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『楽隊のうさぎ』鈴木卓爾監督&
磯田健一郎音楽監督インタビュー。

 一見、何も起こらない映画だ。舞台は中学校の吹奏楽部。主人公は引っ込み思案の中学1年生・奥田克久。ある日、不思議なうさぎに誘われるようにして、克久は吹奏楽部に入部することになる。しかし、様々な苦難を乗り越え成功を掴み取る…そんな紋切り型のストーリーはここにはない。中学生たちの日常が、部活の空気感が、淡々と描かれていく。それでも、素人ばかりを集めた中学生出演者による架空の吹奏楽部が、徐々に本物の吹奏楽部になっていく様が本作にははっきりと映し出される。ドキュメンタリーともフィクションともつかないような画面の中では、中学生たちの様々な感情の揺らぎが、過剰な台詞を用いることなく生き生きと表現されている。中沢けいの人気小説を映画化した『楽隊のうさぎ』は、そんな映画である。関西では12月28日(土)より、第七藝術劇場・シネ・ヌーヴォにて公開される本作の世界観と魅力について、監督の鈴木卓爾と音楽監督の磯田健一郎に話をきいた。

ーー静岡・浜松を舞台に、中学生キャスト全員をオーディションで抜擢するという本作の始まりから教えてください。
 
鈴木卓爾(以下・鈴木)「前作の『ゲゲゲの女房』で共同脚本を書いてくれた大石三知子さんが、もともとこの原作を元に音楽の映画を作りたいという思いがあって。同時に、浜松のシネマイーラという映画館を中心に、この町で市民の皆さんにも映画作りに参加してもらえるような事ができないか?という話があったんです。浜松は楽器メーカーも多く、吹奏楽も盛んだし、僕自身も静岡出身で、浜松で自主映画を撮りはじめた経緯もあり、そこから始まっていった感じです。また、プロの俳優ではなく、浜松に住んでいる素人の中学生たちを中心にこの映画を撮りたいと、それは最初から考えていました。そして原作を最初に読んだときに、小説に登場する「憎むべきは、生き生きとしたものを殺す何かだ」という言葉がすごく印象的だったんですが、浜松の子供たちをオーディションしたときにこの言葉を思い起こしたんです。彼らは素人だから決して緻密な演技ができるわけじゃないんだけど、この生き生きとした姿を殺さずに映画を撮らなくてはいけない、そう思ったんです」
 
ーーということは、撮影に入る前から目指すべきところは見えていたという感じですね。
 
鈴木「ところが(笑)。音楽映画というものをどのように作ったらいいのか、すごく甘く考えていたんですね。音楽を聴くのは好きなんですけど、音楽がどう作られて、それをどう撮れば理想とする生き生きとしたものになるのか、それが全然わかってなかったんです。撮影をはじめてから、ある時にもうどうしていいのかわかんなくなっちゃって、彼らをコントロールできないし、逆にコントロールしてはいけないという思いもあって。それで最初の5日間の撮影を終えた時点で、プロデューサーや音楽監督の磯田さんからも「このままでは映画にならないよ」って言われて、一度脚本もリセットしてやり直すことになったんです」
 
ーーそのあたりは、音楽監督として磯田さんはどう感じていましたか。
 
磯田健一郎(以下・磯田)「まず、こりゃあまり使えないなって思いましたね。最初の撮影では、生き生きとしたものが足りなかった。さらにこの撮影の前提としてプロデューサーからの要望で「台詞も音楽も全編シンクロ(音楽等を別録音して映像に合わせるのではなく、リアルタイムで撮影すること)で撮る」ってのがあったんです。最初にそれを聞かされたときは驚きましたよ。自分も長いこと音楽映画やってきたけど1本丸ごとシンクロってことは有り得ない。膨大な予算や時間があれば別だけど(笑)そんな無茶な…って。でもね、それはこの映画にとっては大事なことだったんです。そもそも出演者の中学生たちは素人だから後で音と動きを合わせようとすると身体性がズレてしまう。で、それをやるためには何が必要だったかというと、彼ら自身が「本物の吹奏楽部を作ること」なんですよね。だから脚本が“主人公とその他A・B・C…”になっていてはダメなんです。芝居も音も全員均等に扱われなければこの映画は失敗するぞって言ったんです。なので撮影をリセットしてからは、彼ら同士が自発的に人間関係を作るということから始めなければならなかった。僕らはそんな彼らにじっと寄り添い、見つめて、そこから生まれたのがオリジナル曲である「Flowering TREE」なんです。だからあれは、誰がどの楽器をどう演奏するか考えながら書いたアテ書きなんですよ。あと、撮影以外の時間で彼らが偶然発した言葉をシナリオに取り入れたり、そんな作業を何度も何度も繰り返してるんです。撮影をしながらの1年間で、彼らの中に様々な感情や関係性が生まれたことが、演奏にも確実に反映されているんですよ」
 
ーー確かに、傍目には何も起こっていないようでも、彼らの中には様々な感情が揺れ動いている。かつて中学生だった人なら誰にでも覚えのある、そんなリアルで絶妙な空気感がこの映画には現れていると思います。
 
鈴木「そうだったら嬉しいですね。これは、大きな事件が起きていないように見えて、観るところがたくさんある映画だと思うんですよ。観客に対して観るべきショットを繋ぐような作り方を最初から拒否していた部分はありましたし、僕もどう撮るべきか葛藤したり磯田さんに助けてもらったりしていった結果、今までになく客観的にこの作品は見られるんですね。子供たちとの向き合い方など、ある意味とても特殊な撮影だったから、どこかで監督ではなくなってる自分がいるんです。その分、何度も見返して、そのたびに新しい発見があるというか。それは出演している子供たちが、画面の一部ではなく、それぞれの時間がそこにあるからなんだと思う。だから僕は観ていて飽きないんですよね」
 
