ホーム > インタビュー&レポート > 「映画と列車って相性がいいんじゃないかと思います。 風景がどんどん変わっていく中でドラマが繰り広げられる。 これも映画的。“動く舞台”ですよね」 『百年の時計』金子修介監督インタビュー
──唐突な質問で恐縮です。主人公の同僚として「牧野洋子」というキャラクターが登場します。ネーミングの由来を教えていただけますか?
「演じているのはうちの妻なんですが、特に意味があってつけた名前ではないですね」
──奇遇です。高松市美術館には「牧野」という名前の学芸員が実在していて、彼は僕の大学の同級生なんです。
「・・・あ! 港岳彦君が脚本を書くのに学芸員の方へインタビュー取材を結構していたから、もしかするとそれを使ったのかもしれない」
──その牧野君に事前取材すると「美術館の事務室では監督の指示により、あえて掃除や整理をせず撮影が行われました。え! と驚く乱雑ぶりなので我々としては複雑な心境ですが、監督のリアリズム精神の一端が垣間見えた気がします」。そう聞きました。
「そうなんです。片付けられてしまうとガランとしちゃうし、リアルな方がいいからということでそのまま使わせてもらったんですよ(笑)。もちろん、安藤行人(ミッキー・カーチス演じる芸術家)のパンフレットとかは作って置いたんですけども」
──美術館としては「裏側のリアルな姿を見られるのも見どころかもしれません」とのことです(笑)。さて、ホームに「ことでん」が停まっているスチール写真を見てリュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895)を思い出したりと、『百年の時計』にはどこか映画史とリンクするエッセンスも感じました。
「映画史のスタート、リュミエール兄弟が撮ったのは列車などですから、映画と列車って相性がいいんじゃないかと思います。それから風景がどんどん変わっていく中でドラマが繰り広げられる。これも映画的。“動く舞台”ですよね」
──映画で列車を使う場合、車両編成も演出や展開に影響を与えます。『百年の時計』の「ことでん」はとてもコンパクト。小ささをどうプラスに作用させましたか?
「二両しかないので行ったり来たりの面白さよりも、一両の中で目の前に居る人、座っている人、横切る人、それだけで一往復のドラマを表現できたと思います」
──幾つかある、視線を動かすだけで時間、時に空間まで変わってしまうシーン。これは映画ゆえの技ですよね。
「車両を使ったある場面はファンタジーの世界というか、読めば人それぞれ抱くイメージが異なるような、ちょっとリアリズムから離れた脚本になっていて、どう映像化するかと考えた時にそういう手法に辿り着いたということですね。過去と現在、これからの未来がひとつの空間に在ることを表現するのには、ものすごいお金をかける方法もあるんですが、シンプルな手法として「次のカットで見た先が見ている時代や空間になってしまう」、それだけのテクニックな訳です。あとカットを変えなければ同じ空間、同じ時間の中にいる。そういう法則は、いわゆる映画マニアじゃなくても了解していると思うんです。それを利用して、列車の中で過去と現在を展開させれば面白いだろうなと。ただ、出来上がったものは一般の人に観られなければいけない、たとえば離れ島に住むおばあちゃんにも届くものでないといけない、その意味での分かりやすさも踏まえてこの手法で行こうと決めたんですね」
──さらに映画監督、イングマール・ベルイマンの言葉が用いられている点に興味を惹かれました。「芸術とは暗闇の中に槍を投げこむことだ」。原典は『ベルイマンは語る』(G・ウィリアム・ジョーンズ編:青土社)の中の「暗闇の中に槍を投げこむ。これは私の直感です」でしょうか。
「あれは港君が引っ張ってきて。脚本では「ある芸術家はこう言っている」となっていたのを、僕が「ベルイマンが言ってるならベルイマンにしちゃえ!と」言ったんです(笑)」
──そういう経緯がありましたか。あの本は学生たちとおこなったセミナーを記録したもので、芸術的見地から語られることの多いベルイマンが自分の作品を「とても楽しい娯楽だ」と断言して、聞き手が戸惑いを唱えるちょっと面白いくだりがあります。金子監督はよく娯楽作のヒットメーカーと紹介されますよね。映画の芸術性と娯楽性って分かち難い要素だと思うんですが、監督の思うところをおきかせいただけますか?
「僕もそう思っています。ただ学生は僕の映画をアートとは思ってないんじゃないかな(笑)。でもベルイマンの映画もすごく前衛的で分かりにくい訳ではないですもんね。ドラマを通して人の気持ちが分かる。そこが娯楽なのかな。ベルイマンはエンタテインメントを追及しつつ芸術に昇華しているし、本当はほとんどの映画がそうさせようとしていると思うんです」
──『百年の時計』の中にも芸術の定義を問うセリフがありますね。
「特に製作費のかかる映画は大衆にも支持されないといけない。「芸術」、「娯楽」とパキッと分けることのできない部分があるんじゃないでしょうか」
──たしかに。話は変わりますが、金子監督のキャリアを振り返ると80年代のアイドルを主役にした作品も思い出深いです。本作も主役は女性。「女性をどう撮るか」はずっと金子監督の大きなテーマなのではないでしょうか?
