王道パターンを逆手にとるような、予期せぬ展開を楽しんで!
映画『東京ウィンドオーケストラ』神戸出身の女優・中西美帆&
広島出身大阪芸大卒業の坂下雄一郎監督インタビュー
“作家主義”と“俳優発掘”をテーマに掲げ、『滝を見にいく』(14)、『恋人たち』(15)と快作を連発する、松竹ブロードキャスティングオリジナル映画プロジェクト。その第3弾が、ささいな勘違いや思い込みが重なり、屋久島に有名オーケストラのニセモノを招いてしまったことから巻き起こる騒動を、温かなユーモアを交えて軽妙なタッチで綴る『東京ウィンドオーケストラ』(元町映画館、京都シネマにて2月18日より、テアトル梅田にて2月25日より公開)。トラブルの発端を生む張本人ながら、常に不機嫌顔な町役場の女性職員・樋口と、東京のカルチャースクールで演奏を楽しむ10人の楽団員との攻防が、おかしくも微笑ましい人間ドラマだ。劇中とは別人のごとく、朗らかで豊かな表情が印象的な主演の中西美帆と、寡黙な中に才気を秘め、本作で商業映画デビューを飾る期待の新鋭・坂下雄一郎監督に、撮影秘話などを伺った。
――今回、中西さんは映画初主演ということですが、プレッシャーや意気込みのようなものはありましたか?
中西美帆(以下、中西):お話を頂いた時、自分も役者として悩んでいた時期だったので、松竹ブロードキャスティングの第1弾、第2弾の作品も映画界でとても話題になっていましたし、本当に嬉しかったです。ただ、面談のような形で決めて頂いたので、「これが初主演なんだ!」という実感は当時はあまりなく、後からジワジワきたんですけど。これまでは、割と自分の素に近い、楽しそうな役が多かったんですが、今回は全然違って、終始笑わない、ふてぶてしい女性だったので、真逆のキャラクターを演じることができるのは、役者としてもターニングポイントになるだろうと思いました。
――中西さん演じる樋口と衝突を繰り返すうちに、やがて不思議な連帯感のようなものが芽生えるアマチュア楽団の面々を、坂下監督自らワークショップで選抜された俳優陣が、ナチュラルに好演しています。事前にどのような準備を?
坂下雄一郎(以下、坂下):リハーサルの時間は多めに取って、本読みも3回ぐらいやりました。現場に着いてからも、当日に迷う要素をあまり入れたくなかったので、実際に撮影に入るまでに、固められるところは固めておこうと、リハーサルを重ねていきました。
――脚本の段階では、樋口のキャラクターも、もっと溌剌としたイメージだったそうですね。
坂下:当初は、明るい感じがいいかなと思っていたんですが、リハーサルをやっているうちに、ちょっと違うんじゃないかというか、あまり面白く感じられなかったので、試行錯誤を重ねて、今の形になりました。
――樋口の口調が素っ気ない分、中西さんの目力のようなものが際立っているように感じました。

中西:企画にも携わっていらっしゃるプロデューサーの深田(誠剛)さんは、「役に入っている時の中西さんが怖い」と現場でおっしゃっていました(笑)。本当の私は感情を表に出す人間で、集中しないと自分の素が出てしまうので、それが目力にもつながったのかもしれません。屋久島でオールロケだったので、撮影前に早めに島に行き、町役場の同じ年頃の女性の方に取材のようなものもして。島には娯楽が少ないので、休日にはフェリーで2時間かけて鹿児島に遊びに行くという話を聞いたりして、樋口の生活を思い描いたりしました。
――多彩なキャリアとバラバラの個性も魅力の10人組と、事あるごとにぶつかる役柄ということで、ご苦労もあったのでは?
