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「心の動きがあって、結果的に行動がある。
 その“心の動き”を映画に映せないかなと思ったんです」
『人の望みの喜びよ』杉田真一監督インタビュー

 大地震で両親を亡くした12歳の姉・春奈と弟・翔太の心情を丁寧に描き出し、昨年、ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門において、子ども審査員から絶大な支持を受け、スペシャルメンション(準グランプリ)を受賞した『人の望みの喜びよ』が第七藝術劇場にて公開中。心に大きな喪失感と罪悪感を抱えながら生きる主人公・春奈の悲しみや心の叫びを言葉ではなく身体で表現した子役、大森絢音の演技が印象深い一作だ。そこで本作を手がけた杉田真一監督にインタビューを行った。

――阪本順治監督のもとでスタッフをされていたと伺いました。

助監督を5、6年やってきたんですけど、その半分以上が阪本順治監督のもとでした。本当にお世話になっていって「助監督やらずに監督やれ」と背中を押してくれたのも阪本さんです。この映画を撮れたのも阪本組で“映画”を学べだからだと思っています。
 
――大森立嗣監督と山下敦弘監督のもとでもスタッフをされていたとか。
荒戸源次郎監督の『赤目四十八瀧心中未遂』(2003)で、もぎりのボランティアをしたときに、大森立嗣さんが助監督と上映スタッフとして大阪に来ていて、まだ監督される前の大森さんと仲良くなって、その後は阪本組と大森組『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)を行ったり来たりして過ごして。現場と仕上げまでつかせてもらいました。山下監督とは、大学1年のときに『ばかのハコ船』(2002)で、ちょっとだけ手伝わせてもらって、東京に出て初めて助監督したのが『天然コケッコー』(2007)なんです。なんか、大学時代に出会った人たちとの縁がずっと続いていてありがたいです。
 

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――杉田監督は兵庫県伊丹市のご出身とのことですが、阪神淡路大震災を体験したことがこの映画を撮る大きなきっかけとなったのでしょうか?
14歳で阪神淡路大震災を経験して、自宅は大きな被害はなかったんですが、最寄駅は全壊しましたし、周りには結構被害があって。家を無くしたり、家族を亡くしたような方もいました。14歳っていう年齢がまた中途半端で、当時学校で避難生活していた方とかもいたんですが、自分から関わって行くこともできず、何て声をかけていいかも分からない。何をしてあげたらいいのかも分からないし、見てるだけという感じで。その感覚が3.11でよみがえってきたのがきっかけかもしれません。
 
――東日本大震災のときはどちらにおられたんですか?
今は東京に住んでるんですが、当日は神奈川県の相模湖でスタッフとして参加していた作品の撮影中でした。あのとき、実況中継みたいにテレビで被害の様子が流れていたじゃないですか。それを見ていて、14歳のときに感じた「ぼくは見ているだけなのか」って気持ちが戻ってきて。もう一回見て見ぬふりをするのか。今回はそこと向き合って何かできないだろうかと。でもこういう気持ちって日本全国にあったんじゃないかと思うんです。なので、このテーマで撮れば観る人が何かを感じてくれるんではないかなと思いました。
 
――多くの人が他人事ではすませられない怖さと後ろめたさみたいなものを感じていたはずですよね。
それで、14歳のときの何も口に出せないというか何を口に出していいのか分からなかった気持ちの動き。心の動きがあって、結果的に行動がある。その“心の動き”を映画に映せないかなと思ったんです。
 
――子どもを主人公にする発想はその当時の経験からきているんですね。
大人は“はぐらかす”という、かわす術を身につけてしまっているけど、子どもはどう対処していいのか分からないとき、全身で受け止めざるを得ないところがありますよね。その先に描きたかったことがあるのかなぁと。それでこの姉弟に託したようなところがあります。
 
――姉と弟という組み合わせはどういうところから?
ぼく自身3つ上に姉がいるから、それもあるのかもしれません。この映画の姉は12歳の設定なんですけど、弟がいることでどこかお母さん役を担って「しっかりしなきゃ」と思うんじゃないかなと。まだまだ大人ではないけど、お母さん役を背負わなくてはいけない関係性。なので小さな男の子と大人と子どもの間のような年齢のお姉さんにしました。ただの姉弟ではなく母親役もにじみ出せたらと思ったんです。
 
――グッと我慢する姉とまだまだ幼い弟というのは絶妙なバランスだったんですね。
自分が男だから思うのかもしれませんが、男はすぐに弱音を吐くし、これは完全に自分のことですけど何かあって発散するときも物に当たったりしてしまう。でも女性はグッと我慢し続けて限界にきたときに爆発する、という話をよく聞くのでそれもあったのかもしれないですね。
 
