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尋常じゃない気迫をスクリーンに映りこませた
塚本監督渾身の一作『野火』
そして、『ヴィタール』から『沈黙』まで
塚本晋也監督インタビュー

 太平洋戦争に従軍した作家、大岡昇平の代表作を塚本晋也監督が自ら主演を務め映画化した『野火』(8月1日(土)より、シネ・リーブル梅田ほかにて公開)。本作の舞台は第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、結核を患った田村一等兵(塚本)は部隊からも野戦病院からも追い出され、空腹と孤独を抱えながら果てしない原野を彷徨う。田村を始め、次第に狂気を帯びていく兵士たちの姿が、鮮やかな自然に囲まれた最前線の強烈な映像と共にスクリーンから迫ってくる。“いまの時代に問うべき作品”という強い想いから作り上げた、塚本晋也監督にインタビューを行った。

――高校生のときに原作と出会い、20年の構想を経て今映画化することへの思いは?
主人公は著名な俳優さんに演じてもらって、自分は監督と撮影を担当する大作映画として最初は作りたいと考えていました。でも、なかなか出資者が現れなくて…。そうこうしている内に世の中の風潮的に、こういった映画が作り辛くなるのではないか、こういった映画が必要とされなくなるのでは? という恐怖と、ひとりの人間として「今作ってコレを世に投入しないと大変だ!」という、ふたつのはっきりとしたモチベーションに突き動かされて急いで作りました。作るのは今しかないと思って。
 
――アニメーションにしようと思った時期もあったとか。
お金はありませんでしたが撮ると決めたとき、たくさんの人に観てもらいたい映画なので自分が主演ではお客さんを呼べないから決定的に駄目だなと。それで、アニメーションで作ろうかと本気で考えました。でも、やっぱり実写で撮りたいんだろう? と自問自答して自分で演じることにして。ほかの自分の映画に出演しているときは出演したくて出ているんですが、今回は全く違いました。ぼく的には衝撃の選択をした感じです。
 
――結果的に自主で撮ったから良かったこともあるのでは?
やはりこれを誰か著名な方が演じるとなると、泥まみれで顔が見えないとか残酷すぎるとかいろいろと不自由なことはあったかもしれないなとは思います。自分が若いころに立てた計画では、そういうことを言わせないくらいの大巨匠にぼくがなっているはずだったんですが、そうならないばかりかお金もまったくないっていう状況で。そこは人生の設計を間違えたかと思うんですが、最終的には形を変えて作れました。
 
――『野火』は、市川崑監督が1959年にも映画化しています。終わり方に違いがありますが、そこに何か意味が?
今回は原作どおりに描きたかったので、戦争を一回体験してしまうと戦争が終わっても心に出来た傷は絶対に消えないという恐ろしさを描こうと思いました。今までの作品で最も後味が悪い作品かもしれないですね。
 
――原作のままとは言え、全体に漂う気迫は完全に塚本映画になっています。
原作に忠実にとは言いつつ、結局は原作の中の自分が感動したところや「ここだ!」と思うところは強調して描いているので、自分的な映画になるのかもしれないですね。
 
 

『ヴィタール』から『野火』へ

――この映画を一言で言うとすれば“地獄絵図”のような映画。美しき大自然と“地獄”のコントラストが脳裏に焼きつきます。
最初に原作を読んで目の前に浮かんだのがまさにそれだったんです。20代、30代、40代とこの映画を撮りたくて作品について考えたことが何度もありましたが、絶対に撮りたいのはそこでした。大自然の美しさと人間だけが泥んこになってボロボロになっていく。なんでこんな不可解なことをしているのかというコントラストですよね。ここは絶対に欠かせないところでした。そこで命を落とさなくてはいけない理由が見つからない、命を中断される理不尽さと不条理な感情を描かないといけないなと思っていました。
 
――“自然”と言えば、塚本監督は『ヴィタール』(2004)以降、それまで撮らなかった鮮やかな自然を撮りだした印象があります。
『鉄男』(1989)から『六月の蛇』(2002)までは“都市と人間”“テクノロジーと人間性”“コンクリートと肉体”のようなものの対比をずっとテーマにしていて、都市で現実感を無くしながら生きている実感を探し求める、というようなところで悶々としている人たちを描いていたんですが、そのテーマをひとしきり撮ってきて、いつかコンクリートの外にある自然を撮りたいと前々から思っていたんです。それで『ヴィタール』をきっかけに次は大自然に行った。『ヴィタール』がその宣言のような映画だったんですよ。
 
