夏に京阪神5館のミニシアターで行った大規模な特集上映も大盛況!
そして、今月より《即興演技ワークショップ》を神戸でスタート!
常にその動向が注目される映画作家 濱口竜介監督インタビュー
今春、神戸に制作の拠点を移した映画作家の濱口竜介。夏に京阪神5館のミニシアターで行った大規模な特集上映《プロスペクティヴ in Kansai》も盛況のうちに幕を閉じ、いよいよ今月より次のステップであり、関西での活動のメインとなる《濱口竜介 即興演技ワークショップ in Kobe》をスタートさせた。これにあたり14日(土)、21日(土)にデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で作品上映とトークイベントを開催。最新作『不気味なものの肌に触れる』のインターネット配信も始まるなど、話題に事欠かず、一層の期待が高まる濱口監督に2度目のインタビューを行った。
──神戸へ引っ越して来られて5ヶ月が過ぎました。何かと慌しい日々だったかと思いますが、そろそろ落ち着いてきましたか?
「そうですね。帰宅すると「わが家に帰ってきた」と感じるくらい、最近ようやく神戸の家にも馴染んできました」
──少し前まではまだ「住んでいる」実感が薄かったということですね。関西の街を移動する中で感じること、気に入った場所や風景はありますか?
「単純に地形が面白い、人が面白いなど色々とありますね。今のところ、すごく気に入ってるのは阪急電車で梅田から十三へ向かう風景。特集上映《プロスペクティヴ in Kansai》の際によく乗って、そのときから好きだなと思っていました。淀川を越えて行くんですが、梅田から十三って、京都に向かう電車も出るし、神戸へ向かう電車も出る、あとは宝塚方面へも。三本の路線を電車が同時に走っていたりして、その姿を「スペクタクルだなあ」と思いながら見ています」
──あの電車の走り方は、濱口監督の『親密さ』(12)を想い起こさせますよね。
「自分の映画でどうかとも思うんですが、ああいう瞬間が好きなんです。お恥ずかしい(笑)」
──いえいえ(笑)。やはり地形は新鮮に映りますか?
「ええ。坂道が多いですよね。今は須磨の方に住んでいるんですけど、阪急電車に乗っていると、
途中からずっと六甲山脈が続いていて、そこから海へつながる坂が神戸という街の特徴なんだなと感じます。神戸に来て間もない頃から、この坂の感じは面白いと思っていました」
──監督は、過去に引越しの経験が多いと伺いました。人生が“流浪の34年” だったともいえますが、その濱口監督から見てもこのような地形の街は初めてなんでしょうか?
「初めてですね。一番印象的なのは、街のすぐ後ろに山が見えて、振り返るとまたすぐ海の方へ続いていること。この“圧縮感”は今までに見たことがないものです」
──ロケーションが今後の映画作りにどう活かされるのかも楽しみです。それに向けた、デザイン・クリエイティブセンター神戸での即興演技ワークショップがいよいよ今週始まりますね。スタートにあたり、9月14日(土)と21日(土)には作品上映とゲストを招いたトークセッションが行われます。まず14日(土)に上映するのは、酒井耕さんとの共同監督作『なみのこえ 気仙沼』(13)。《プロスペクティヴ in Kansai》で公開された、「東北三部作」と呼ばれるドキュメンタリーの1本。改めて監督からお話いただけますか?
「神戸に来る前、2011年からの2年間は酒井と共に東北にいて、ふたつの活動を続けていたんですね。ひとつは東日本大震災で津波の被害に遭った方の体験の聞き取り。そしてもうひとつが民話語りの記録。『なみのこえ 気仙沼』は、特に宮城県気仙沼市で被害に遭われた方たち7組11人への聞き取り、記録をまとめた映画です」
──神戸での上映の際に監督が、「震災をテーマにしているけれど、“防災のための教訓“を語るようなタイプの作品ではないんです」と話しておられたのを覚えています。
「そうでしたね。いわゆる「震災体験」を聞いているんですが、話が段々と震災そのものからズレてゆくというか、まったく違うものへと発展してゆく。われわれが“被災者”とひと括りにしてしまいがちな方たちが、どんどんそのイメージをはみ出てゆくさまがそのまま映し取られていると思うんです」
──シンプルに、ただその人の人生、過去を聞いている場面もありますよね。
「そのことにより、かえって震災が一体どういうものだったのか? ちょっと分かってくるところがある気もしているんです。たとえば「震災が奪っていったものは何だったのか? それでもずっと続いているものは何か? 」ということが、『なみのこえ』には映っているんじゃないかなと思っています」
──たしかに「被災者」という括弧を外した、「ひとりの人」に向き合うことから浮き上がるものが多い作品です。『なみのこえ 気仙沼』上映のあとには哲学者の本間直樹さんとのトークセッションも予定されています。本間さんとは以前から面識があったんでしょうか?
