「それぞれの事情を抱えた人間同士がズレながらも生きている」
ジョージ秋山原作×大森南朋主演
生きている事に苦悩する人間の本質を描いたドラマ
『捨てがたき人々』榊英雄監督インタビュー
ジョージ秋山の傑作コミックを基に、俳優としても活躍しながら、本作が監督作4本目(公開待機作含まず)となる榊英雄が、人間の欲、業を抉るように強く描いた人間ドラマ『捨てがたき人々』がテアトル梅田、京都シネマにて上映中、追って7月12日(土)より元町映画館にて公開される。大森南朋演じる人生の展望も目的も持てない生きることに飽きた男が、三輪ひとみ演じるコンプレックスから宗教に安らぎを求める女と強引に関係を持ち、子供ができたことでお互いを愛せないまま家族として生きていく。テーマの根幹に関わる激しい濡れ場を熱演した大森と三輪にも注目が集まっている。そこで、来阪した榊英雄監督に話を訊いた。
――PFFスカラシップ作品、古厩智之監督『この窓はきみのもの』の主演でデビューでしたよね?
もともとは、大学時代に福岡でダンスばかりやっていて。ダンサーになろうと思っていたんですが、東京に出てなんとなく見た雑誌のぴあに載っていた「ぴあスカラシップ作品の主演男優募集」を受けてみようと。軽い気持ちで受けたら運よく受かって。それが映画の世界に入ったきっかけです。
――偶然とはいえ、すごいですね。どうして合格できたんだと思いますか?
ダンサー特有のデカパン穿いてキャップかぶって。今考えたら本当に失礼なやつですよ(笑)。オーディションで「帽子取ってもらえますか?」と言われても斜に構えてね。自分でも落ちただろうと思っていたんですが、それが受かったんです。後から聞いたら「ジャガイモとかサツマイモみたいでゴロゴロしてたのが良かったんじゃないの」って。そのときは、「もうちょっと他の例えないんですか?」って言ってたんですけど、今覚えば田舎者丸出しの洗練されていない感じが山梨の高校生役にピッタリだったんですかね。それがちょうど93年ですから、今から11年前ですね。その頃は、まさか本格的に俳優をはじめて監督もするようになるとは思わなかったですね。
――では、監督をされるようになったきっかけは?
『この窓はきみのもの』でデビューできたのはラッキーでしたが、その後は仕事のない暗黒の時代が7年くらい続くわけです。365日のうち363日はバイト。1年に2日くらいは、ある現場のワンシーンや通行人役なんかで現場に行くことで「俺は役者だ」と思っていました。仲間同士で飲んでは売れている役者の文句とか言って愚痴をこぼしていた日々でした。それである日、その仲間の中にいた女優の片岡礼子から「かっこ悪いね英雄くん、人の文句言ってないで自分で脚本書いて監督すれば主演できるでしょ」って怒られて。
――片岡礼子さん、カッコいいですね!
それで、「ひと月後には自分で脚本書いて監督してやるからお前も出ろよ」って言って。当時は、『愛の新世界』(高橋伴明監督)、『GONIN2』(石井隆)に出演した後で片岡さんは忙しい時期だったけど「英雄ちゃんが撮るなら出るよ」って。それで監督して撮った自主映画が『“R”unch Time』という作品なんです。
――インディーズムービー・フェスティバルの入選作ですよね。
そうなんです。入選作品の中からTSUTAYAのレンタルポイントでグランプリを決めるというものだったんですが、そこで1位を獲ったのが北村龍平さんで。ぼくは6位でした。それで「もうダメだな」と。授賞式が終わったら、もう田舎に帰ろうと思っていたんです。そしたらその授賞式で北村さんから役者としてのオファーをいただいて。それでも「もう田舎に帰ります」と話したけど、「ぼくの作品に出てから帰ったらいいじゃないですか」と言われて参加したのが『VERSUS〈ヴァーサス〉』なんです。
――『VERSUS〈ヴァーサス〉』って、すごいアクション映画ですが、アレにいきなり抜擢されたんですか!
なんであの時、引き受けたのかいまだに謎だけど、ダンス経験があったのでアクションを振り付けだと思えば出来たんですよね。そしたら、あの作品以降、急に役者としての道が開けてきて。
――本当に運命的な出会いですね。
何もないときに自主映画を撮ったのは片岡さんの言葉がきっかけ。そこで撮らなければ北村さんにも出会っていない。北村さんと出会わなければ役者としての道はなかったかもしれなかった。ホント変な流れですよね。
――役者に煮詰まって監督をしたら役者の道が開けたということですね!
