ホーム > インタビュー&レポート > 韓国内で「もっとも羨ましいカップル」と 呼ばれた夫婦を捉えたドキュメンタリー 『渚のふたり』イ・スンジュン監督インタビュー 「2人とも極度に孤独を感じていたと思う、そんな2人の 心と心がふれあう光景を、私はカメラに収めたかったのです」
──まずは、ヨンチャンさんとスンホさんとの出会いについて教えてください。
私は2008年に人間の手について科学的に究明していく科学ドキュメンタリーのテレビ番組を作っていました。そのとき新聞にヨンチャンさんが指点字で他人と話をしていることを取材した記事が載っており、ヨンチャンさんの存在を知ったのです。それまで韓国で指点字はあまり知られていませんでしたが、ヨンチャンさんは2006年に日本で開かれた視聴覚障害者全国大会で指点字を習い、韓国で使い始めたのです。科学ドキュメンタリー用にヨンチャンさんとスンホさんを2日間取材した後、11月に自分自身の新しいドキュメンタリー作品の企画を考えていたらお2人のことが頭に浮かびました。
──ヨンチャンさんとスンホさんのドキュメンタリーを撮ろうとした動機は?
視聴覚障害を持っている人がいることを、韓国ではあまり知られていません。ヘレンケラーについては皆知っていますが、ヘレンケラーみたいに複数の障がいを持つ人が韓国にいることは知られていなかったのです。ですから、企画の段階では少数者の中の少数者を扱うことに大きな価値があると考えていました。しかし、社会的な意味があるドキュメンタリーを作ろうとお2人を訪問したとき、実際にお会いしてみると、「社会的な意味というのは少し違うな」と思うようになったのです。
──「社会的な意味」に違和感を覚えたのはなぜですか?
スンホさんからヨンチャンさんはすごくビールが好きと聞き、最初にビール瓶2本を携えて訪問しました。ビールをお渡ししたら、スンホさんがヨンチャンさんの手を取ってビール瓶をさわるように誘導し、ヨンチャンさんはにっこりほほえんで「有名な詩人でチョン・サンジョンという人を知っていますか?」と聞くのです。チョン・サンジョンは生前大のビール好きだった詩人で、手みやげにペットボトルや缶のビールを持参すると、「おまえらビールのことについて分かっていない!ビールは瓶に入ってこそビールなのだ」と激怒したそうです。その話をして、僕に向かって笑うヨンチャンさんの姿を見ながら、「この人は世界を感じて、理解して、表現する独特の感覚を持っている。その独特な感覚を、映画を観る人と分かちあいたい」という気持ちが強くなりました。映画を撮るきっかけとなる出来事でしたね。
──なるほど、「分かちあう」気持ちで撮られたこの映画自体が、リズムを持った詩のように作られていると感じたのですが、どのような意図で編集されたのですか?
99年からドキュメンタリー作品を作り続けています。監督によっては説明をたくさん入れたり、論理的に筋道を立てて作ることを望むタイプもいます。でも私は省略や余白を作ることによって語ることを好むタイプなのです。それが、もしかしたら詩的に映ったかもしれませんね。
──本当に美しいラブストーリーを観ているようでした。監督は撮影中も二人の“愛のオーラ”を感じたのでは?
映画を撮るときに意識したキーワードが2つあります。1つは孤独、もう1つは共感です。スンホさんはとても献身的で、いつもヨンチャンさんを手伝おうとしています。私も彼女の献身的な愛を感じました。しかし、撮影しながら1年ぐらいたつと、スンホさんが持っている孤独や寂しさも見えてきたのです。スンホさんも1人寂しく生きてきた人です。彼女の寂しさはすごく深いもので、それに対してヨンチャンさんは共感し、そこに愛が生まれたのだと思います。2人とも極度に孤独を感じていたと思うのですが、そんな2人の心と心がふれあう光景を、私はカメラに収めたかったのです。
──ドキュメンタリーの被写体になるのは勇気が要ると思いますが、お2人から撮影を許可をもらうのは難しかったのではないですか?