「そうですね。僕はね、『どっちにするの。』(1989年公開)で中山美穂を撮った時に眼が開いた(笑)! 美穂さんを愛でながら撮る、そういった感じだったんですが、監督デビューしたにっかつロマンポルノの頃はそうでもなかった気がしますね」
──そうなんですか?これまた私事で恐縮ながら、僕はデビュー作『宇能鴻一郎の濡れて打つ』(1984)の山本奈津子さんも好きなんですよ。
「いやいや、あの頃はケンカしながら撮っていましたから、いわば“同僚”(笑)。当時、ロマンポルノの女優と演出側とは同じスタッフのような形だったので。勿論、可愛いと思ってはいましたよ。でも中山美穂を撮っている時の意識とはちょっと違うんじゃないかな。」
──軽い衝撃を受けましたが…。とにかく中山美穂さんで開眼したということなんですね?
「ええ。その次に斉藤由貴さんで更に開眼した!みたいな(笑)」
──開眼が続いたと(笑)。『毎日が夏休み』(1994)の佐伯日菜子さんも印象に残っています。
「佐伯さん、それから仙道敦子さん、石田ひかりさん。次々と人気のあるアイドルを撮れたし、そこでそれぞれの魅力の引き出し方を覚えたというか。監督は映画を構成する時にコンテに沿ってゆく訳ですが、それに従うと「綺麗に見えないけどこのカットは必要だ」というのが出てきます。でも、コンテを崩してでも綺麗な方を選ぶ! という風になっていったんですよね(笑)」
──国内外の様々な映画を観ていて、監督が女性を美しく撮ろうとしていないように感じることも時折あります。しかし金子監督は逆の考えを持っておられるんですね。
「どうしても綺麗に見えないと思うところは外してゆく傾向がありますね。そう撮れてないものを見ると可哀想だと思いますよ(笑)。どんなに美人でもライティングによっては美しく見えない時があります。それは注意して外してあげないといけないと思いますね」
──その出発点が中山美穂さんだったと(笑)
「その頃からですね(笑)。妹の中山忍ちゃんを撮っている時(『ガメラ 大怪獣空中決戦』)は、どこか“美穂さんの面影を探す”みたいなところもありました(笑)。右の下あたりから撮るとそっくりなんですが、似ないように撮っています。忍ちゃんの個性を出すために」
──今回の『百年の時計』では、主演の木南晴夏さんにどんなアプローチを?
「実は綺麗に見えないところも残ってるんです。でもそこが彼女の面白さ。厭わず自分をぶつけてくるし、綺麗に見せるための警戒もしていない。だから敢えてこれまでとは違う撮り方で、彼女が投げ出してきたものをそのまま全部受け止めました。ワンシーンの中で段々美人になってゆく、モーフィング的なところが魅力だと思うんです。そしてそれは“地方都市の恋”のリアルさとも繋がったんじゃないかな」
取材後もアイドルを起用した1980~90年代の作品の思い出を語ってくれた金子修介監督。過去の現場の厳しさが原因で、映画に苦手意識を持っていた、あるアイドルを自作の主演に迎えた際には「居心地のよさ」を心がけ、「これで映画の世界に親しみを持ってくれた」と確信を得たそうだ。ところが数年後、そのアイドルが別の監督作で数々の映画賞を獲得した時に発した言葉「今までは映画が嫌いでした」を聞いて「・・・思わずズッこけた!!」。椅子から滑り落ちるジェスチャーまで添えて再現してくれた姿からも落胆の大きさがうかがえたが、同時に監督が女性を撮ることにいかに心を砕いているかを実感する瞬間でもあった。『百年の時計』で木南晴夏、中村ゆり、木内昌子、岩田さゆりたちの女性キャストを、どの角度からどうカメラに収めたのか、改めてたしかめてみたい。
また作品のモチーフのひとつ「地方とアート」について、冒頭に名を挙げた高松市美術館の牧野裕二学芸員がコメントを寄せてくれた。劇中の「香川はうどんだけの県じゃないでしょう?」といったセリフとも照らし合わせてもらいたい。「香川県は「うどん県」のネーミングが話題になりました。第2弾で「アート県」というのも打ち出し、そのネーミング自体は定着しませんでしたが、実際、最近の香川はかなりアートで盛り上がっています。このたびの『百年の時計』の公開によって、香川=アートが盛んというイメージがさらに定着するのでは、と期待しています。高松市美術館は個性派ぞろいのアート県の中にあって、じつは地味な存在。現代アートからサブカルチャーまで展覧会ならなんでもやる「幕の内弁当」的なところがあります。そのような普段注目されることの少ない高松市美術館にスポットを当てていただき、そこで働く私たちにとっては望外の喜びです」
(取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』)
(2013年6月19日更新)
●テアトル梅田にて上映中
●7月13日(土)より、元町映画館にて公開
●8月17日(土)より、京都みなみ会館
にて公開
【公式サイト】
http://100watch.net/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/160813/