インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 確かな演技力で魅了する、要注目の若手俳優 映画『サイレント・トーキョー』井之脇海インタビュー

確かな演技力で魅了する、要注目の若手俳優
映画『サイレント・トーキョー』井之脇海インタビュー

TVドラマ「アンフェア」シリーズで知られる秦建日子が、クリスマスの名曲「Happy X-mas(War Is Over)にインスパイアされた小説「サイレント・トーキョー And so this is Xmas」を実写化したサスペンス映画『サイレント・トーキョー』が、梅田ブルク7ほか全国にて上映中。クリスマス・イブの東京を舞台に、突如勃発した連続爆破テロ事件に巻き込まれていく刑事や容疑者をはじめとするさまざまな人々の姿をスリリングに映し出している。佐藤浩市、石田ゆり子、西島秀俊ら日本映画界を代表する豪華キャストの共演も話題の作品だ。そんな本作の公開を前に、爆破予告を受けて取材に来たはずが、ビデオカメラの前で犯行予告を読まされ、犯人に仕立て上げられてしまう、テレビ局で契約社員として働く来栖公太に扮した井之脇海が作品について語った。

――まずは、本作の脚本を読んだ時、そして来栖役のオファーを受けた時の印象をお聞かせください。
 
初めて台本を読んだ時はまず、すごくスケールの大きい作品だなと感じました。そして、台本を読んだ上で監督と先にお話をさせて頂いたんですが、来栖という役はすごく難しい役だなと思いました。爆破テロに関しても、どこか遠い国の話だと思ってしまっていたので、来栖が爆破テロによって心が乱れていく感覚を僕に表現できるのか、最初は少し不安もありました。
 
――犯行声明を読まされるなど、来栖はどんどんテロという犯罪に巻き込まれていく役柄でした。来栖の感じる不安などはどのように表現しようと思われましたか?
 
想像に想像を重ねることがまず大事だと思いました。テロに関する知識もなかったので、動画サイトにアップされている実際の事件のものをクランクイン前に見たりしました。そして、来栖が何に反応して変わっていくのかを考えました。実際に現場では、アイコさん(買い物の途中で事件に巻き込まれる主婦)を演じた石田ゆり子さんと対峙することで引き出してもらったこともありましたし、とにかく来栖としてひとつひとつに反応して巻き込まれていこうと、いつも以上に丁寧にできるように考えて現場に臨んでいました。想像することとその場で反応することのふたつに重点を置いていました。
 
――いつも以上に対峙する役者さんに向き合う演技が求められたということでしょうか?
 
台本を読んだ時に、来栖はテロだけではなく、テレビ局でも先輩や上司に振り回されて、なかなか自分の思ったことができていないようなキャラクターだと僕は感じたので、そういう性格や気質がベースにあった来栖が、爆破テロに巻き込まれて、最後には成長しているように、グラデーションをつけて描けたらいいなと思いました。
 
――確かに、最初と最後では、井之脇さん演じる来栖の表情が全く違うように感じました。
 
意識していたことに加えて、最後のシーンはほとんどの場面を撮った後に演じることができたので、台本を読んで意図していた部分もありますが、現場を経験して、現場のことを思い出すと自然にそういう表情になっていたんじゃないかと思います。それは僕自身、井之脇海としてのテロに対する考え方も現場を経ていく上で変わっていったので、そういう部分も投影されているんじゃないかと思います。
 
――本作は、テロについても考えさせられますが、それ以外にもメディアの報道姿勢など、様々なことを考えさせられる作品でした。井之脇さんにとって一番胸に刺さったテーマは何でしたか?
 
僕はどうしても来栖くんの立場に立って考えてしまうので、やはりジャーナリズムの是非について考えさせられました。メディアの報道は、必ずしも全てを報道しているわけではないと思うんです。今回の映画で来栖を演じたことを通して、メディアの報道が良いとか悪いではなくて、受け取る側がきちんと情報を選らばなければいけないんだということをすごく感じました。来栖の存在は、まさにそれを伝えるためのパートだったと思うので、作品を観てそれは強く感じました。
 
――本作は、渋谷のスクランブル交差点のオープンセットでの撮影も話題になっています。映画の中で爆破テロのシーンを観た時はどのように感じられましたか?
 
