「家族っていうのは初めから“あるもの”ではなくて“なるもの”
そこには血のつながりも関係なく、一緒になにか大きな
困難を乗り越えることで結ばれ築かれる家族という形だね」
『春を背負って』木村大作監督インタビュー
2009年公開の『劒岳 点の記』で、それまで『八甲田山』『復活の日』『駅 STATION』などの代表作を持つ名キャメラマンから、映画監督として新たな一歩を刻んだ木村大作。その監督第2作が5年の歳月を経ていよいよ公開される。それは笹本稜平の同名原作を映画化し、山に生きる人々の“家族”を描いた『春を背負って』。公開を前に来阪した木村監督に話を訊いた。
――映画化への経緯から教えていただけますか?
前作の『劒岳 点の記』を終えて、次にどうするかって考えたとき、『劒岳』よりも厳しいのをやらないとやった気がしないなあと思って、『劒岳』と同じ新田次郎原作の『孤高の人』を考えたわけ。それで一年くらい準備して、ロケハンも槍ヶ岳に3回行ったんだ、夏だけどね。ところが原作は全部冬の話なんだよな、それも真冬。さらに準備を進めていくうちに、これはこのままやったら誰か死ぬなと思ったね。だから、これはやったらダメな話なんだと思った。
――では、製作準備中に、製作サイドの事情から企画が頓挫してしまうというようなよくある話ではなくて…。
そう、自分でやめにしたの。製作側は「場所とか季節とか、ごまかしてやればいいんじゃないですか」って言ってくれたんだけど、『劒岳』のあと、ごまかし映画はできないなと思って、潔くやめにしたんだ。
――すると、本作の原作との出会いは?
『孤高の人』をやめにしたあと、ある思いが出てきた。それは山、いやおれは大自然という言葉の方が好きなんだけど、大自然って確かに厳しいけど、それだけじゃないよなっていうもの。大自然には楽しいことも、やさしいことも、あったかいことも、爽やかなこともある。そっちの方面でなにか撮れないかなって考えたんだ。できれば現代の話で。そう思っていたら、この原作と出会ったわけ。これだったらいけるんじゃないかと思った、家族の話として。でも、問題もあった。
――問題というのは?
原作の舞台が奥秩父で、モデルになっている山小屋は、標高2200メートルほどのところに建っている小屋なんだ。これだと迫力に欠けるなーと思ったわけ。それでほかにどこかいいところないかと考えたとき、立山連峰の大汝(おおなんじ)休憩所を思いだした。『劒岳』のロケであのあたりはよく知っていたからね。オーナーも知っていたから早速連絡したら、あの小屋は閉めようと思っていたというんだ。だから、使ってもらっていいということになって。それでまたすぐに、今度は原作者の笹本稜平さんに連絡して、舞台を変えていいかと訊いたんだ。もし、よければ映画化させてもらうし、だめなら諦めると。そうしたら、変えて、どうぞ映画化してくださいとなった。原作に出会ってからはあっという間だったよ。バババッて決まった感じだな。
――大汝山休憩所の標高は3015メートル。2200メートルとは大きく違いますか?
2200メートルだと、周りの山を見上げる形になっちゃう。3000になると周囲の景色すべてが眼下になるんだ。それに2200では周りの山が影絵みたいになっちゃうけど、3000だと谷があって峰があって、連なる山並みが見え、その向こうには富士山まで見えるわけだから、こりゃあもうスケールが全然違います。
――先ほど、家族の話として考えたということでしたが、家族をテーマにした映画を作ろうというお気持ちがあったということですか?
