ホーム > インタビュー&レポート > 「50歳くらいの漫画世代から 小中学生まで、全てに届くようにしたつもり――」 『バクマン。』大根仁監督インタビュー
以前から「『バクマン。』は、ちゃんとヒットを狙う」と大根監督自身が話していたので、累計1500万部の漫画「バクマン。」を、大根監督がどう映画化するのかが楽しみでならなかった。同じ漫画原作でも「モテキ」とは、また違う雰囲気を持つ作品になるだろう。原作同様、独自の圧倒的な個性を持ちながらも、「モテキ」の大ヒット以上に、より大衆的に支持される王道作品になる予感が個人的にもしていたのだ。
実際、映画『バクマン。』を観てみると、かなり間口が広い作品になっていた。その上で、ニヤリとさせられる遊び心、何でもない日常の風景から感じる美しさや哀愁…、どれだけCGを使っていても、そこにしっかりと情緒や風情を感じられるという、今までの大根監督の要素が全く薄れていなかったのが嬉しかった。女の子を想う気持ちが火事場のクソ力になる、そんな空回りするくらい誠実で実直な男の子の姿も相変わらず描かれている。今作の様に、どの世代にも響き、親子連れでも鑑賞できる大根監督映画を、また必ず観たいと想った(監督には下記インタビューで全否定されていますが…)。
『モテキ』での取材以来、約5年のお付き合いがあるのでフランクな空気感もあったが、基本的には良い意味での緊張が漂う中、深く濃く真っ直ぐ掘り下げさせてもらったインタビューになった。是非とも読んで頂きたい。
――今回、大根監督の中で「ちゃんとヒット作を作ってみよう」という命題があったと聞きました。前作の映画『モテキ』との違いもお伺いしたいです。
『モテキ』は深夜ドラマから始まって、好きなことを勢いで作ったというか。その深夜ドラマのノリに乗っかってくれて、やりたい事をメジャーにぶつけられたから。変化球で勝負をして、そこそこのヒットを打てたかなと思ってる。それで、さて、次は何をやるか…。『恋の渦』は更なる変化球というか、隠し球だったしね(笑)。今回は「これは俺の世界観!」と何もかも俺の好きなモノを詰め込んで作るのではなく、プロとしてヒット作を狙いたいなと。
――例えば、深夜ドラマから映画になる時の『モテキ』も、どうなるのかコアなファンから騒がれましたが、やっぱり観てみたら大根監督果汁100%だったんですよね。今回も、僕が大根監督を好きだというのもありますが、どこからどう観ても大根果汁100%だったのが嬉しかったです。
山下達郎さんの「心は売っても魂は売らない」という言葉が好きなんだけど、どれだけタイアップやCMの楽曲を作っても、その信念に基づいている。「心を売る」というのもネガティブな意味ではなく、お客さんがどういうモノを欲しがっているかを考えるということ。でも、そこに自分のエッセンスが加わってなければ意味がない。今回はそこも念頭に置いていたかな。
――大根監督自身が考える“自分のエッセンス”とはどういったものですか?
まぁ、俺はアーティストタイプでもメッセージタイプでもなくて、アマチュアっぽいというか。完全なプロフェッショナルではないと思ってて。映画『モテキ』の編集でも映画編集経験のない石田という人間に任せたり、今回も大関という普段はミュージックビデオをやっている人間に編集を任せたし。映画音楽の経験がないサカナクションに任せたり。
――映画はこうでなくちゃいけないといった凝り固まった発想ではなく、柔軟性があるところが素敵だなと思います。サカナクションの劇伴も本当に思っていた以上に、かっこよかったです。普段、曲を手掛けている山口一郎さんだけでなく、メンバー全員携わったというのにも驚きました。良い意味でですが、勝手に山口さんがワンマン的に引っ張っていくバンドだと思っていたので。
あぁ~、あそこはみんなトラックを作れるし、全然ワンマンバンドじゃないよ。『モテキ』はシーンに合いそうな既存曲を合わせていく感じだったから、そういう意味で音楽に関しては全然違う作業をしたな。
――サカナクションのメンバーへのアドバイスや提案などはありましたか?