中西:監督から最近伺って、なるほどと思ったんですが、10人で1人というイメージだったので、個々のリアクションによって芝居を変えることは、あまりありませんでした。ただ、楽団員と常に対立する構図だったので、監督からは「あまり仲良くならないで下さい」と言われていたんですけど、どうしても仲良くなってしまって(笑)。私、普段は笑い上戸で、楽団員の方たちとも仲良くしているのに、劇中では、ものすごい表情で睨んだりしているギャップがおかしくて。吹き出したりしそうになるのを抑えたり、そういった意味で大変なこともありました。
――攻守が目まぐるしく変化する、樋口VS楽団員の勝敗のつけようのない闘いが、作品に独特のリズムやメリハリを与えていますね。
坂下:楽隊と主人公とのやり取りが中心になっていくと思ったので、なるべくシーンが展開するごとに、何か人間関係が変化していくように心がけながら、場面を作っていきました。
――常にぶっきらぼうな樋口ですが、密かに不倫中の田辺課長と2人きりの場面では、態度を豹変させるのも見ものでした。
中西:演じていても面白かったです。実は、田辺役の松木(大輔)さんとは、別のワークショップで出逢い、デビュー前から知り合いだったんです。今回が初共演だったんですが、初めて2人きりになるシーンは、樋口にとっても唯一プライベートな面を見せる場ですし、松木さんと雑談のようなおしゃべりをしていた時に、「ここは、ちょっと甘えた感じでやってみる?」と話し合って。一応、監督の前でもテストでやってみたところ、「それでいい」と言って下さったので(笑)。
――監督は、アドリブなどにも柔軟に対応される方ですか?
坂下:基本的なやり方としては、まずは役者さんの方で、何かしらやってもらうことが多いです。それを見てから、減らしていったり、変えてもらったりという流れですね。
――有名オーケストラと勘違いされている事実にいち早く気づき、屋久島から逃亡を図る楽団員たちを、自転車に乗った樋口が猛スピードで呼び止める場面もド迫力でしたが、実際の中西さんは、自転車が苦手とか。
中西:監督からは「ゆっくりだから大丈夫です」と言われていたんですが、撮影当日になって急に「全速力で漕いで下さい」と。ブレーキのかけ方もあんまりよく分からなかったので、足で止めてしまい、靴まで脱げちゃって(笑)。
――そんな様子を、監督は「しめしめ」と傍観されていると……。
坂下:まあ、結果オーライですね(笑)。
――非常に疑問に思ったのですが、あの何とも言えない田辺課長のどこに、樋口は惹かれたんでしょう?
中西:すごくよく聞かれるんですが(笑)。松木さんは、最初は楽団員役のワークショップに参加されていて、後から聞くと、田辺役は、松竹が既成の俳優さんでキャスティングする予定だったらしいのですが、オーディションに来ていた松木さんが選ばれて。私も、最初に台本を読んだ時は、田辺ってああいうイメージじゃなかったんですけど、松木さんが演じることで、おかしみみたいなものが出るのと同時に、「どこに惹かれたのかな?」とも思ってしまって(笑)。多分、本当に好きというよりは、淡々とした日常の中で、苛立ちやもどかしさを感じながら、田辺という人とダラダラと付き合って、その関係を終わらせるきっかけもなかったんだろうと思いながら、演じていました。
――演奏技術の未熟な集団が、最終的には腕を上げて喝采を浴びる……という王道のパターンを逆手にとるような、予期せぬ展開にも驚かされました。
坂下:上手くなるんだったら、本当に上手くならないとダメだと思うんですが、楽器のできない人たちをオーディションして、少ない期間ですごく上達したようなシーンを撮るのは、現実的には無理だろうと。じゃあ、下手なまま演奏する流れにしようと思いつつ、下手で興醒めされたくはないと考えた時に、どういう目でお客さんに観てもらえたら納得してもらえるだろうか。だったら、物語の過程を最初から踏んでいく中で、楽団員たちを応援するような気持ちになってもらえたら、多少下手でも、何とか行けるかなと思ったんです。
――“プロとアマチュアとの境界線とは何か”といったようなものも、作品のテーマのひとつだと思うのですが、役者さんというお仕事も、常にそういったことを突きつけられるハードな世界ですよね。

中西:一般社会では、過程も評価されたり大事だったりしますけど、芸能界は、結果がすべてなので。そういう意味では、私もデビューが23歳と遅かったので、「23なんだから、これぐらいできるだろう」みたいに思われたりする中で、すごく大変なこともあって。でも、島に呼んだはずの本物の楽隊の熱狂的ファンの同僚役の小市慢太郎さんや、『惑う After the Rain』(シネ・ヌーヴォにて2月25日より公開)という作品でご一緒した宮崎美子さんや佐藤仁美さんたちと間近でお芝居させて頂いて、プロ意識というものを肌で感じることができました。
――女優を志すにあたり、クラシックな日本映画も数多くご覧になったとのことですが、その中で、影響を受けた作品や演技などはありますか?
