「それまでしっかりしていたものが、世間体や
いろんなものから解放されて、ゆっくり“ほどけていく”感じ」
映画『ペコロスの母に会いに行く』原作者 岡野雄一インタビュー
長崎在住の漫画家、岡野雄一の同名エッセイ漫画を映画化したユーモラスでハートフルな人間ドラマ『ペコロスの母に会いに行く』が11月16日(土)より、梅田ガーデンシネマにて公開。どうしても“辛い”“苦しい”“大変”というようなネガティブなイメージがある介護や認知症の問題を、それだけではなく普遍的な家族というテーマとして前向きに見つめた視点が光るオススメの作品だ。そこで原作となったエッセイ漫画を手掛けた漫画家、岡野雄一にインタビューを行った。
――まず最初に、映画化されることになったときのお気持ちはいかがでした?
「映画化されると聞いたときは62歳だったと思うのですが、60歳過ぎて何かが動き始めるなんて、自分の中ではありえないと思っていましたし、実感はまったくありませんでした。最初は自費出版で500部出せればいいというノリの漫画でしたから。映画化の話と同時進行で単行本の話もきて、いろんなことが広がり始めて少しづつ実感していった感じです(笑)」
――介護を含めてお母さまのことを題材に漫画を書きだしたきっかけは何だったんですか?
「長崎でタウン誌の編集を10年ほどやっていて、その隅っこに自分の身の回りのちょっとした出来ごとをちょこちょこっと漫画でこっそり書いていたのですが、それがだんだん母を主人公にすることが多くなってきて。父が亡くなった年に母は認知症を発症して、それが少しづつ進行している最中だったんです。僕にとっては病気と言う意識はあまりなくて、ただ面白いことを起こす母のエピソードが増えてきたという感じでした。それが結果的に認知症を扱っていたことになったということです」
――それが今では18万部を超えるベストセラーに。介護を中心に描いているわけではないけれど、その問題も盛り込まれていて、それでいて笑えて明るいのが素晴らしいですね。
「歳をとるってそんなもの。ボケるだろうし、体も動かなくなるだろう。その途中途中を見ているという感じでした。そんな漫画を書いて、それを神奈川に住む弟に送る。それを見て弟が安心するという手紙みたいな意味合いもありました。1回1回の話は母の面白いことを書いただけなんです。長崎の飲み屋を紹介するタウン誌だったのでお酒が入ってる人が読んで笑ってもらうために8コマ目にオチを入れるということは決めてたんです。それが本になって最後の印象として明るくなったのかもしれないですね」
――同じような問題を抱えている方が世の中にはたくさんいる中で、一方では介護うつになってしまうようなケースも耳にしますよね。
「そうですね。僕の漫画を読んだ方の感想には24時間つきっきりで世話しているような方や、何もかもの負担を背負っているような方もおられ、本当に高齢化社会や介護の時代なんだなと肌で感じましたね。ただ、そういった方々から、僕の漫画を見て「救われた」という感想をよくいただきます。時々「介護はこんなもんじゃない。甘い」とも言われますが、それが分かっていながら「一番辛いときに手に取りたくなる本だ」とも」
――特別なことじゃないだけに共感するところは多いんですよね。
「介護施設をしている方から直接話しかけられたことがあるのですが、その時は「この本を若い介護職に就いている方に見せたい」と言われました。介護のいろはを教えるハウツー本のようなものは出てるけど、目の前にいる介護が必要な方の過去に思いを馳せるということは口では言えてもなかなか実際はできない。それがこの漫画は割とスムーズに教えてくれると言われて。それで、僕の漫画はそうなのかと本人が後から教えてもらった感じなんです(笑)」
――お母様の認知症と向き合うことで感じたことは?
「母は農家の10人兄弟の長女に生まれて、しっかり者にならざるを得なかった。その後もちょっと気の弱い父と一緒になり、ずっとキチッとしなければいけなった母が認知症になって、それまでしっかりしていたものが世間体やいろんなものから解放されて、ゆっくり“ほどけていく”感じが漫画のエピソードとして面白いことばかりだったんです。しっかりしていたものが“ほどけていく”感じ。それが認知症という言葉よりなんとなくあう気がするんです」
――漫画も映画もお母様を本当に可愛らしいと思っているのが伝わってきます。
「母は天草出身なんですが、意識が海も時間も超えて、結婚する前の自分が天草にいた時代に戻ってる感じが時々出てきて、自分のことを旧姓で言ったり、牛の世話をしていたり、僕を弟と間違えたり。しっかりしていた時は可愛らしいなんて思ったことないですが、だんだん母の可愛らしい部分が目に入るようになりました。そういう母が童女みたいな感じがするんです。ホームに入る前の一緒に暮らしていたときはその進行がゆっくりだったのでたくさん面白いエピソードがあって。これも母が漫画に書けと言ってるような気がして、後付けですが(笑)」
――そこから、この漫画はfacebookを通じて広がったと伺いましたが。
「未だに僕はよく分かっていませんが、色々な方が広めてくださって。僕は必死でついて行っています(笑)。それで、伊藤比呂美さんという詩人の方と連絡を取り合うようになって、「いずれコラボしましょう」という話になり、その方に宛てて書いたページも単行本に入っているんですが、それがタウン誌で書いていたものとは少し違って自由な発想で書いてるページです。その全体の雰囲気が映画にも反映されてるような気もします」
――漫画で書かれていたエピソードが映画にもたくさん出てきてますね。脚本については相談などありましたか?
