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「若い頃は打倒し破壊することで新たなものを生み出そうとした
いまなら打倒や破壊ではない他の方法を考える
それはある意味、表現が一歩深まったと言っていい」
『シャニダールの花』石井岳龍監督インタビュー

 一昨年(関西では昨年)、10年ぶりの長編映画『生きてるものはいないのか』を発表した石井岳龍監督の快進撃が止まらない。今度は、石井聰亙の時代からずっと温めていた企画を具現化。新作『シャニダールの花』は、石井映画の新たな地平を切り開く入魂の一作だ。

――関西では2年連続の作品発表となるのですが、この作品は企画からだとかなり時間が掛かったようですね。
 
「そうなんです。『櫻の園』や『12人のやさしい日本人』(企画)などの脚本家、じんのひろあきさんが「石井さん、こういうの好きじゃないかな」って基本アイデアを持ってきてくれたのが7年前くらいのことで。実はその前にも花を題材にした作品を創ろうとしていたのですが、なかなかうまくいかないでいた時だったので、そのアイデアを聞いてぜひやろうということになったんです。すぐに準備に取り掛かって、予算規模も整い今度はうまくいきそうだったんですが、時期的にちょうど日本映画が撮りにくくなってきた頃で、結局何度も挫折して、もう撮れないとなったときに、じんの君やプロデューサーに「私にすべてまかせてもらえないか」って申し込んだんです。彼らの承諾を得てそこからプランを組み直し、製作基盤を関西に移して私が教えている神戸芸術工科大学や、製作会社を一緒に立ち上げたパートナーなどの強い協力もあって、ようやく作ることができたんです。7年掛かりました、もはや“執念”ですね(笑)。また、監督人生の一区切りがついたなって感じです」
 
――じんのさんが脚本を持ってくる前から、花を題材にした映画を考えておられたということですが、花のなにが監督を惹きつけたのでしょうか?
 
「まず、植物全般が持つ底知れぬ生命力。それから花と人間との関係性ですね。花って官能的だし、人は花を見ると大切に扱おうとする、それはなぜなのかって考えていくと、花というのは日本人、いや東洋人にとってとても映画的な題材だなと思えてきたんです」
 
――それは若いころからずっと思っていたのですか?
 
「いや、10年ぐらい前からですね」
 
――じんのさんが持ってこられた、この『シャニダールの花』のアイデアに惹かれたのは、どういった点ですか?
 
「ネアンデルタール人の墓に遺体と共に花が埋葬されていて、野蛮だったと言われる彼らにも死者を悼む気持ちがあったのか、というイラクのシャニダール遺跡の話。それはひょっとすると人類の「心」の発生の瞬間だったかもしれないという、あくまでも一説ですが、その話と人間の体に本物の花が咲くというアイデアを結び付けたところですね。そこから喚起される映画的なイメージがとてつもなくあったので」
 
――人の体に花が咲くというアイデアからは、フランスの作家ボリス・ヴィアンの「うたかたの日々」を想起される方もいるかなと思いますが。
 
「そうですね。「うたかたの日々」は何度も映画化されていて、私も好きな小説です。もともとシュールな表現は好きですから(笑)。でも、例えばシュールな表現にしても、デヴィッド・クローネンバーグの映画のような、あるいはフランシス・ベーコンの絵のような、美を秘めたグロテスクさだとか、理系な鋭利な冷たさとか、そういった西洋の肉食系的表現は観る分には楽しいけれど自分には撮れないなというのがある。ただ、ああは撮れないけれども、私たちには別の表現方法がある。だから、同じ原作で撮っても表現者によって全く違う作品になるわけです」
 
――先ほど言われた、花が東洋人にとって映画的な題材だというのもそこに通じますね。西洋人とは違う「思い」が込められる題材だということ。東洋人的と言えば、主演の綾野剛さんと黒木華さんもふさわしい気がします。繊細で嫋やかな半面、芯の強さも感じさせる。
 
「ええ、結果的には理想的なキャスティングになったと思っています。ただ、ふたりとも超売れっ子なので、スケジュールの調整が大変でしたが(笑)。ちょうど一年前、2012年の6月末から7月にかけて神戸で撮影したのですが、ふたりのスケジュールが空いているのがそこしかなかった。綾野くんは前日まで他の映画の現場に入っていたりして。ただ、その現場が淡路島だったので移動距離はそんなになかったのですが(笑)」
 
――熊切和嘉監督の『夏の終り』ですね。綾野さんは監督からのオファーですか?
 
