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「宙吊り感をリアルに体験してもらうのが目標だった」
『そして父になる』の是枝裕和監督と福山雅治が再タッグを組んだ
法廷心理サスペンス映画『三度目の殺人』是枝裕和監督インタビュー

鑑賞後、まず最初に襲われたのは「わからない」というモヤモヤした感情であった。特に個人的にハッピーエンドが好きなわけではないし、「これから、どうなるんだろう?」と勝手に想像したくなるシーンで終わる映画も好きである。そう考えると、是枝裕和監督の映画は、いつも、そうであった。でも、今作は今まで以上に何も掴めない。だからこそ、ひとりで色々と考えてしまう。考えさせられる映画である。

インタビューで監督も話されているが、犯人がわかって真実がクリアになる単純明快な法廷劇ではない。人が人を裁くという事、弁護は何なのかという事、では、真実とは何なのかという事…、そんな全てが投げかけられた法廷劇である。

近年、ジャンルで括るならば少し光が射すホームドラマが多かった監督だが、今作には処女作『幻の光』(1995年)など初期作品を彷彿とさせる薄気味悪さや薄暗さがあると感じた。監督自身もわからなくなり、今までで一番スリリングさを感じたという。そんな『三度目の殺人』について、じっくりと聞いているので、是非とも読んで頂きたい。

――この映画には答えがありません。実は観終わった後も少し考え込んでしまったんです。
弁護士さんを取材した時に「僕たちに真実は分からない」と話されて、弁護士というのはその認識を持っていないと務まらない仕事なんだなと改めて思ったんです。真実が分かると考えた時点で、それは弁護ではない。僕はそこに誠実さを感じました。なので今回この映画を作る上で、(弁護士を)スーパーマンにしない、観る人間もそこから出さないようにするというところをとてもこだわりました。
 
――なるほど。今回かなり台本を直されたと聞いていますが。
いつも直すんですけどね、撮影中も。ただ今回は法律用語も出てきますし、判決に至るまでのプロセスはあまりイジりようがないから、「撮影開始前までには(脚本を)出来るだけ固めます!」と宣言をしちゃったんですが、撮影終了日の前日まで直しているという状況でした。
 
――撮影終了日の前日まで直しが入るということは台詞を覚えないといけない役者さんも大変ですね。
そう、役者は大変だったと思います、て他人事みたいに言いますが(笑)。まぁ、僕も大変でした。着地しない話ですからね。犯人が分かって真実がクリアになって終わるのではなく、最後まで弁護士の主人公は真実を手にしないという話ですから。でも、何ひとつ分からないわけではないじゃないですか?
 
――はい。少しづつ見えてくる真実にもゾクゾクしました。
分かる部分もあるけど理解できない部分もある。実際の殺人事件を担当した弁護士が釈然としないものを抱えながら、判決という非常にわかりやすい物語となった真実を提示される……、それも ( ) 付きの真実が提示されて投げ出される。その宙吊り感をリアルに体験してもらうのが目標だったんです。
 
――まさに宙吊り感を味わいました。
そのためにはどれくらいあの男(殺人者)を分からない存在として印象に残すかですよね。分かるためにどう(被害者の娘の)咲江という少女が機能するのか。同時に、分からなくするためにはどう機能するのか。この三者間をちょっとイジると全部の印象が変わってくるんです。それで途中、僕自身も着地が分からなくなって右往左往してしまいました。正直に言うと僕も(弁護士の)重盛と同じように「教えてくれよ~」という状態になってしまったんです(笑)。
 
――今までの作品とはかなり違う、監督にとってチャレンジングな作品になったということでしょうか。
そうですね、かなり違いますね。分からなさ具合が。でも結果的にはいろんな意味でクリアに分からない映画を目指して、そうなっているので、着地は間違えてないと思うんです。ここに着地するまでが非常にスリリングでした。
 
――ここまでスリリングな映画作りは、初めてだったという事ですよね。
初めてでしたね。
 
――ここ最近は家族を描いた、いわゆるジャンルで言うとホームドラマ的な作品が多かったかと思いますが、今作は社会派的な作品になりました。いつ頃から社会派の作品を手がけたいと考えておられたんですか?
ホームドラマを撮っている一方で、10年くらい前から骨太の社会派ドラマも撮りたいとは思っていました。ただ、作品として完成し発表できたのがホームドラマばかりだったというだけなんです。現代史と向き合う作品や戦時中の作品などは中々実現出来ず、企画が立ち上がっては消え、立ち上がっては消えして、ホームドラマが続いた。もちろんホームドラマをやりたくないわけではないですが、結果的にはそれが人間のデッサン力を上げるために必要な時間だと思っていました。
 
