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「ドキュメンタリーは疑似体験だと思っているんですよ。
 普通に生活していると、そういう旅はなかなかできないですから」
観察映画『牡蠣工場』想田和弘監督インタビュー

ダイナミックな牡蠣の引き上げ作業や、見事なスピードで牡蠣の殻を剥く職人の手さばきがスクリーンいっぱいに広がる。そうかと思えば、冒頭から人懐っこい猫のシロが登場し、瀬戸内海の小さな海辺町、牛窓を自由に走り回る。予定調和を排し、脚本なし、ナレーションなしの“観察映画”を撮り続けている想田和弘監督最新作『牡蠣工場』が、2月27日(土)より第七藝術劇場、3月12日(土)より神戸アートビレッジセンターで公開される。説教臭さや、堅苦しさはなく、ある牡蠣工場での大きな変化にどんどん巻き込まれていくドキドキ感がリアルに伝わる作品だ。

まるで“大人の社会見学”のような側面を持つ一方、漁師の現場で起こっている後継者問題や労働力不足も浮かび上がる。東日本大震災後に宮城から牡蠣の仕事ができる場所を探して移住してきた漁師一家や、中国から出稼ぎにやってきた若者たちなど、新たに牛窓にやってきた人々と、彼らを受け入れる地域社会の今を、想田和弘監督は丁寧に映し出している。インタビューでは、撮影の経緯や、牛窓で目の当たりにしたグローバリズムについてなどお話を伺った。

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――岩合光昭さん(「世界ネコ歩き」)に負けないぐらい接写の猫ショットから始まりましたね。

僕は猫がいると、撮らずにはいられないんですよ。作品に登場するシロはフレンドリーな猫で、最初は可愛いから撮っているだけだったのですが、撮っているうちに、だんだんシロという存在がメタファーのように感じられてきました。つまり、シロは別の場所に自分の家があるのに、僕らのいる家に入ろうとする。僕らも「おいで」と言うけれど、本当に来られると困るという気持ちがある。結局、我が家の正メンバーにはなれないのです。そういう存在が、牡蠣工場で出会った中国からの出稼ぎの方にだんだん重なってきました。よく考えると、僕も日本で生まれ育ったけれど今はニューヨークに住んでいますし、だんだんシロが重層的なメタファーに見えてきて、途中から映画にも登場させることを視野に入れて、しっかり撮っていました。

 

漁師のいる風景が失われてしまうなら、今きちんと観察させてもらいたい。

 

――奥様である柏木プロデューサーのお母様のご実家が牛窓ということで、牛窓は常々よく訪れていらっしゃったそうですが。

はい。最近夏になると、母の同級生の家をお借りして滞在しているのですが、目の前が漁港で本当に素敵な場所です。柏木は海辺で太極拳をするので、すぐに漁師さんと知り合いになり、色々な話をお聞きするのですが、今、牛窓の漁師さんたちには後継者もいなければ、魚もだんだんいなくなっているそうです。もしかしたら、漁師がいる当たり前の風景は10~20年ぐらい経つとなくなってしまうのではないか。牛窓と同じような現象が、日本全国で進んでいるのではないか。そう考えるとショックですよね。日本は海洋国家で、海と深いつながりがある国なのに、そこから漁師のいる風景が失われてしまう。それなら今のうちに撮っておきたいし、きちんと観察させてもらいたいという気持ちが湧いてきたのです。

 

――作業している手元などもかなりクローズアップされ、職人技をまさに堪能できる冒頭は、本当にダイナミックです。

映画作りも芸術の部分はありますが、半分は職人技なので、技術をもって仕事をされているプロフェッショナルにはリスペクトを感じています。ですから、最初の30分間はとにかく牡蠣工場での作業ぶりを詳細に見せるようにしました。
 

――そこからカメラはおもむろに今回のドキュメンタリーの一つの鍵となるカレンダーの「中国来る」という書き込みを映し出します。当初から気付いていたのですか?

撮影初日に気付きました。観察映画というぐらいですから、色々周りを観察しながら撮ります。実際、壁に貼ってあるものが何かを雄弁に物語ることも多いのです。カレンダー脇の紙に書かれた「9日、中国来る」って何だろうと思っていたら、中国人の労働者が9日に到着することが分かりました。その背景には過疎化の進行による労働力不足があり、それを解消するための苦肉の策だったのです。他の工場では数年前から中国人労働者を受け入れていたそうですが、今回取材した牡蠣工場では初めて受け入れを体験するので、やはり皆さん緊張されていました。少しピリピリした雰囲気の中で、中国人労働者を受け入れるというシチュエーションに僕は出くわしたわけです。

 

過疎が進んでいる町だからこそ、グローバリズムの最前線になる。

 

――撮る側からすれば、こういう「初めての場に出会わせる」のは、運命めいたものを感じませんでしたか?

何かが起きつつある現場に居合わせたという感覚がある一方、意外な念に打たれました。牛窓は昔、とても栄えていたのですが、近代化の波から少しずつ取り残されてしまった。だからこそ自然が豊かに残っており、地域の共同体もまだ持続しています。僕はそこが好きなのですが、国際化やグローバリズムというキーワードとは無縁だと思っていたのです。そこに外国人が労働者としてやってくる。過疎が進んでいる町だからこそ、グローバリズムの最前線になる訳で、そのイメージの逆転に僕は深く印象づけられました。

 

――若い中国人労働者を受け入れるにあたっての準備ぶりや、想田監督に対する撮影中止要望など、かなりピリピリした空気が流れる瞬間も登場しますね。

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僕自身、アメリカでは移民です。23年前に単身で渡米したとき、それまで英語を勉強していたとはいえ、最初はみんながしゃべっていることがよく分からなかったし、言いたいこともなかなか伝わらず、習慣も違っていたので、相手の目を見て、全身を目にして全ての感覚を研ぎ澄ませて状況を把握しようとしていました。今回、牡蠣工場にやってきた中国人の若者たちを見ていると、23年前の自分を見ているような感覚で、ずっとカメラを回していました。受け入れる側もとても必死で、なるべく中国から来た人たちに快適に過ごしてほしいという気持ちもすごく伝わってくるのです。

 

――最後に、これからご覧になる皆さんへ、メッセージをお願いします。

僕自身は、ドキュメンタリーは「疑似体験」だと思っているんですよ。作り手が体験したことを、観客に疑似体験してもらう。この映画の場合は、観客の皆さんが「瀬戸内海の一端にある牛窓という町の牡蠣工場に突然放り込まれた」、そういう感覚を楽しんでほしいですね。普通に生活していると、そういう旅はなかなかできないですから。

 

 

取材・文/江口由美



(2016年2月25日更新)


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Movie Data

© Laboratory X,Inc.

『牡蠣工場』

●2月27日(土)より、
 第七藝術劇場
 3月12日(土)より、
 神戸アートビレッジセンター、
 豊岡劇場、
 順次、京都シネマ にて公開

監督:想田和弘

【公式サイト】
http://www.kaki-kouba.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/169120/

Event Data

日時:2月27日(土)15:35の回
会場:第七藝術劇場
ゲスト(予定):想田和弘監督
料金:通常料金

日時:3月12日(土)18:50の回上映後
会場:神戸アートビレッジセンター
ゲスト(予定):想田和弘監督
料金:通常料金