「それがないんです。当日初めてお会いして、お話するという形になるんですよ」
──そうだったんですね。ちょっと意外な顔合わせだとは思っていたんですが。
「今回の《即興演技ワークショップ in Kobe》は、応募を呼びかけるときから「聞くこと」を演技の大きな柱として据えていました。鷲田清一さんという、少し前まで大阪大学の総長を、現在はせんだいメディアテークの館長をつとめておられる哲学者の方がおられますよね。鷲田さんの著作『「聴く」ことの力──臨床哲学試論』は、ワークショップを行う上で僕の中ですごく参考になった本なんです。そして本間さんは、その鷲田さんと一緒にお仕事をされてきた方ですね。各地で哲学カフェなんかも実地に続けられている方ということで、必然的に「聞く」ということを巡っての話になっていくんじゃないかなと」
──当日にならないと分からない部分も大きいと思いますが、トークへはどういうアプローチをイメージされていますか?
「本間さんはたぶん臨床哲学の方向から「聞くこと」についてお話いただいて、僕は「聞くこと」と「演技」という一見直接的な関わりが見えないものを何とかつなげて話ができたら、と考えています」
──「聞くこと」と「演技」を結びつけることは、以前のインタビューでもお話されていましたね。
「進展がないとも言えますが、ええ(笑)」
──いや、着々と進行しているということです(笑)。ともあれ14日は、おふたりのこれまでの活動や発言などから堅苦しいトークにはならないだろうなと想像しています。そして翌週21日に上映されるのは、同じく東北三部作を締め括る『うたうひと』(13)。この作品はさっきお話いただいた民話語りの記録で、その聞き手である「みやぎ民話の会」顧問の小野和子さんの姿をとらえています。小野さんの語りが穏やかなので、作品からもそういう印象を受けるかもしれませんが、実はラディカルな映画だと観て感じました。
「これももうひとりの共同監督、酒井耕との作品で、僕個人の好みとしてもとても好きな作品です。自分の作品をそう思えることは少ないんですが、純粋に観ていて楽しいし、僕ひとりの考え、自分で脚本を書いて撮ったなら決して映らなかったり、入っていない要素がすごくたくさん入っています」
──不思議な映画ですよね。ひとまずドキュメンタリーのカテゴリーに置くとしても、ファンタジー、さらにホラーへリンクする感覚も抱く作品です。
「ええ。おっしゃっていただいた通り、単なるドキュメンタリーとも違うものになっていて、そこには民話というものが持つ“荒唐無稽さ”が大きく働いています。つまり、A-B-C-D と話が進まずに、たとえばA-D-Cという風にあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら展開する。その荒唐無稽さともう一点、魅力を挙げるなら、聞き手の小野和子さんの存在。小野さんがただ民話を聞くだけでなく、語ってくださる方の背景にある暮らしがどういったものなのか? それを掘り下げていくときに、民話が単なるファンタジーではなく苛酷な現実と背中合わせに生まれてきたこと、苛酷な現実の中で語り手やそこに暮らしていた人たちが生きるために必要とした物語であることがよく分かったんですね。そういう“歴史”のようなものがふと映り込んでくる瞬間もある気がしていて、とても好きな作品だといえます」
──21日(土)はその小野和子さんを招いての「ダイアローグ・カフェ」を開催。小野さんとお会いするのも久しぶりですか?
