全戦全敗のミラーズクエストの数奇な運命
「どうにか、この馬を勝たせてあげたい」
『祭の馬』
松林要樹監督インタビュー
『花と兵隊』『相馬看花-第一部 奪われた土地の記憶-』の松林要樹監督が、東日本大震災で被災した馬にカメラを向けたドキュメンタリー『祭の馬』が第七藝術劇場にて上映中。3.11の津波にのみ込まれながらも奇跡的に生き残り、国による殺処分も免れたミラーズクエスト。競走馬を引退し、食用になるはずだったこの馬の数奇な運命を見すえていく。真摯な記録映画であると同時に馬への優しい眼差しが感じられる1本だ。そこで、松林要樹監督にインタビューを行った。
――『相馬看花-第一部 奪われた土地の記憶-』に続く、シリーズ第2部ということなんですよね? 同時期に撮って、後から分けていったということですか?
そうですね。本作を撮影していた時期は『相馬看花…』と同時期です。ただ、馬小屋でずっとボランティアとして働きながら取材してるうちに、徐々に馬の性格や表情が分かってきたときには、ふたつの作品に分けようと思っていました。敷き藁を変えてやると喜んで砂浴びをしたりして、馬ってこういう風に感情表現するんだなと分かって。これは馬だけ独立した映画にした方がいいなと思ったんです。
――馬の表情、感情がものすごく現れていたように感じましたが、もともと動物がお好きなんですか?
いえ。犬や猫も飼ったことがなくて一番最初にあの厩舎を訪れたときは馬に餌もやれなかったんです。でも、その3日後に行ったら7頭の馬が餓死していました。それをずっと後悔していて。その気持ちから撮り始めて、世話してるうちにどんどん馬が好きになっていったという感じです。
――ケガで男性器が腫れあがったミラーズクエストをみつけたときは?
たしか4月の中頃でしたけど、見たときは他人事には思えなくて辛かったですね。時間はかかりましたけど、今現在はだいぶよくなっていますけどね。男性が見るとやっぱり「痛い」と思ってしまうんですよ。それを撮って申し訳ない気持ちもありましたが、絶対見届けたいという気持ちと絶対この映画を完成させようという気持ちになりましたね。
――男性は痛みを感じるんですね(笑)。女性には痛みより愛おしさが勝ちますね。ミラーズクエストに対する目線が男女で違うんですね(笑)。
男性はこの映画を観ながら、つい自分の股間を抑えたりしてますよ(笑)。
――競馬馬時代の成績が全戦全敗で、その後食用になるはずが原発事故の影響でならず、あげく男性器が腫れて「ご婦人のいる乗馬クラブでは、みっともなくて笑われるっぺ」と、からかわれるなど、何とも言えない哀愁を漂わせています。
獲得賞金0円。競馬馬も活躍できないと分かれば食用の肉になるのが普通です。人間の食用にするなら若い方がよくて6歳までがいいと言われています。いろんなことで状況がコロコロ変わってね。映画の最後に祭の馬として出て来るけど嫌がってるし。
――たしかに相馬野馬追のところでは少し暴れてましたね。
そういうのも撮りたかったんです。馬の感情ってそういうことだと思うし。喜んでやってるわけではないっていう。
――馬の姿に人間を重ねて見てしまうところもある作品でした。
すごい似てるって思いますよね。線引きされて、差別されて。馬たちの待遇も、4月の21日以前に警戒区域から出された馬に関しては食用肉にしてはいけないとか言ってないんですよ。その辺りは県とか行政に問い合わせたら、その数までは把握できていないと言ってましたね。
――もちろん馬と会話は出来ないですし次の動きも読めない中で、撮っている時点でこの作品がどんな作品になるか見えていたんですか?
撮ってるうちにこうなるだろうなというのはありましたね。ずっと行政にたらいまわしにされてる感じだったから。今になって海外のテレビ局から52分バージョン作りませんかって言われたけど、なかなか日本のテレビでは真正面から描かなかった。理由は分からないけど、行政が撮影禁止だと出していたし。
――撮影禁止の通達が出ていたエリアで撮影できたのはボランティアとして働いていたからでしょうか?
僕はかなり早い段階で取材に行っていたので馬主の田中(信一郎)さんとの関係が良好だったのもあるかもしれない。あとから来た人たちはほとんど断られてましたね。
――取材にいろいろ来ていたんですね。この厩舎についてはテレビのニュースにもなったんでしょうか?
3度ほどニュースで取り上げられましたが、男性器が腫れあがった馬の話ではなかったですね。テレビではいろいろと扱いにくいんでしょう。今回ドキュメンタリーの映画でしか描けないと思ったのでやってやろうと思ったのもあります。
――撮影禁止の場所での撮影。どこかから怒られたりしたんじゃないですか?
怒られるならこれからでしょうね。でも怒られたら「やった!」ですよ。そういうところに噛みつかれたい。無視されるよりは。
――シリーズはこれで完結?
今、シリーズの第3段を撮ってて、どれくらいの期間かかるか分かりませんが、それが終わったら一旦、ドキュメンタリーから離れようかなと思っています。劇映画もやりたいと思ってます。
――最後にお客様へひとことお願いします。
この映画、実はナレーションを入れたり、いろんなバージョンを作ったんです。でも結局は馬を観る映画にしたいから、人間の耳から入る情報を減らそうと思って今回のバージョンになりました。ジグソーパズルで言ったら最後の2ピースくらい足りない印象の映画を目指したんです。観た人がクリエイターになってそれぞれが完成させる。それを託したいと思います。お客さんを信じて。どうにか、この馬を勝たせてあげたいですね。よろしくお願いします。
(2014年1月12日更新)
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松林要樹 監督 Profile(公式より)
まつばやし・ようじゅ●1979年福岡県生まれ。福岡大学中退後、経文みたいなものを求めて天竺めがけて一人旅。日本映画学校(現・日本映画大学)に入学し、原一男、安岡卓治が担任するゼミに参加。卒業後、東京の三畳一間を拠点にアジア各地の映像取材をして糊口をしのぐ。2009年、戦後もタイ・ビルマ国境付近に残った未帰還兵を追った『花と兵隊』を発表。第1回田原総一朗ノンフィクション賞〈奨励賞〉、第26回山路ふみ子映画賞〈福祉賞〉を受賞。2011年、森達也、綿井健陽、安岡
Movie Data
(C)2013記録映画『祭の馬』製作委員会
『祭の馬』
●第七藝術劇場にて上映中
2月8日(土)より、
神戸アートビレッジセンター、
3月、京都シネマにて公開
【公式サイト】
http://matsurinouma.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163466/