「人の心を動かすものを観せたい」
ビンタ場面で物議を醸したドキュメンタリー
『ホームレス理事長~退学球児再生計画~』
土方宏史監督インタビュー
喧嘩やイジメなど大小様々な要因でドロップアウトを経験した“元高校球児”に再生の機会を与える目的で設立されたNPO法人“ルーキーズ”に関わる人々の活動を追うドキュメンタリー『ホームレス理事長~退学球児再生計画~』が、4月11日(金)まで第七藝術劇場にて上映中。経営難で理事長自身がホームレスとなりながらも青年たちと向き合い、野球を通して一度失敗したら再挑戦が困難な閉塞的日本社会との付き合い方と突破法を教えていく様子を映す。常に話題を呼ぶ東海テレビドキュメンタリーの第6弾で初めて監督に挑戦した土方宏史監督に話を訊いた。
――ルーキーズに関わる人々の活動を追うきっかけは何だったんですか?
知り合いから、NPOでルーキーズという名前の高校を中退した球児を集めた野球チームを作ると聞いて、最初はテレビ的だなと思ってニュースで10分くらいの企画で2回取り上げました。チームの監督のキャラクターも強烈でしたので、スポ根な感じで(笑)。
――もともとはルーキーズの青年と監督を中心に撮影しようとされたんですね。しかし、団体の資金難で金策に忙しい山田理事長を取り上げることでスポ根ではなくなっていますよね。
この団体を取材するというのは僕が選んだんですが、結果的に理事長を取り上げることになったのはプロデューサーの阿武野からのアドバイスなんです。
――阿武野プロデューサーが理事長について知ったのは、どういうタイミングで?
雑談です。僕らも多少不安なので「今、こういうの追っかけています」という話をしていて。阿武野(プロデューサー)は報告を嫌うので雑談でしか話せないんです。チームの話にはピンとこない感じで「ふーん」と言っていましたが、このチームは「誰が作ったの?」と聞かれて、「グランドに顔も出さず金策ばかりしている得体の知れない男です」みたいな話をして(笑)。
――それを聞いたら気になりますよね(笑)。
全国で初めての団体を作って、経営がうまくいってないことはもともと知っていたので、それでもそういう団体を作る人って何なの? というのはあったかもしれないです。ここまでの人だとは思ってなかったかもしれないですけど。
――本当、ホームレスになってまで日々金策する山田理事長は想像を超えています。チームの池村監督と何度もくじけそうになる小山くんら青年たち、それに山田理事長がキーパーソンになる作品ですがひとつの作品にまとめるのは困難だったのでは?
実は「作った」「まとめた」という感覚はあまりなく、取材して撮れたものの中から、見ていて自分が怒ったり笑ったり泣いたりしたところを基本的には繋げただけなんです。もちろん編集はしていますが、こちら側が「こう思ってほしい」というような編集にはしていません。例えば漫画ならドジな部分や許せる欠点を入れたりすると思いますが、そういうのを超えた許せない欠点も実際はあるので、そこは嘘をつかないように見せたい。でもそれを見せても「愛すべきアホ」と池村監督がおっしゃっていましたが、山田理事長のことをその範疇で思ってもらえるといいなという思いはありました。
――「愛すべきアホ」…。この作品を理事長本人が見て、自分の計画性の無さなど悪いところに気づかれたのでは?
それが気づかないんですよ(笑)。でも、僕たちも「悪い」と言っていますが、それが本当に悪いのかは分からないですよね。もしかしたら僕らは所詮、常識の中で彼を判断しているだけで、彼のほうが正解である可能性だって十分あります。
――そうか。何かを動かす人はこういう人かもしれないということですね。
そう! そこなんです! 辞めそう、倒れそうになりながら、いや、もう倒れてるんだけど「負けていない」と言い続ければ負けていない。やっぱりこういう人にしかこういうことは出来ないというのはあるんじゃないですかね。言い過ぎかもしれないですけど、無謀な人じゃないと出来ないこともあるのかなと。
――それでも撮影中に突然、理事長が土下座をして土方監督にお金を借りに来たときは驚いたでしょう?