役者と監督を両方していく流れがちょっと珍しい感じで自分でも面白いです。役者業と監督業とどちらが好きですか? とよく聞かれるけど、どっちも好きだしどっちも続けたいと思っています。
――また監督された『GROW-愚郎-』『ぼくのおばあちゃん』『誘拐ラプソディー』がそれぞれまったく違う雰囲気の映画ですよね。
バラバラでしょ(笑)? ぼくね、職業監督になりたいんですよ。例えば『トラック野郎』の鈴木則文さんみたいな。監督として6作(公開待機作『トマトのしずく』『木屋町DARUMA』含め)手がけてきて、自分の作風ってどんなだろうと考えるんだけど、結局はそのときに興味のある題材を撮っていったらバラつきが出ただけ。それで今回手がけたのが『捨てがたき人々』だったんですよね。
――そこに来て『捨てがたき人々』では勝負をかけた感がありますね。
それは今までのが娯楽寄りだったからですよね。ただ2年前、42歳のときに出会った作品がコレだったということなんだけど、自分自身も映画に初めて内面をさらけ出せる作品を探していたときにこの作品と出会ったんです。
――ジョージ秋山さんの漫画と言えば『アシュラ』『銭ゲバ』なんかも最近映像化されていますが、榊さんが監督されることになったその経緯は? 企画・脚本は秋山さんの息子・秋山命さんなんですね。
ある人の紹介で出会った秋山命さんに「ジョージ秋山の漫画に『捨てがたき人々』という傑作がある」と聞いて、まずタイトルがいいなと。それで後日、自分で取り寄せて読んでみたら面白くって。それで即、映画化に動き出しました。主演は15年来の旧友である大森南朋がいい。この主演は彼しかないと思って直接連絡して会って。大森は、映画の題名と脚本の1ページ目を見て「やる。今までとは違う映画で勝負しようという気持ちが見えて嬉しい」と言って即決してくれたんです。
――その3人が中心となり映画化は進んでいったんですね。この作品、時代性については意識されましたか?
原作の『捨てがたき人々』では時代感があまり見えなかったので、3人で話し合ってそのまま現代に置き換えています。ぼくらが生きている現代の中で、今思うことを叩き込もうと。でも、(長崎県)五島が舞台だからか時代感がよく分からなくて昭和のにおいがプンプンした作品になりましたね。
――大森さん演じる、主人公の勇介はかなりのダメ男。どういう思いでキャラクターを作っていきましたか?
僕自身であり、秋山(命)であり、大森でもある。それぞれが持っている部分を集めたクリーチャーみたいなもの…だと、撮影してる途中で僕自身も分かったんです。最初は勇介というキャラクターを自分とは別の存在として捉えていましたが、ぼく自身の投影であることに途中で認めて撮影していました。女性を見るとお尻をまず見るとか(笑)。原作もモチロンあるんですが、「男ってまず女性のどこ見る?」「お尻か胸だよな」って。原作もそういう風に人間の本能を包み隠さず描いていて、それをストレートにむき出しに描きたいということは最初から話していました。
――原作は長編ですが、どういう風にエピソードを選択していったんですか?
原作は、人間の原点である、食欲、睡眠欲、性欲を描いていて。話が進むにつれて、それが見事に哲学的になっていくんです。今回映画では3巻までの登場人物にしぼって、同世代のぼくと秋山(命)がひとつの答えを導き出した形になっています。人間って醜いけど可愛いよね、愛おしいよねという視点を勇介にぶつけました。ぼくが男なので男目線でしか撮れない。女性の演出はできないんです。勇介を通じて(三輪ひとみ演じる)京子を見て、(美保純演じる)あかねを見て演出しました。つまり、まずは勇介がぼく自身であることを認めて撮影したということです。大森自身も「こんなキャラクターいないよ」という感覚ではなく、どこかに自分を同化していて。スタッフもキャストもみんなそういう感覚だったと思います。
――三輪ひとみさんは今回、気合の入った演技をされていますね。
やっぱり“脱ぎ”があるのでキャスティングは難航したんですが、「三輪ひとみさんどうかな?」という意見をいただいて。ホラークイーンの印象が強かったですけど、一度会ってみたらこの人何かあるなと直感が働いて胸騒ぎがしたんです。現場では、「京子のこと俺は分からないから自分で考えて」という乱暴な演出だったので、三輪さんにとっては今までとはかなり違った現場だったと思います。
――絡みの場面では監督が演じて見せたと伺いましたが。
ぼくがパンツ一枚になって助監督と「こういう動きをしてください」と段取りだけは見せました。三輪さんの声や背中の振るえ、後は、「良きところで足を絡めてください」と伝えました。嫌々ながらも足を絡める瞬間は女性が反応した瞬間。これを「レイプ映画だ」と言う人もいたんですが、この場面を見ればそうは思わないはずです。カット割りはせずに正面からと三輪さん中心、大森さん中心の10分くらいの長まわしを3テイク撮ったので三輪さんは精神的にも相当大変だったと思います。
――でも、三輪さんがどんどん美しくなっていく。そういえば原作ではヒロインの顔に痣(あざ)はないですよね。