中西:今も横浜の実家に住んでいるんですが、原節子さんが近所に住んでいらしたということを知り、芸能界を目指すきっかけにもなったんですけど。池袋にある新文芸座にも通ったりしていたんですが、今、自分が俳優業をやる中で、増村保造監督と若尾文子さんとのコンビの作品が、すごく好きで。将来、若尾さんが当時演じられていたようなヒロインを自分も演じられたらと、ずっと憧れています。
――ご出身は、神戸なんですね。
中西:小学校に上がるかどうかくらいまでしかいなかったのですが、今も祖父母やいとこは、みんな関西にいるので、たまに帰って来ると、やはり落ち着きますね。今回のオーケストラのメンバーにも関西出身の方がいて、関西弁を聞くと和むというか。ただ、朝ドラの「純と愛」(12‐13)で関西弁の役をやったんですけど、大阪の関西弁を使わなきゃいけなくて、神戸とはイントネーションが随分違って。一番びっくりしたのが、“お醤油”という言葉で、すごく大変だった覚えがあります(笑)。
――監督ご自身は、何か目指す方向性のようなものは?
坂下:僕はピクサーの映画が好きで、暗い映画も、幅としては一杯あっていいと思うんですけど、自分が作るんだったら、ああいう映画がいいなと。最初に劇場で観たのが『モンスターズ・インク』(01)で、他の映画を観る予定が、時間が合わなくて仕方なく観ることになったので、あんまり期待していなかったら、ものすごく感動して。それ以来、ピクサー作品は、毎回劇場で観るようになりました。3年ほど前にスタートしてようやく完成した、年末頃公開予定の次作『エキストランド』も、今回と少し似ていて、大阪芸大の先輩の前野朋哉さんが市役所観光課の職員役なんですが、邪悪な映画撮影隊に町が牛耳られていくという話です。ちょっと皮肉っぽいものの方が好きなので、その辺はピクサーとは若干違うんですけど(笑)。
――東京では一足先に公開されましたが、反響はいかがですか?
中西:初日以来、キャンペーンなどがない日は、毎日劇場に通っているんです。昔からの友人は、今までの私のイメージとあまりに違うので、違和感があるみたいなんですが、逆に私のことを知らない方は、上映後に出て来られて「ありがとうございました」と挨拶すると、最初気づかれずに「えっ!?」とびっくりされたりして(笑)。でもそれは、役者としてはものすごく嬉しいことですし、これも監督のおかげだと思っています。樋口と出逢ってから、自分にこんな面があったんだと新たな発見ができるような役を、これからも演じていけたらなあと思うようになりました。
坂下:手応えは……これからじゃないですかね。やっぱり、続けていくことが一番の目標というところがあるので、観て頂いて、次のお話が来たら、いい結果だったのかなあと思うんですけどね。だから、これからです。
――たった二日間の話ですが、それぞれの人物がささやかな転機を迎える、かけがえのない瞬間に立ち会うことのできる作品だと感じました。これからご覧になる方に、一言お願いします。

中西:構成としても先が読めないし、ヒロインのキャラクターも「ジタバタするのかな?」と思っていたら、ずっと逆ギレ気味で肝も据わったまま(笑)。どんどん予想を裏切られていく映画ですが、きっと長く、みなさんに愛される作品になっていくのかなと、勝手に思ったりしています。
坂下:屋久島の風景こそ、あまり映っていないんですけど、その辺も、いい裏切りになっていると思います(笑)。作る前から、色々な年代の方に面白がって頂けるものを目指してやってきたので、実際にも楽しんで、喜んでもらえると嬉しいです。
取材・文/服部香穂里
撮影/河上 良(bit Direction lab.)
撮影協力/シネ・リーブル梅田
(2017年2月 7日更新)
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