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「群像劇が映画の最終的な形態じゃないかと思っていて…」
新宿・歌舞伎町のラブホテルにやってきた、
年齢も職業もばらばらな男女の1日を描く群像劇
『さよなら歌舞伎町』廣木隆一監督インタビュー

 傑作『ヴァイブレータ』(03年)の廣木隆一監督&荒井晴彦脚本コンビの新作『さよなら歌舞伎町』(1月24日(土)よりテアトル梅田ほかにて公開)は、新宿歌舞伎町のラブホテルを舞台に、染谷将太と前田敦子のカップルなど5組の男女が織り成すドラマが展開される群像劇。近年、意欲的に作品を発表し続ける廣木監督も初の試みに気合が入る。来阪した監督に話を訊いた。

――今回は荒井晴彦さんの書かれた脚本が先に在って、監督に演出のオファーがきたという形ですよね。
そうです。荒井さんと、荒井さんの弟子で『戦争と一人の女』(13年)も二人で書いている中野太くんが数年前に書いた脚本が、プロデューサーの成田尚哉さんで映画化が進められて、では誰が演出するのかということで僕が選ばれた形です。
 
――監督が演出を引き受けられたポイントは何だったのですか?
もちろん荒井さんの脚本だったことは大きな理由の一つですが、あとは内容が群像劇だったことですね。
 
――群像劇に興味があったのですか?
ありました。『ウェディング』(1978年)や『ショート・カッツ』(1993年)といったロバート・アルトマンの作品も好きでしたし。これまで男と女の話を始めいろいろなジャンルの映画を撮ってきたのですが、群像劇はやったことがなかった。僕は群像劇が映画の最終的な形態じゃないかと思っていて、いつか挑戦してみたいと考えていたんです。
 
――実際に撮られてみてどうでした?
面白かったですね。癖になりそうなくらい(笑)。でも、やっぱり難しくて反省点もいっぱいあります。群像劇というのは基本的には出演者全員が作品上で同じようなウエイトを持つべきで、脚本はきちんとそうなっていたのに、演出をしているとどうしてもそこで魅力を感じる人物に目が行ってしまう。そうすると、本来フラットであるべきリズムに抑揚が生まれてしまうんです。
 
――今回、そういう意味で監督を引きつけたのは誰でしたか?
今回出演してくれた俳優さんたちは、これまで気になっていた人ばかりでみんな実力あるし、ほんとによかったです。初めて出演してくれた南果歩さん染谷(将太)や前田(敦子)や我妻(三輪子)や樋井(明日香)も頑張ってくれて、イ・ウンウは気合が入っていました。ただ、引きつけられたのは、もちろん彼女の魅力もありますが、彼女に付与されたエピソードのためでもあります。いかにも荒井さんらしい話で。
 
――韓国からいわば出稼ぎに来て、恋人には内緒でデリヘルで働いている。危険な目に遭わされそうになった男にも、事情を聴くとやさしく接するという…。
強い女とだめな男たち。
 
――イ・ウンウはキム・ギドク監督の『メビウス』(14年)で注目された女優さんですね。
彼女、この映画に入るまで日本語が全然話せなかったのに、この映画のために特訓して、あれだけの演技をしているんです。釜山映画祭でキム・ギドクに会ったら、彼女の活躍をすごく喜んでいました。
 
――監督が思われている群像劇の魅力というのはどういうものなんですか?
ある種、演劇的なんですよね。限られた空間でいくつかの物語が展開されていくという。定点観測しているような。人からは飽きるよって言われるんですが、僕は定点観測で映画が撮れたら、面白いものができると考えているんです。
 
