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「小学校に入るまで半年くらいフリーターだったんですよ(笑)
 あのときに自分は確立したと思います」
『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー

『Love Letter』『四月物語』などで女性たちの成長物語をみずみずしく紡いできた岩井俊二監督が、黒木華を主演に迎えて贈るオリジナル作品『リップヴァンウィンクルの花嫁』が大好評上映中。格差や自立、恋愛の多様性など現代社会が抱える問題を背景に、“普通”に生きてきたひとりの女性が、様々な出会いと経験を通して生まれ変わっていく様を描く。そこで岩井俊二監督にインタビューを行った。

――とにかく黒木華さんが素晴らしかったですねぇ。もともと素晴らしい女優さんですが、本作での黒木さんの存在感、黒木さんと岩井監督の相性はバツグンで本当に素晴らしかったです。
最初はCMの撮影で出会って、その後、日本映画専門チャンネルで番組を一緒にするようになったんですけど。被写体として撮った時に「ここに映画の台本でもあれば、映画が一本撮れるのに…」なんて思いながら撮っていました。具体的にこの子のココがいいなとか考えたことはないのですが、必然的に「この子で映画を撮りたい!と思わせてくれた子なんです。
 
――何がどう良いというものではないのですね。
お芝居が上手いとか、頭が良いとかとは別に、映画女優が持っていなければいけない魅力があるというか。多くの人が見て自然にチャーミングだと思える人なんだと思います。持って生まれたものでどうにもならないと思うんですけど、そういうのを持っている人がごく稀にいるんですよ。控えめな顔立ちの方が、微妙でデリケートな表情だけでグッときたりするし、長時間観ていられるので映画向き。ギョロッ、パキッとしていると感情が表に出すぎて難しい。眼が大きくて人を魅了し続けられる人というのはよっぽどの眼を持っているか精神面を持っていないと難しいと思います。
 
――Coccoさんはまさにギョロッ、パキッとしていますよね。
Coccoさんは別格。すごかったですね。あれだけ眼が大きいと普通は感情が分かりやすいはずなのに何を考えているかまったく分からない。その眼を見つめても空っぽに見えるというか。あの人の場合はなんだか引き込まれる眼をしている。眼の奥に深い森があるような。ああいう人はなかなかいないですよ。
 
――確かにそうですね。キャストも素晴らしいですが、おとぎ話のようでありながら日本の社会を反映した作品という今までの作品世界にも通じる世界観が嬉しかったファンも多いと思います。こういう独自の視点が岩井監督の作品の魅力でもあります。
東京の景色とかを眺めると、この巨大な都市を誰がどうやって支えているのだろうって思うことがあるんですよね。当たり前に感じすぎて後戻りできない。これは『スワロウテイル』のころから考えていたテーマでもあります。
 
――そういえば、今年の《大阪アジアン映画祭》に参加していた香港や台湾の監督らの多くが「岩井俊二監督の作品が好き」と言っていて、やっぱり岩井作品は海外の人から見ても独特なんだなと思ったのでした。自分にとって何が影響してそうなったのだと思いますか?
幼稚園に入って夏休みが過ぎたぐらいの時に仙台から大阪に引っ越してきて、大阪に2年くらいいたんですけど、定員オーバーで幼稚園に入れなくて、小学校に入るまで半年くらいフリーターだったんですよ(笑)。あのときに自分は確立したと思います。
 
――そのフリーター時代(笑)のこと覚えてらっしゃるんですか?
親が構ってくれた記憶はないし、ずっと田んぼで遊んでいました。バッタを追いかけたり、自分なりの遊びを考えて。ひとりでどこまでも歩いて行ったり。そこで自我が確立した気がするんですよね。「自分で何でも全部やらなきゃ!」みたいなことから。
 
――幼稚園の時代から今の岩井俊二監督の土台が出来ていたとは!
小学校に入ってからもずっとアウトローで。クラスの子たちの輪に入ると帰ってこれなくなる気がしていたんですよ。読書も好きだったけど、ひとりで用水路に入って遊んでいたようなことが五感を磨くのに重要だった気がします。バッタをどっちから追いかけるとどっちに逃げるかみたいな攻防戦とか(笑)。おおらかに過ぎていく時間の中で、勝手に物語を作って妄想したり。
 