「大瀧役は難航していて綾野くんはプロデューサーから提案された候補者のひとりでしたが、私もNHKの朝ドラで髪を切った彼の演技に感銘していてそこで繋がったのです。時間がないなか、脚本を読んでくれて、ぜひ出たいと言ってくれた。出演は黒木さんの方が先に決まっていたのですが、綾野くんの出演が決まってこのふたりならいけると思いました」
 
――監督からご覧になって、綾野剛というのはどんな役者さんですか?
 
「最近、私は俳優さんたちに「場は与えるけれども、やるのは君たちです」という風に接していて、あまり「ああしろ、こうしろ」とは言わずに「さあ、どれだけこちらを驚かせてくれるんですか」という感じで見守るんです。もちろん、俳優さんごとに演出法を少しずつ変えてはいますが。綾野くんは事前の打ち合わせでも、できるだけ自由にやらせてほしいということだったので、そうしてもらった。すると、ほんとに作品全体をよく理解していて、自分の役割をきっちりやってくれた。私と彼とで、おたがいに足りない部分を補完しあうような感じで、ある種、理想的な俳優さんでしたね。演技をするというよりも、役柄が憑依してしまうような俳優さんがもともと好きなんですが、彼にはそういう瞬間が感じられました」
 
――黒木さんは、どうでしたか?
 
「彼女が透明感のある素敵な女優さんだということは見てすぐにわかりますが、さらに彼女は生まれたての赤ちゃんのように無垢で純粋、そして無防備なんです。それは、女優として心配になるくらい。でも、その一方で、魔女的なしっかりとした大人の女性の一面も備えている。その不思議なバランスが魅力的でした。すでに舞台での演技には定評があったのですが、映画はおそらく今回が初の主演で、始めはとまどいもあったと思いますが、演技をしながら殻が壊れる瞬間というのがあって、そうなると彼女はずーっとどこまでもいけてしまう演技者なんです。でも、それはちょっと怖い。女優さんの場合、そうなると戻ってこれなくなったり、心が壊れてしまったりすることもあるので。そこはこちらが守らなくては、と思いました」
 
――わかるような気がします。確かにこの映画の彼女からはしっかりした部分と危うい部分の両方が感じられました。
 
「しっかりしていて、純粋で無防備であるがゆえに誰でも受け入れる。でも、そのことが原因で壊れてしまう危うさもある。そんな佇まいが、今回演じてもらったヒロイン像とぴったり合いました。綾野くんも黒木さんもとにかくフレッシュな感じがして、こういう人たちが私の映画にでてくれることが嬉しかったし刺激になりました」
 
――そういえば、この『シャニダールの花』を観ていて、石井監督の感性がとても若々しく、ひょっとすると若返っていってるのではないかとまで思ったのですが、その要因は主演の二人にあったのかもしれませんね。
 
「そのあたりは自分ではよくわからないですが、もし若々しく思われたのであれば、それは主演のふたりのおかげでもあるし、他のスタッフからの影響もあるでしょうね。みんな20代30代の精鋭で、現場では私が最年長でしたから(笑)。現場では彼らに煽られるような感じもありましたし。「石井岳龍が変な映画撮ってんじゃねえぞ!」っていう具合に(笑)。そうなるとこちらも勝負だなと思ってやってました」
 
――すると、監督も現場ではかなりテンションが高かったわけですか?
 
