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人と人、過去と未来を繋ぐ“言葉”について語る
『舟を編む』松田龍平インタビュー

 2012年の本屋大賞に輝き、現在70万部発行の三浦しをんによるベストセラー小説「舟を編む」。それを『川の底からこんにちは』『ハラがコレなんで』などの石井裕也監督が映画化した。主役の真面目すぎる編集者、馬締を演じたのは、数々の個性的な役を演じる実力者、松田龍平。今回、松田に『舟を編む』の魅力を語ってもらった。

「馬締って余裕がないから、
全く心がないか、100%心だけで発するしかない」

 
――馬締は最初は頼りなかったのに、最後には頼りがいのある編集者へと変わっていきました。どのようなイメージで馬締を演じていきましたか?
 
「台本には書いていないことは想像力で埋めていくので、撮影をしながら共演者の方たちと一緒に芝居をして作っていきましたね。例えば馬締が、タケおばあさんから人と言葉を発して向き合わなきゃ駄目だよと背中を押され、そのすぐ後にオダギリさんの腕をいきなりガシって掴むシーンがありますよね。石井監督はそれをやりたいと言ってたのですが、台本のイメージだとそこまで距離が縮められないんじゃないかなと思っていたんです。人としゃべれない人が、いきなり人の腕を掴めちゃうってことにすごい違和感があって。でも実際にそれをやってみたら、すごくしっくりきたんです。馬締って人との距離感が分からないから、自分の気持ちを伝えようとしたら、ああいう極端な行動になってしまったんだなと」
 
――松田さんは、馬締をどういう人物だと思いますか?
 
「客観性がないキャラクターですよね。普通、人って何か気持ちを伝えようと思うと、しゃべり方とか目線とかいろいろ考えるものですよね。でも馬締ってすごく余裕がないから、全く心がないか、100%心だけで言葉を発するしかない。すごく不器用な人だと思います。馬締はたくさん言葉を知ってるけど、言葉の意味を知らないんですよね。言葉って単なるモノじゃなくて、自分の感情から出てくるものだし、人とコミュニケーションするためのツールだってことがそもそも分からない。そういうのって、誰でも当たり前にわかってることじゃないですか。そういう当たり前のことが出来ないから、いつも変なやつだって思われちゃうんですよね」
 
――松田さんは、これまでアクの強い役が多い印象がありますが、今回の馬締は、ちょっと変わった人物ではありますが、おとなしい人物ですよね。演じるうえで、とらえずらかったりはしませんでしたか?
 
「はじめに台本を読んだときは、ちょっと漫画的というか、リアルにそれをやったら変になってしまうんじゃないかと感じるシーンが多かったんです。だから、現場で成立するよう違う表現の仕方を話し合いながらやりました。撮影に入る前に、石井監督が、馬締は一生懸命な人だと言ってたんです。言葉はすごく少ないけれど、その少ない中に熱さをもっていないと駄目だなと思いました。伝えたい気持ちはすごく強いのに、なかなか言葉が出てこない。でも、それが伝わったら言葉が少なくてもいいかなと思っていました」
 
――馬締は言葉少なめで、一言一言の重みを感じますね。
 
「ただ真面目すぎても駄目なんですよね。それは西岡との関係性で表現されてると思います。馬締は適当なことを言えないから、思いついたことをその場でパっと口に出せたりする生き方っていいなと思ってるんです。何か言おうとすると、いちいち辞書で調べてしまうから(笑)。西岡も、馬締が、辞書に一生を捧げますと言えてしまうことを、ダサイけど格好いいなと思っていると思うんです。2人が反発しあってるようで、お互いのことを認めて、お互いにないものを補ってるんです。それってすごくいい関係性だと思いますね」
 
――松田さんが、馬締に共感できる部分や、自分と近いなと感じる部分はありますか?
 
「結局、自分の引き出しの中から想像してるわけだから、それをあえて比べることはあまりしませんね。ただ、あえて何かあるかなと考えると、言葉でうまく気持ちを伝えられないという気持ちは分かります。やっぱり言葉って難しいじゃないですか。自分はそんなつもりじゃなかったんだけど、相手を傷つけてしまったりとか、勘違いされてしまうこともある。僕も俳優を15歳の頃からやってるんですけど、撮影現場に出てしまうと、他の共演者の方と同じ舞台ですから、そこで“経験がないです”とは言えないんですよね。その経験不足を背伸びで補おうとするんだけど、言葉が出てこなかったりすることはたくさんありました。大人の人たちの話の輪の中に参加したいんだけど、出来なかったりとか。でもそういう経験って誰にでも少しはあるんじゃないかなと思います」
 
――ちなみに、松田さんがかけられて印象に残ってる言葉ってあるのでしょうか?
 
