「(オリジナルと)見比べてほしい」(佐藤)
クリント・イーストウッドのアカデミー受賞作が日本版として再生
『許されざる者』舞台挨拶レポート&インタビュー
米アカデミー賞4部門に輝いたクリント・イーストウッド主演・監督による映画史上に残る傑作を、『悪人』の李相日監督が日本版として再生。19世紀の北海道を舞台に、かつては江戸幕府の残党として京都中にその名を轟かせるも、二度と刀を持たないと誓った男・釜田十兵衛(渡辺)が辿る数奇な運命と、暴力の連鎖を描き出す。公開を前に御堂会館で行った試写会に渡辺謙、柄本明、佐藤浩市、李相日監督が登場。舞台挨拶を行った。
――まずは渡辺謙さんにお伺いします。今からご覧いただく方に言っておきたいことはありますでしょうか?
渡辺謙(以下、渡辺):この映画は本当に強い映画です。ある種の圧力を持った2時間15分。かなり息詰まるような時間をお届けすることになると思います。今のうちに深呼吸しておいて下さい(笑)。
――クリント・イーストウッド監督とこの映画についてお話するような機会はあったのでしょうか?
渡辺:クリント(イーストウッド監督)は次回作の準備に入られていたので、直接お話はしていないのですが、快諾を頂き、出来上がった映画をご覧いただきました。もうそれだけでも光栄なのですが、とても丁寧なお手紙まで頂いたんです。その手紙の中で一番印象的だったのが、黒澤明監督の『用心棒』を彼が『荒野の用心棒』としてリメイクし、そして今度は、彼がとても大切にしている『許されざる者』を我々がリメイクした。そこにはただ作品が行き来しただけでなく、映画を作るという同じ志しを持った者の魂の交流が、いろんな価値観を乗り越えて生き続けていく。それを改めて深く痛感して本当にこの作品に参加できて良かったなと思いました。
――十兵衛という役について、いろんな反響があるようですね。
渡辺:私もよく分からないんですよ。とてもやっかいな人なので、分かろうとしなくてもいいと思います。登場人物たち、ひとりひとりに寄り添いながら見て頂きたいなと思います。
――佐藤浩市さんは、今回の大石一蔵という役を演じる上で心に止めたものはありますでしょうか?
佐藤浩市(以下、佐藤):そんなものはねえ!(※役柄になりきって)。(笑)。ただ単純に正義や暴力とは何かを自分自身に問い掛けながら演じさせていただきました。“人斬り十兵衛”という、どこか痛みに対して痛覚を鈍感にさせないと生きることができなかった人間の対極にいて、暴力を使って自分を強く大きく見せようと、どんどん暴力に敏感になっていったような人間です。それがうまく出せればいいかなと思い演じました。
――今回、渡辺謙さんと初共演なんですよね。
佐藤:みなさん当然、渡辺謙さんの方が大人に見えるでしょうが、ほぼ同世代なんです(笑)。お互い30年もやってると仕事なりは観てきています。だから現場で改めて感じるというより、自分が知っている渡辺謙がそこに居るという感じでした。
――渡辺さんは佐藤さんとの初共演、いかがでしたか?
渡辺:この役で出会えて良かったと思いますね。信頼して、魂を含めて体ごとぶつかるような作品ですから、正面から対峙出来て幸せでした。
――では、柄本明さんにうかがいます。柄本さんにとっては肉体的にも過酷で、挑戦し甲斐のある映画だったのではないですか?
柄本明(以下、柄本):そうですね…。李監督がクリント・イーストウッドの名作をリメイクする、その“勇気”によって、我々は出演させて頂いた。上半身裸にされて、1日中零下10℃位の中、吊るされたり、転がったりね。李監督には心から感謝しております(笑)。
――李監督とは3度目のお仕事ですが、今回の監督の演出はいかがでしたか?
柄本:しつこいです(笑)、相変わらずしつこいです(笑)。
――李監督、ロケ地、北海道にはかなりこだわられたんでしょうか?
李相日監督(以下、李監督):CGではありませんよ(笑)。最初にロケハンで場所を探すときも人工物が無い場所を求めていたので、地図を見ても緑色で何もないような場所をくまなく探してみつけました。地元の方でも知らないような場所ばかりで撮影させていただきました。
――そういう場所なら撮影も困難だったのでは? 今だから言えるような撮影中のエピソードはありますでしょうか?