――ある意味でホームドラマを撮ることが今回のような社会派の映画を撮る準備になっていたということでしょうか。
『海よりもまだ深く』(2016年)などは、狭く狭くホームドラマの芯だけでどれくらい面白く作れるかを追求した作品で、それと比べると今回は大きくシフトチェンジをしたように見えるかもしれません。だけど、実は今までのデッサンをベースに、カメラで言えばレンズを変えたという感じなんです。ややレンズを広くして、自分が今、生きている中での関心を家の中からもう少し広げた。社会にはみ出した時に見えてきた、ひとつの司法制度、その先にある裁くという行為についてだったということ。
 
――ホームドラマも含めて全てが延長線上にあるんですね。
物語の骨格をサスペンスというジャンルにすると、登場人物も家の中にいる母と兄と弟ではなくなってきます。弁護士と殺人犯と被害者遺族という登場人物を物語に負けないくらい、しっかり輪郭を描かないといけない。その物語を描くにあたって鉛筆デッサンではなく、自分の中では大きなキャンバスに油絵を描いているような感じでしたね。でもね、タッチは変わっていない。使っている絵具や出来上がった絵の大きさは違うけど、自分では大きく作風を変えた感じではないんです。充分、ルックは違うんですけど。
 
――監督のデビュー作『幻の光』(1995年)を観て、当時よく分からない薄気味悪さを感じたんですが、実は今作を観たときにも同じような感覚があって、久しぶりに『幻の光』を思い出したんです。監督の今のお話でいくと変わっていないということなんですね。
そうですね。
 
――特に薄気味悪かった場面と言えば、被害者の妻(斉藤由貴)が娘(広瀬すず)を台所で後ろから抱きしめて、首筋あたりの匂いを嗅ぐシーンが……。
ゾッとしますよね。もともと脚本に書いてはあるんですが、斉藤さんが演じたら脚本に書いてある以上にゾッとしました。斉藤さんはすずに「ごめんね~、気持ち悪いと思うけど母親ってこういう事するんだよ。よくやるんだ」と言ってましたけど、あの演技は彼女なりに計算して提示してきたものだと思います。
 
――あのキャラクターについて斉藤さんとどんなお話されたんですか?
具体的な指示は立ち位置くらいです。後は歩き方とか。「あまり上下運動をしないで、すーっとすべるように入ってきてほしい」とは言いましたね。細かい事ではあるんですけどね。
 
――そして、殺人者役の役所広司さんの演技についてもお話を伺いたいです。弁護士役の福山雅治さんと接見室で対峙しながら、心を揺さぶっていく感じが本当に圧倒的でした。現場で見ていて、監督はどう感じられましたか?
わくわくゾクゾクしていましたよ。接見室での場面は、薄暗いコンクリの簡素な部屋だし、ガラスで隔てられている人が動かない画だから長くは持たないと思っていたんです。それほど良いシーンになる予感も無くて。だから、なるべく接見室のシーンを減らして他のシーンで動かそうとさえ思っていました。でもクランクイン前の本読みで手ごたえを感じて、実際2台のカメラを使って撮影して編集したら、このシーンいくらでも持つなと。映画の肝が見つかって、この1対1のシーンを核にして物語を動かしていけばいいと確信しました。当初は法廷で撮る予定にしていた、三隅の告白の場面も1対1の場で告白することで(弁護士を)翻弄してやろうと。そのピークとも言える場面の脚本がクランクインの1ヶ月前に出来たのかな。それが全体の流れを作り、最終の形になりました。やっぱり実際に役者が演じることで初めて分かることってあるんです。
 
――2時間4分の映画で動きが無いシーンも多いんですが、ずっと惹きこまれてしまいました。
緊張感が途切れずにいたのなら良かったです。一番長い接見室のシーンは11分もあるんですけど、ふたり座ってるだけですからね。役者が良かったからですね。
 
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――後、色のトーンに関して言うと、これもまた『幻の光』の時の暗い感じを思い出したんです。
あ~、なるほどね。色のトーンに関して言えば、フィルム・ノワールという1940年代~1950年代辺りの犯罪映画なんかに見られる、斜めの光がカーテン越しに入って、みたいな光の設定をしたいと僕から提案しました。まぁ、モノクロとカラーだから、だいぶ違うんですけど。
 
――フィルム・ノワールはフランス語で暗い映画という意味もあるみたいですね。
何本かフィルム・ノワールの作品を(撮影監督の)瀧本(幹也)さんに観てもらったりしました。カメラテストの段階で瀧本さんから「シネスコ(シネマスコープ)で撮りたい」と案が出て、僕はやったことが無かったから躊躇したんですよ。シネスコって人を不自然に配置しないと成立しないんですよ。普通に配置すると両サイド余っちゃうから、間の抜けた絵になるんです。だから、自分の中ではアイデアが無かったので、ヤバいな危険だなと思ったんです。で、瀧本さんとアナモルフィックレンズでカメラテストをして、シネスコで覗いてみた時に3人並ぶと絵になるのが分かったし、むしろシネスコの方がいいと分かったんです。それで思いきってシネスコで撮る事を決めて、そこからシネスコの映画をふたりで観て、どの映画だと成立して、どの映画だと持て余しているかを見極めていきました。
 