映像が本当に素晴らしかったですね。あそこまでのクオリティになると思っていなかったので、驚きましたし、渋谷はお仕事などでもよく足を運びますが、この作品の中の渋谷があまりにもリアルだったので、ここで何か起こるかもしれないと考えしまって、今は渋谷を歩くのが少し怖く感じてしまいます。あのシーンのCGやビジュアル的なものがしっかりしていないと、大切なテーマがお客さんに伝わらないと思うので、しっかりとあのシーンを作り上げたことがこの映画の大きなポイントになったと思います。
 
――本作は、佐藤浩市さんや石田ゆり子さん、西島秀俊さんら日本映画界を代表する、錚々たる役者さんが揃っています。完成した作品を通して観た時はどのように感じられましたか?
 
登場人物は比較的多い作品だと思いますし、それぞれの境遇もバラバラなのに、映画自体は99分でまとまっているんですよね。来栖にしても、彼の物語がきちんと見えていたので、僕なんかが言うのはおこがましいですが、役者さんそれぞれが自分のパート、自分の役を演じきっていたからだと思いました。今の日本映画界の最前線にいる役者さんが集まって作った映画なので、すごく見応えがあると感じました。きっと、観る方によって感情移入する役が違うと思いますが、どのキャラクターも魅力的なので、観ていてすごく楽しかったです。
 
――そんな中でも、石田ゆり子さん演じるアイコさんと来栖のふたりきりのシーンは、来栖にとってはもちろん、この映画にとっても大事なシーンだったと思います。
 
あのシーンは、観ている方に状況を説明することに加えて、来栖が事件に巻き込まれて、追い込まれている状況も演じ切りたいと思っていました。石田さんとのシーンは、事前にリハーサルをさせていただけて、監督と石田さんと話をしながら現場に臨めたので、すごく助かりました。実際に、来栖が今どういう状況なのかをなかなかつかめない時もあったのですが、監督と話をさせてもらって、何回かテイクを重ねて石田さんと対峙していくうちに、演じていて、来栖がアイコさんに感じていた母性を求めるような思いやアイコさんの優しさを強く感じるようなシーンになったと思ったので、それは石田さんとだから出来たお芝居だったと感じています。
 
――テロ事件を追う渋谷署の刑事、世田を演じた西島秀俊さんとの共演はいかがでしたか?
 
西島さんは、僕が勝手にファンだったので、お芝居するのがすごく楽しみでしたし、カッコいいなぁと思っていました(笑)。現場に入れば世田と来栖なので、刑事である世田に対して来栖は、助けて欲しいと思いながらも、すぐに解決には導けない警察に対する不満も抱えていて、でも同時に、世田が来たことによって自分が助かるかもしれないという安堵感もあるんですよね。台詞はほとんどないシーンなんですが、ぐちゃぐちゃになる思いを抱える来栖を演じていて、西島さんと見つめ合っているだけで精一杯というような感覚になるシーンでした。
 
――西島さんのファンだったというのは、西島さんのどういうところに魅力を感じていたのでしょうか?
 
僕が映画を好きになった頃には、僕が観る映画、観る映画に出演されていて、すごく自然体でありながら、締めるところは締める、メリハリのあるお芝居をされている印象があるんです。そういった演技が僕の目指すところでもあるので、今回は短いシーンでしたが共演させて頂いて、すごく勉強になりました。現場では、西島さんはあくまでも世田なので、負けないように頑張りました。
 
――容疑者として追われるようになる朝比奈に扮した佐藤浩市さんはどのような印象でしたか?
 
佐藤浩市さんとは、高校生の頃に「ブラックボード~時代と戦った教師たち~」(2012)というドラマで、浩市さんが先生役、僕が不良の生徒役で共演させていただきました。浩市さんが体罰で物事を正していく暴力教師役だったので、ドラマの中でボコボコにされて、すごく怖い人だというイメージがあります(笑)。僕は、浩市さんの息子の寛一郎君と仲がいいので、友達の怖いパパという印象です(笑)。今回は、現場で絡むことがほとんどなかったので、いつかしっかり共演できる日が来たらいいなと思っています。
silent_sub.jpg
――井之脇さんは、本作でも、日本映画界を代表する俳優さんと共演されていますが、井之脇さんが初めて主要キャストとして参加した『トウキョウソナタ』(2008)でも、香川照之さんや小泉今日子さんと共演されています。『トウキョウソナタ』での経験は井之脇さんにとってどんな影響がありましたか?
 