――待機児童とか育児の問題を抱える現代では考えられない幼少期だったんですね。
僕は、大人がずっと監視している中にいたことないけど、もうダメなんですかね。そんな息苦しさ僕なら耐えられない。逃げ出したくなります。みんなと一緒にいられないんです。思い返すと小さなころからずっとそうです。みんなだいたい行列に並ぶけど、それをかわしてここまできた感じ。僕はそれで暮らしやすかったし、監督にもなりやすかったんだろうなと思います。
 
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――本作は、岩井監督にとって久々の日本人俳優を使った実写監督作品ですが、この作品を手がける前にアメリカや中国で映画を撮られていた時期がありましたよね。
あの頃は、海外に出ることが自分にとって楽だったんです。「KY」(=空気が読めない)という言葉が流行語大賞を獲っていたような時代の日本は、「日本人って基本的にみんな同じコメディアンのネタで笑うし、同じ考え方だよね」って雰囲気が充満していて、微妙な空気感の違いだけで異質なもののように扱われた。すべての人がそうだったとは思いませんが、僕が作っているものはその外側のものだったので、なかなか作品を作りづらい時期だったんです。
 
――そこから新作を手がけるに至ったきっかけは何だったんですか?
やっぱり“震災”が僕にとっては大きくて。震災をきっかけに日本に戻ってきてドキュメンタリーなんかを作ったりしている中でもう一度日本と向かい合っていこうと思えたんです。一度離れてみたからこそ分かるんですが、もう「KY」どころかお互いを分かり合えない状態であることがはっきりしてきていた。あからさまになってきた。考え方の違う人間たちがお互いをせめぎ合う中でギスギスした社会が露呈してしまっているように思うんです。
 
――確かにそうかもしれません。なぜこんなにギスギスした世の中になってしまったんでしょうね。
震災の後遺症なんではないかって僕は思うんです。日本は、今まで綺麗な白馬のようなイメージかなんかでいたけど片足が折れてしまった。それでも何事もなかったようなふりをして立ち上がろうとしているような…。足が折れているから転んだりひっくり返ったりしているようなことをここ5年ほど繰り返しているのかなと。SNSなんかを見ても、ひとりひとりは罪なき言葉を発信しているつもりなのかもしれないけど、それが何百万人の言葉となって当人に突き刺さる。そうなると槍玉にあげられた人が火達磨状態になってしまう、というような残酷なことが日常的におきている。でも日本って平和でうまくいっているという残留思念も残っているというカオス状態。
 
――なんでも同じじゃなきゃいけない雰囲気だったのが、いつの間にかバラバラになっている…。
いろんな人がいていろんな考えがある。結局ここにきて、人は分かり合えないし、分かり合わなくてもいいのではないかなと。
 
――「人は分かり合えない」それがこの映画でも描かれていますね。
映画にはたくさんの登場人物が出てきますが、誰と誰を組み合わせても分かり合えなそうな人たちですよね。たまたま共感することがあったとしても本当の意味で分かり合っているわけではない人たちの出会いと別れ。それが人生だとしたら、その中で笑ったり泣いたりする。そんな思いが映画にも出たのかなと、映画を作り終えて思いました。
 
――結婚式の代理出席や別れさせ屋など、いろいろな職種の人が出てきますが、その仕事のひとつひとつを取っても“現代社会”が写っている気がしました。流されて生きてきた主人公が、そんないろんな仕事をする人たちと接して揉まれながら成長していく姿が描かれています。
どこかイカサマ臭い日本を眺めていて、こんな映画になっちゃいました(笑)。分かり合えない人でも同じ空気を吸い、同じ空を見て過ごしているわけですから、分かり合えなくてもいいから、笑いあおう、同じ世界を分かち合おうという思いが自分の中に今心境としてあるんです。今後どう変わっていくかは分からないですけどね。



(2016年4月 1日更新)


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Movie Data



©RVWフィルムパートナーズ

『リップヴァンウィンクルの花嫁』

●梅田ブルク7ほかにて上映中

監督・脚本:岩井俊二

出演:黒木華
   綾野剛 Cocco
   原日出子 地曵豪
   和田聰宏 金田明夫
   毬谷友子 佐生有語
   夏目ナナ りりィ

原作: 岩井俊二  
制作プロダクション:ロックウェルアイズ

【公式サイト】
http://rvw-bride.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/169196/