渡辺:大雨で3日間1カットも撮れない時がありました。それで監督に電話しまして「こういう時は肉食うだよね」と言って、焼肉屋を貸し切りにして100人で大焼肉大会をやりました。撮影に入っておそらく1ヶ月ほど経っていましたが、その時、初めてみんなの笑顔を見ましたね。そんな過酷な現場でした。
――大阪のみなさん、関西の皆さんへのメッセージをお願いします。
李監督:映画の世界でしか生きていけない我々が、作りたい、届けたいという思いで発信する映画です。タイトルを聞いてお気付きだとは思いますが、優しい映画ではありません。厳しい映画でもあります。そして切ない映画だと思います。どうか最後まで全身で受け止めて下さい。
柄本:いろんな意見があると思いますが、僕としてはとても分かりやすい映画だなと思います。映画というものは、作り手側だけで成立するものではなく、これから育てていかなくていけません。是非、皆様もよろしくお願いします。
佐藤:クリント・イーストウッドですし、アカデミー賞の作品ですし「オリジナルとは別物と思って見て下さい」と言われると思うでしょう。でもこれは、堂々と見比べて下さい! そして、なるほど少しの変化でこんなにもオリジナリティが出せるのか! と感じていただきたい。自信を持って皆様にお届けします! あれ? これ俺が言うことじゃないか(笑)。つい監督のようなことを言ってしまいました(笑)。それぐらい自信がある作品です。お楽しみ下さい。
渡辺:高い高い山を前にして、登山をしようと決めました。しかも、李相日監督という難しいルートを選んで立ち向かいました。おそらく今9合目くらいにいます。これから皆様と山頂を目指して登っていきたいと思っております。しかし高い山なので途中で息苦しくなるかもしれません。でも、頂上には今までに見たことがない世界をご覧いただけると思います。どうか最後までお楽しみ下さい。

『スクラップ・へブン』(2005)、『悪人』(2010)、そして『許されざる者』。李相日監督が、名俳優・柄本明を起用したのはこれで3度目となる。今回、柄本が演じた金吾とは、主演の渡辺謙扮する十兵衛の昔の仲間で彼の一番の理解者という役どころ。キャスティングや撮影について、柄本明、李相日監督に話を訊いた。
――今回の柄本さんのキャスティングについて
李監督:人の生き死にを見てきた十兵衛と金吾という間柄には、息の合うコンビを超えた関係性が必要でした。渡辺謙さんと柄本明さんが並んだら、どんな化学反応が起こるか。当然ながら僕より長い時間、映画という戦場でお互い生き抜いて来られた、おふたりにしか出せない到達点の空気感が出せればいいなと思ったんです。3度目だからといって楽になることは一切なく、柄本さんと向き合うということは体が覚えている緊張感が繰り返すということです。自分が思い描いていたものとは違うものを見せてもらえるから「こういう風になってしまうか」と一瞬驚くのですが、それに自分が乗っかっていけるのが面白いんです。
柄本:そうですね。3回目だからといって、慣れるということはないです。やっぱり現場に行くと新たな気持ちになりますから。毎回ゼロから出発させてくれるところがありがたい。他の監督の時でもモチロンあるんですが、その現場に行ってゼロから何かを探すことが、ある種の期待感でもあります。
――北海道ロケについて
李監督:『悪人』を撮る前から、北海道の開拓時代を背景に何かできないかとは思っていたんです。そういうことがベースにあった上で、イーストウッドの『許されざる者』で強い映画体験をさせてもらった。そして『悪人』を経たことで、その思いが自分の中でより大きな存在になったんです。ちょっと遠回りをしたような感じもしますが、自分の中の流れで、その両者が組み合わさった。もともと北海道ありきなので、そこに目を向けていなければ『許されざる者』を日本で映画化しようとは考えなかったと思います。北海道に舞台を移すことで、コピーではなく、日本映画のオリジナルとして出来る思い込みが持てました。

――過酷なロケ、李監督の演出について
柄本:天候含めて大変なことだらけでした。でも、大変なことって結局面白いんですよ。ファイトが沸くというかね。あえて残念という言葉を使うけど、僕らは残念ながら生きている。だから、その時その時で感情は揺れ動いていて、演技に答えはないんだよね。その揺れ動く感情の瞬間を切り取っていくのが映画。それを探すという作業はやっぱり大変なことだと思います。李監督に限らないですが、今平(今村昌平監督)さんや相米(慎二監督)さんらと仕事して、それを探そうとする意思にめぐりあうことは、俳優の僕としてはとても光栄なこと。その瞬間を共に考えられるというか…。共になんていうと生意気か(笑)。でもま、そんな感じだね。
(2013年9月12日更新)
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