「正直言うと、撮影期間中のことはほとんど覚えていないんですよ。相当、気が入っていたことは間違いないですね」
 
――なるほど。今回重要な役どころで、古舘寛治さんが出演してますね。
 
「山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』で彼を観て驚いたんです。新聞記者役の演技があまりに見事で。今回演じてもらった役もいわば敵役なんですが、ただの敵役ではない。こういう人なんですという、説明できるようなつかみどころがない役なんですが、面白くて深みのあるキャラクターに仕上げてもらいました」
 
――悪なんだろうけれど、あれ、ひょっとするといい人なのかなと思わせる…。
 
「そう、いわば悪のグラデーションというかな、悪役なのに人柄の良さが出ちゃうみたいな(笑)、そういう演技のできる俳優さんですね」
 
――若手女優として注目のふたり、刈谷友衣子さんと山下リオさんもくっきりとした存在感が感じられました。
 
「刈谷さんは一番若いのに女優としての強いオーラを感じました。テンションも高くてしっかりしてましたね。山下さんは、正直言って、こんなに芝居のできる人だったのかと驚きました。日本の若い俳優さんたちは総じてポテンシャルが高いのを改めて知りましたね。あとはその才能を開花させる場をどう作っていくかですね」
 
――山下さんが演じている気の強い女の子は、石井映画によく出るタイプかなと思いました。
 
「山下さん本人は全然違いますけどね。でも、そうやって“化ける”のが女優さんですよね。彼女についてはキャラクターよりも丸顔であることが石井映画によく出るタイプですねって周囲から言われました(笑)。自分では意識してなかったんですけどね」
 
――執念を持って臨まれた『シャニダールの花』が、完成してみて、改めて思われたこととかありますか?
 
「ここまで女性的な映画というか、濃密なメロドラマになるとは思っていなかったので自分でも驚きました。でも、ずっと表現したかったものがこういう形になったことで考えると、これまで植物的な生き方、例えば“受け入れること”などは、生命力が弱いがゆえのものと否定的だったけれど、実はそうじゃないってことに自分はすでに気づいていたんだな、ということです。植物は強く、“受け入れること”はその証であることを実はもうわかっていた。そういう、かつて常識として捉えていたものがことごとく逆転してしまっていることを改めて認識したというか。若いころは対象を打倒し、破壊することで新たなものを生み出そうとした。でも、打倒し破壊するということは、実はその対象に依存し甘えているんですね。相手がいないと打倒も破壊もないわけで。だから、いまなら打倒や破壊ではない他の方法を考える。それはある意味、表現が一歩深まったと言っていい。この映画を撮ってみて、ちょっとは進歩したかな、と思います」
 
――そうすると、しばらくはこういった女性的な繊細な作品が続くのでしょうか?
 
「いや、それはないですね。次作品ではかなり凶暴な、かつての作品を髣髴とさせる疾走感あふれるものを考えていますから(笑)」
 
(取材・文:春岡勇二)



(2013年7月18日更新)


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石井岳龍監督 プロフィール
いしい・がくりゅう●1957年、福岡県出身。日本大学芸術学部入学後、8mm作品『高校大パニック』(79)でデビュー。『狂い咲きサンダーロード』(80)『爆裂都市 BURST CITY』(82)で熱狂的な支持層を得て、“ジャパニーズ・ニューウェイブ”の急先鋒となる。また、『逆噴射家族』(84) 『エンジェル・ダスト』(94)『水の中の八月』(95)『ユメノ銀河』(97)と作品を次々と発表し、国内のみならず海外でも、その斬新で前衛的な作風が高い評価を集めた。2000年に時代劇

Movie Data





(C)2012「シャニダールの花」製作委員会

『シャニダールの花』

●7月20日(土)より、テアトル梅田、
TOHOシネマズなんば、T・ジョイ京都、
シネ・リーブル神戸ほかにて公開

【公式サイト】
http://shanidar-hana.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161122/

STORY

限られた女性の胸に美しい花が咲くという謎の現象が発見され、その花が新薬開発につながることから、提供者は特殊な施設“シャニダール”に囲われていた。研究員の大瀧と響子は、研究を続ける中で花の成長は提供者の精神に大きく左右されることを発見し……。