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「私たち自身の命を愛でてあげるような作品にしたいと思った」
老女と、周りの人々の心の通い合いを軸に命の尊さを描く
『あん』河瀨直美監督インタビュー

 ドリアン助川の同名小説を原作に、世界からも注目を集める河瀨直美監督が映画化した『あん』が梅田ブルク7ほかにて好評上映中。どら焼き屋「どら春」を舞台に、雇われ店長の千太郎(永瀬正敏)と、常連の少女ワカナ(内田伽羅)、そこで働くことになった徳江(樹木希林)らの心の通い合いを繊細に描きだす味わい深い1作だ。そこで、河瀨監督にインタビューを行った。

――とても素晴らしい映画でした。『朱花(はねづ)の月』(2011)にも出演されたドリアン助川さんが書かれた小説が原作という点でも注目されていますね。

原作「あん」はドリアン助川さんが20年来の構想で書かれたものだとお聞きしています。ご自身のブログにも書かれていましたが、一度は大手の出版社に断られたけれど、ポプラ社の心ある編集者の方が拾ってくださり出版へと繋げたものです。

 

――河瀨監督は原作のある作品を映画化するのは今回が初めてということで、いろいろと今までと違った点もあったのではないでしょうか? 

いろいろとありますね。撮影監督は今までCMを撮ってきた方にお願いしましたし。慣れ親しんだ自分のやり方をいったん白紙に戻して、映画を初めて撮ったときのような気持ちで挑みました。撮影監督や役者さんとコミュニケーションをとりながら、原作を映画に昇華させていく。新たな挑戦が多々あったのでスタッフ間でのディスカッションは綿密に取りました。

 

――CMを撮ってきた方だと、やはり映画の撮り方と大きな違いはあるのですか?

私はいつ撮影が始まり、どのタイミングで撮影しているのかが分からない撮り方をしたいのです。俳優の動きが良ければそれを撮りたい。だけど、CMの世界は準備にかける時間がとても重要で、俳優はそこに合わせていくのが通常です。私は俳優の心模様が大事なので、最初は現場が混乱することもありましたが、よく話し合うことで改善していきました。

 

――樹木希林さんや市原悦子さんなど大ベテランの方の起用も新たな挑戦と言えますかね。

ドリアンさんから、樹木希林さんを思って徳江さんを書いたと最初にうかがっていたので、まず希林さんにオファーしました。ベテラン俳優の方々はご経験もありますし、リハーサルがないことや即興的な演技も楽しんでおられたように感じました。

 

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――希林さんが桜に話しかけるシーンがとても印象的でした。映画は、美しい桜で始まり、また桜で終わる。人生は続いていく象徴のように思えました。

桜は、世界に誇れる日本の美の象徴のような存在です。ほんの少しの時間しか花を咲かせないところに日本人はみんな魅せられてしまうのかもしれませんね。かけがえがないからこそ美しい。とくに徳江さんが桜に向かって話すひとつひとつの言葉は、故郷の桜を思いながら言っているのかなとか、千太郎に語りかける言葉の意味なんかも映画が進むにつれ分かってくると思います。

 

 

――今までも“命”にこだわって映画作りをされてきたかと思いますが、木から湯気が出ている場面は、まさに命の象徴のようでした。

別にスモークを焚いたわけではないんですよ(笑)。前日に雨が降って、夜にしんしんと冷えたのでしょうね。その翌日、朝陽を浴びて自ら蒸気を出していたんです。それを希林さんが見つけて「わたしを撮ってと言っている」って。

 

――湯気では湿度が。小豆の音や木々の音からは“におい”まで感じるような感覚がありました。

確かに音にはとてもこだわりました。湿度やにおいは音のせいでそう感じる部分もあるのかもしれません。小豆の音や、春、夏、秋、冬に差し掛かる時に聞こえる音、木々が風に揺れる音、朝になって人が動き出す音、遠くに聞こえる電車の音など、誰もが聞きなれた日常の音を細かいところまでデザインしています。でもこの音響デザインをしたのはフランス人なんですよ。

 

――フランスの方なんですか、それは意外ですね!

言語じゃないんでしょうね。言語が分からないからこそ音で認識していたのかもしれません。細かいところまでものすごく繊細に作り上げてくれたおかげで、かつて私たちが経験したようなリアリティに連れ去ってくれるのだと思います。

 

――その音の作用もあると思いますが何もかもが町へ溶け込んでいるように感じました。

撮影の1、2ヶ月前から助監督が町に入り、周りの方々とコミュニケーションを取ることで、まるで自分たちがその町にずっと住んでいたかのような関係性を作り上げました。どら焼き屋の「どら春」も、美術部が作った映画用の店なんですが、撮影が始まる前から永瀬さんに何日か入ってもらって。周りにスタッフがいなければ、(映画用のセットと知らずに)買いに来られるお客さんもいたんですよ。

 

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――永瀬さんが「ドラ春」で実際に働いていたということですか!

