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徳島県の祖谷(いや)に広がる山々を舞台に、
人間にとって“真の豊かさ”とは何かを問いかける
『祖谷物語-おくのひと-』蔦哲一朗監督インタビュー

 四国のほぼ中央に位置する、徳島県の祖谷(いや)に広がる山々を舞台に、自然の中で生きる人々の暮らしを見つめた人間ドラマ『祖谷物語-おくのひと-』が、5月17日(土)より第七藝術劇場にて公開。若草が青々とした春から雪が木々を隠し静寂に包まれる冬まで、四季折々の表情を見せる祖谷の風景を美しく雄大に映しながら、人間にとって“真の豊かさ”とは何かを問いかける力作だ。大ヒットアクション映画『ヌイグルマーZ』への出演やクレディセゾンCMで瓦を割る姿などで今注目される女優・武田梨奈、『さよなら渓谷』の演技派俳優・大西信満、そしてダンサーとして俳優として幅広く活躍する田中泯などキャストらの好演に加えて、『もののけ姫』に大きな影響を受けたという徳島出身の蔦哲一朗監督の丹念な演出も光る1作。そこで来阪した蔦監督に話を訊いた。

――まず初めに。監督がお若いことに驚きました。
みなさんそう感じられるようです(笑)。撮影の青木(穣)も大学時代からずっと一緒に映画撮ってる仲間ですし、スタッフはみな若いんですよ。
 
――自主制作とは思えない重厚感と映像美。クレジットを見て正直、青木穣さんとはどこのベテランキャメラマンなんだろうと思ったくらいです。どういう映画に影響を受けられて監督になられたんですか?
僕の根底にはスタジオジブリ作品に受けた多大な影響がありますが、実写なら黒澤明監督、小津安二郎監督、溝口健二監督、新藤兼人監督、今村昌平監督など名前を挙げるとキリがないですが、昔の名作と言われるものから様々な影響を受けています。撮影の青木に関しては『ラストエンペラー』や『地獄の黙示録』のキャメラマンであるヴィットリオ・ストラーロに影響を受けているようで大画面で見せる規模の大きな画を常に意識しているようですね。
 
――なるほど。監督は徳島県出身ということですが、本作の舞台となる祖谷(いや)は監督にとってどんな場所なんですか?
祖谷まで車で40分くらいの場所に住んでいたので、子どものころ夏休みや休日には山登りや川遊びへ親に連れて行ってもらったこともあり、とても愛着のある場所なんです。でも、そのころから特別な思い入れがあったわけではなく“田舎”としか思っていなかったですけどね。
 
――では、今回どうして祖谷を題材に選ばれたんですか?
映像を学ぶために東京に出てきて、大学ではB級ホラー的な映画なんかを自主制作で撮っていたんですが、都会で生活をすることで自分の田舎を「すごいところだったんだな」と客観性を持って感じられるようになって。「地元で撮りたい」「地元のために何かしたい」という思いも出てきたんです。“人間と自然の共存”という現代的なテーマも祖谷なら映し出すことが出来るし、祖谷を観てもらうだけで、日本人の心の故郷みたいなものを呼び戻せるのではと思ったんです。
 
――東京に出たからこそ見えてきたものだったんですね。
都会は何でもあって便利だけど、豊かになればなるほど電気・原発のことも含めて不幸になっている部分もある気がするんです。そういった東京での生活に僕自身、どこか罪悪感のようなものを感じていて。人間と自然の共存について「他の道があったのでは?」と考えさせてくれた分岐点を祖谷に見たような気がしています。あそこまで戻れば、人間と自然が寄り添った生活が都会でもできたのではと思うんです。
 
――この映画の企画の始まりはそういった思いからですか?
企画の発端としては、あくまで35ミリで祖谷の四季を撮るということだけでした。
 
――35ミリフィルムに対するこだわりはどういう理由から?
撮影技術がなくてもフィルムで撮ると映画っぽくなるんですよね。学生時代にその“映画になる”という感動を味わっていたので、学校を卒業するころにはフィルムでしか撮れないようになっていました。それに、憧れてきた映画がフィルムで撮られていたこともあり、憧れの映画に近づきたいという気持ちがあります。空気感とか違いはいろいろ他にもあるけど、非科学的なところですが崇高さというところが大きいですね。
 
