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「この映画はジャンルレス。いい映画って型破りなもんですよ」
世界が認める漫画家の半生を描いた
『TATSUMI マンガに革命を起こした男』で
声優として6役を演じ分けた俳優、別所哲也インタビュー

 シンガポール映画界の旗手エリック・クーが監督を務め、第64回カンヌ国際映画祭“ある視点部門”に選出されたアニメーション映画『TATSUMI マンガに革命を起こした男』がテアトル梅田にて上映中。高度成長期の日本の“光と影”を描き続けた辰巳ヨシヒロの半自伝的作品ともいえる『劇画漂流』(2009年手塚治虫文化大賞受賞作)と、彼の代表的な5つの短編作品を基に、“劇画の父”と呼ばれた彼の半生を描き出す。観た人に心のざわめきを起こすセンセーショナルな内容と従来の商業映画の枠組みにとらわれない新しい衝撃をもった本作にて、6つの声色を使い声優を務めた俳優の別所哲也に話を訊いた。

――漫画の神様・手塚治虫を嫉妬させたと言われ、“劇画”の名付け親でもある。79歳となった今もなお現役の作家として活躍するマンガ家、辰巳ヨシヒロ。とは言え、日本ではあまり知られていません。別所さんは辰巳先生の作品を以前からご存知だったんですか?
いえ。実は僕も今回のオファーがあるまで辰巳ワールドを知らなかったんですよ。こんな有名な方なのになぜ知らなかったのかなと思いますが、辰巳先生の描かれている世界は、過激であったり、社会性を帯びていたり、いじめや、人間の理不尽さ、情けなさや格好悪さが描かれていて、日本ではそういうものを避けて、ヒーローが出てきたり、夢があったり、元気で格好いいものの方に楽しいから目を向けてしまうところがあるかもしれないなと思いました。
 
――社会の下層に位置する人々の苦悩を陰鬱なタッチで描いた作品が多いですが、マンガ界のカンヌ国際映画祭とも言われるアングレーム国際漫画祭では特別賞を受賞するなど世界中で高い評価を受けているんですね。
人間にはアザーサイドがあって、それをダークと捉えるか、人間の一部と捉えるか。海外の、主にヨーロッパで辰巳ワールドが圧倒的に支持されているのは、成熟した社会が背景にあるからではないかなと思います。日本は僕も含めて、知らない、あるいは知られないようになっている社会があって「怖いな」と思いました。
 
――シンガポール映画界の旗手、エリック・クー監督から直々オファーを受けて、声の出演を果たしたとのことですが、そこにはどういう経緯があったのですか?
僕がハリウッドで映画デビューしていたり、主宰している《SHORT SHORT FILM FESTIVAL》などで世界中を飛び回っている関係でいろいろな方々と交流があるんです。なので、僕もエリックもお互いの存在は以前から知っていました。そこに間を取り持つ日本人プロデューサーが入ったことで、全てがひとつに繋がって。正直、オファーを受けたときは驚きましたが、彼にしてみれば、日本人でありながら英語でコミュニケーションが取れて、クリエイティブな話ができ、辰巳ワールドがなぜ日本に息づいていないのかということを共感できる人を探していたのだと思います。
 
――今回、ひとりで6役に挑戦されていますが、エリックからの要望はどのようなものだったのですか?
最初はもっと頼まれたんですよ。女性の役も、なんなら全部演じてほしいと言われて。正直、最初は困惑しました。でも、演出の意図としては、辰巳先生の創り出したキャラクターは先生の分身だから、それをひとりの役者が演じたら面白いのではないかということだったのでしょうね。考えてみると、日本では落語もあるし、普段の自分ではできない役を劇画の中で演じ分けるって、俳優としてチャレンジし甲斐があるなと思いました。尚且つ、国際的なプロジェクトなので「よし、やろう!」と。
 
――6役を演じてみていかがでしたか?
身長が186センチあって、アメリカナイズされた俳優としてドラマなどに出ていた僕にはなかなかもらえないような背景を持った役柄で、戦後の日本が生まれ変わって前進していく時代を体感できた気がします。キャラクター的に言うと、弱々しかったり、引っ込み思案だったり、とてもやりがいを感じました。人間の情けなくて、ダメな部分を演じられてこそ、初めて俳優と呼べるのかなと思いますし、そういう経験ができて良かったなと思います。
 
――6役、声色を変えるのはどういうところに気を使っていたんですか?
ただ単に声を変えるのではなく、各キャラクターの立ち方、姿勢、生活習慣、考え方などパーソナルヒストリーを自分なりに作って、重心が高い人だから早口なのではないかとか、画を見るとスタスタ歩いているから息使いが早くなるのではないかを考えて作っていきましたね。
 