――定点観測にはラブホテルという設定はもってこいですね。荒井さんらしい脚本といえば、ファーストシーンは前田敦子さんが下田逸郎の名曲「ラブホテル」をギターで弾き語りしているところから始まります。
荒井さんが下田逸郎の曲、大好きだから。でも、「ラブホテル」ってそのままだよね(笑)。実は初めに付けられていた題名も『ラブホテル』だったんです。でも、それは相米慎二監督に同名の傑作があるので変えてくれと僕が言って、プロデューサーが『さよなら歌舞伎町』というのを出してくれたんです。
 
――荒井さん自身が監督した『身も心も』(1997年)でも下田逸郎の「セクシィ」が印象的に使われていました。
あの映画では登場人物たちが荒井さんと同世代で、あの曲に様々な記憶とともに思い入れを持っている。でも、今回の前田敦子や染谷将太には、あの曲やあの曲が歌われた時代への思いなんてまるでない。そこが逆に面白いなと思いましたね。
 
――染谷さんが、あの年齢でラブホテルの雇われ支配人という設定もちょっと驚きで面白かったです。
荒井さんとあの役のキャスティングを考えていたときに、いま染谷将太はいいよねって話になって。彼とがっつり組んだのは初めてだったんだけど、これまで僕の映画のオーディションとかに来てくれていて、彼の個性や芝居は知っていたので。つながりのあった荒井さんが直接連絡してくれて決まったんです。先ほど、『身も心も』の話が出たけど、ある一つの場所でいくつかの人生が交錯して、という構造で言えば、荒井さんの脚本としては根岸吉太郎さんが監督した『キャバレー日記』(1982年)が近いと思うんです。
 
――確かに。そう言われれば、染谷さんが演じた支配人の役も『キャバレー日記』の伊藤克信さんが演じていそうな役ですよね。
それを染谷くんが演じてくれたので、あまり『キャバレー日記』が想起されない。これもよかったと思います。
 
――染谷さんと仕事されてみて、いかがでした?
がっつりやれてほんとによかったです。子役からやってるんだけど、主役ばかりやってきた訳ではなくて、脇役もずいぶんやってきてるからやっぱり芝居に幅がある。大袈裟な演技などはやらないし。ただやろうと思えばできるので、こちらが要求すればやってのける。こっちがどんな球を投げても打ち返すことができるんです。またそれは、この映画がどんな映画なのか、あるいはいま撮ってるシーンがどんなシーンなのかきちんと理解しているからこそできることなんです。
 
――映画を観るのも好きみたいですね。
自分でも撮ってるしね。ひょっとすると本人はいま、自分の映画作りの勉強をしている感じなんじゃないかな(笑)。
 
――前田さんはどうでしたか?
彼女は女優としてすごく気になっていたんです。アイドルグループで頭張ってたのでそうなったのかはわからないけど、彼女は頭でっかちじゃないんですよ。あれこれ考えるよりもまずやってみる。理屈じゃなく感情だけでやってみる、するとそれがいいんだよね。もうできちゃったって感じ。本人はわかってないんだよね、こっちが「いいよ、OK」と言うと「えっこれで」ときょとんとする(笑)。計算じゃなく芝居して、それができてしまう。すごいよね。
 
――それをきちんとした芝居のできる染谷さんが受け止める。ふたりいいコンビでしたね。
彼女も言ってましたよ、相手役が染谷くんで良かったって。
 
――いいコンビといえば、明日に時効成立を控えた逃亡犯カップルを演じた南果歩さんと松重豊さんのコンビも楽しそうでした。南さんはホテルの従業員でもあって、浴室を洗う手際の良さは笑ってしまいました。
あそこ抜群でしょ(笑)。果歩さんは実際にラブホテルに取材に行ってくれて、働いている方から直接話を訊いてきてくれたんです。ああいうディティールはそうしないと出ないし、あれがあるのとないのとではリアリティが全然違いますからね。松重さんも息をひそめて暮らす逃亡犯を演じてすごく楽しそうだった。ほとんど台詞ないのに(笑)。あの大きな体を縮めて押し入れに入ったり。たぶん最近こういう役があまりこないせいだと思います。
 