「そうですね。6月に『うたうひと』などの完成披露で仙台でお会いしているので、ちょうど3ヶ月ぶりになりますし、僕と小野さんが一対一で話すのは今回が初めてになります」
──言われてみると、その機会は初めてでした。小野さんとの対話に付けられた「ダイアローグ・カフェ」というタイトル、これはどういうものでしょう?
「即興演技ワークショップの中で、月に一回くらい、外に開かれたイベントを行っていこうと考えています。「聞く」ということをテーマに据えているので、外からゲストを迎えてワークショップの参加者が聞き手になって話を進めてゆく、これを「ダイアローグ・カフェ」と呼んで始めるんですが、ワークショップ参加者だけでなく市民の方、一般の方も招くつもりです。一応、今回は僕が聞き手を担当しますが、会場全体で会話が発展してゆくような場を作れたらいいなと思っています」
──カリキュラムのひとつなんですね。今後の映画制作につなげるために、公開インタビューをカメラに収める可能性は?
「あるとは思います。ワークショップの場は一応すべて記録映像を撮る予定なので、ダイアローグ・カフェでもカメラが回っている可能性はあります」
──前にインタビューさせていただいたのは5月末だったでしょうか。あのときはまだワークショップの内容が固まり切っていなくて、その「どうなるか分からない状態が楽しみ」と話しておられました。スタートが目の前に迫り、心境に変化は?
「いや、それがまだ大きくは変わってなくて(笑)。それほど多くのことを決めていないんですが、多くを決めずにいられるような準備をしている……という、何かすごく曖昧な表現ですけれども(笑)。できるだけ決めなくても、その場で対応できる準備をしている感じでしょうか」
──「即興」のワークショップですしね。参加者の方へも具体的な内容を伝えるのはこれからでしょうか?
「はい。参加者はすべて決まったんですが、まだお伝えしていないんです」
──参加者は当初は15名前後を予定されていましたが、最終的には何人に? 年齢や男女比はどうでしょう?
「結果的に17名です。男女比は4:6で、年齢層も20代から60代までと幅広いですね。」
──予定よりも多い人数でのスタートになりますね。ワークショップの広がりがとても楽しみですが、他にも色々と動きが見られます。今月、最新作のインターネット配信が始まりました。
「ええ、「LOAD SHOW」という独立系の映画配信サイトがあります。名前にある「LOAD」はダウンロードのロード。このサイトで、《プロスペクティヴ in Kansai》の目玉として撮った『不気味なものの肌に触れる』の配信、ダウンロード販売が9月4日に開始されました」
──これはいずれ撮られる予定の『FLOODS』という長編の前日譚といえる54分の中篇で、染谷将太、石田法嗣、渋川清彦の3人のトリプル主演。配信スタートの前には東京で試写も行いましたね。ご覧になった方の反応を見聞きすると、「今までの濱口竜介とは違う」という声が多いようです。
「それはよく言われます。役者さんが素晴らしいのはもちろんですけど、それ以外にも原因に3人の人物がいると思います。ひとりは脚本家の高橋知由(ともゆき)さん。高橋さんは一緒に神戸に来た人ですが、彼が書いてくれた脚本ということで、これまで自分で書いてきたものとは違うテイストになりました。そして撮影の佐々木靖之さん。自身の世界観を持ったカメラマンなので、彼がカメラを向けるだけで出て来る雰囲気がある。これも影響しています。もうひとりが劇中に出てくる非常に不穏なダンスを振付けている、砂連尾理(じゃれおおさむ)さんというダンサーの方です」
──砂連尾さんにはワークショップにも参加されるんですよね?
「ええ。身体表現の講師として参加していただくんですが、砂連尾さんが染谷くんと石田くんに振付けてくれたダンスが、非常にスリリングなものとして画面に定着していると思っています。単なる踊り、いわゆるキレのいいダンスではなくて、“感覚そのもの”を観る人に伝えることのできるダンスだと思います。それを振り付けることも、実際に踊ることもとても難しいと思いますが、映画の質を決定づけるような形で踊ってもらえたと思います」
──あのダンスのような動き、アクションは、会話や言葉にも重点を置いたこれまでの濱口監督作品には無いエッセンスで新鮮です。配信といえば、上映とは別のものという認識が作り手と観る側、共にあるかもしれません。濱口監督はどう捉えておられますか?
