インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 李監督「二度とできないことをやった作品だという自負はある」 宮﨑「頭の中がぐちゃぐちゃで、自分で勝手に追い込まれていった」 『怒り』李相日監督&宮﨑あおいインタビュー


李監督「二度とできないことをやった作品だという自負はある」
宮﨑「頭の中がぐちゃぐちゃで、自分で勝手に追い込まれていった」
『怒り』李相日監督&宮﨑あおいインタビュー

映画賞を総なめにした傑作『悪人』から6年。原作・吉田修一、監督・李相日(リ・サンイル)の黄金コンビが再び放つ話題作『怒り』が大ヒット公開中。夫婦惨殺の殺人犯を追うサスペンスのなかに、人が人を信じることの難しさと尊さが、渡辺謙を始めとする超豪華なキャスティングで描かれる。李監督と出演者の一人である宮﨑あおいが来阪した際、話を訊いた。

――『悪人』(10年)から6年ぶりの原作者・吉田修一さんとのコラボレーションですが、今回の企画はどのようにして始まったのでしょうか?
 
李相日監督(以下、李):2013年かな、吉田さんから単行本になる前のプルーフ版(仮製本版)の原作が送られてきたんですよ。純粋に僕の感想とコメントが欲しいということでしたが、読む方としてはどこかで映像化を考えてしまう。前のめりになって読み終えた時には、あらゆる感情が押し寄せて窒息しそうでした。人間の奥底に貼りついた、映像では掴みきれないものがたくさんあって、迂闊に手を出すと痛い目に遭うぞって気がしましたね。ただ、情熱だけに流されないようしばらく冷却期間を置いたつもりだったんですが、吉田さんにお会いした時にはもう、小説の感想をなんて言いながら、映画としての骨子を話しだしていました。
 
――『悪人』のときは脚本に吉田さんも参加しておられたわけですが、今回は監督一人で書かれています。今回はそうしようと決めておられたのですか?
 
:いや、そうではないです。吉田さんはどうされるのかなと聞こうと思った矢先、「今回はやらない!」って(笑)。吉田さんのことばで言うと「今回の脚本づくりにはより映画的なテクニックがいるので」ということだったので、それはわかる気がしました。それで、プロデューサーには脚本家を立ててほしいとお願いしたんです。この情報量と感情は一人じゃ抱えきれないと思ったので。
 
――でも、結局は一人で書かされた。
 
:そうなんですよ。酷いプロデューサーなんですよ(笑)。
 
――宮﨑さんは脚本を読んで出演を決められたわけですよね。
 
宮﨑あおい(以下、宮﨑):そうです。
 
――初めて脚本を読んだときにはどのように思われましたか?
 
宮﨑:まず、私が演じた愛子ちゃんという役が、これまでにお話をいただいたことのないような役だったので「こんな役が自分にくるんだ」っていう驚きがありました。でもすぐにやってみたいと思いました。
 
――これまでやったことのない役をやるということは、新たな挑戦をしてみたいと思われたわけですか?
 
宮﨑:挑戦をしたいと思っていたわけではないですが、この役をやるからには挑戦になるんだろうなとは感じていました。
 
――原作を読んだ人のイメージは少し違うのではと思うのですが、監督が愛子役に宮﨑さんを選ばれたのはどういうことからだったのでしょう?
 
