「この作品は、社会に対しての“恩返し”なんです」
映画では初めての総務省推薦!
心が優しく豊かになる映画『じんじん』
大地康雄インタビュー
北海道中央部に位置するのどかな農村の町、剣淵町を舞台に描くヒューマンドラマ『じんじん』が7月13日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開。“絵本の里”としても知られるこの町で、さまざまな世代の人々の交流と、ある親子の絆のドラマが展開していく。主演俳優の大地康夫が『恋するトマト』の上映会で北海道を訪れたときの体験がこの企画へと発展。人の心の優しさをテーマにした感動作だ。そこで公開前に来阪した、大地康雄に話を訊いた。
――前作の上映会で北海道を訪れたのが本作のそもそもの始まりだと伺いました。
「前作の『恋するトマト』という映画は農業をテーマにした純愛ストーリーでしたので、全国50箇所くらいの農村で上映会を行ったんです。その最後に訪れたのが旭川で、翌日は東京に帰る予定でした。だけど、旭川の上映会後に行われた交流会(という名の呑み会)で、わたしの前に座っていた男性が「東京へ帰る前にわたしの故郷の剣淵を見てほしい」と言ってきて。「何をやってる町なの?」と聞いたら「有機農業と絵本です」と」
――それで剣淵に行かれたんですか。
「正直に言うとかなり疲れていたので早く帰りたかったんですが「どうしても見て欲しい」としつこいので(笑)、翌朝の飛行機を遅らせて行ってみました。そしたら本当に確かに綺麗なところで、有機農業の田園風景がバーっと広がり“大地の会”と書いた大きな看板まであって、僕の名前を書いた看板まで作って歓迎してくれてるのかと感激しましたね。でも、その看板は有機農業の会の名前だったんですけどね(笑)」
――ははは(笑)!
「それで、映画にも出てくる絵本の館というところへ連れて行ってもらいました。その時、ちょうど読み聞かせをしていて、10数名の子どもたちが目を輝かせて話を聞いている姿を見たんです。話がクライマックスになるにつれ、身を乗り出して夢中になり、最後のオチで全員が床に転がって大爆笑していました。また動物の親子の別れを描いた絵本を読み聞かせしているところを見てみると、子どもたちがみんな泣いていたんです。それを見て、絵本にはここまで子どもを夢中にさせる力があるのかと驚きましたし、その子どもたちの輝いている瞳に日本の明るい未来を感じました」
――それで映画に。
「わたしに出来ることは映画しかありませんから、あれこれ模索しながら剣淵に通いました。映画に登場する何人かのキャラクターにはモデルとなった人物がいるんですが、その方々の取材をしていたら、毎年田植えの時期から秋の収穫まで、ボランティアで神戸から来ている60歳くらいの男性に出会って。「最初は観光で来たけど、剣淵の人の温かさ、風景の素晴らしさにはまってしまった」と言っていました。それで、この人をモデルに主人公、銀三郎を書くと面白いんじゃないかという発想が浮かびました」
――取材ではどんな話を?
「剣淵のお母さん方に「読み聞かせで、子どもたちの表情が本当に豊かになっているけど日常に変化はありますか」と聞いたら、「引っ込み思案だった子が会話が上手になって学校に楽しく通えるようになった」とか「思いやりのある子になった」とか「0歳から読み聞かせをしていたら2歳には自分の感じたことや考えたことを言葉に出来るようになった」と言っていましたね。以前、別の地域でイジメにあって学校に行くのが怖かったという子が、剣淵に転校してきたら周りの子どもたちも近所の農家のおじさんもみんな優しく声を掛けてくれる、はげましてくれる、それでその子は剣淵に来て良かったという内容の作文も読ませてもらいました」
――素晴らしいですね。
「それに加えて「子どもたちが絵本に夢中になる顔を見ていたら、愛しい思いが自然に大きくなり、自分たちの純粋な心がよみがえってくる。忘れていた大切なことに気づかされる。読み聞かせをしている側も幸せなんです」と言っていて。わたしも親戚の子に実行してみたら、純粋な心がよみがえり、絵本作家が訴えているメッセージが自然と伝わってきて、いつの間にか忘れていた大事なことに気づかされるという経験をしました」
――ちなみにその親戚のお子さんには何の本を読み聞かせされたんですか?
「佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」とか。人生って愛する人にたったひとりでも出会えればいいんだなと。あと「星の王子様」ね。キツネが言いますよね「大切なことは目には見えないんだ」と。わたしも今まで大切なことを見落としてきたんでしょう。絵本というのは本当にいろいろなことに気づかされるんですね」
――大地さん自身が絵本を読んでもらった時の記憶は?