聖女と娼婦が混ざっているところを痣がある方とない方のふたつの顔で分けられたかなと思っています。でもこのアイデア、撮影に入る2週間前に出たものなんですよ。スタッフから「三輪さんがあまりにも綺麗なので観客がのれないんじゃないか」という意見が出て。でも、だからって取ってつけたようなアイデアではなく、もともと五島列島にはカネミ油症事件というのが昔あって、痣のある子がいっぱい生まれたんです。なので、これは天の啓示だと思って。急遽、脚本も直して撮影に入りました。痣は消えないけど化粧で隠すだけで彼女の人生も見えてくる。三輪さんが良かったと言われるのは、ぼくも嬉しいですね。痣のアイデアにしても、仲間がいて良かったなって思います。スタッフキャストに救われることってありますからね。監督ってそんなものですよ。
――あと、映画の中に宗教色があるのも少し気になりました。
原作の中でも京子は新興宗教にはまっている設定なんです。ただ、宗教を掘り下げては描かず、そこにすがりつく人の人間模様は描きたい。「微笑むことによって自分も救済される」という主義だけを見せて。あとは秋山(命)のアイデアなんですが、ドストエフスキーの『罪と罰』を合わせて、自分なりの生き方を見出そうとする女性にしたほうがいいなと。宗教に関しては、隠れキリシタンの根付く長崎の五島に新興宗教が入ってきているという設定だけを見せました。
――また田口トモロヲさん演じる男も印象的でした。
宗教の幹部だろうが会社の重役だろうが政治家だろうが何かに溺れるときは溺れる。聖人君子はいない。それぞれの事情を抱えた人間同士がズレながらも生きている。トモロヲさん演じる男が死んだ後は残された女がそれぞれの事情でキャットファイトする。醜いですよね。
――トモロヲさんもそうですが、メイン以外もキャスティングが面白いですね。
大森さん、寺島進さんはぼくの長い知り合い。田口トモロヲさん、内田慈さん、滝藤賢一さんなんかはご紹介していただきました。美保純さんはぼくも秋山(命)も絶対出てほしいと言っていて。ジョージ秋山さん原作の映画『ピンクのカーテン』に出演されているというのもありますし、あかね役は美保さんしかいないなと。絡みもありますし、よく引き受けてくれたなと思います。美保さんの股ぐらに顔を埋めている場面がありますが、アレ、大森と思っている方が多いと思いますが実は秋山(命)なんです。そういうシャレを受け入れてくれる美保さんがまた素敵で。「面白いじゃーん」と言っていました(笑)。
――母子手帳に書かれた文言を京子が読み、勇介が泣くシーンがとても印象的でした。大森さんの『殺し屋1』を思い出します。
あれは原作にあるんです。京子が読み上げていると外から変な泣き声が聞こえる。漫画じみてはいるけど、これはこの作品のキモになると思いましたね。人の琴線ってそれぞれで、あの場面で泣いたという人も多かったですし、後半の10年後で泣くという人も多い。出てくるいろいろなキャラクターが観ている人の気持ちに様々に沿うんですよね。そういう意味で『捨てがたき人々』という複数形の題名になっているのかもしれないですね。今振り返るとそれぞれの人間の業の深さや生々しさを刺激する場面が多くなったんではないかと思います。
――最後に、この映画は榊監督にとってどんな作品になりましたか?
残りの何10年か。父として男として全力で駆け抜けるためのスタートダッシュと言うか、これを撮らないと先に進めなかった気がしているんです。ここからが第2章って言ったらカッコ悪いかもしれないですけど(照笑)、この映画で故郷に一度戻って自分のバックグラウンドも投影できたものをひとつ撮れたことによって、また次の作品に行ける。次、9月に撮る予定の作品は完全な娯楽映画です。それと、2、3年以内には“隠れキリシタン”を題材にした映画を撮りたいと思っています。『捨てがたき人々』含め、今後ともよろしくお願いいたします。
(2014年6月23日更新)
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榊英雄 Profile
さかき・ひでお●1970年、長崎県五島市出身。95年、『この窓はきみのもの』主演で俳優デビュー。その後も『VERSUS〈ヴァーサス〉』(00/北村龍平)、『ALIVE』(02/北村龍平)『楽園~流されて~』(06/亀井亨)に主演。ほかにも『突入せよ!あさま山荘事件』(02/原田眞人)『あずみ』(03/北村龍平)『北の零年』(04/行定勲)などに出演し、俳優としてのキャリアを重ねている。 また『GROW-愚郎-』『ぼくのおばあちゃん』のほか、2010年公開の『誘拐ラプソディ』が
Movie Data
©「捨てがたき人々」製作委員会
『捨てがたき人々』
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●テアトル梅田、京都シネマにて上映中
7月12日(土)より、元町映画館にて公開
監督:榊英雄
原作:ジョージ秋山
脚本:秋山命
出演:大森南朋/三輪ひとみ
美保純/田口トモロヲ/滝藤賢一
内田慈/伊藤洋三郎
佐藤蛾次郎/諏訪太朗/寺島進
荒戸源次郎/ほか
【公式サイト】
http://sutegatakihitobito.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161952/