裏話ですが、実は山田理事長にはピンマイクをつけていたので、音声スタッフだけが山田理事長が「今から東海テレビさんに金を借りに行く」と話してるのを聞いていて。「今からとんでもないこと言い出しますよ」と僕は音声スタッフから聞いていたんです。なので一応、何かが起きるなと心構えはありました(笑)。だから、あの場面では最初から音が録れているんですよ。しっかり撮影できていたのは奇跡ですね。
――土方監督は「取材対象者に関与することは、ドキュメンタリーとして原則やってはいけない」と映画の中で仰っていましたが、そういう教えがあるんですか?
僕の中では当時そう思っていたんですが、今思えば思い込みで傲慢な考えだったかなと思います。阿武野(プロデューサー)にも「お金を貸すのは自由だよ。だけどそれを記録しなくてはいけないけどね」と言われました。裏で貸すのではなく、それもちゃんとカメラに収めていれば取材する側される側という関係を超えてしまってもそこにルールはないと言われて、なるほどなと思いました。
――でも、何を言い出すんだ! とは思ったでしょう?
その言葉に対する動揺はありませんでしたが、映像の中に自分が写ることへの動揺はありました。基本的にカメラの後ろにいて写ることはない存在だと思っていたので。
――ドキュメンタリーには、作り手の気配を消すタイプと取材対象と話したり気配を出すタイプと2パターンありますよね。
僕の場合は気配を消す癖がついていますね。テレビの癖と言うか。自分は観察する側で観察される側には入らないという考えだったので。
――そこに関して、阿武野プロデューサーは超えていいという考えなんですか?
そうですね。そこで嘘をつく必要はない。そこでテレビのために行動をとる必要はないと。そこで友達になったのなら、なったでそれを撮ればいい。それを隠すのはいけないよという話はされました。
――池村監督が自殺をしようとしたことを打ち明ける小山くんに9発ものビンタをあびせる場面はもちろん予想されていませんでしたよね?
いつの間にか始まってしまいました。だからあの場面では最初の方の音があまり録れていないんです。
――池村監督もカメラがあることを忘れてしまっているんですね。
池村監督はもともと沖縄の那覇高校を甲子園へ導いて、その後、岡山の高校に招かれて行って、そこで体罰で逮捕されドロップアウトしていて…。そのときに自身も死のうとしたことがあったので、そんなことは絶対してはいけないという思いがあって、反射的に「馬鹿やろう!」という反応だったんでしょうね。
――あの場面は本当に衝撃でした。
「効果音を足してるんじゃないか」とか言われるんですけど、足してないですよ(笑)。これは後からどなたかにお聞きしたことなんですが、あれはビンタの仕方を知っている人のビンタらしいです。大きな音はするし、赤くなるんだけど、そこまで痛くはないらしくて。ビンタの仕方を知らないと鼓膜が破れたりするらしいですからね。岡山の学校で逮捕されたときも、野球が上手だから下手だから、勝つ負けるのためではなくイジメがあって殴ったのだそうです。そういう野球以外の部分で許せない、許してはいけないことがあったときに彼が伝える方法が時によってはビンタになってしまうということだったんだとは思います。
――暴力を肯定しているわけではないけど、愛があるのは分かります。
暴力があったとしても=悪いとか、もっと言えば犯罪があったとしても、それを放送することは別だという考えがあって。ビンタすること自体は良くなかったとしても、実際にビンタをしている人がいて、その人らにはその人らなりの覚悟がある。そこを放送で見てもらって、見た人に考えてもらうことは意義があるんじゃないかなと。あそこは殴るべきだとまでは思わないですが、あのときにそういう思いになってビンタをしてしまった。そうなる人もいるということは理解できるんですよね。
――テレビ放送時の反響はいかがでしたか?