永瀬さんには千太郎として接客してもらいました。もちろんお金は後でスタッフが返しますけどね(笑)。永瀬さんが完璧に千太郎になりきっていたので、みなさんまったく気づかず。しかも、永瀬さんは、お昼ご飯も午前中の売り上げ内で買えるお弁当をコンビニで買ったり。役としての勘を掴むだけでなく、永瀬正敏としての金銭感覚ではなく、千太郎の金銭感覚で数日過ごしていました。

 

――永瀬さん以外のキャストも先に町に入って過ごしたのですか?

(内田)伽羅ちゃんも団地に一人で住んでもらいました。14歳ですし、さすがに「自炊しろ」とまでは言えませんけどね。伽羅ちゃんとは、役が決まる前に一度会っているのですが、口数は少ないけれど目が語るというか、この子は色々なことを見ているなと感じていました。物静かですごくしっかりしている。だけどあどけなさも残っている。まさにワカナだなと思いましたね。

 

――千太郎もワカナも徳江さんとの出会いをきっかけにイキイキとしていく。映画の中ではハンセン病を扱いながらも、病気を描いた映画というわけではなく、彼らを通して差別や偏見について“説教くさくなく”考えさせられるように描かれています。

もともと、大手の出版社が尻込みしたのもハンセン病を扱っているからなのでしょうが、原作の読者の方々は純粋に物語に感動したんです。小説「あん」は、元ハンセン病患者の方々の共感を得たことも大きかったようです。ちゃんと“知ること”が大事だと思ったので若いキャストらにも一度ハンセン病資料館に行ってもらって勉強してから現場にきてもらいました。

 

――この病気については、わたしも今回この映画を観て知りました。

何が偏見なのか、自分たちは別の事柄で差別をしていないかを自分自身に問うということもしました。無意識の発言が誰かを傷つけていないか。和解しているご家族もありますが遺骨を遺族が引き取らないことがまだあるようです。国の責任だけではなく、ひとりひとりの中に根付く差別意識があるということなんですよね。

 

――撮影のために実際にハンセン病患者の方に取材されたんですか?

前作の『二つ目の窓』を奄美で撮影しているときに療養所を訪ねてみました。元患者さんにもお会いしましたが、とても前向きな方が多く、学ぶことがたくさんありました。(撮影が行われた)国立療養所多磨全生園では桜、奄美の療養所ではガジュマルの大木があって、清潔な施設内で生き物がノビノビと生きている印象を受けました。療養所の中はゴミひとつ落ちていませんでしたし、製菓部や美容院、学校など必要なものは全て療養所内にあり、入所者がその仕事に従事しています。ドリアンさんがこの物語を書くインスピレーションになったのもそれを知ったからなんですが、丁寧な生活ができていない私たちの方が病んでいるのかもしれないなと思いましたね。

 

――映画で描く上で工夫したことはありましたか?

徳江さん自身の口から、自分が元ハンセン病患者であることを言わせないようにしました。周りの人間が感じ取り、差別をする人もいれば、千太郎のように守れなかったと後悔する人もいる。でも徳江さん自身は、変わらず生きることを全うした人として描きました。誰の身にも起こりえる差別意識だったり、生きる意味を見失うような出来事があったとしても、勇気を持って私たち自身の命を愛でてあげるような作品にしたいと思いました。

 

――最後にタイトルについて「餡」の「あん」と思う方も多いと思いますが。

「an」はフランス語だと「1」や「1年」という意味になるのですが、それもいいですよね。ひらがなの「あ」と「ん」と言えば、最初から最後にめぐっているし、狛犬や仁王像、シーサーも「あ」「ん」ですからね。ドリアンさんは感覚でつけられたのかもしれませんが絶妙なタイトルだと思いますね。




(2015年6月 4日更新)


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Movie Data





©2015 映画『あん』製作委員会/COMME DES CINEMAS/TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE

『あん』

●梅田ブルク7ほかにて上映中

【公式サイト】
http://an-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/166828/

★「胸を突かれた」映画『あん』に高い満足度!
http://cinema.pia.co.jp/news/166828/62894/

Event Data

舞台挨拶決定!

日時:6月6日(土)
会場:イオンシネマ高の原
   梅田ブルク7
   シネマート心斎橋
登壇者(予定):樹木希林/永瀬正敏/
兼松若人/河瀨直美監督/ドリアン助川

※すでに売切の回もあり。詳細は各劇場にお問合せください。