「言葉だけが重要というわけじゃなく、やっぱりシチュエーションによって言葉の重さって違ってきますよね。言葉だけを拾ってしまうと何の意味も持たないと分かっているから、割とそこで感じたのが、いい思いなのか悪い思いなのかっていうことだけを覚えてるんです。言われた言葉だけを抜き取って、それをお守りにしてしまうと、どうしてその言葉が自分に響いたか忘れてしまう気がしていて。そういう性格なんですね。言葉って、人それぞれ意味合いが違うから、自分はこういう意味で出したのに、そう受け取ってもらえなかったりするじゃないですか。テレパシーが使えたらガンガン出すんですけどね(笑)。でも、それが出来ないから面白いんですよね」
 
「相手に自分の気持ちを伝えたい、知りたいっていう
延長線上にそれだけの言葉が生まれてきたと思うんです」
 
――宮﨑あおいさん演じる香具矢とは一目惚れからはじまりますよね。そういうのって演じるのは難しいのかなぁとも思うのですが。
 
「男って割りと一目惚れしやすいと思いますよ。パっと見て心奪われる感じっていうのは、普通にあるから、たいして説明はいらないのかなって思います。後はやっぱり相手が宮﨑あおいさんだから、一目惚れの説得力はありますよね。あんな綺麗な板前さんがいたら、やっぱり一目惚れしますよ(笑)」
 
――2人は結婚しますが、この夫婦関係が理想的なんですよね。お互いの道を進みながら、お互いに言葉に出して感謝を伝えるという。
 
「男女の描き方として、心で繋がってるということを描けたらいいんじゃないかと思っていました。だからキスシーンとか、あんまり男と女を感じさせる描写がないんです。男女の淡々とした生活の中で、お互いの気持ちを汲み取っていってますよね」
 
――香具矢とのシーンはいかがでしたか?
 
「馬締は前半、常に香具矢に対して余裕がない状態だったので、結構つらかったですね(笑)。常にギリギリなので、あまり自分自身に対して俯瞰で見れてないんです。完成したのを観るまで、あのシーンはどんな顔してたんだろうって、客観的にはなれない自分がいました。完成した映画を観て、“あ、こんな顔してたんだな”と思ったりして」
 
――馬締としてだけでなく、松田さんも余裕がない状態だったんですね。
 
「そうですね。突発的なのはやっぱり難しいですよね。びっくりすることって、人間の生理現象なんですけど、それを芝居でやるのは、なかなか難しいんです。馬締は人と会話してるときは常に驚きの連続だから、驚いた状態のまま話したりと、大変でしたね」
 
――完成した映画を初めて観たときの印象を聞かせてください。
 
「いろんなものが散りばめられてると思いました。映画って人生が盛り上がってるところをピックアップするものが多いと思うんですけど、『舟を編む』はそういう意味ではすごく淡々としているんですよね。当たり前に過ぎていく日常の中に、実は幸せってたくさん落ちてるんじゃないかと思うんです。今、インターネットですぐに言葉を調べることが出来る世の中だけど、あえて紙の辞書をめくるという、ちょっとした遠回りが面白いですよね。そういう映画ってなかなかないと思うんです。実際の人生は、アクション映画のようなことが連発するわけではないですよね。馬締は、ほとんど家と会社のシーンばっかりなので、そういう生活をしてる人にはすごく共感してもらえるんじゃないかなって思います。仕事して家に帰って、寝て、起きて、そしてまた仕事に行く。そうやって当たり前に過ぎていく日常の中の言葉とか、そういうところから幸せを汲み取ることが大切なんじゃないかなと思いますね」
 
――この映画を観ると“言葉”に対する見え方が代わってきます。言葉とは、人と人という横の繋がりを繋ぐものであり、過去や現在のものを未来に残す縦を繋ぐものなんだと、改めてその大切さに気づくことができました。松田さんがこの映画を通して、言葉というものに対して思ったことはありましたか?
 
「言葉は歴史を繋いでますよね。すごい昔からあって、今の時代まで残ってるものもある。反対に、形を変えてなくなっていくものもある。今回の辞書で編纂したのは24万語でしたけど、世の中にはもっと言葉がありますよね。でもそもそもどうしてそんなに言葉が必要なのかなって考えると、相手に自分の気持ちを伝えたいとか、相手の気持ちを知りたいという延長線上に、それだけの言葉が生まれてきたと思うんです。そう思うと、人ってすごく希望があるというか、前を向いてるんだと思いましたね」
 
――確かに、そういう考え方をすると言葉に対する印象も変わりますね。
 
「イエスとノーだけで、会話って割と成立するじゃないですか。そう思わない、そう思う、というだけで。だけど、そこでなんとなくそう思うっていう、ちょっと濁らす文化が日本にはありますよね。ノーなんだけど、限りなくイエスに近いというか。でもそれってそういう自分を知ってほしいという気持ちの表れだと思うと、人に対して全てがすごく愛らしく感じるんです。それはメールもそうです。今、会話のツールとしてメールがすごく当たり前になってますよね。そこで、普通に日本語で綺麗に書くだけだと冷たいなと感じたときに、顔文字をいれたり、カタカナを平仮名にしてみたりするじゃないですか。そうやって知らず知らずのうちに自分を表現してるんですよね。そう思うと、みんなちゃんと繋がろうとしてるんじゃないかと思うんです」
 
(Photo:奥村達也)



(2013年4月 8日更新)


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Movie Data




(C)2013「舟を編む」製作委員会

『舟を編む』

●4月13日(土)より、
大阪ステーションシティシネマほかにて公開

【公式サイト】
http://fune-amu.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/160627/