――監督自身にお姉さんがいるとか?
はい。姉がいます。脚本を書いてるときに自分のことを意識して投影したわけではないですが、このテーマに向かってふたりの関係性を描くのに知らないうちに出てるものはあるかもしれませんね。
 
――姉は本当に難しい役ですが、大森絢音ちゃんはすごい演技力ですね。
脚本を書きながら、ふと冷静になって「こんな難しい役をできる子がいるだろうか」と思った瞬間はありました。それで、この年代の子が出てくる映画を意識的に観るようにして。その中で『252 生存者あり』(2008/水田伸生監督)、『アマルフィ 女神の報酬』(2009/西谷弘監督)で、キーポイントになる役だった大森絢音ちゃんが素晴らしかったので、出てくれたらいいなという気持ちで脚本を送ったら「ぜひやりたい」と言ってきてくれたんです。その後、会ってみたときにも「この役やりたいです」と言ってくれて、「一緒にがんばろう」と。
 
――では、弟役は?
オーディションです。演じてくれた大石稜久くんはオーディションのときから自由な子で。あまり演出をしたくないなと思ったので、素のままが映し出されている場面もあります。脚本にはト書きもあり想定の動きと想定の台詞ももちろんあるんですけど、それをそのまま言ってもらうというよりは、その場でこういう出来事があったときに本人がどう思うかを尊重したほうがいいなと思いました。
 
――子役の二人とは言っても、姉役と弟役への対応がまったく違ったんですね。
大森絢音ちゃんは大人として接していたましたし、脚本について意見を交わすこともありました。最初のシーンで彼女が背負うものが映画の肝だったので、そこでどういう表情を見せるか、そのときの気持ちが共有できないとその後を描くのが難しくなってしまう。それで最初と最後だけは無理を言ってスケジュール的にもそのまま最初と最後にしてもらいました。
 
――最初のシーンについてはどんな話をされたんですか?
冷静に考えたらあなたが両親を殺したわけではない。でもそこを彼女は、自分が両親を助けられなかったことで両親を殺してしまったかのような罪悪感を背負ってしまう。必死で助けようとしたんだけど手が届かなかった。もしかしたら、もうちょっとがんばれば助けられたかもしれない。早い段階であきらめたわけではなく、まだ何かやれたんじゃないかという気持ちを最後まで忘れないでと。
 
――ではラストは?
ラストに関しては、ずっとこらえていたものが初めて感情を爆発させるところなので、同じことを2回出来ないだろうから、ぼくの演出は必要ないなと思っていました。ここまで抱えてきた気持ちが彼女の中にあるなら信用するしかない。ぼくらはそれを逃さないようにスタッフらにお願いしますと言うしかありませんでした。
 
――本当に恐ろしいくらいの演技力でした。
中学1年生と2年生の間の春休みに撮ったんですけど、本当にすごかったですね。脚本に書いていたものを完全に超えた演技を見せてくれました。頭の中で考えた程度のことなんて、現場で壊れていくほうが見ていて面白い。そうなってほしいし、人が実際に動いて心が動いたかが重要。こんな表情になるのか! と驚かされることだらけでした。それによってその先をどうしようかと考えることもありましたけど、最初と最後さえブレなければ大丈夫かなと思っていました。
 
――そういう意味ではドキュメンタリーでもありますね。
そうかもしれないですね。それは阪本順治監督や大森立嗣監督もそういうところがある気がします。自分の考えはもちろんあるんだけど、それを押し付けないで、役者さんやスタッフをリスペクトいている。そのときの予想と違うものに直面してもそこでどうするのかと考える。そうじゃない監督さんに付いたこともあるし、それも間違いではもちろんないんだけどぼくはこの撮り方のほうが役者さんがイキイキして見えるし、そういう演技に見入ってしまいます。映画にとってそれがプラスになるならなんでも受け入れたいと思ったので今回このふたりに出てもらって本当に良かったなと思います。
 
――この映画のタイトル『人の望みの喜びよ』は、バッハの曲名から取ったんですよね? バッハの故郷ドイツでの映画祭で高い評価をもらえたことになりますね。
そういえばそうですね。でも、映画の中でその曲は使っていないし、ドイツの方らからは「そのタイトルにどういう意味があるんだ」って感じらしく、かなり「どういうことなんだ」聞かれました。
 
――このタイトルの由来は?
バッハの曲の日本語タイトル「主よ、人の望みの喜びよ」というタイトルそのものにインスパイアされて撮ったところが大きいです。一瞬どういうことかな? と思わせないですか? なんかちょっと日本語として違和感のある文章だと思うんですが、そこにぼくはすごく意思を感じて。脚本を書く前に、まずこの言葉があって、それに向けて映画を作りました。
 