やはりビンタの場面に対して多くの意見が寄せられました。ちょうど、体罰に関するニュースが全国的に話題になっている時期だったので世論的に、今問題になっているものを出すというのは空気が読めていないぞという雰囲気があったんです。テレビ放送は計3回しているんですが、そういった意見が寄せられたのは世論的に体罰が問題視されていた時期の1回目だけでした。だから、ビンタがいけないということではなく、傷ついている人がいるのではないかという怒りでした。自分が傷ついたのではなく、代弁ですね。
――体罰シーンをカットすることも考えましたか?
カットするならカットする意味がないとカットできない。なんで流せないのかというのは僕ら的には分からないんです。あの体罰を映した場面を観ると感情が動くじゃないですか? 今回、ストーリーを見せるのではなくて、そういうところをなるべく見せたいと思っていたので。体罰の場面、土下座の場面というのは観た人の心が動く。どういう動きかは分からないですけど動く。それをカットするには自分が納得出来る理由が欲しかったんですけど、その理由はないと思うんです。
――他のテレビでは普通は放送できないですよね。
東海テレビ以外は流せないでしょうね。阿武野(プロデューサー)がどんなことがあっても、見る人の心を動かすものであれば流してくれるだろうという確信があったので、そういう既成概念をとっぱらって作品を作れるという意味ではすごく自由に撮らせてもらいました。
――体罰シーンへの意見って、表現は違いますが震災直後の自粛に似たものですね。当事者ではなく周りが言うというところも。
そうですね。今回ビンタされていた小山くんのお父さんはなぜ訴えないんだという怒りもありました。お父さんへ怒りが向いてしまう。だけど、親は真意が痛いほど分かるのであのシーンはどうぞ使ってくださいという感じでした。自分でできないことだから。賛否両論あるものをテレビで放送することが許されない時代なんですかね。いろんな意見が出て考えてもらうものをテレビが作ることを否定される。受け入れてもらえない。映画はまた違うんですがね。
――分かりやすいものばかりになってきているテレビへの挑戦みたいなものが今までの作品も含め、東海テレビにはあるのかなと感じます。
あえて、分かりにくくするつもりは無いんです。ただ、分かりやすくすることだけがいいことではなくて、そういうものもあってもいいけど、問いかけるものがあってもいいし、いろんなものがあってもいいんではないですか? というのが東海テレビのスタンスだと思います。
――それで言うと、あの団体にいる青年たちはどの子にもドラマがありそうなのに、軸がブレブレで一番はっきりしない小山くんを追っていますよね。一番分かりにくい(笑)。
最初は一応、何人か追っかけていたんです。少年院から出てきた子や不良少年だとか。でも結局、彼が最後に残って。小山くんって、山田理事長にも似てる部分があって、この団体自体の象徴みたいに思えるんですよね。辞めようと思えば辞められるし、極端なこと言えば何でやってるのかも分からないけど、やり続ける。コーチや池村監督も野球から離れられない。山田理事長や体制に対して、いろんな思いもあるはずなんだけど続けている。小山くんなんか、目標もないし、1番芯がなくてフラフラしてて、とっくに辞めていてもおかしくないんだけど、なんだかんだ言って残ってますからね。それを彼が一番体現しているんです。最後戻ってきたときも「怒られたくないから」という理由でした(笑)。でも将来、彼にとってあのとき続けて良かったと思える日がくるかもしれない。
――成長が見えるわけではないんですよね。
それがすごくいいことで。成長って必ずしもしなくてはいけないことではなくて、その状態を保つことでもいいと言うか。辞めない、折れない。精神的に不安定になりながらも残ってそのままでいること。
――そういう人がたくさん出てくる映画もめずらしいですよね(笑)。
狙ったわけではないんですが、そういう人(山田理事長)が作った団体だからか、そういう人が集まってくるんですよね。僕も取材しながらずっとモヤモヤしていましたし。そのモヤモヤを作品から消したら嘘になるし、観た人にもここはモヤモヤなってもらおうと(笑)。
――常に賛否ある面白いドキュメンタリーを生み出し続ける東海テレビ。そのモヤモヤが続いて、どう形にしようとか悩みませんでした?