――是枝監督がシネスコに初挑戦した作品というのもこの映画の見どころですね。おふたりで観られたシネスコの映画ってどんな作品なんですか?
最近の作品だとデヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』(1995年)がダントツですごかった。遡って黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)とかを観たりして、辿り着いたのは『夕陽のガンマン』(1965年)だったんですけどね。ドーンとひいたところからクローズアップする、そういう編集のリズムとか、顎とおでこを切って対決シーンで切り替えすとか。ポーカーフェイスの男のちょっとした表情の変化を観ていくには、シネスコが非常にいいなとか分かってきて、なるほどなぁと。じゃあ、接見室はクローズアップの切り替えしでいけるのかなとか。
 
――シネスコにしたことであの緊迫感ある接見室の場面が生まれたとも言えますね。
シネスコサイズを選んだ事が編集を変えたし、シーン自体も決まっていった。それも瀧本さんの力です。「初めてのシネスコで怖くなかったですか?」と聞いたら、広告カメラマンをやっていると縦長とか正方形とか、もっと横長とか、いくらでもあるので大丈夫だったみたいです。瀧本さんが映画の出ではなく、映画ならではのサイズに愛着があるとか慣れてるとかそういうことがないから、縦長と言われたら縦長で構図を考える人だったんです。広告をやっている写真家って、応用力の高さ、懐の深さがすごいなと思いました。ただ撮影は大変でしたよ。接見室で手前にふたりの肩をなめて奥にいくとか。例えば、肩の入れ方って1センチ違うと全然違ってくるので。「ちょっとだけ中に入って下さい」とか、「やや重心を右脚の親指に」みたいな、役者からすると台詞が言いにくい無茶な指示を出したりしていましたね。やっぱりシネスコって非常に不自然なサイズなんです。シネスコは動き過ぎたりすると成立しないので難しさはありましたけど、したことないことをするのは面白かったです。
 
――最後の接見室のシーンで役所さんと福山さんの横顔が真ん中を仕切るガラスの上で重なるシーンが印象的でした。ふたりの重なりそうで、重ならない心情も照らし合わせられた気がして…。
あのアイデアも瀧本さん。7度の接見室は全部違う撮り方で撮りましょうとなって、現場で演技を見ながら探っていったんです。それぞれに禁じ手を作ってね。1度目は動くのを止めよう、2度目、3度目、4度目で撮り方とか距離とか変えていって、5度目で(役所演じる)三隅の側にカメラがあってガラス越しでなく三隅を撮るという、6度目で壁を外して真横に入って、7度目はもう案が無かったんですよ正直に言うと。ちょっと横に動いたりとか色々したんですけどね。その時に瀧本さんが「ライティングをここからにして、ここにカメラを置くと重なって見えますよ」と現場で見つけてくださって。素晴らしいし、非常に象徴的であり、映画の内容ともリンクする。それで台詞の後半は、このままで押しましょうと現場で決めました。まぁ、でも結局(実際にふたり)は重ならないんだけどね。
 
――そうですよね…。だからこそ、あのシーンが深く深く印象に残りました。次回作についても伺いたいのですが、やはり社会派な作品が続くのでしょうか?
社会派の作品は、この先5、6年の内にやりたいなと。そこに至るまで自分の中でいくつか企画があって、進めてる感じです。どういう順番で実現していくかは、まだ分からないけど。
 
――休みなく、毎年新作を公開をされてファンとしては嬉しい限りです。
デビューしてしばらくは3年に1本しか撮れなかったから、その反動なんじゃないかな。今は比較的に撮れる環境ではあるから、撮れる内に撮っておきたい。かと言って、戦時中の作品が無条件に撮れるかと言えば、そこまで周りは冒険してくれない(笑)。そこは、どうパートナーを築いて撮るかだし、そろそろ考えないといけないと思っています。それに作品のクオリティーを落とさないようにしないとね。今まだ体力が続いてるのでやれてますけど、そろそろ体力も続かないかなと。そろそろ2年に1本にしないと。でも、来年も公開できるんじゃないかな。以前なら考えられないスケジュールですよね(笑)。
 
――すごいです(笑)。たくさん、お話が聞けました。本当にありがとうございました。
 
取材・文/鈴木淳史



(2017年9月20日更新)


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Movie Data

©2017フジテレビジョン アミューズ ギャガ

『三度目の殺人』

▼TOHOシネマズ梅田ほかにて上映中

監督:是枝裕和
出演:福山雅治 役所広司
   広瀬すず
   吉田鋼太郎 斉藤由貴
   満島真之介

【公式サイト】
http://gaga.ne.jp/sandome/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/172308/