――『野火』はその『ヴィタール』からの流れを感じます。
『ヴィタール』は10年前の映画ですけど、まさに『ヴィタール』に続くものとしてすぐにでも『野火』を撮りたいと実は思っていました。『ヴィタール』はトンネルを抜けて浅野忠信さんが大自然の中に立っているところで終わるんです。コンクリートから突き抜けたぞという感じで。それで『野火』はそれの続きとして、キャストは変わるかもしれないけど、呆然と森の中にいる人が歩き出すというところから始まる。自分の中ではその繋がりを考えるだけでゾクゾクしていたんです。でも、なかなかうまくいかなくて10年も経ってしまいました。
 
――『ヴィタール』のころに何か心境の変化があったのですか?
個人が暴走している映画ばかりを撮っていたのが、『六月の蛇』『ヴィタール』辺りで自分自身に子どもが出来たので、考え方もおっさん化したのか(笑)、次の世代を心配するようになってきたんですよ。『KOTOKO』(2011)は母親が子どもを異常に心配する話ですし、『野火』も前から撮りたいという気持ちはありましたが、次の世代への心配感が高まって「今作らねば!」という衝動が強くなったという感じです。
 
――子どもが出来たことで戦争を起こしてはいけないという気持ちが強くなったということですかね。
「戦争を起こしてはいけない」なんて、以前は当たり前の話でした。そういう風に教えられていたし、教えられなくてもそう思うだろうなと自分では思います。でもそれが当たり前ではなくなってきているという状況は、ちょっと想像を絶する変化が起きているので、「これは大変だ!」と思ったんです。ちょうどその転換期に自分が大人で、何もしないわけにはいかない、声を上げておかないと大変!と。だからと言って映画に政治的なメッセージがあるわけではなく、あくまでも大岡昇平さんの素晴らしい原作を基にした映画であってプロパガンダではないんです。なので、どう感じても自由なんですけども。物語で“ある結論”に誘導するようなものではなく、まずは浴びてどう感じるか。その後に少し考える機会が出来ればいいなと思います。
 
――戦場を疑似体験するような映画だと感じました。
実際の戦場へは行かないために、あらかじめ疑似体験して「近づかないようにしよう」と思ってもらえるといいんですけどね。戦争の痛みを体で知っている戦争体験者がどんどんいなくなってきて、話を聞く機会もどんどん無くなってきていますから。
 
――血肉が飛び散る映画は今までもあったけど、『野火』でのそれは意味が違いますもんね。
今まではファンタジーとして撮っていたけど、今回は「ただ嫌だ」と嫌悪感を起こすものとして作ったので全く違いますね。でも、戦争体験者の方々にはもっとスゴイ話も聞きましたけどね。
 
――20年の構想の間に戦争体験者の方々にインタビューを行っていたんですか?
『ヴィタール』の後くらいに、お話を聞いてまわっていました。そのときお話を聞かせてくださった方々が当時80歳以上だったので、今聞かなければと思って。戦争体験者の方々が、辛い経験を語り継ぐことも大事ですが、想像以上に過酷な出来事は口をつぐんでお墓まで持っていく。口をつぐみたくなる気持ちも理解できるんです。それほど恐ろしいことだったんだろうなと。
 
――インタビューしてそれを実感されたんですか?
戦場は恐ろしいでしょうね、とはもちろん思ってはいましたが、自分が加害者になってしまうという恐ろしさは人には伝えたくないでしょう。「あんなヒドイことをされた」「辛かったんだよ」というのは言えても、自分が加害者になって「最初は嫌な気持ちだったけど、人を殺したときにズシーンと不思議な手ごたえを体で感じて、その後は鬼のようになって人を殺したんだよ」とは話せないと思うので、それは口を閉ざしてお墓まで持って行きたいでしょうね。
 
――そういった極限状態の兵隊を演じるキャストにはリリー・フランキーさんや中村達也さんなど、個性豊かなキャスト陣の顔も。その中でも新人俳優の森優作くんの存在が光っています。森優作くんはオーディションで選んだと伺いましたが。Twitterでキャスト募集したんですよね?
Twitterでキャスト募集したら結構応募がきたんですよ。それでオーディションをしたんですが、森くんの童顔でやわらかい印象が良くて。だんだん豹変していく演技もしてもらったんですが、それもすごく良かったんです。スタッフも今回は全部Twitterで集めました。
 

『野火』から『沈黙』へ

 
――キャストもスタッフも兼任する少ない人数での撮影で、みなさんどんどん日焼けして痩せて。大変だったでしょうね。
ぼくも普段60キロくらいで、以前ダイエットしてどれだけ頑張っても55.5キロ以下にはならなかったけど、今回は『野火』なので、53キロまで落としました。それで次の『沈黙』(マーティン・スコセッシ監督の新作)で50キロまで落としました。自分でも(細すぎる体が)気持ち悪いなと思いましたよ(笑)。
 