東海テレビの今までの作品も、毎回明らかなテーマや答えがあるという作品は少ないと思うんです。そういった意味ではこれも観る人によって、どう感じるのか考えてくださいという意味で作品を出しています。ちょっとモヤモヤ度が高いですけどね(笑)。
――最初から映画で観てほしいという思いはありましたか?
最初の編集で2時間にしたものを見たときに映画でと思いました。観に来る人に観てもらいたい。テレビってどうしても、ながら見になったりするので瞬間瞬間に引きつける仕掛けをちりばめて見させるもので、それが本作にはないですから、映画向きだなと。
――取材期間は決められているんですか? 区切りは自分で?
取材時間は決められていなくて、本作は10ヶ月くらい密着して撮りました。区切りに関してはオチがあろうがなかろうが自分で納得がいけば、まとめる作業に入るという感じです。
――モヤモヤ度が高い撮影で、区切りはどのように?
起承転結だとかオチのあるテレビの世界にいましたので、オチがないのが最初はすごく不安でした。分かりやすく言えばチームが最後に1勝するとか、小山くんがヒットを打つとか、団体が大金を手にするとか、部員がたくさん入って経営状態がよくなるとか、あればいいなとは思いましたけど池村監督を辞めさせた段階で分かりやすいオチには絶対ならないなと思いました。ただ、みんな辞めそうになるけど野球を続けているというところはあって。団体はつぶれそうだけど、なぜか存在し続けている。それを出していきたいなと。
――そういう終わり方だからか、彼らのその後が気になってしょうがないです。
「今どうなってるのか」というのはよく聞かれますね。池村監督が辞めるときに生徒も連れて出て団体は分裂、また新しい生徒も入ってきているので、今は1からのやり直しという感じですね。その後、映画の中では療養中と出ていますが池村監督は40代の若さでしたが病気で亡くなりました。入院しているときにこの作品が出来上がって、観ていただきましたが、元気なころの自分が出てくるので、それはとても喜んでいらっしゃいました。小山くん含め生徒たちは卒業して、それぞれ新たな道をみつけて進みだしているという結果は出てきています。
――池村監督が亡くなられたのは残念です。しかし、こういう面白い題材と言うか人をみつけてくるのがすごいですね。
世の中にはたぶんこんな人たくさんいるんだと思いますよ。ただ、普通のテレビ局は見ないふりして排除してしまうんですよね、こういう捉えられない人って。分かりやすいヒーローだとか、簡単に切り取れる人ばかりを取り上げて。今回は偶然ではありますが、奇跡だとは思っていません。監督とはいえ、自分がすべてをコントロールした責任者という感覚が全くなく、観察して繋げただけなので。何回観ても面白いです(笑)。自分がこの団体と出会い、観たものを並べて観客の方に観てもらう。それでどう思いますか? ということですね。
(2014年3月24日更新)
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土方宏史 監督 Profile(公式より)
ひじかた・こうじ●1976年生まれ。上智大学英文学科卒業、98年東海テレビ入社。制作部で情報番組やバラエティ番組のAD、ディレクターを経験したのち09年に報道部に異動。遊軍としてメイン企画コーナーのVTRを担当する。11年、12年に日本の農業や交通死亡事故をテーマにした啓発キャンペーンCMなどを製作。ドキュメンタリー番組は本作が初挑戦。
Movie Data
(C)東海テレビ放送
『ホームレス理事長~退学球児再生計画~』
●4月11日(金)まで、第七藝術劇場にて上映中
順次、京都シネマ、
神戸アートビレッジセンターにて公開
監督:土方宏史
製作:阿武野勝彦
【公式サイト】
http://www.homeless-rijicho.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/164231/
第七藝術劇場
http://www.nanagei.com/