「僕は単に原作者なので映画に関しては「楽しみにしていますのでご自由に」という感じでした。途中、何度か見せてもらいましたが、別に何も言ってません。映画では「こんなことを?」と思うくらい漫画の細かいエピソードや小ネタが途中まで忠実に再現されてます。それで、途中から映画ならではの高みに持っていくところがたまらないんです。僕のことは置いておいて、すごくいい映画になっていて、ものすごい嬉しいです」
――漫画の良さをそのまま伝えつつ、『ニワトリはハダシだ』以来9年ぶりに監督を務めた森崎東監督の手腕も光り、映画ならではの良さもある素晴らしい作品です。
「母を探して歩くシーン。笑いも小ネタもなく、カメラがずっとそれを追い続けるのがすごかったですね。あれが映画のすごさですよね。あの数分間でフワッと浮くような、心をどこかへ持って行かれるような。うまく言えませんが、これはいい映画になってると感じました」
――確かにそうですね! 撮影現場には何度か行かれたんですか?
「普通は原作者ってそんなに現場に顔出すものじゃないと思うんですけど、一生のうちにこんな機会はもうないだろうと思って、度々ロケ現場に顔出して後ろの方でそっと見ていました。素人の好奇心丸出しで(笑)。しかも、女房と彼女の姉と母親が加瀬さんの大ファンで、「連れていく」と約束したわけでもないのに3人そろって「連れていけ」と(笑)。それで邪魔しませんからと言って隅っこで見させてもらったこともありました」
――現場を見ていかがでしたか?
「若い時の母親役の原田貴和子さんと幼いころの僕役の子役の子がいて「あれがいずれハゲるとやね~」なんて言いながら見ていたら、ひとりステテコ姿のおじさんが入ってきて、あれ止めなくていいのかな? と思っていたら、それが加瀬さんだったんです。二枚目のオーラを完全に消してなりきっていました。そのシーンは本当に昭和の空気があまりにもリアルに再現されていて、ボロ泣きしてしまいました」
――自分を演じる岩松了さんについては?
「岩松さんは、白髪交じりでインテリっぽい風貌が素敵でカッコイイと思うんです。なのに、あのカッコイイ岩松さんがなんでハゲんといかんとや…って、申し訳ない気持ちです。岩松さんご本人からも先日「俺がハゲにしなきゃいけなかったのは誰のせいだ」と笑って言われ、謝りました(笑)」
――岩松さんから役を演じる上でのお話はあったんですか?
「具体的にはないんですけど、よく一緒に呑んだのでそこで僕がどういう人間か観察してたんじゃないかなと後で思いました。ギターや歌の話、もちろん母親の話とか、話したことは普通のことだけど、それを役作りに繋げたんじゃないかな」
――タイトル『ペコロスの母に会いに行く』の“会いに行く”というところのニュアンスが気になりましたが…。
「一緒に住んでいないことにどこか後ろめたさがあって。親戚にも「え? 施設に入れるとや」という感じのことを言われましたし。今の時代はそういったホームも世間的に認識されてると思いますが、その頃はやはり後ろめたい気持ちがどこかにありました。そういう気持ち、一緒に住んでいないという気持ちも込めて“会いに行く”という言葉が表しています」
――なるほど。では、最後に原作者から受け取ってほしい言葉はありますか?
「映画を観た方がみなさんおっしゃってますけど、介護だって大変なことばかりじゃなく、いい空気なこともあるよということですね」
(2013年11月16日更新)
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岡野雄一 プロフィール(公式より)
おかの・ゆういち●1950年長崎県長崎市生まれ。高校卒業後に上京、出版社に勤務し漫画雑誌などを担当する。40歳の時、離婚をきっかけに、当時3歳だった息子を連れて長崎に戻る。長崎では広告代理店の営業、ナイト系タウン誌の編集長などを経て、フリーライターに。タウン誌などに描いていた漫画をまとめて、『ペコロスの玉手箱』『ペコロスの母に会いに行く』を自費出版。自費出版本ながら、地元老舗書店で2ヶ月以上にわたってベストテンの1位をキープした。 2012年7月には『ペコロスの母
Movie Data
(C)2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会
『ペコロスの母に会いに行く』
●11月16日(土)より、
梅田ガーデンシネマ、
シネマート心斎橋ほか
11月23日(土)より、
神戸アートビレッジセンターにて公開
監督:森崎東
原作:岡野雄一
出演:岩松了/赤木春恵/原田貴和子/
加瀬亮/竹中直人/大和田健介/
松本若菜/原田知世/宇崎竜童/
温水洋一ほか
【公式サイト】
http://pecoross.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/162954/