『トウキョウソナタ』に出るまでの僕は、劇団に入っていたのですが、どこかで習い事のような、悪い言い方をすると遊び感覚のようなところが正直ありました。それが『トウキョウソナタ』の現場に行くと、香川照之さんと小泉今日子さん、小柳友さんがいて、監督は黒沢清監督で。黒沢さんは僕のことを決して子ども扱いせず、ずっと敬語で話してくれました。その代わり、求めることは大人と同じことを求められたんです。でも、僕だけふわふわした気持ちで現場にいるように感じた瞬間が序盤の方にあったんです。その時に初めて、現場に居るのにこんな気持ちでいてはいけない、遊び半分でやってはいけない仕事だと強く思って、まだ12歳でしたが、この仕事に関わるなら真剣に向き合ってやらなきゃいけないと、僕の意識が大きく変わった現場でした。そこから今でもずっとその考えは変わってないですし、『トウキョウソナタ』がなければ、もしかしたら役者をやっていないかもしれないです。習い事感覚のままだったら、中学で部活が楽しくなってやめていたかもしれません。あの作品に小学6年生で関われたことは僕の中で財産になっていますし、すごく大きな経験でした。
 
――その経験を経て、どんどん映画が好きになっていかれたんでしょうか?
 
まだ映画を観ることには目覚めてなかったんですが、やっぱり自分の知らないことがたくさんあったので、現場をどんどん好きになってきました。色んなことを色々な人に聞いて学んでいくのがすごく楽しかったので、それを勉強して自分のものにして、次の現場ではそれを使えるようにというのを、中学生高校生の間に繰り返していました。その経験を経て今に至るので、現場のことを分かった上で現場にいるほうが楽しいですし、自分の役割もわかるようになってきたので、『トウキョウソナタ』でそういう意識を持てたことがすごく大きかったと思います。黒沢監督の作品は今でもファンとして観ています。
 
――映画好きとして知られる井之脇さんは以前、自主映画の監督もされていますが、役者としての経験を積んでいく上で監督をやりたいと思うようになっていったんでしょうか?
 
それもひとつありますが、役者をやっていて監督の求めている本質を汲み取れないことがあって、それを悔しいと思っていたので、自分が映画を撮って誰かを演出することによって、もしかしたら演出の共通言語を持てるんじゃないかという思いもありました。でも、単純に映画が好きで、趣味が映画しかなくて、その頃はそんなにお芝居の仕事もしていなかったので、暇だから趣味として映画を撮ろうという気持ちもありました。後は、自分の観たい映画を作りたいとか、色んな思いがありましたね。
 
――今は映画を監督することは考えてらっしゃらないんでしょうか?
 
(映画を作りたいという)気持ちはずっとありますが、今はありがたいことに役者の仕事が充実しているので、役者の仕事を頑張りたいと思っています。何かのタイミングでぽかっと空いた時があれば、好きな仲間たちと好きな映画を撮れたらいいなと思っています。『言葉のいらない愛』(2015)という作品を18歳の頃に撮ったことで、またひとつ考え方が大きく変わったところもあって、役者として監督が伝えようとしていることを少しは汲み取れるようになったかなと感じています。そういう意味でも、また映画を撮ることができたら、また新しい発見があって、役者としても成長することができるんじゃないかと思うので、機会があればと思っています。
 
――テレビドラマや映画と、様々な作品に出演されてきて、今も様々な分野で活躍されていますが、今後はどういう役者になっていきたいと思ってらっしゃいますか?
 
僕は楽しくてこの仕事をしているので、多くの作品に呼んでいただける役者になることが一番だと思っています。僕は、派手に見せるメリハリのきいたお芝居というのが、たぶん得意な方ではないので、その分、生々しい人間として生きるということを地道にひとつひとつ重ねていって、そこに真実味や実感を持って演じることを大切にできる役者になりたいと思っています。どの役を演じるときも、生きている人物として、そこに立っている実感を常に探すようにしています。
 
――様々な役を演じるにあたって、普段の生活から気をつけていることはあるのでしょうか?
 