――マーティン・スコセッシ監督の大ファンだと以前から公言されてはいましたが『沈黙』に出演するにいたった経緯は?
5年前にオーディションがあったんです。それで僕のところにも「マーティン・スコセッシ監督が撮る新作のオーディションがあるので、受けませんか?」と。そんなの断る理由がないでしょう(笑)! それで、最初は小さな役のオーディションを受けて。その小さな役にリアリティを感じて一生懸命頑張ったんです。そしたらキャスティングコーディネーターの方に違う役でという話をされて、それがモキチという大役で。最初からモキチ役のオーディションだとリアリティがなくて頑張れなかったかもしれないけど、ステップがあったから頑張れました。
 

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――それでオーディションに見事合格。素晴らしい!!
頑張って受かったんですけど、撮影が延期になったりして、不安な5年間を過ごしました。でも、もう一回再始動して確認のためのオーディションをもう一回すると言われて。それでやっと本格的に決まったときには、よし『野火』がんばろうと思いましたね。
 
――『野火』と『沈黙』にも繋がりを感じずにはいられないですよね。
作品の大小の差は極端にありますが、両方とも原作が日本の文豪で、僕も20年の構想があってマーティン・スコセッシ監督も『沈黙』を20年考えていた。そういう大事な作品が今年達成するという非常に大きな節目になって。『野火』を映画化するにあたって、神様に関するところは省きましたが、両作は神に近づくような精神世界の話でもある。類似性もあって宿願達成みたいな感じですね。『沈黙』のモキチ役という大役は俳優としての到達点。そこに行く前に『野火』でちゃんと俳優に向かい合うのも必要だし、それが両作品にとっていいはずだと思っています。きっと『沈黙』と『野火』はいい関係でお互いを照らしあうことも出来るはずだと思うんです。



(2015年7月31日更新)


Check

Movie Data



©SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

『野火』

英題「Fires on the plain」
<PG12>
●8月1日(土)より、
 シネ・リーブル梅田、
 京都シネマ、
 シネ・リーブル神戸、
 8月15日(土)より、豊岡劇場
 にて公開

第71回ベネチア国際映画祭
 コンペティション部門選出作品
第15回東京フィルメックス
 オープニング作品
第5回スイス・ビルトラウシュ映画祭
 グランプリ受賞

原作:大岡昇平「野火」
出演:塚本晋也、リリー・フランキー、
   中村達也、森優作
監督・脚本・編集・撮影・製作:塚本晋也
上映時間:87分 
配給:海獣シアター

【公式サイト】
http://nobi-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/167340/

★「目を背けずに観たい」観客の心を揺さぶった『野火』が満足度第1位!
http://cinema.pia.co.jp/news/167340/63647/

Event Data

8月1日(土)、舞台挨拶実施!

京都シネマ 10:00の回
シネ・リーブル梅田 13:40の回
シネ・リーブル神戸 18:40の回

Profile

塚本晋也

つかもと・しんや●1960年1月1日生まれ。東京出身。14歳で初めて8mmカメラを手にし、88年に映画『電柱小僧の冒険』(1987年)でPFFアワードでグランプリを受賞。劇場映画デビュー作となった『鉄男 TETSUO』(1989年)が、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得し、以降、国際映画祭の常連となる。中でも世界三大映画祭のイタリア・ベネチア国際映画祭との縁が深く、『六月の蛇』(2002年)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、『KOTOKO』(2011年)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。さらに1997年はメインコンペティション部門、2005年はオリゾンティ部門と2度に渡って審査員を務め、2013年の第70回大会時には記念特別プログラム「Venezia70ーFuture Reloaded」の為に短編『捨てられた怪獣』を制作している。この長年に渡って自主制作でオリジナリティ溢れる作品を発表し続ける功績を認められ、2009年のスペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭から名誉賞、2014年にはモントリオール・ヌーヴォー映画祭から功労賞が授与された。俳優としても活動しており、2002年には『クロエ』(利重剛監督)、『殺し屋1』(三池崇史監督)、『溺れる人』(一尾直樹監督)、『とらばいゆ』(大谷健太郎監督)の演技で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。さらに人気ゲーム「メタルギア・ソリッド4」ではヴァンプ役で声優も務めている。公開待機作に、遠藤周作原作×マーティン・スコセッシ監督『SILENCE(原題)』(2016年全米公開予定)がある。