:原作とイメージが違うといっても、それは主に外見のことだと思うんですね。愛子というキャラクターに一番必要な資質は、言葉にすると安易に聞こえますけど、人間としての根っこの部分がスレていないことなんですよ。人間性の奥にある“核”と言うのかな。多くの人は様々な経験をするうちに大なり小なり失っていってしまう。宮﨑さんにはその核が、損なわれずに残っている印象がありました。それはなにも世間知らずで純粋培養で生きたきたわけじゃなく、人並みに人生において傷を負い苦い経験を経たうえで、それでも失われることのなかった透明さ、とでも言いますか。その両面を感じさせる女優はそうはいないです。まあ、それもこれも僕の一方的な思い込みかもしれませんけどね(笑)。
 
――宮﨑さんは、今回の仕事に入る前から李監督のことは知っておられたんですよね。
 
宮﨑:知っていました。以前、他の仕事の現場にいらっしゃったことがあって。「あ、李監督だ」って思いました。そのとき、おいしい洋菓子の差し入れを持ってきてくださって、やさしいなあって(笑)。でも、この映画に出させてもらうことが決まってから、いろいろな人から噂を聞いて、少しイメージが変わりました。
 
――李監督の現場は厳しい、怖い、大変だと(笑)。
 
宮﨑:ええ、本当に。「えっ、そんななの」って感じでした(笑)。
 
:それは自ら聞いたんですか、それとも周りが言ってくるんですか(笑)? 
 
宮﨑:周りのみんなが言ってくるんです。教えてくれるんです。そういうのを聞いているうちに不安がどんどん大きくなっていって、これは大変だぞという覚悟が現場に入る前にできていきました。
 
――実際に現場に入られてからはどうでした?
 
宮﨑:撮影に入る前にリハーサル期間があって、そこで監督との距離を縮めていったのですが、結局、私は愛子ちゃんについてずっと悩んでいたので、監督と話をするというよりも二人で黙って考えていたというか。「どうしようか……」の「……」の時間が長かったですね。だから、リハーサル中も撮影に入ってからも、監督が笑顔でなにかを話かけてきてくださっても、監督は本当は何を考えているのかなって思ったり、監督のしぐさや表情から愛子ちゃんについての何かがつかめるんじゃないかと必死で見つめたり、けっこう頭の中がぐちゃぐちゃで、監督がどうこうというのではなく、自分で勝手に追い込まれていった、そんな現場でした。
 
――かなり悩んだ現場だったのですね。その追いつめられた感じは撮影が終わるまでずっと続いていたのですか?
 
宮﨑:そうですね、……いえ、一昨日ぐらいまでですね。
 
――一昨日まで?! 撮影は昨年の8月から10月の半ばまでだから、もう一年近く経っていますが。
 
宮﨑:はい(笑)。撮影が終わってからも、李監督のことがわからならないなというのがどこかにずっとあったんです。それが数日前にトロント映画祭に行ったとき、ようやく監督のことを少し知ることが出来て、愛子ちゃんを通してではなく、私個人として監督のことが見えたときに「あ、こんなに笑ってくれる人なんだ」って。純粋な笑顔に初めてほっとしたというか。監督がただ歩いているだけでほっとするんです(笑)。
 
――それが一昨日ぐらいから(笑)。監督の存在そのものによほど抑圧されたものがあったのでしょうね(笑)。撮影のために体重を増やされたのが話題になっていますが、これは自主的にそうされたのですか?
 
宮﨑:いえ、監督の指示です。でも、太ることは楽しかったですね。目標があると楽しいですから。体重計に乗って増えているとうれしかったですね。
 
――今回も撮影以前や、撮影現場を離れたところで役者さんたちはいろいろ準備をしておられたようですね。愛子の父親で港の漁協で働く男を演じられた渡辺謙さんはフォークリフトの免許を取り、カップル役の妻夫木聡さんと綾野剛さんはプライベートでもしばらく同居して感じを掴もうとしたり、凄いですよね。これは監督がそう仕向けているわけですか?
 