2人がなかなか撮影を許可してくれなかった1番の理由は、今までの障がいを持っている人に対するメディアの描写に大きな不満があったからです。たいがいは同情の視線で、「かわいそうな人だから助けなくては」というトーンで描かれているのがイヤだったのです。特にドキュメンタリーは主人公となる人が、すごく私的な空間に他人を招き入れ、それを見せるわけですから、長らく承諾してもらえませんでした。
──では、どうやって説得したのですか?
私は今まで障がいを持つ人をテーマとして描いたことがなかったし、自分自身もメディアが今まで行ってきた同情の視線や描き方がすごくイヤだったのです。ですからお二人に許可してもらうために、私も従来のメディアの描き方がイヤだということと、今回の撮影は短い期間で終わるものではなく、どれぐらいかかるか分からないけれどお2人にあわせてついていくことをお話をさせていただきました。特にヨンチャンさんは視聴覚障害を持っている人たちが社会で全く知られていない状況だったので、それを知らせたいという意志があり、最終的には了解してくれました。
──2年間撮影している間、お2人に何か変化はありましたか?
私はドキュメンタリーを作ることは時間との闘いだと思っています。時間が解決してくれるものでもあります。許可はしてもらいましたが、撮影開始直後はぎこちなく、食事シーンを撮影していても「食べているのを撮られるのはちょっと変」と違和感を表明されたりしました。でも、撮り初めて1年ぐらいたつとスンホさんは私がどうするのか分かってくれたみたいです。たとえば歩くシーンで最初はフレームから外れてしまうことがありましたが、後半は1度歩いた後、スンホさんが戻ってきて「監督、もう1度歩きましょうか?」と自分から言ってくれるようになりました。
──お2人はいつも一緒で仲むつまじいと思う反面、1人になりたいと思うときは全くないのか、息苦しさはないのかと思いながら観ていたのですが。
たまには1人になりたいと思うのが普通ですが、あの2人はずっと新婚状態で愛半分、心配半分といった感じでお互いを思い合っています。そんな2人を見ていて息苦しさは全く感じられませんでした。
──ヨンチャンさんが監督に松ぼっくりを何度か放り投げ、監督に見事命中したときの、とびきりの笑顔が忘れられません。
最初はヨンチャンさんとスンホさんが2人で松ぼっくりを投げあいながら遊んでいるのかと思ったのですが、よくよく観察してみると、ゴソゴソこちらを指さしながら相談していたので、大体察しがつきました。ドキュメンタリー監督として、自分を狙って松ぼっくりを投げているのだと気づいたときに、「私はこの松ぼっくりに当たらなければいけない」と思いました。当てた瞬間を撮らなければと! 私もヨンチャンさんがあれだけ楽しそうに笑っているのは見たことがなかったです。ヨンチャンさんには、実際に松ぼっくりが当たったことは見えていないのですが、私が当たったことがこんなにも人を幸せにできるのだと実感しましたね。
──「共感」という言葉は、これからも監督の作品のテーマとなりそうですか?
私は、人と人との間のコミュニケーションや人を理解しあう、感じるということがどうすればうまくいくのかを長い間考えてきました。日常生活で「なぜ僕は友達となかなかわかりあえないのか」、新聞記事を見て「なぜ人はこんなに争っているのか。通じあえないのか」ということに関心を持つようになったのです。「共感」というのは作品のために設定した問題意識というよりは、自分が日常生活で考えていたことを言葉にすると当てはまった感じです。これからもその想いは変わらないでしょう。
(取材/文:江口由美)
(2014年2月21日更新)
●2月22日(土)より、
シネマート心斎橋にて公開
※日本語字幕はスクリーンに表示。
音声ガイド・英語字幕を必要とされる方には
iPod touchを貸出可(数に限りがあります)。