「それがないんです。自分で絵本を読んだ記憶もあまり無くて。なので剣淵に行くまでは絵本とは無縁の世界にいました(笑)。ずっと映画ばっかり観ていましたから…。わたしも小さいときに親から読み聞かせをしてもらっていたらもっとマシな人間になっていたかもしれませんねぇ(笑)」
――ははは(笑)。そんな! では、読み聞かせをしてあげたことが一緒に絵本の素晴らしさを体験されているような感覚だったんですね。
「そうですねぇ。絵本の読み聞かせをした後、お風呂にも飛び込んできて一緒に湯船につかっていろんな話をしたり、夜寝るときも布団の中まで入ってきました。それが親子であれば、どれだけ絆が深まるか。絵本ってすごいと思いました」
――絵本の素晴らしさを伝えるために映画を。
「それと、親が我が子を殺したり、自殺したり、イジメも無くならないこの今の時代に、自分なりに何かお役に立てることはないかと以前から日々思っていまして、この剣淵という町は絵本を真ん中に置き、優しい町作りに成功している。この素晴らしい町を全国に紹介したいと思ったんですよね。こういう市町村が増えれば、この国ももう少しマシになるのではないかと。それで映画を企画しました」
――ご自身で監督したいとはお思いにならなかったのですか?
「それはないですね。監督だけはよっぽど天才じゃないと出来ないと思います。監督と俳優の両立は無理ですねぇ。監督は大変ですよ。わたしは種をまいただけなんですが、いつの間にか水をかける人、耕す人、肥料をあげる人いろんな人が自然に集まってきて、そこからはわたしの力じゃなくて大きな力が働いていつの間にか出来たという感じなんですよ」
――水をかける人、耕す人、肥料をあげる人はどのように集まったのですか?
「わたしは13年間「刑事・鬼貫八郎」(1993年~2005年)という人情喜劇ドラマに出ていて、その脚本家だった坂上かつえさんと「いつか鬼貫系の人情喜劇でちゃんと1本やりたいね」といつも話していたんです。それで、やっとチャンス到来ですよと坂上さんにまず声を掛けさせていただいて、この企画のはじまりから私が見聞きしたことを話し、剣淵にも一緒に行ったりしました。そしたら3ヶ月くらいで台詞も入った状態のストーリー付きの企画書を作ってくれて。声を掛けていたプロデューサーにそれを読んでもらったらプロデューサーも泣いて、ここで火が着いたんです」
――では、監督は?
「監督も「鬼貫」の山田大樹監督です。だから本当に「刑事・鬼貫八郎」の集大成が開花したという感じですね。わたしの演技を知りつくしている方ですから。後は、わたしは自分が演じる銀三郎だけに集中出来ました。大道芸人の役ですから、大道芸のプロ中のプロに弟子入りして。劇中で南京玉すだれをしている人が出てきますが、あの方がわたしの師匠なんです」
――銀三郎が絵を描くシーンもありますが、あれも大地さんが描かれているんですか?
「全部自分で書きました。絵本作家のあべ弘士さんに弟子入りして。初日はまず「キャッチボールしよう」と言われて全然絵を教えてくれなかったんですが、まずはキャッチボールをして肩の力を抜かないと絵は描けないよということでした。それからあべさんの絵本を見ながら模写するところからはじめ、あべさんの絵のタッチに近づくように特訓を受けました。あのワニの絵なんて、しっぽからキバまでひと筆書きのような描き方でとっても難しいんです」
――もともと絵はお得意なんですか?
「子どものころ、初めて学校で先生に褒められたのが絵で。花の絵を結構リアルに描いた記憶があります。それ以降、特に絵を描き続けたわけではないですが、今回ひとつだけ自慢できるのが、映画に出てくる絵本のイルカにまつげがあるんですが、あのアイデアはわたしが考えました。なんとか可愛くしたいなと思ってまつげを描いたら、あべさんが「僕にはこんな発想はなかった」とおっしゃって是非採用したいと」
――そうなんですか! それでは久々の絵なんですね。
「童心に戻ったような気持ちで描きました。あべさんも歌を歌いながら描いたり、ゴリラの絵を描くときはゴリラの真似をしてらっしゃいました。なりきってるんですよね。役者と一緒だなと思いましたね」
――キャストでは中井貴恵さんが約28年ぶりの映画出演ということですが。
「中井さんにはとても失礼なことをしました…。実は中井さんがわたしの家の近所の病院で読み聞かせをすると近所の方に聞いて、見に行ったんです。大きな画面に絵を映して読み聞かせをしていらして、主人公の女の子の気持ちが中井さんの声を通して本当に伝わってきました。それで感動のあまり、図々しくも病院の関係者の方にお願いして中井さんに会わせていただきました。それで「こういう企画の絵本の映画を作ろうとしているんですけど脚本だけでも読んでいただけませんでしょうか、あまりにも感動したものですから」とお話して。本来ならば事務所を通さなくてはいけないところなんですが直談判してしまったんです…」
――以前から、お知り合いだったわけではないんですか?