「配信もスタートしたんですが、今月16日(月・祝)には東京の
ぴあフィルムフェスティバル、22日(日)には
水戸短篇映像祭で上映されます。水戸は『不気味なものの肌に触れる』を撮影した場所でもありますね。来月には
神戸ドキュメンタリー映画祭での上映も決まりました。そういう風にスクリーンでかけるのと、ネットでの配信を同時に行う。東京を中心に上映活動を進めたいとも思っていますが、一方で「いつでもどこでもダウンロードできる」状況があって、当面はその様子を探っていこうという感じですかね。それが一体どんな状況になって、どういう反響を呼ぶのかということによって、これからの自分の動きの軸足をどこへ置くかを探っている状況ですね」
──観たくても観ることのできない地域、環境の方には嬉しい状況といえます。
「ただ、そもそもスクリーンでかける為に作った映画という前提は持っています。スクリーンでの上映を想定して、それによって映画の力が解放されるように映像も音響も配置されているものなので、上映とネット配信を両立してゆけるのが理想です」
──その展開にも注目していきたいですし、ここ数年の濱口監督の活動を見ると常に更新されている印象を受けるので、「今」は通過点に過ぎないと思いますが、ワークショップ開催を目の前に控えた現在、感じていることを最後にお話いただけますか?
「関西へ移り住んできた理由そのものである即興演技ワークショップを来年2月まで行って、デザイン・クリエイティブセンター神戸で或るパフォーマンス作品が発表されます。そして、最終的にはそこから1本の長編映画が作られるはずです。それがどういうものになるのかは全然分からないんですが、「いいものができるだろうな」ということは今、手応えとして感じています。とっても面白い人たちとこれからワークショップを始められそうなので、「この人たちとどういう映画ができるんだろう? それが神戸の街でどう撮られるんだろう?」と本当に楽しみにしています。「期待しかしていない」というのが今の状態ですね」
さらに10月18日(金)には、神戸ドキュメンタリー映画祭のオープニング公演として「言葉のダンス、ダンスの言葉」と題し、DANCE BOXの育成プログラム「国内ダンス留学@神戸」とのコラボレーションを行うことも発表された。会場は新長田の
Art Theater dB Kobe。止まることのない濱口竜介の活動に、今後も期待して目を注ぎたい。
(取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』)
(2013年9月14日更新)
Check
濱口竜介監督 プロフィール(公式より)
はまぐち・りゅうすけ●1978年、神奈川県生。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了製作『PASSION』が国内外の映画祭で高い評価を得る。その後も日韓共同製作『THE DEPTHS』(2010)、東日本大震災の被災者へのインタビューから成る映画『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011~2013/共同監督:酒井耕)、4時間を越える長編『親密さ』(2012)を監督。精力的に新作を発表し続けている。
Event Data
『なみのこえ 気仙沼』映画上映会
+濱口竜介×本間直樹トークセッション
【日時】9月14日(土) 16:00~19:30
【場所】KIITO 303
【講師】濱口竜介(映画監督)/
本間直樹(哲学者)
※詳細は
http://kiito.jp/schedule/event/article/5092/
『うたうひと』映画上映会
+ダイアローグ・カフェ~小野和子さんを迎えて~
【日時】9月21日(土) 14:00~18:00
【場所】KIITO 303
【出演】濱口竜介(映画監督)/
小野和子(みやぎ民話の会)
【料金】500円
※お申込みは
workshop_info@fictive.jp
KIITOアーティスト・イン・レジデンス2013即興演技ワークショップ事務局(fictive内)まで、参加者氏名と人数、連絡先をご連絡ください。
※詳細は
http://kiito.jp/schedule/event/article/5101/
Movie Data
『不気味なものの肌に触れる』
監督:濱口竜介
脚本:高橋知由
音楽:長嶌寛幸
振付:砂連尾理
出演:染谷将太/渋川清彦/石田法嗣/
瀬戸夏実/村上淳/河井青葉/水越朝弓
【映画配信サイト《LOAD SHOW》】
http://loadshow.jp/