僕が僕らしく、楽しくいろんな経験をして生きることでしょうか。僕はどちらかと言えばいい子ちゃんだと思うので、いろんな人とお話ししたり、たまにはお酒を飲んでハメを外してみたり、もちろん人に迷惑をかけない程度ですよ(笑)。いろんな経験ができるといいなと思っています。本当はものすごくインドアな人間なんですが、ちょっと飲みに出かけてみたり、現場でいろんな人と話をしてみたり、最近ようやく本を読むようになったので、本を読んでみたり、映画を観たり、そういうことだと思います。まず、僕が僕としてちゃんと生きていないと、他の人の人生も生きられないと思うので。僕が僕として生きている実感を持つことが大事だと思っています。
 
――オンとオフの切り替えはどのようにされていますか?
 
自分に戻る瞬間というか、オフの時間は大事にしています。僕は、毎日することが好きなんです。靴紐を結ぶ瞬間や歯を磨いている時って無意識じゃないですか。そういう瞬間に、今は自分だなと感じるんです。この前わかったんですが、僕はお風呂に入る時右足から入るんです。それも無意識の行動ですよね。それに気付いた瞬間に、すごく生きているな、自分に戻っているなと感じるんです。そういう瞬間を毎日実感することを大事にできていることが、リラックスできていることになるんだと思っています。
 
――私生活でも演じている役が抜けない、また、役に影響されるようなことはないのでしょうか?
 
演じている役に影響されることはありますが、僕は憑依するタイプの役者ではないので、役が抜けないことはないです。その世界で生きる実感を探している時点で憑依ではないと思うんです。憑依できる人は無意識のうちに、その世界で生きている実感を持てると思うんです。僕は探さないと実感を持てないので、役が抜けないという感覚は味わったことがなくて、ただ、演じている役の口調になってしまうなど、役に影響されることは多々ありますね。いつか役に憑依してみたいですし、そうできるように頑張ります。
 
――個人的には、井之脇さんには、ぜひまた黒沢清監督の作品に出てもらいたいと思っているのですが、井之脇さんは今後、ご一緒したい監督さんはいらっしゃいますか?
 
黒沢監督とは「贖罪」(2012)というドラマでご一緒させていただいて、それからしばらく時間が経っているので、本当は近いうちにご一緒したいです。僕のターニングポイントになった作品の監督ですから、ご一緒できたらまた何か新しいものが見えるのではないかなという希望もありますし、単純にいちファンとして黒沢監督の作品に出たいです。もちろん、いろんな監督とご一緒したいですし、作品を作るという意味では日本も海外も変わらないと思うので、いろんな国の方とご一緒してみたいという思いもあります。国籍や経歴や予算などにこだわらず、様々な監督と色んな現場をやることで役者として見えるものも増えると思いますし、たくさんの作品に呼んで頂けるように頑張りたいと思います。
 
 
取材・文/華崎陽子



(2020年12月 9日更新)


Check

Movie Data




(C)2020 Silent Tokyo Film Partners

『サイレント・トーキョー』

▼梅田ブルク7ほか全国にて上映中
出演:佐藤浩市、石田ゆり子、西島秀俊
中村倫也、広瀬アリス、井之脇海、勝地涼
毎熊克哉、加弥乃、白石聖、庄野崎謙、金井勇太、大場泰正、野間口徹
財前直見、鶴見辰吾
監督:波多野貴文

【公式サイト】
https://www.silent-tokyo.com/

【ぴあ映画生活サイト】
https://cinema.pia.co.jp/title/183640/


Profile

井之脇海

いのわき・かい●1995年11月24日生まれ、神奈川県出身。2007年、『夕凪の街 桜の国』(佐々部清監督)で映画初出演。2008年、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した黒沢清監督作『トウキョウソナタ』に主要キャストのひとりとして出演、キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、高崎映画祭新人俳優賞を受賞。近年の主な映画出演作に、映画『合葬』(2015)、『帝一の國』(2017)、越川道夫監督の『月子』(2017)と『海辺の生と死』(2017)など。ドラマ「義母と娘のブルース」(2018)、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019)、「教場」、「伝説のお母さん」、「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」、「ハルとアオのお弁当箱」(2020)などに出演するなど活躍の場を広げている。2021年には、『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』、『砕け散るところを見せてあげる』が公開予定。