「初めてでしたけど、それくらい感動したんです。今回、中井さんに演じていただいた役もモデルの方がいらっしゃるんですが、何気ない台詞でも絵本に深い愛情や思いがないと言えない。これは中井さんにしか言えないと思ったんですよね。最初の志しから輪が広がっていつの間にかいい映画に仕上がった。本当に運が良かったと思います」
――時期的に、映画化までの間に日本は東日本大震災がありました。脚本などにその影響で手を加えたようなところはありますか?
「脚本は変わっていませんが、銀三郎が住んでいる町を(剣淵は山あいの町だから)海沿いにしたいという考えが最初からありまして、サブロケ地を宮城県の松島にしました。瑞巌寺(ずいがんじ)には参道の真ん中辺りまで波がきたらしくて、大きな被害ではなくとも、やっぱり観光客が激減してしまったらしいんです。特に外国からの観光客がほとんど来なくなってしまったらしくて。それで、外国人の観光客がたくさん来て、道を教えるようなシーンとかを付け足しました。松島の町長さんがそれをとても喜んでくださったので良かったと思っています」
――絵本は阪神淡路の際もそうですが、心のケアとして贈られたりしますし、人にとってすごい力を持っていますよね。
「東日本大震災のときは23万冊の絵本が届いたらしいです。そういう役割をはたしているんですよね。この映画も同じようにみなさんの励みになればいいなとおもいますね。これは、誰しもが根本的に持っている感覚で、絵本というひとつのメディアで優しく伝わる。絵本というのは堅苦しくないし、優しい言葉で自然にしみわたるんですよね。先日、札幌の中学生にこの映画を見てもらって100人の学生たちから感想をもらったんですが、感動しているポイントが大人と一緒でした。それで、子供から大人までちゃんと伝わる映画になってると実感しました」
――大地さんにとってこの作品はどういった作品になりましたか?
「もちろん今まで出演してきた作品も大事ですし、ここまで来れたのは色々な方の支えのおかげだと思っています。この作品は、キザな言い方かもしれませんが“恩返し”なんです。何か自分に社会に対して出来ることは無いかと思って。これからの人生は恩返しをしていきたいと思ったんです。役者として、人さまの前に立つ仕事をしながら、みなさまのお役に立って晩年を向かえたいという思いがあります。なので、今はひとりでも多くの方にこの映画が届けば嬉しい。それだけです。よろしくお願いします」
本作は、2013年度ゆうばりファンタスティック国際映画祭で144本の作品の中から、ファンタランド賞(作品)と人物賞(大地康雄)をW受賞。また、文部科学省推薦という映画は数多くあるが、映画では初めての総務省推薦が決定。推薦理由は、「絵本でまちおこし、というユニークな取り組みをしている剣淵町を応援したい」と、「「スローシネマ」という新しい方式が、映画を通して多くの人たちに地域の絆の大切さを伝える取り組みである」とのこと。分かっているようで忘れていた“絵本の力”と“心の忘れ物”を、この映画を観て、思い出していただきたい。それと、大地演じる銀三郎が素晴らしい。観れば、『男はつらいよ』の寅さんのような銀三郎(大地)にまた会いたいと思うはず。シリーズ化を希望したい。
(2013年7月13日更新)
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大地康雄 プロフィール(公式より)
だいち・やすお●1951年、熊本県出身。1975年、ドラマ『剣と風と子守唄』で俳優デビュー。1979年、『衝動殺人・息子よ』で映画デビューを果たす。その後『マルサの女』でその圧倒的な演技力を印象づけ、伊丹十三監督作品に欠かせぬ存在となる。『マルサの女2』、『バカヤロー/私、怒ってます』などの演技で毎日映画コンクール助演男優賞(1988年)、『病院に行こう』で日本アカデミー賞助演男優賞(1990年)、さらに『砂の上のロビンソン』ではアジア太平洋映画祭主演男優賞(19
Movie Data
(C)映画「じんじん」製作委員会
『じんじん』
●7月13日(土)より、テアトル梅田、
8月3日(土)より、京都シネマ、
8月10日(土)より、神戸元町映画館 にて公開
【公式サイト】
http://www.jinjin-movie.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161614/