:どうなんでしょう。ただ、なにかやっとかないと終わらないぞっていうような一種の強迫観念みたいなものは与えているみたいですね(笑)。
 
宮﨑:そうなんです。私も体重が増えていかないと不安でしたから。
 
――なるほど。また、今回の作品は、構成上の話になるのであまり詳しく描けませんが、東京編・沖縄編、それに宮﨑さんや渡辺さんが出演された千葉編の3つの舞台があり、量的に言うと3本分の仕事をされたような気がします。
 
:二ヶ月強の期間で3本ですから。普通なら撮影初日から数日は様子見だったりするのですが、今回はもう助走なしで最初からトップギアで入らないといけなかったのでキツかったですね。東京、沖縄と撮っていって、千葉にはもう這っていった感じでした(笑)。また、東京編を終え、沖縄で撮影しているときには千葉の様子や準備状況がわからないので不安もありました。
 
――他の現場の様子がわからないのは出演者の方たちも同じですよね。
 
宮﨑:いえ、私たちには、他の現場の噂がどんどん届いてましたから(笑)。でも、それで違う意味でまた不安になりました。沖縄では撮影初日はついにカメラが回らなかった(テストばかりで本番までいかなかった)と聞いて、千葉でもそうなったらどうしようと。だから千葉での初日にカメラが回ったときにはほっとしました。
 
ikari_i2.jpg
 
――そういうお話を聞くにつけ、リハーサルが重要なんだなと思いますが、ここまでリハーサルを丹念にされるようになったのはいつごろからですか?
 
:『フラガール』(06年)の頃までは、比較的に表現したいものがくっきりしていて到達点もクリアだったので、リハーサル等の方向性もはっきりしていました。ただ、『悪人』からは“答え”の幅が広く、また深くなった分、到達点が見えにくくなり、アプローチの選択肢が格段に増えてしまった。一から俳優と向き合って、“答え”の周辺を一緒に歩き回ることからスタートしなければいけなくなった、そんな感じです。
 
――なるほど。かつての日本映画はそうやってつくられてきたわけですが、いまでは贅沢なつくりだと思います。そして、リハーサルを丹念に重ねて、ある意味出演者たちを追いこんでつくったと言うと、僕などは黒澤明監督の作品を想起してしまいます。
 
:ある意味、相米慎二監督の撮り方もそうでしたね。こういうつくり方が映画のスタンダードなやり方だったと聞いてきた、僕らはギリギリ最後の世代かもしれません。
 
――今回出演者たちの中心には、やはり渡辺謙さんがいらっしゃったと思いますが、共演されてみて、いかがでしたか?
 
宮﨑:私はもうお父ちゃん(渡辺謙)のことが大好きですから。すごく気を配ってくださる方で、普段、私は現場では一人でいることが多いのですが、この現場では渡辺さんが「ここに座っておいたら」って居場所をつくってくださって。撮影がないときもずっと親子としての時間を共有してくださるんです。いまから振り返ると、あの時間がとても大切だったなと思います。
 
――愛子の相手役を演じられた松山ケンイチさんはいかがでした? 今回役柄もあって、劇中ではえらく寡黙な青年でしたが。
 
宮﨑:松山くんとは10年くらい前にご一緒したことがあって、そのときは物静かな青年というか少年のイメージだったんですけど、今回はちょっと違っていて…。
 
:よくしゃべるよね、彼は。
 
宮﨑:そうなんです。二人でいるときも彼の方から積極的に話しかけてきてくれて、私は引っ張っていってもらいました。監督に二人で個室に閉じ込められたときも…。
 
――個室に閉じ込められた!?
 
:観ていて二人に親密さが足りないなと思ったので、二人を浴室に閉じ込めて「密になっておいてくださいって」言ったんです(笑)。
 
――無茶しますね(笑)。
 
宮﨑:そのときも松山くんがいろいろ話しかけてくれて。同い年なんですけど、今回は私にとって頼もしいお兄さんでした。
 
――劇中で寡黙といえば、東京編の綾野剛さんもそうでした。
 
:彼は、撮影中は役柄をぐっと自分に引き寄せるタイプの俳優ですね。休憩になったらスイッチが入れ替わるなんてことがなくて、ずっと役の人物でいるという感じでした。
 
――綾野さんとカップルとなる妻夫木聡さんは?
 
