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「これは震災映画ではない。観た感じもそうでしょ?」
ベルリン国際映画祭エキュメニカル賞特別賞につづいて
香港国際映画祭で、ファイアーバード賞(最高賞)を受賞!!
ヒューマンドキュメンタリー『先祖になる』
池谷薫監督インタビュー

 中国残留日本兵を取材したドキュメンタリー『蟻の兵隊』がロングラン・ヒットとなった池谷薫監督の最新ドキュメンタリー『先祖になる』が第七藝術劇場にて上映中。大震災発生から1ヵ月後、被災地の陸前高田市を訪れた撮影チームは、そこで出会った農林業を営む佐藤直志さんという77歳の老人への取材を開始。津波で家を壊され、息子を亡くし、さまざまな困難にも屈さず、被災から3日後にはその年の米作りを決意、さらには自宅を元の場所に建て直すという大事業にも取りかかる。復興に向けて孤軍奮闘する彼の姿を通して、人が生きることの本質に迫った1作だ。そこで、来阪した池谷薫監督に話を伺った。

 

――まず、佐藤直志さんがあまりにも魅力的な方だったんですが、どうやって出会ったんですか?
 
「この仕事も長いことやってると、めぐり合わせや縁みたいなものがあるんでしょうね。まぁ“呼ばれた”んではないでしょうか。被災地をウロウロしてようやくたどり着いた人ではなく、東京を出発して4,5日目で出会ったんですから。」
 
――この場所に行くというのは先に決めていたんですか?
 
「陸前高田に8代9代続く古いお醤油さんがあって、そこの社長(現会長)だった方がテレビニュースに出てたのをたまたま見たんです。工場は流されて、従業員も亡くなられた方がいてという厳しい状況下で「ひとりも解雇しない」と給料袋を持って映ってて。それを見て、その方を訪ねようということだけは決めて行きました。それで、訪ねたら「明日、花見やるからな」と言われ、その花見で直志さんと出会ったんです。」
 
――直志さんが好きな映画の話をする場面がとても良かったです。ご自身からああいう話をされたんですか?
 
「前作の『蟻の兵隊』では共犯関係をしっかり結んで国家の欺瞞と立ち向かうということをやりました。僕はどちらかというとそういった仕掛けて撮っていくことが割と多いんですが、今回はまったくそういう気になれなくて。この人は僕の考えることより常に先を行ってると感じたんです。なので、僕から「これを撮らせてほしい」や「あれをやってみて」なんてことは1回も言ったことなかったです。ラストカットで「直志さん、ズボンだけ穿いてくれよ」と言ったくらい(笑)。いつまでもパンツ一丁だったから(笑)。」
 
――想像を超える出会いもドキュメンタリーの面白さですかね。
 
「そうですね。あと、作る過程も好きなんです。簡単に言うと人間が好きということだと思います。今回なんて撮影半分、お手伝い半分みたいな感じで(笑)。正直言って楽しかったです。こんな魅力的な人と出会って一緒に田植えして、いろんな驚きの連続もあり、バカな話とかもして。やっぱり、僕はそういうことが好きなんだよね。」
 
――では、カメラを向けられた直志さんは?
 
「家を建てることが決まって、その後、木の伐採などが始まる。その頃から直志さんがカメラの中でイキイキしてくるんです。直志さんは、これを僕らに撮らせたかったんでしょう。こいつらは俺を被災者として撮りに来てるんではなく、きこりの俺を撮りに来てるんだと思ったから、俄然イキイキとしてきたという印象があります。直志さんって、寸分の狂いもなく墓石と墓石の間に木を倒すような、きこりとしてのすごい技を持ってる。だけど今は、重機で伐採する時代。直志さんの技術みたいなものは廃れていくんでしょう。それを残念に思っていて、映像で残したいと思ったんではないでしょうか。大木を倒した時はそのまま製材所まで運べないから山の中でチェーンソー使って切るんだけど、これがなかなかの大仕事らしく、ああいうことをやる時は「撮りに来い」と電話がかかってきました。」
 
――直志さんを撮り始めて感じたことは?
 