ドラマでよく描かれる和気藹々とした家族なんて、日本中探したっていないとおれは思っているから、そんな家族を描く気はまったくなかったけど、自分がこういう家族っていいなと思えるものは描きたかった。終盤で檀ふみさんに「私たち、家族になったわね」という台詞を言ってもらったけど、自分にはそういう、家族っていうのは初めから“あるもの”ではなくて“なるもの”だという考えがあるんだ。そこには血のつながりも関係なく、一緒になにか大きな困難を乗り越えることで結ばれ築かれる家族という形だね。まあ、そこにはおれ自身の状況からくる気持ちもあったんだろうけど(笑)。
――大きな困難を乗り越えるというところに、タイトルの「背負って」という感覚と通じるものがありそうです。
そう。この原作に惹かれた理由には、「背負って」という言葉が題名に使われていたこともあるね。どこの家族にもなにか問題があるし、家族といえども結局は人間ひとりひとりなんだよな。そしてひとりひとりの人間はまた誰もが何かを背負ってる。背負ったまま自分の居場所を探しているんだ。この映画、全国47都道府県で試写会をやったんだけど、東北でやったときには泣いてるお客さんがいたよ。震災や原発事故で家族がちりぢりになってるんだけど、この映画を見て勇気をもらったって言ってくれた。映画を観て、いろいろ感じてくれるお客さんが多いよね。
――松山ケンイチさんは、東京のエリートサラリーマンを辞めて、故郷で父親の山小屋を引き継いでいく青年の役。松山さんを主人公にキャスティングした理由はどういうところだったんでしょう?
まず、山での立ち姿が凛としてるよな。実は、『孤高の人』の主人公役にも彼を考えていたんだ。佇まいがいい。それは結局、人間としてどうやって生きてるのかなんだ。彼はストレートな生き方しているのがわかるよ。おれはそういう人間が好きなんだ。『劒岳』で主役を演じてもらった浅野忠信さんもそうだった。あの人の立ってる姿や表情を見ているとなにか精神性のようなものを感じるんだ。松山さんにも同じ凛としたものを感じた。
――相手役の蒼井優さんはどうでした?
彼女は自然体だったな。普段と映画の中とあまり変わらない。いつもは、もう少し頭で考えた芝居をする人だと思うけど、おそらくこの映画に関してはおれにまかせるつもりになったんじゃないかな。「素」の感じになってたからね。それは蒼井さんだけじゃなくて、豊川悦司さんも小林薫さんも檀ふみさんもみんなそうだった。それもやっぱり3000メートル級の山の仕業だな。まず必死で登るじゃない、それで着いたら大自然の中で演技する、そうなると考えていたちょっとした演技プランなんて通用しないってことがわかるんだよ。だから皆「素」で演技する。そういうものなんだよ。
――でも、それは監督の計算でもあるんでしょう?
まあそうだね。蒼井さんが言ってたからね。「監督は役者の演出はしないけど、映画全体の演出をしてる」って。これはうれしかったな。この前、東宝の本社で出来上がった映画を彼女が観てくれたんだけど、終わったらおれの顔を見てわーって手を振ってくるんだ。自分の出ている映画でだよ(笑)。手応えを感じたんだろうな。
――豊川さんも監督が想定されていたわけですか?
いや、違うんだ。豊川さんに演じてもらった、山小屋を手伝ってくれる男の役は、初め原作通りもう少し年配の俳優さんを考えていたんだ。でも、そのうち豊川さんがどこかでこのホン(脚本)を読んだらしくて、「ぜひ出たい」と言ってきてくれたんだ。それで会ったらもう即決だよ、おれもいいなと思ったから。ただ、原作での彼はホームレスみたいになってるんだけど、豊川さんはホームレスには見えないから、世界を放浪している人にしましょうってその場で提案したんだ。あともう一つ、「10年前アフリカを放浪していた時に巨象と遭遇した。象は歳をとると、群れに迷惑をかけないために群れを離れるんだ、本能として」という台詞を思いついたんだけど、どうって訊いたら、にこーっと笑ってね、握手したよ(笑)。
――その台詞は実際に映画で使われていますね。
