごのうかの少女』が、第21回ロンドン・レインダンス映画祭で最優秀作品賞・短編部門にノミネート。2016年に『俳優 亀岡拓次』を発表。近年は、ドラマ「バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~」「有村架純の撮休」などに監督として参加している。


駒井蓮

こまい・れん●2000年12月2日、青森県生まれ。雑誌「ニコラ」の専属モデルを経て、2016年、『セーラー服と機関銃-卒業-』で映画デビュー。主な映画出演作に『心に吹く風』(2017)、『名前』(2018)、『町田くんの世界』(2019)、アニメーション映画『音楽』(2020)、『朝が来る』(2020)がある。