:彼とは今回で3本目だったので、気心が知れているとは言え緊張感もある。お互いの関係性が成熟してきた気がします。同じ方向を見てくれている分、常々先回りしてくれて、今回ばかりはほんとに助けられました。
 
――妻夫木さんの母親役に『69 sixty nine』(04年)のときと同じく原日出子さんをキャスティングしているところに監督のこだわりを感じました。
 
:原さんには絶対的なあたたかさがあるんですよね。原さんは宮﨑さんと反対に、体重を10キロ以上落としてくれました。最初から痩せている方、ではなく、一見健康的な人が減量することで病気の陰を纏う。そこに、リアリティが生まれますよね。
 
――そして、大変だったのが沖縄編の広瀬すずさんと佐久本宝さんかな。
 
:大変というか、二人ともまだ若くて経験も少ないわけですから。ただでさえ、宝は映画そのものが初めてですしね。二人とも発声や歩き方、基本からトレーニングしました。その上で、自分たちの想像の及ばない感情を見つけなければならない。広瀬さんは「わからないところがわかない」なんて言っていましたけど、最後まで粘り強く食らいついてやり切りましたよ。
 
――佐久本さんはオーディションで選ばれたのですよね。いかにも沖縄の少年らしい個性が光ります。
 
:初めは東京でオーディションしたのですが見つからなくて。ロケハンの道中で見かける沖縄の少年たち、彼らにある空気感が必要だと思い至ってオーディションを告知しました。ただ、なかなか集まってもらえなくて。女の子と違ってシャイなんですかね。それで結局、地域の劇団や学校の演劇部を回って、そのなかで出会ったのが彼でした。
 
――あと、沖縄編の要となっているのが森山未來さん。森山さんも、撮影で使われた、あの無人島に実際にしばらく住み着いたりしたそうですね。
 
:あの役は、得体の知れない怖さと人間らしい情の両面の振れ幅が必要な役で、どちらにも説得力を持つのは森山くんしかいないだろうと、初めから決めていました。無人島生活はもちろん、彼が纏っていく空気に身震いする思いでした。
 
――他に池脇千鶴さん、高畑充希さん、ピエール瀧さん、三浦貴大さんも出演されていて、ほんとう豪華な出演陣です。
 
:撮影しているときはあまり実感がなかったのですが、今考えると奇跡的なキャスティングですよね。誰ひとり欠けてもだめだし、誰も代わりは務まらない。よく集まってもらったなと思います。
 
――キャスティングも含めて、かなり手応えのある仕事になったのではないですか?
 
宮﨑:私は出来上がった映画を観て動悸がしました。こんなことは初めてで、すごい作品に参加させてもらったんだなあって、改めて思いました。
 
:なにが一番大変でしたか、とかたまに聞かれることがあるのですが、大変だったことなんかいつもは言いたくないんです。でも、今回は言いたいですね、全部が大変だったと(笑)。脚本も撮影も、編集も普段の2~3倍の時間がかかりましたし。はっきり言って、同じことをもう一度やれと言われても無理です。だから、二度とできないことをやった作品だという自負はありますね。
 
ikari_i3.jpg
 
取材・文/春岡勇二
撮影:河上良(bit Direction lab.) 



(2016年10月 4日更新)


Check

Movie Data

©2016映画「怒り」製作委員会

『怒り』

▼TOHOシネマズ梅田ほかにて大ヒット上映中

出演:渡辺謙 森山未來
   松山ケンイチ 綾野剛
   広瀬すず 佐久本宝
   ピエール瀧 三浦貴大
   高畑充希 原日出子
   池脇千鶴
   宮﨑あおい 妻夫木聡

原作:吉田修一(「怒り」中央公論新社刊)
監督・脚本 :李 相日

【公式サイト】
http://www.ikari-movie.com/

【ぴあ映画生活】
http://cinema.pia.co.jp/title/166839/