インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 「今まで、世間体を気にしてきた真面目な母が、 認知症の力を借りることによって自分を解放している」 『毎日がアルツハイマー2~関口監督、イギリスへ行く編~』 関口祐加監督インタビュー

「今まで、世間体を気にしてきた真面目な母が、
認知症の力を借りることによって自分を解放している」
『毎日がアルツハイマー2~関口監督、イギリスへ行く編~』
関口祐加監督インタビュー

 認知症の母親との暮らしを赤裸々かつコミカルに綴り、大きな反響を呼んだドキュメンタリーの続編『毎日がアルツハイマー2~関口監督、イギリスへ行く編~』が第七藝術劇場にて上映中。今作で関口祐加監督は、認知症本人の意思を尊重する“パーソン・センタード・ケア”を学ぶため、認知症介護最先端のイギリスへ向かう。前向きに介護に向き合う姿から認知症ケアで大切なこととは何かを教えてくれる1作だ。そこで、関口祐加監督にインタビューを行った。

――大反響を呼んだ前作『毎日がアルツハイマー』(以下、『毎アル』)から2年。続編を劇場公開させるまでにはいろいろな変化があったのでは?
『毎アル』は、ありがたいことに「上映したい」という声を本当にたくさんいただき、全国津々浦々まで巡業のように周りました。この作品は、自分が思っていた以上のインパクトをみなさんにもたらせたようで、「その後(2年半におよぶ)、お母さんの閉じこもりはどうなりましたか?」や「(本編終盤に登場する)イケメン看護士はどうなりましたか?」など、「続きを知りたい」とたくさんの方が言ってくださったんです。
 
――地方へ出向くからこそ観客の方々からの反響が耳に入り、続編を作ったようなところがあるんですね。
私自身が介護者ですし、『毎アル』はご自身が家族の介護をされている方が多く観に来てくださっていたので、上映後に行う質疑応答でも介護について、「どうしたらいいか」というようなことを聞かれることも多くありました。監督と観客ではなく、みなさんとフラットな関係で分かり合える感覚があったんです。これは、わたしにとって初めての経験でしたし、その貴重な経験が後押しして、『毎アル2』を作ろう。むしろ作らないといけないと思って。
 
――高齢化社会で世の中には同じような悩みを抱える方がたくさんいますしね。認知症への理解を深める作品となりましたね。
「認知症で年老いていく母親をさらけだして!」といった批判も、実は公開初めにはありました。でもそれを私の中で反芻すると、世の中は認知症になることを恥ずかしく思っているということですよね。母を見ていると、閉じこもったりもしましたが、やりとりが面白くて笑えることもたくさんありますし、私は年齢を重ねることも、認知症になることも恥ずかしいこととは思っていないんです。視点の違いですよね。
 
――視点の違い。この作品はまさにそこがポイントであると思います。
「認知症になると人生終わり。認知症を予防するにはどうしたらいいのか」というのが世の中一般の考えとして主流な中で、私自身の母への見方はそうではない部分がすごくありました。監督として、ほかと同じものを提示してもしょうがないですしね。あとはハウツーみたいな形式をとるかですよね。でも、例えば音楽療法なんかを使って気持ちが癒される人がいるかもしれないけど、それによって悲しくなる人もいるかもしれないですからね。音楽がすべてにいいわけではなく個別性が大切。それが、認知症の本人を尊重するケア「パーソン・センタード・ケア(以下、P.C.C)」なんです。
 
――『毎アル2』では、そのP.C.Cを深く振り下げる内容になっていますね。
本場イギリスの認知症ケア・アカデミー施設長のヒューゴ・デ・ウァールさんは心理学の先生なんですが、個別に心を考える介護というところにはまりました。認知症に一番大事なのは認知症の人たちの心をどう感じ取るか。日本はアメリカ式なので脳の活性化を目的に、嫌がるのに数式を解かせたりする方法もありますが、それも成果は個別に違う。P.C.Cは脳の活性化だけではなく、ニコッと笑ってもらう、「これが好き」と言ってもらう、そこが目的なんです。認知症になってもコミュニケーションは可能ということなんです。イギリスでP.C.Cに取り組んでいたセンターでは、みんなそれぞれ違うことをしているけど、それを容認する場を見て、素晴らしいなと思いましたね。
 
――P.C.Cを知ったきっかけは?
日本では10年前ぐらいから認知症関連の書物でも紹介されていて、『毎アル』で出演いただいた名古屋の遠藤先生も、P.C.Cの話をしておられましたが、日本ではなかなか訳しきれていないそうです。『毎アル』のとき、母の機能がダメになったことについて考えるのではなく、母の心に思いを寄せないといけないということにどこかで気づいていた私には、このP.C.Cがとても響きました。個別でカスタマイズしたケアを考える。これって、実は子育てと一緒。子育ても個別性を見てそれを伸ばしてあげる。繋がっているんですよね。
 
――P.C.Cの良いところって具体的に言うとどういうところでしょう?
ずばり心の安定ですね。幼少期の記憶を理由にエレベーターを怖がっていた人の部屋を2Fから1Fに移すだけで穏やかになったという話が『毎アル2』で出てきますが、記憶はあるけどそのことについて話せない人の心に寄り添って理由を探ることで、徘徊や暴れたりするのも無くなる。ヒューゴ先生もおっしゃっていましたが、P.C.Cでは薬をなるべく使わずに認知症の理由を探るという、探偵のような仕事をします。
 