「わかりやすい喜怒哀楽の表現はしなくていいよ」とは言った。サカナクションってスターバンドではあるけど、売れ線を狙っているわけでもないし、エモーショナルでもない。低い温度なんだけど、内包しているものは熱いって感じなんだよね。だから、脚本に媚を売ることなく作って欲しかったから。最初の段階で20曲あげてくれたんだけど、曲ありきで出てきたシーンもあるんだよ。
――そんな相乗効果もあったんですね。今回はプロジェクションマッピングやCGのシーンも話題ですが、個人的には主人公ふたりがガストで案を練っている時の空の色だったり、何でもない日常の風景もしっかりと描かれているのがたまらなくて…。
お前、そういう事を言ったら、俺が喜ぶと想っているんだろう (笑) !?
――いやいや(笑)。ほんまに心から思っています!
ガストのシーンは夜空を狙っていたんだけど、変な雲が出てきて、いい感じに撮れたんだよな。
――後、古本屋の外に面した漫画の本棚前で日能研のカバンを持った小学生が読みながら佇んでいるシーンもグッときました。
古本屋の壁一面に漫画が並んでいるのって、たまらない気持ちになるんだよ。大型チェーンの店だと、ああいう雰囲気は出ないから。個人経営店だからこその哀愁というかさ…。
――わかります。そして、僕は大根監督が撮る女の子が大好きなんですが、今回の小松菜奈ちゃんは『モテキ』の女の子たちとは、また違う雰囲気で可愛くて…。
そりゃそうだろ! 『モテキ』はみんなヤリ○ンで、今回は処女なんだから!!
――いやいや、それだけじゃなくて(笑)。演技云々じゃなくて、ただ、そこにいてくれるだけで良いというか、何か、そんな感じがしたんです。
亜豆美保という役を原作通り実写化するのは不可能なんで、女優にすがるしかなくて。パブリックイメージが固まっていない子がいいなと思って。まだ、(小松が)『渇き。』の撮影に入る前だったんじゃないかな。オーディションには彼女より演技が上手い子もいたけど、(小松は)下手だけど存在感が違ったんだよね。
――それと「友情・努力・勝利って、サムいと思っていたけど、意外と悪くないですね」とマスコミ向けの資料に書かれていたのが印象的で。
あれって、原作にあったセリフじゃなかったけ? なかったか、あぁ、俺の書いた言葉か。
――ははは(笑)。シーンでいうと、桐谷健太さん演じる福田が「友情・努力」まで言った後に、新井浩文さん演じる平丸が割って入って「勝利」というのがすごく好きなんですよ。
あそこイイよね。本当は福田が全部言うはずだったんだけど、平丸に最後言ってもらおうと思って。桐谷くんに「俺じゃないんですか!?」て言われた。めっちゃ言いたかったみたい。新井は喜んでいたけど(笑)。
――それから、もう言われまくっていることなんですが、佐藤健さんと神木降之介さんの役柄が逆ではなかったかというところなんですが…。
(さえぎるように)どうせ、お前も「逆や! 逆や!!」ってつぶやいていたんだろ! 今でも、つぶやいているんだろ、どうせ(笑)!?
――何という、いちゃもんの付け方なんですか(笑)。最初からそんなこと思ってなかったですし、これを観て、まだしつこく言う奴がいたらアホやと思いますけどね(笑)。
ははは(笑)。まぁ、でも、まだ言われているからね。公開後も、「悪くなかったけど、逆で観たかった」と言われると思うよ。
――個人的には、それは、どうかしてると思います! 後、やはり「週刊少年ジャンプ」を舞台にした作品だけに、あらゆる漫画愛も感じました。『SLAM DUNK』への愛もすごく感じましたし。とてもグッとくるシーンもありますから…。
『バクマン。』はジャンプが舞台だし、『SLAM DUNK』へのオマージュはある。でも、『あしたのジョー』へのオマージュもあるし、ちばあきお先生の『キャプテン』へのオマージュでもあるから。青春漫画モノにおける定番とまでは言わないけど、負けたけど勝った部分がある…次がある…というか。俺のちょっと上の、50歳くらいの人からが漫画世代だと思うけど、その世代から小中学生まで、全てに届くようにしたつもり。小学生まで届けば、ヒットの匂いはするから(笑)。個人的には親子連れに観せられる俺の最後の映画だと思っている。もうたぶんないよ。今回は、バランスがすごく良いからね。
――個人的には親子連れも観られる大根監督作品を今後も観たいです。後、エンドロールの映像(どんな映像かは映画館でご確認ください)には、もう涙が止まらなかったです。漫画愛があるからこその表現というか…。
あぁ~、あれは映像チームのeasebackがやってくれたんだよ。
――えっ、大根さんの指示ではなかったのですか?
