ホーム > インタビュー&レポート > 「自分の生き方を見つめて生きている人たちは、 この作品を深いところで受け止めてくれていると思う」 キチジロー役を好演した窪塚洋介が客席から登場! 『沈黙-サイレンス-』上映後トークショーレポート
マーティン・スコセッシ監督が遠藤周作の同名小説を映画化した『沈黙-サイレンス-』が封切となり、各地の映画館で上映されている。本作は、スコセッシ監督が1988年に原作と出会って以来、映画化を熱望。長年温め続けてきた待望のプロジェクトで、江戸初期の長崎に派遣された若きポルトガル宣教師と、幕府の弾圧に耐えながらキリシタンであろうとする日本人の姿を描いている。信仰とは、神とは、生きることとは、命とはなどと、さまざまな問題を投げかけてくる2時間40分の長編大作だ。
2月4日にはTOHOシネマズ梅田にて、本作で重要な役割を担うキリシタンの青年、キチジロー役を演じている窪塚洋介によるトークショーが行われた。上映後、司会者が登壇し呼び込むと、窪塚が客席から立ち上がった。実は観客と一緒に観ていたのだ。まさか隣に窪塚がいたとはつゆ知らず、会場からは驚きの声が上がった。トークショーでは、窪塚の挨拶のほか、観客の方からの質問も受け付け、ざっくばらんなトークで沸かせた。
長崎の五島列島で生まれ育ったキチジローはキリシタンを自称するも、その信仰心については誰もが懐疑的だ。恥ずかしげもなく弱さを露呈し、彼は何度も落胆させる。一方でしたたかで生命力だけはきっと人一倍あり、その存在はきわめて現代的だ。
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キチジローという人間を窪塚はどう見ているのか。「僕がしゃべるのと、スコセッシ監督が作り出したキチジローは違うかもしれないけど」と前置きを入れながら、「一番わがままで、すごくシンプルというか、思慮深くない。本当にキリスト教のことを理解していない。でも自分自身にすごく忠実というか、素直な人間だと思う。生意気に聞こえるかもしれないけど、信仰とかってそういうものなのかなとも思うんです。自分の心の中に生きること、自分の中の神様と共に歩んでいくことが大事だというか、僕の中で見つけた『沈黙』の答えがそれにも似たことでした。キチジローというのは生まれながらにしてそういうものを持っている、持とうとしている役なのかなと思います」と見解を示した。
そんなキチジロー役を窪塚は、オーディションで勝ち取った。「キチジローは日本中の役者がオーディション受けたと言われるような役です。これはスコセッシ監督が言っていたのですが、僕は当時35歳で、僕の年齢を境に上が45歳、下は25歳くらいまで、メジャーな方、超有名な方みんながオーディションに来たそうです。でも僕は1回目のオーディションのときガムを噛んで会場に入ってしまって、その場で落とされるということがありました。控室といって通された部屋がオーディション会場で、今思うとはめられてたのかなって(笑)。そんなこともひっくるめて紆余曲折ありましたが、何とか掴むことができました」。
撮影現場では「今日はどんなキチジローを見せてくれるのか?」とスコセッシ監督は毎日、窪塚の演技に喜んだという。聞けば、1カットを撮影するのに10テイクはくだらないという監督が、窪塚のシーンでは比較的テイク数も少なかったようだ。「手前味噌になりますが、僕に絡んでいるシーンやカットはすごく信頼してくれていて、早く終わりました。1回、一発OKだった日があって。“キチジローOKか?”って聞かれて、“OKです”って答えたら“じゃあOK。今日は終わり!”ってなって。いつもスコセッシ監督と一緒に仕事しているカメラマンやスタッフたちが唖然として、狐につままれたような顔をして見ていたのは印象的でした」。
とはいえ、お蔵入りのカットもあった。自分としてはうまくできたと思ったシーンが使用されていなかった。「初めて観た時は、正直なんだか残念な気持ちがあったのですが、でもすぐに僕が与えられたキチジローという役はこういう役だったのだなと、作品を通して監督とキャッチボールができたような気がしました」。
スコセッシ監督については「懐の深さを感じる人」と何度か表現した。監督が子供のころ夢に描いていた職業が牧師かマフィアだったというエピソードを取り上げ、「この振り幅は何だろうというくらい真逆のベクトルにあるようなものの気がしますが、そういう人だからこそ映画監督になって、遠藤周作さんのこの作品と出会って、感銘を受けて、今日この日、皆さんの前にこの作品を届けられる人だったんだなと改めて思いました」と感慨深い表情を浮かべていた。