「これは震災映画ではないと思いました。観た感じもそうでしょ?」
 
――そうですね。
 
「震災がなければ間違いなく出会わなかった人だけど、“人として生きることの本質”みたいなものを持っているなと分かって。毎朝ご先祖様と亡くなった息子にお茶を入れる。お線香をあげる。あと、僕らが行った時にもお茶を淹れてくれたり、餅を焼いてくれたり。その所作のひとつひとつが美しいんです。」
 
――確かに、素敵でした。
 
「直志さんがこの土地にこだわるのは、普通の暮らしがある種の山岳信仰みたいな、山に向かって生きていくということなのかなと後から気付きました。最初は単に頑固で言ってるのかと思ったんだけど(笑)。」
 
――ハハハ(笑)
 
「そうではない深い意味があるんですよね。ひょっとすると直志さん自身も気付いてないかもしれないけど、僕らはちょっとづつ分かってくるんです。それがこの映画の大切なことなんだなと。直志さんは「人間、水と火と木があれば生きていける」といつも言っていました。実際、震災直後は瓦礫の中から焚き木を拾って、湯を沸かして生きてきたんです。米は津波で水に浸かってしまったけれど、備蓄米があるから米も炊けるし、そうやってあの人は生きた。暮らしのひとつひとつに生きるヒントというかアドバイスみたいなものが詰まってるんです。それを撮りたいと思いましたね。」
 
――では、この映画を撮るにあたり気をつけたことはありますか?
 
「誰も悪者にしないということですね。ドキュメンタリーというのは、敵を立てれば作りやすいんです。例えば震災を描く時に行政を悪者にするとか。だけど行政を叩いてもしょうがない。行政だってどうしたらいいのか分からないところもあるんだし。」
 
――確かにそうですね。
 
「この映画の中にも役人が訪ねて来るところがありますが、彼ら顔見知りなんですよね。最後は手を握り締めて「ごくろうさん」とか言って。またあの街にみんなで住むこともあるかもしれないでしょう? その時に悪者や敵を入れた映画が残っていては良くないと思って、そういう部分は入れないようにしました。」
 
――なるほど。この『先祖になる』というタイトルも素晴らしいですね。
 
「僕がつけたと言えばカッコイイんですが、そうではないんです。直志さんらが震災のあった年の夏ごろから「俺たちは先祖になる」と言いだして。簡単に言えばセロからのスタートということなんだけど、直志さんからすると自分が生きている間に街の再生はありえないことが分かっている。何10年もかかると。先祖伝来の山の信仰に支えられた暮らしをいとなんできたこの街の再生の礎になるということだと思います。こうやって1件1件家を建て、何10年か経ったら、また街は出来る。大昔からそうやって、この土地の人たちは生きてきたんだということ。それがおそらく“先祖になる”という言葉の意味だと思うんです。基本的には“死ぬ”ということを意味する言葉だとは思うんですが、彼らが言うと悲壮感がなくて、むしろ、楽観的で前向きに聞こえる。それが心地よくていいなと。なので早い段階で「タイトルは『先祖になる』でいきます。」と話したら、直志さんも笑ってました(笑)。」
 
――うん。いいタイトルですねぇ。でも、早い段階でタイトルを決めることで撮影の方向性に変化は出ませんでしたか?
 
「これは僕だけじゃないと思いますが、ドキュメンタリーってテーマが変性していくのも面白いところなんです。別の言い方をすると真のテーマに辿り着いていくというか。映画作りってそういう作業なんです。特にドキュメンタリーというのは。最初は、被災者の佐藤直志という人に出会うところから始まるわけだけど、そこから進めていくと人間の本質が見えてくる。そして、その先に信仰が加わってきた。というようにテーマがどんどん深化していくんです。それを厭わない。受け入れるということが僕にとっての映画作り。この人にはそういう奥行きがあったんですよ。」
 