ある程度のお願いはするけど、あれは彼ら。俺がやっていること、考えていることなんて、全体のほんの10%くらいだよ。
――そうなんですか…。思っていた以上に、スタッフに委ねられているんですね。
わりあいスタッフに舐められているし、軽く見られているんだと思うよ(笑)。いい言葉で言うと、フレンドリーとか、接しやすいとかになるけど(笑)。ただ、自分の考えている事がすべて正しいと思うようになると、スタッフも凝り固まってしまうし、こちらも駄目出しもらえるようにしておきたいというか。その方が、みんなの作っている意識が高まるから。
――まさに友情・努力・勝利ですね。本当に今作は、素晴らしい作品です。
うん、いいと思うよ。そして、観終わった後に何も残らないし!
――そんな事ないです! さっきの話に戻りますが、大根さんは一部のコア世代だけでなく、あらゆる世代を満足させられる作品を作れる方だと、僕はこの作品で本当に確信したんです。
いやいや、もう無理じゃない? 次の作品なんて、多分Rが付くだろうし(笑)。地上波放送できない作品にしてやるよ! でも、本当に『バクマン。』は最終的にいい子に育ったよ。
――では、ちなみに『モテキ』は、どんな子だったんですか?
『モテキ』は問題児(笑)。『バクマン。』は、『モテキ』より、出来がイイよ。『バクマン。』は、スタッフと役者みんなで作った感じかな。それに、現場だけが映画じゃないし、映画が完成した後はもう映画会社の宣伝部に任せた!
――ははは(笑)。スタッフと役者、みんなで作った感じというのは、「モテキ」もそうじゃないですか?
もちろん、(映画)『モテキ』もそうなんだけど、もっと突貫工事だったというか。ドラマは確かにみんなで作ったんだけど、映画はノリというか。祭だよね。
――『モテキ』の時も、そう思いましたけど、大根監督の作品はドラマでも映画でも作品が終わっても、まだ物語が、その世界でずっとずっと続いている感じがするから好きなんです。
(『バクマン。』の)続編を作れって言いたいのかっ!?
――そういう意味じゃないです(笑)。でも、単純に今回は変化球がすごい大根監督が、直球でもすごいものを見せてくれたのが、大根監督ファンとして嬉しかったです。だから、観終わった後に、そういう思いもあって泣けたのかなと。今となっては思います。
ははは(笑)。まぁ、今回も最終的には変化球になったようにも思うしね。本当の直球というのは、『○○○○』(昨年の某大ヒット映画を例に出して)みたいな事を言うんだろう!?
――やめてください(笑)! 本当に今日は、たくさん話が聴けて嬉しかったです。ありがとうございました。
取材・文/鈴木淳史
(2015年10月 5日更新)
●TOHOシネマズ梅田ほかにて上映中
出演:佐藤健 神木隆之介
染谷将太 小松菜奈
桐谷健太 新井浩文 皆川猿時
宮藤官九郎 山田孝之
リリー・フランキー
脚本・監督:大根仁
原作:大場つぐみ 小畑健
(「バクマン。」ジャンプ・コミックス/集英社刊)
音楽:サカナクション
主題歌:サカナクション「新宝島」
(ビクターエンタテインメント)
【公式サイト】
http://bakuman-movie.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/165247/