また、「スコセッシ監督がこの作品でぶち開けようとしている風穴というのは、実はとんでもなく大きいと思う」と、以下のように持論を展開した。「信仰する宗教の最大手であるキリスト教に疑問を投げかけて、かつ、この作品の中で“自分の神を信じろ”とみんなを導こうとしていて、そのバランス感覚は将来の夢にマフィアか牧師さんかと悩んだ人じゃないと到達しないのかなと思います。また、よくこのバビロンシステム(★)のことを分かった上で最後のシーンを描いて、世界に通用する作品に仕上げているということも、すさまじいことをやっていると思います」。
そんな思いも踏まえて、「あの方は本当にとんでもない作品を作り上げたんじゃないかなと勝手に解釈していて。この世界で一番読まれているベストセラーの本は聖書なんですが、聖書を覆すような作品を世に送り出してしまったスコセッシ監督と、そういう作品に参加ができたこと。しかも大きな役で意味のある役をもらえて本当に光栄です」と改めて喜びを語った。
撮影現場はスタッフ、キャストとも各国から集結、言語も台湾語、英語、日本語が飛び交った。その様子を「宇宙船地球号のような現場だった」と顔をほころばせる。インカムを通してアメリカ人スタッフ同士が「スミマセン、スミマセン」と連絡を取り合うなど、ほほえましい一幕もあったという。
また、“踏み絵マスター”と呼ばれていた窪塚の前で、「スタンプ・オン・ジーザス・ダンス」という踊りを披露し、おどけてみせるスタッフもいたそうだ。その光景は窪塚の中でアメリカの人々がこの映画を見たときにどう思うかという疑問にもつながっていった。
ロサンゼルスでのレッドカーペットに参加した際、何人かのアメリカ人に「踏み絵を踏むのか?」とたずねたところ、「余裕で踏む」と答えたという。それを受け、「もちろん敬謙な信者の方はまた別の見方をされるかもしれませんが、僕らは日本で“宗教信じてないけど”っていう雰囲気で話をしつつ、でもなんだかんだ仏教徒じゃないですか。“何も信じてないけど仏教かな”みたいな。アメリカのキリスト教徒もどんどんそういう感じになってるのかなって気がしたんです。だから“スタンプ・オン・ジーザス・ダンス”とかやってたんだなって。俺はできない。俺がそんなことやったら絶対ひんしゅく買うだけだから。でもキリスト教徒であるアメリカ人が現場でギャグにしてアハハって笑っていたりする。その謎がちょっと解けたというか、やっぱり文化が違うと分からないことがたくさんあるんだなと思いました。異文化を知って、そこに敬意を払って、みんなで力合わせて作品を作るということは素晴らしいことだと思うし、その思いが一番大事なんだなということを、この作品を通してでも感じられたので、参加してよかったなと思いました」。
この日、エンドロールが終わると会場は深い沈黙に包まれた。一緒に鑑賞していた窪塚は当然、一人ひとりが発する思考の厚みを肌で感じたことだろう。「この作品を見ていただいて、上手く言葉にできないかもしれないし、僕の友達も“見たよ”って言って、“一言では言いづらいね!”みたいな感じで、すごく熱を持って“そのまま話し出すと永久に話が終わらない”っていう人もいます。特に、普段から自分自身や自分の生き方を見つめて生きている人たちは、この作品に出会ってしまうことでよりそういう気持ちになって、より深いところで受け止めてくれているんじゃないかなと思います」とコメントした。
『沈黙』は、窪塚の役者人生において重要な作品になったに違いなく、「この作品に出会ったことで、ここから先、大きい扉の鍵が開いたような印象がありますが、なんせ大きい扉なので重いです。簡単には開くような扉じゃないと思いますが、その扉をぐっと押しにいきたいと思います」と、その目はすでに前をしっかりと見据えていた。最後に「ただでさえ参加できてうれしい作品が、この国でこんなにたくさんの人に見ていただいて…。皆さんの中でより良い明日がどんどんできあがっていくことを祈って今日はマイクを置きたいと思います。本当にありがとうございました」と締めくくり、トークショーを終えた。
★…「バビロンシステム」とは、黒人を抑圧する白人西洋物質文明主導の体制のこと。1930年ごろのジャマイカで生まれた反体制思想で、レゲエ音楽を通じて広がった。窪塚は「卍LINE」の名でレゲエミュージシャンとしても活動している。
(2017年2月 9日更新)
▼TOHOシネマズ梅田ほか全国にて大ヒット公開中
出演:アンドリュー・ガーフィールド
リーアム・ニーソン
アダム・ドライバー
窪塚洋介 浅野忠信
イッセー尾形 塚本晋也
小松菜奈 加瀬亮 笈田ヨシ
原作:遠藤周作「沈黙」(新潮文庫刊)
監督:マーティン・スコセッシ
【公式サイト】
http://chinmoku.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/171243/