そう、使った。それを言うときにも豊川さんが言ってたな「こんな山の上でアフリカの話をするの、普通はどうかなって感じだけど、不思議ですね監督、すっとでてきますよ」って。だからおれも言ったんだ「それはあなたもいま自然の一部になってるからですよ」って。大自然の中で映画を作るってそういうことなんだよ。
――主人公の両親を演じた小林薫さんと檀ふみさんも素敵でした。
小林さんは、これまで一緒に仕事したことがなくて、会うまでインテリでとっつきにくい人なんじゃないかと思ってた。ところが会ってみたら自分と同じようなタイプだったよ(笑)。あけすけで武骨、でも、やっぱりかっこいい。哀愁を感じさせるよな。映画の中で刻みタバコを紙で巻いて吸うシーンがあるけど、あれは小林さんが普段吸ってるやつなんだ。あるとき、小林さんがそうやって吸ってるのを見ていいなーと思ってね、映画の中でもやってくださいって言ったんだ。いい雰囲気だったよね。檀さんはこれまでに数本一緒に仕事していて、毎回思うんだけど、あの人はほんとに品がある。万葉集の研究もしているインテリでもあるし。だから「あなたには品がある。ぼくにはない。そこで、あなたに出てもらうとこの映画の品格が十倍上がるんです」って口説いた、そしたら「いいですよ」って(笑)。ついでに訊いたよ「3000メートルの山での撮影でもいいですか」って。そしたら「大丈夫です。頑張ります」って。実際、松山、蒼井は山に強かったけど、檀さんはちゃんと半年鍛えて、おれと同じくらいのことはできたね。
――立派ですね。3000メートルの山で映画撮るって、スタッフはもちろん大変ですけど、俳優さんたちはもっと大変ですよね。
だから、いわばこういう過酷な現場を楽しもうって人じゃないと務まらないよ。始めからわかってるはずだからね。監督木村大作の山の映画、それはしんどいだろうって。『劒岳』のときのことも知れ渡ってるわけだから(笑)。でも、俳優に限らず、人間ときどき自分を厳しい状況においてみようとするときもあると思うんだ。いつも楽なことばかりしていたら逆に続かないからね、なんでも。だから、この映画には、久しぶりに厳しい状況でやってみようと思ったスタッフや俳優さんたちが集まってきてるわけ。その覚悟があるから務まるし、いいものが出来上がるんだと思うよ。
――では、これからも監督には映画を作り続けてもらって、ときどき厳しい状況に身をおきたくなった映画人を使ってもらわないとだめですね(笑)。
いや、おれも今年で75歳だからね。これから厳しいの出来るかなー(笑)。いつも言ってるけど、おれはべつに監督やりたいわけじゃなくて、こういう映画を誰も引き受けないから自分でやってるんだ。監督をやりたいんじゃなくて、映画を作りたいということだよね。大自然を相手にした人間ドラマをつくりたい。それができれば監督としてでもカメラマンとしてでもいいよ。そして、観てくれた人が少しでも、生きる勇気がわいたなんて言ってくれるといい。それが、おれがずっと背負っていかなきゃいけないことなんじゃないかな。
(取材・文:春岡 勇二)
(2014年6月 9日更新)
Check
木村大作 Profile(公式より)
きむら・だいさく●1939年7月13日生まれ。東京都出身。1958年、東宝に入社。撮影部に配属され『隠し砦の三悪人』『用心棒』といった黒澤明の作品にキャメラマン助手として参加。1973年、撮影監督デビュー。代表作に『八甲田山』『復活の日』『駅 STATION』『火宅の人』『鉄道員(ぽっぽや)』『北のカナリアたち』など。2009年には監督・脚本・撮影を担当した『劔岳 点の記』が大ヒットを記録。過去、日本アカデミー賞優秀撮影賞21回受賞、そのうち最優秀撮影賞5回受賞
Movie Data
©2014「春を背負って」製作委員会
『春を背負って』
●6月14日(土)より、
TOHOシネマズ梅田ほかにて公開
出演:松山ケンイチ/蒼井 優/檀 ふみ/小林 薫/豊川悦司
新井浩文/吉田栄作/安藤サクラ/池松壮亮/仲村トオル
市毛良枝/井川比佐志/石橋蓮司
原作:笹本稜平「春を背負って」(文藝春秋刊)
脚本:木村大作/瀧本智行/宮村敏正
監督・撮影:木村大作
【公式サイト】
http://www.haruseotte.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161569/