――すごく映画的であると言えますね。
 
「そうですね、映画として描くということは意識しました。いかに普遍性を勝ち得るか。映画の普遍性とは簡単に言えば共感、難しく言えばメタファーだと僕は思うんです。いかに暗喩的なものを込められるか。そういうものをひとつひとつ編んでいく作業もあるんですが、あとは、時間の経過を見せるにはどうするかとか。例えば震災の翌日に生まれたのぞみちゃんは“命名”という文字でしかないのが、最後は歩いて出てくる。これが1年半という時間を表している。あと、俳句で言う“季語”みたいなものにもこだわりました。夏は祭り、田植えの実の入った穂や赤とんぼ、冬は白い息で季節の移ろいを描く。その季節を震災のあったこの土地ならではの彩りみたいなもので描く。その根底に今回は労働があり、労働の中に四季を感じるということを意識して撮りました。」
 
――七夕の祭りで若い衆も直志さんらについていってるのも良かったですね。
 
「若者たちに「今年は七夕の祭りをすることだけを目的にしてはいけない」と言ってました。どういう意味かというと、祭りが出来ても人が戻ってこないと意味がない。今年の祭りは将来、人が戻ってくるきっかけとなるためにやれと。「来年もやるぞ」というだけでなく、やっぱり街を再生することが祭りを続けることになるんだと、その先にある深い意味合いも若者たちは分かったんでしょうね。」
 
――直志さんらと監督の関係もさぞかし良かったんでしょうね。
 
「直志さんには「同情してくれなくていいから友達になってくれ」と言われました。うんと年上の方にそんな風に言われてちょっと照れましたがね(笑)。ある人が「そういう人と出会えること自体が作家性なんじゃないか」と嬉しいことを言ってくれて。それは本当にありがたいです。出会いを大切にして、出会いで映画を作っていく。映画というのは僕は構成をして作るものじゃないと思ってるんです。こねくり回して作るんではなく素材を信じるということが重要だと。これだけ魅力的に光ってる人がいたら、その光を僕が感じたまま届けられればいい映画になるに決まっているんです。」
 
――そうですね。あと、気になったのがチェーンソーアート(?)なんですが…。
 
「あれね、僕らはチェーンソーアートと言ってるとは思わなかったんですよね(笑)。英語字幕作ってる時に何度か繰り返し出てきて「あれ?ひょっとしてチェーンソーアートって書いてる」って(笑)。直志さんは、あの男根1本作っただけじゃなく100本くらいあるからね。山入る度にちょうどいい木を探して持って帰ってきて(笑)。」
 
――そうなんですか!
 
「でも、あれって単なるエロではなく信仰があるわけだし。あぁいった信仰は結構あるからね。あの街はすごくて17年に1回くらい御開帳というのをやるんだけど、その時はその年の新しい嫁があの男根担いで町内1周するんだよ(笑)。」
 
――すごいですね(笑)。
 
「そういう風習が残っているということなんですよね。津波というのは、人間の生命や財産を奪ったけど、それだけじゃなく伝統的な文化や習慣、地域の繋がりまで奪い去ろうとしたんだな。と、この映画を撮ってて気付きました。直志さんたちの抵抗はそちらへの「負けてたまるか」ということだった気がします。」
 
――では、最後にメッセージを。
 
「この映画を観た人が、どんな災害であっても人間の豊かな心を屈服させることは出来ないんだなと思ってくれたら嬉しいです。」
 



(2013年4月 6日更新)


Check
池谷薫 監督

Movie Data


(C)Ren Universe, Inc.

『先祖になる』

●4月6日(土)より、第七芸術劇場
●4月6日(土)~19(金)、京都シネマ
●5月4日(土)より、元町映画館
にて公開

【公式サイト】
http://senzoninaru.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161117/

Event Data

舞台挨拶決定!

【日時】4/6(土)11:20の回上映後
【会場】京都シネマ
【料金】通常料金

【登壇者(予定)】池谷薫監督

【日時】4/6(土)14:35の回上映後
【会場】第七藝術劇場
【料金】通常料金

【登壇者(予定)】池谷薫監督