――タイトルから出来上がった映画ということですか?
でもあくまで最初は仮題だったんです。でもどんどん映画が形になって、いざ映画のタイトルを決めようというときにほかのタイトルではしっくりこなくて。覚えにくいし、タイトルだけでどういう映画かまったく分からないし、セオリーからいくと没タイトルだと思うんですけど、「もうこれ以外にないと思う」ってプロデューサーに言って快諾してもらいました。
 
――理解のあるプロデューサーで良かったですね。
普通なら絶対「NO」ですよね。ぼく自身、今回初めての長編監督作で、プロデューサーも今回自分の企画としては初めて手がけた作品だったので、お互い“挑戦”だったんです。当たり障りのないものにするより歪でも納得のいくものを作ったほうがいいと思ってくれていたんだと思います。
 
――子ども審査員から支持を受けたというのがまたすごいですね。
この映画は子どもが主役で、子どもの気持ちを大切に尊重して撮ろうとは思っていましたけど、子ども向けの映画のイメージはなかったので正直驚きました。もちろんいろんな世代が見てくれたらいいなとは思っていましたけど、ジェネレーション部門って要するに青少年映画部門のことなんですが、まずこの部門に出品していませんでしたし。
 
――どのような経緯でベルリン国際映画祭に出品されたんですか?
年に何回か、ベルリンの映画祭関係者が日本に来て、誰かに推薦された作品とかを見てみて、いくつかピックアップして持ち帰るのみたいなのが普通だと思うんですが、僕らは何のコネもなかったので映画祭のホームページから直接応募したんです。コンペティション部門、フォーラム部門、パノラマ部門、ジェネレーション(青少年映画)部門とあったので、ジェネレーション部門だけチェックをはずして。
 
――ジェネレーション部門以外で応募していたんですか!
そしたら「ジェネレーション部門で上映したい」と連絡があって。実際に現地に行ってみると観客の3分の1~半分くらいは子どもでした。ジェネレーション部門と言っても上映作品の内容は日本で言う子供向けのものとは違って、ドラッグに溺れる中学生の女の子の話だったり、セックスシーンもモザイクなしでそのままだったり。
 

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――日本だとありえないですね。
日本だったら大人が率先して子どもたちには見せないようにするような作品を、ベルリン国際映画祭では大人が率先して子どもたちに観させるんです。ジェネレーション部門のディレクターには「子どもたちの感性をあなどってはいけない。子どもたちも大人と同じように世界を見ているし、感じている。子どもたちのほうが偏見がない。それで何かあったときに責任をとるのが大人なのよ」と。映画を観終わった後に大人が子どもと向き合って話す機会を作ることが大事なんですよね。これを何十年も続けているベルリン国際映画祭って、本当すごいなって単純な言葉ですけど思いました。
 
――この映画を観た子どもたちの反応はいかがでした?
「この二人はこれからどうなるの?」という質問が多かったです。それで「どうなると思いますか?」と聞くとポジティブな意見を言う子が多かったです。あと、小学校低学年くらいの子から「資金集めはどうしたんですか?」というシビアな質問も出ました(笑)。
 
――子どもって意外と大人だと感じることってありますよね。
本当気づかされることがいっぱいありますね。自分自身まだ独身ですし子どもがいないので一歩引いたところで撮れた映画だと思います。もし子どもを持っていたらまた違った形になっていただろうと思いますね。



(2015年12月 6日更新)


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Movie Data



©344 Production

『人の望みの喜びよ』

●12月25日(金)まで、
 第七藝術劇場にて上映中
 順次、神戸元町映画館、
 京都みなみ会館にて公開

監督・脚本:杉田真一
出演:大森絢音/大石稜久/大塲駿平/ほか

【公式サイト】
http://nozomi-yorokobi.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/166928/

杉田真一
プロフィール(公式より)

1980年生まれ、兵庫県出身。大阪芸術大学映像学科卒。在学中に監督した短編『夢をありがとう』が新星学生映画祭観客賞受賞。 卒業後、阪本順治監督、山下敦弘監督、大森立嗣監督などの作品にスタッフとして参加。2011年、短編映画『大きな財布』を監督。国内映画祭で5つの賞を受賞、また海外の評価も高く、 ヨーロッパ、アフリカ、アジア、計6カ国の映画祭から招待を受ける。今作『人の望みの喜びよ』で長編監督デビュー。第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門にて、 最高賞に次ぐ"スペシャルメンション"を受賞。また、同映画祭"Best First Feature Award 2014(新人監督賞)"へノミネートされた。