――では、物語はどのように作られていったのですか?
祖谷のことを勉強するために、シナリオハンティングで祖谷を回って。地元のおじいさんやおばあさんの話を聞いたりしながら物語を膨らませていきました。僕が場所から物語を発想させるタイプなので、いろんな場所を見て「ここでこういうシーンを撮りたい」と思ったものをつなげていったという感じですね。
 
――映画の中に出てくるエピソードは実話の部分もあるんですか? 
外国から祖谷に移り住んで、自然保護や日本の良さを伝える活動をされている方は実際にいらっしゃいます。その方が祖谷に来られてからの3、40年の間にどんどん観光化が進んでいくのを目の当たりにして嘆いておられたので、そういった話も入れました。でも一方で、地元の人たちは自分たちの生活があり、便利になることは発展である。祖谷を見ていて、そこを問題定義として語りたかったんです。それと同じような問題でもうひとつ、害獣駆除があります。地元の人は畑を荒らされるので鹿にいてほしくない。でも食べもしない鹿を殺していくことがどうなのか。どっちも良いとも悪いとも言えないはがゆい問題で、考えさせられますよね。
 
――本作では、外国から来られた方もそうですが、東京からきた男・工藤の存在も祖谷にとっては“よそ者”。重要な役割でもある工藤に監督は何を描きたかったんでしょうか?
工藤は今の僕であり、僕の理想でもあります。人里離れた山奥で根を下ろすように暮らすお爺の生活に憧れているけど、実際には出来ない。それを映画の中の工藤に託したところがあります。工藤は一度全てを諦めてしまいますが、それが今の僕ですね。工藤は東京にも戻れないし、祖谷にいることにも違和感を感じている。だけど実は諦めずにあの生活を続ける。それが僕の理想のスタイルなのかもしれません。僕たちは、答えが出ない中、自分が正しいと思うことを感覚的に続けていくしかない。それが正しいかどうか分からない。これは僕の映画作りにも繋がっている気がします。
 
――そんな工藤を演じるのが大西信満さんです。今までも『キャタピラー』や『さよなら渓谷』など様々な映画で強い存在感を放つ演技派の俳優さんですが、本作ではちょっと滑稽に見える場面もありました。キャスティングの決め手は?
大西さんが出演されてきた映画を観て印象的だったことが大きいポイントではあるんですが、台詞が少ない役なので存在感だけで説得力を持たせようとすると強い目力が必要になります。そこで大西さんなら語らなくても目で表現できるなと思ってお願いしました。一生懸命がゆえの滑稽さが狙わずにも撮れて良かったですね。それが人間だと思いますし。
 
――工藤と武田梨奈さん演じる春菜の対比も出ていて良かったですね。今回分かりやすいアクションはありませんが、身体能力の高い武田さんが演じるからこそ、山で育ち自然とついたであろうたくましさが見れます。
武田さんにオファーしたときは「ドラマでちゃんとした演技ができる」「アクションからの脱却」をモチベーションにされていたと思いますが、実際に撮影が始まったらこちらが求めていたことをすぐに分かっていただけて(笑)。武田さんの良さは、彼女自身が大自然で育ったような本当に純粋さを持っているところですね。体力のいるシーンはやはりプライドを持っていらっしゃいますし、ほかの女優さんだと難しいかもしれないことでも「出来ない」とは言わずに演じていただけたので良かったです。
 
――春菜と一緒に暮らすお爺は、今回どうして一言も喋らないキャラクターにされたんですか?
お爺については、脚本らと相談して寡黙な人にしたかったんです。全く喋らないと決めたわけではなく、自然に言葉が出るならそれでもいいと考えていました。でも結局シナリオが出来た段階で台詞はありませんでした。佇まいだけでその人の生き方が見えてくるような存在であってほしかったんです。そこにも自分の理想の形が現れたのかもしれません。
 