――ひとりひとりを演じるかのごとく、声を作りあげていったんですね。
一球入魂でキャラクターを作っていくのはとても面白かったです。自分の肉体を動かして作るのとは違い、映像と辰巳先生の世界とエリックの演出をその場で受け止めて作り上げていきました。まるで催眠術にかかっているような(笑)感覚で、自分でも「俺ってこんな声が出るんだ」という発見もありました。映像を見ながら自分で覚醒していく感じが面白かったです。
 
――辰巳先生の絵に覚醒させるほどの力があるということなんですかね?
物語の持っているドラマチックさや意外性に役者としても火をつけられて動いていったところはあるかもしれないですね。
 
――大阪を舞台に、映画の中には阪急電車まで出てきますね。
阪急電車のシーンではエリックが唯一うなだれて「僕は日本人ではないから、この時代の電車の色が分からない…」と必死に調べていました。辰巳先生に電話して聞いたり。色合いに関しては結構苦労していましたね。それ、今言われて思い出しました(笑)!
 
――そうか。白黒の漫画に色をつけていくということですもんね。
そうそう。辰巳先生の作品は白黒ですから、色合いを作り出すのにかなり苦労したようです。あとはもちろん静止画から動きをつける作業ですね。そこに色をつけるわけですから四苦八苦していましたよ。
 
――そういった細かいこだわりにもエリックが辰巳先生を尊敬する思いが感じられました。
エリックは辰巳先生に心酔していますよ。若い頃にシンガポールで辰巳先生の劇画に出会い、多感な少年期に衝撃を受けたようです。ハードボイルドだけどヒーローの世界ではなくて、人間のダメで弱々しい世界が描かれている。このスタイルに「これだ!」と思って、それ以来ずっと辰巳先生の作品を追いかけているんです。基本は実写の監督ですから「一生でこれが最初で最後だ」と言っています。
 
――実写で映画を撮ることもできたけど、この劇画で映画化したスタイルにも敬意が表れていますね。
そうですね。辰巳先生の世界観を実写にするのではなく、質感や絵の世界を残して、辰巳先生に対する敬意を「映画で真空パックにしたい」と。そういう愛にあふれている作品です。それと、僕以外の声の出演者は一般の素人の方を起用しています。あえて、ドキュメンタリー的な世界観の中で、劇画の部分だけ俳優を使って動かしていくという構成ですね。
 
――そんな熱い思いのこもっているエリックの演出はどのような感じでしたか?
それはそれは情熱的でした。撮影は2日半ほどだったんですが、ずっとスタジオに缶詰で、気がつけば3時間くらい水も飲まずに休憩なし。その勢いは、とてもアジア的でアーティストの熱気を感じましたね。
 
――海外ではすでに上映されて、ようやく日本での劇場公開ですね。
この作品は、邦画? 洋画? ドキュメンタリー? アニメ? と分からないかもしれませんが、ジャンルレスなんです。いい映画って型破りなもんですよ。まず、TATSUMIって何? というところから始まるとは思うんですが、観たら大切なものを持ち帰れる気がします。(海外を回って)時間をかけて映画が成熟し、芳醇な香りと共に上映されるのもいいなと受け止めています。
 
――最後にこれから劇場来られる方々へひと言お願いします。
辰巳先生は大阪出身の方なので、関西での上映を喜んでいらっしゃると思います。スタジオジブリの作品や庵野秀明さん、押井守さんのような世界を好きな方、ルパン三世や、ドラえもんが好きな方たちにも観てほしいです。ちょっとほろ苦くて、ドキッとする大人の味なんだけど、今、大人の方にも、これから大人になる方々も、「これを受け止めて、大人になりましょう」。是非、映画館でご覧ください。よろしくお願いします!



(2014年12月 8日更新)


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別所哲也 Profile(公式より)
べっしょ・てつや●静岡県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。大学在学中の87年、ミュージカル「ファンタスティックス」で俳優デビュー。90年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビューし、米国映画俳優組合(SAG)会員となる。以降、映画・TV・舞台・ラジオ等で幅広く活躍中。近年では、「レ・ミゼラブル」「ナイン THE MUSICAL」「ミス・サイゴン」「ユーリンタウン」などの大作・話題作の舞台に多数主演。2010年4月、第1回岩谷時子賞奨励賞受賞。 99年よ

Movie Data




©ZHAO WEI FILMS

『TATSUMI
 マンガに革命を起こした男』

●テアトル梅田にて上映中
●2015年1月10日(土)~23日(金)、
 シネ・リーブル神戸
 2015年1月17日(土)より、京都シネマ
 にて公開

【公式サイト】
http://tatsumi-movie.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/157801/

★『TATSUMI マンガに革命を起こした男』のここがスゴイ!!
http://cinema.pia.co.jp/feature/tatsumi/