 
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ーー鈴木さんはこれまで小中学生が出演者であるNHKドラマ「さわやか3組」や「中学生日記」で脚本を担当されたり、監督作の「ポッポー町の人々」('12)ではプロではないスタッフたちと撮影するといった経験がありますが、それらとはまた今回は別のものでしたか。
 
鈴木「まったく違いました。もともとファンタジーというか虚実曖昧な世界を描くのは好きなので、そこを子供やプロではない人たちとやることで楽しんでいたところがあるんですが、今回はもっと生々しい状態が必要だった。目指していたのもそういうものだったし。ファンタジーという点で言うと、山田真歩さんに演じてもらったうさぎの役も、当初はちょっとしっくりこなかったんです。僕はうさぎの存在を非常に曖昧なものとして捉えていたんですけど、今回の「生き生きとしたもの」を撮ろうとするなかで、自分のそういった曖昧さが問題として立ち現れてきた気がするんです。うさぎの存在とは何なのか?ということを明確にしなくてはいけないなと。で、ある時、プロデューサーから「うさぎは『ベルリン・天使の詩』('87)における“天使”なんじゃないか?」って言われたんです。主人公の克久にしか見えない天使、それがこのうさぎであると。そこから彼女のメイクなども手直ししていったんです。あと、今までと最も異なっていたのは、子供たちと接するときに物語や台本を言葉で共有しようとするのではなく、彼らが自然に表現するものに対してそれを嘘のないように撮ること、その関係性が出来るまでコミュニケーションすること、それがこの映画の撮り方だったんですよね。それを気づかせてもらったなと改めて思ってます」
 
磯田「映画の作りそのものがライブだったと思う。しかもそれは結果的に辿り着いたものであって、僕らと子供たちが過ごしてきた時間が、映画に反映されていった、そういうことだと思います。ちなみに、ライブという意味では一発録りのシンクロで撮るというルールを、一度破っているんですね。先に話していた最初の5日間の撮影のときなんですけど、いきなりリテイクを出した人がいた(笑)」
 
鈴木「…それは僕なんですけど(笑)。すごく些細なことが気になって、撮り直すって言ったんです。結果として、現場にすごい混乱を招いてしまって、それこそ自分自身も信じられなくなってしまった」
 
磯田「この映画のテーマを守るためのルールを破ったわけだから、ある意味あの時点で一度映画は終わっているんですよね。そこから再出発するためにどうするのかかが課題だった。それで脚本の修正や、子供たちとどう向き合うか、どうやって吹奏楽部を作り上げるのか、ということになったわけです。でもそれでよかったというか、僕もリテイクが出た演奏に対しては“下手に演奏するシーンだから、わざとヘタクソにやりゃあいいんでしょ”って空気を感じてブチ切れました(笑)。それをやったらこの映画はダメだったんですよ」
 
鈴木「そういうふうに出来た映画だからそこ、彼らと同じ中学生や子供たちに観て欲しい映画ですね。吹奏楽部だけでなく、例えばサッカー部とかどんな集まりでも、どこの町でも同じように人と人が関わっていくときに、特別な関係性って生まれることがあるんだよって。そんなの自分にはないって思ってる人もいるかもしれないけど、きっとあるよって。僕は完成したこの映画を観たときに、そう感じたんです」




(2013年12月12日更新)


Check
鈴木卓爾監督(左)、磯田健一郎音楽監督(右)。

●鈴木卓爾 1967年生まれ、静岡県磐田市出身。8ミリ映画『にじ』がPFF88にて審査員特別賞を受賞。92年、東京造形大学の1年後輩にあたる矢口史靖監督のPFFスカラシップ作品『裸足のピクニック』に脚本と助監督で参加。浅生ハルミンの同名エッセイを原作とした初の長編監督作『私は猫ストーカー』(09)は第31回ヨコハマ映画祭において新人監督賞、第19回日本プロフェッショナル大賞において作品賞と新人監督賞を受賞。漫画家水木しげるの妻・武良布枝が著した

Movie Data


(C)2013「楽隊のうさぎ」製作委員会

『楽隊のうさぎ』

●12月28日(土)より、
 第七藝術劇場・シネ・ヌーヴォ、
 1月11日(土)より京都みなみ会館
 2月8日(土)より
 神戸アートビレッジセンターにて公開
 ※シネピピアは後日公開日決定
 ※12月28日はシネ・ヌーヴォ、第七藝術劇場にて鈴木卓爾監督の舞台挨拶を予定!

監督:鈴木卓爾
音楽監督:磯田健一郎
脚本:大石三知子
撮影:戸田義久
企画・プロデュース:越川道夫
出演:宮崎将
   山田真歩
   寺十吾
   小梅
   徳井優
   井浦新
   鈴木砂羽  
   川崎航星
   井手しあん
   ニキ
   鶴見紗綾
   佐藤菜月
   秋口響哉
   大原光太郎
   野沢美月
   塩谷文都
   楠雅斗
   甲斐萌夢
   鈴木早映
   佐藤真夕
   奥野稚子
   百鬼佑斗
   湯浅フェリペ啓以知 ほか

【公式サイト】
http://www.u-picc.com/gakutai/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/162511/