――台詞のないお爺の役作りについて、田中泯さんとはどんな話をされましたか?
(田中)泯さんにシナリオを送ったとき、「台詞ゼロなのが気に入った」と仰っていただきました。それと祖谷に以前から興味をお持ちだったようで、その点でも今回とても好意的に思ってくださり、映画の詳細について泯さんからいろいろと質問をいただいて。僕がファックスで返答するというやりとりを何度かしました。僕の中では泯さんそのままでお爺のイメージに合っていて、泯さんもそれを分かってくださっていました。
 
――山もお爺も神々(こうごう)しさを放っていましたよね。
そういえば、すごく神がかったシーンが今回撮れました。お爺がただ山の方を振り向くだけの短いカットだったんですが、「よーいスタート!」と言った瞬間に突風が吹いて、泯さん越しにカメラに向かって木の葉が舞って。本当に奇跡的なカットになっています。泯さんご自身が場踊りという各土地に捧げる踊りをされている方ですし、祖谷と共鳴した瞬間だったんだろうなと僕は捉えています。
 
――泯さん演じるお爺にはコケが生えてきますよね?
お爺は人間と自然の中間で人間とも言い切れない存在だと思っていて。お爺の老いが「ガンになりました」とか病では違う気がしたんです。木や岩が朽ちていく感じに近いのではという思いで表現しました。
 
――後半で東京のエピソードを入れた経緯は?
最初は祖谷だけで終わる予定だったんですが、今の自分たちの生活に対する罪悪感から生まれた話なので、作っていくうちに物足りなさを感じて。ストレートに東京での生活ぶりを逃げずに描きました。別に悪い事をしているわけではないけど、自分たちの生活に対する罪悪感まではいかないけど、違和感みたいなものを描きたかったのです。祖谷の生活を見たあとで、今の東京での生活も見て、そこで違和感を感じてもらえればと思いました。
 
――東京シーンには映画作家の河瀬直美さんが出演されていますね。
河瀬さんと接点があったわけではないんですが、バクテリアを作っている先生役に、どこか映画を作っている人をイメージしてクリエイターの方に演じてもらいたいと思いお願いしました。春菜の未来の姿がそこに重なるイメージがありました。
 
――PFFに入選した前作『夢の島』でも環境問題を扱っていましたが今後はどんな映画を撮る予定ですか?
祖谷3部作みたいな感じで今後も描きたいとは思いますね。祖谷以外だと屋久島でも撮りたいと思っていますが、まずは『祖谷物語-おくのひと-』をよろしくお願いいたします!



(2014年5月16日更新)


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蔦哲一朗
つた・てついちろう●1984年徳島県池田町(現・三好市)生まれ。小中高とサッカーに明け暮れ、大学進学で上京。東京工芸大学で16ミリフィルムの映画を製作し、映画の楽しさに出会う。その後、白黒フィルムでの映画製作に興味を持ち、独自の方法で自家現像や焼き付けなどすべての作業を行い、2009年『夢の島』を発表し、PFFにて観客賞を受賞。映画黄金期を彷彿とさせるビジュアルが話題となった。野球の有名な徳島県立池田高等学校野球部、故・蔦文也監督は祖父。

Movie Data



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『祖谷物語-おくのひと-』

●5月17日(土)~6月13日(金)、第七藝術劇場
 近日より、神戸アートビレッジセンター
 にて公開

出演:武田梨奈/大西信満/田中泯
   村上仁史/石丸佐知
   クリストファー・ペレグリニ
   山本圭祐/小野孝弘/美輪玲華
   森岡龍/城戸廉/河瀬直美/他
監督・編集:蔦哲一朗
脚本:蔦哲一朗
   上田真之/竹野智彦/河村匡哉
撮影:青木穣

【公式サイト】
http://iyamonogatari.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/162980/

Event Data

舞台挨拶決定!

【日時】5月17日(土) 14:40の回
【会場】第七藝術劇場
【料金】通常料金
【登壇者(予定)】
蔦哲一朗監督/武田梨奈/大西信満