――日本ではまずは薬に頼るというところがありますよね。
日本の内科の先生たちは早期発見をして、認知症の進行を抑制させる薬を飲ませるというのが普通でしょうね。でも、認知症の初期は、自分が認知症になりかけているが自分で分かるから一番辛く苦しいはずなんです。「その苦しさを長引かせることは本人にとって辛くないですか」と医者に尋ねても答えはありませんでしたが…。ガンの治療なんかにはもちろんその方がいいでしょうけど、これは医学的ではなくすごく哲学的な質問なんですよね。
 
――それもまさに本人の心に寄り添うならばどうするかということですね。
認知症が進行して、初期からセカンドステージになり、出来なくなることもありますが、わたしたち周りに頼りながらも本人の気持ちが楽になるのなら、進行した方が母にとっては幸せなのではないかなと思っています。本人も「幸せ」と言っていますからね(笑)。それって、心の状態がいい証拠な気がします。私たち側の目線から物をみない。本人を中心に考えたときにこそ介護のヒントはいっぱいあるんだと思います。
 
――では、自分自身が登場する作品を観たお母さまの反応はいかがですか?
「ギャラをよこせ」と言っています(笑)。『毎アル2』の中で言っていますが「好きなことは“食べること”“金”“寝ること”」ですから(笑)! 先日、イギリスのBBCで、ヒューゴ先生のインタビューと共に本作も紹介されて。それを伝えると、母は「ギャラをもっと上げろ」と言っていました(笑)。
 
――ハハハ(笑)! ご本人も状況を理解されているんですね。
昔は私が映画監督になることを反対していたんですが、認知症になり建前や世間体なんかがそぎ落とされて、今では「天職がみつかって良かったね」と言ってくれています。そんなこと初めて言われたので、私もびっくりしました。今まで、世間体を気にしてきた真面目な母が、認知症の力を借りることによって自分を解放しているというような印象を受けます。認知症を受け入れるというより、開き直っている(笑)。ただそうやって開き直ることが出来るには家族の応援が必要で、そこが介護の一番大切なところなんだと思います。
 
――お母さまが自由奔放になれる環境を作れるかどうかが大事なんですね。
本人も「やりたいことしかやらない」と言っていますが、それって逆に言えば、今まではやりたくないけどやらなければいけなかったことが母には多かったということなんです。大家族なので食事の用意も大変だったと思いますが、実は料理も嫌いだったみたいで今は一切料理しないですから。でも、それを許せてその価値が分かるのは、私自身がそうやって生きてきたから。社会的規範に沿って生きてきた人には「やりたいことしかやらない」というのは許せないでしょう。そこでぶつかってしまうんですよね。『毎アル2』では、色々な家族に会って、家族での介護は難しいのではないかという視点で描くことになりました。
 
――家族の応援が大事だけど、家族で見るのは難しい、と。
血が繋がっているからこそ、期待もあれば子どもは「自分の面倒をみてくれた親がこうなってしまった…」という失望も強いんです。でも、それって介護者側の気持ちで、「あんなに厳しかった親が自分の顔も分からなくなって…」て、自分が悲しいんですよね。自分の気持ちじゃなくて一番辛いのは本人なんだというところに子どもは行けないんです。私は家族が介護するのには限界があると思っていて、そこへの疑問に何かオプションないかなと思ったときに出会ったのがやっぱりP.C.Cでした。
 
――お母さまも監督も本当に明るくて『毎アル』は楽しい作品です。監督にとって『毎アル』はどんなものなんですか?
つい先日、母に「うんこが出てよかったね」と言ったら「本当のクソばばあになったな」って言ったんですよ(笑)。昔は下ネタなんてまったく言わなかったのに、今はうんこネタで大笑いしています。そういう母を「面白い」と声をかけることで、どんどん明るくなっている気がしますね。認知症は進んでいるけどこの結果って面白いですよね。私にとって『毎アル』シリーズは、認知症についての探求でもあり、母も私も大変なことはありますが今とても楽しいです。『毎アル2』に関しては、イギリスの介護状況に興味をお持ちの介護のお仕事をされている方がたくさん来られているようですが、そうでない方も気楽に観れる作品なので是非、多くの方にご覧いただきたいですね。



(2014年10月 9日更新)


Check
関口祐加 Profile (公式より)
せきぐち・ゆか●日本で大学卒業後、オーストラリアに渡り在豪29年。2010年1月、母の介護をしようと決意し、帰国。 2009年より母との日々の様子を映像に収め、YouTubeに投稿を始める。2012年、それらをまとめたものを長編動画『毎日がアルツハイマー』として発表。現在に至るまで、日本全国で上映会が開催されている。 オーストラリアで天職である映画監督となり、1989年『戦場の女たち』で監督デビュー。ニューギニア戦線を女性の視点から描いたこの作品は、世界中の映

Movie Data





©2014 NY GALS FILMS

『毎日がアルツハイマー2
~関口監督、イギリスへ行く編』

●11月7日(金)まで、第七藝術劇場
 11月8日(土)より、
 神戸アートビレッジセンター
 近日、京都シネマにて公開

【公式サイト】
http://maiaru2.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/165122/