――映画にはもう二組のカップルが登場します。W不倫中の女性刑事と警察官僚のカップルと、街で拾われてきた家出中の少女とスケコマシのチンピラのカップル。警察官カップルの描き方も荒井脚本らしくて面白かったです。
皮肉が効いていてね。ああいう場所でも職務を果たそうとする女性刑事とそういうことにあまり興味のない官僚。官僚の台詞がいかにも官僚的で。
 
――台詞のやりとりも、小道具の手錠の使い方も笑いました。それから家出少女を演じた我妻三輪子さんも印象的でした。
彼女はタナダユキ監督の『俺たちに明日はないッス』(08年)に出演していた女優さんです。
 
――彼女がチキンナゲットについて語るシーンを始め、ホテルのシーンは長撮りが多いように思いました。
先ほど言ったように群像劇って演劇的なんだけど、あまりそちらに偏らないようにするには二人で芝居をしているその掛け合いをツーショットで撮った方がいいなと思ったんですね。その方が奥や脇の空間も捉えられて、これはラブホテルの一室で行われれてる出来事なんだよってことを改めて見せることもできるし。俳優さんたちも力のある人ばかりだったので、これは初めからそうしようと思ってました。
 
――部屋のシーンが多い分、監督の映画の特徴でもある外で自転車に乗るシーンがあると開放感を感じました。
部屋のシーンだけだと引きの画が撮れなくてどうしても息苦しくなっちゃうから。バランスの問題だけど、割とうまくいったように思います。
 
――映画の中にヘイトスピーチや、東北の震災のことも取り込まれていて「ああ、いまの映画なんだ」と思いました。
ヘイトスピーチは脚本に初めから書かれていて、いまの新宿界隈の風景として描きました。震災は、染谷くんがラストでともかく一旦東京を離れるわけで、それなら故郷の東北に現在の姿を見に行くというのはどうだろうと考えたんです。この他にも確信犯的に付け加えたシーンもいくつかありますが、基本的には荒井・中野コンビの脚本に忠実に撮ることを心がけました。荒井さんの脚本で撮るのは『ヴァイブレータ』(03年)、『やわらかい生活』(06年)、それにWOWOWのドラマ『ソドムの林檎』(13年)を挟んでこれで4本目です。
 
――なんだか久しぶりに大人の楽しめる映画だなと思いました。
この映画を撮ってみてこういう映画もあっていいなと思いました。こういう映画が好きだって言ってくれる人もきっといてくれるだろうから。そういう人たちを発見していきたいですね。
 
 
(取材・構成:春岡勇二)



(2015年1月20日更新)


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廣木隆一 Profile(公式より)
ひろき・りゅういち●1982年、『性虐! 女を暴く』で映画監督デビュー。田口トモロヲ主演による『魔王街・サディスティックシティ』(93)でゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭グランプリ(ビデオ部門)を受賞。翌年、サンダンス・インスティテュートの奨学金を得て渡米、『800 TWO LAP RUNNERS』(94)で文化庁優秀映画賞ほかを受賞。2003年の寺島しのぶ主演『ヴァイブレータ』では、第25回ヨコハマ映画祭をはじめ、国内外40以上の映画祭で監督賞ほか数々

Movie Data





©2014『さよなら歌舞伎町』製作委員会

『さよなら歌舞伎町』

<R15+>
●1月24日(土)より、
 テアトル梅田、京都シネマ、
 シネ・リーブル神戸にて公開

監督:廣木隆一
脚本:荒井晴彦/中野太
音楽:つじあやの
出演:染谷将太/前田敦子
   イ・ウンウ/ロイ(5tion)
   樋井明日香
   我妻三輪子/忍成修吾
   大森南朋/田口トモロヲ/村上淳
   河井青葉/宮崎吐夢
   松重豊/南果歩

【公式サイト】
http://www.sayonara-kabukicho.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/165709/