「ドロシーのライフ・ゴーズ・オン(人生は続く)みたいな感じでね。
ドロシーは元気に生きていくのかなとみなさんに想像してほしい。」
『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』
佐々木芽生(ささきめぐみ)監督インタビュー
2010年に日本で公開され異例のロングランヒットを記録したドキュメンタリー『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続編『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』が3月30日(土)より、なんばパークスシネマほかにて公開。佐々木芽生監督が、ニューヨーク在住のアートコレクター、ハーバート・ヴォーゲルとドロシー・ヴォーゲルの夫妻に再びカメラを向ける。今回、夫妻は全米50か所の美術館にそれぞれ50作品ずつ寄贈することを決意。その一大プロジェクトの全貌を追う。また、本作はクラウドファンディングというインターネットを使って宣伝などの資金調達を実施し、日本最高記録の1400万円を集めたことでも話題となった。そこで佐々木芽生監督に映画の話やクラウドファンディングについての話を訊いた。
――これは前作の話になると思いますが、ふたり(ハーブとドロシー)は最初から撮影に協力的だったんですか?
「そうですね。ただ、最初は見せてくれる部分が限られていたんです。自分たちが撮ってほしいところだけ扉を開いてくれたというか。なので映画にするためには結構時間がかかりました。」
――どれくらいの期間かかったんですか?
「1作目で4年、2作目も4年、もう8年以上の付き合いですね。」
――前作は世界的な大ヒットとなりましたね。反響はどうでしたか?
「どちらかというとアートよりも、ふたりの生き方や夫婦愛に興味を持たれた方が多かったみたいですね。職業、社会的地位に関係なく、自分が好きで情熱を向けられるものをみつけて追求していったというふたりの生き方、姿勢に感動したんだと思います。そして、あのふたりがユニークなのはコレクションを一切売らなかったというところですよね。」
――そういった(コレクションを売るという)発想がないという感じでしたか?
「お金に関して潔癖というか。この映画にしても色々な会場で質疑応答みたいな場が設けられて参加することがあるんですが、そういう場で呼んでくださった方とギャラの話になっても「わたしはお金はいらない。でも、芽生は自分のお金で撮った映画だし、お金に困っているから、彼女にはギャラを払ってください。」というようなことをいつも言ってました(笑)。自分たちの生活は切り詰めてましたけど、わたしとご飯に行く時なんかはいつも彼らが払ってくれたんですよ。」
――すごいですよね。では、続編を撮ろうと思ったきっかけを教えていただけますか?
「1作目を撮り終えたのが2008年の6月頃で、半年後の同年12月頃から2作目を撮り始めたので、実は1作目の公開前に撮り始めてたんです。なので2匹目のどじょうを狙ってるんじゃないかと思う方もおられるかもしれませんが、そういうわけではないんですよ(笑)。」
――ははは(笑)!
「その2008年の12月というのは、1番最初のふたりのコレクションの展覧会があった時で、ふたりが参加するというので、わたしも記録しておこうと思いついて行きました。その時は軽い気持ちで同行したんですが、初めてちゃんと展覧会としてふたりのコレクションを観て、わたしは今まで作品のことを全然理解出来てなかったんじゃないかという気持ちになったんです。それで、このふたりのコレクションをもっとちゃんと観てみたいという思いで撮り始めました。」
――美術館で観るとやはり違いましたか。
「作品はひとつひとつ額に入り、綺麗な壁に展示されて、照明がしっかりあたって、学芸員の方がついて“ヴォーゲルコレクション展”なので1点ではなく50点まとめて観られたのは素晴らしかったですね。」
――極端な話、子どもが書いた絵が教室に貼られただけでも違いますもんね。極端すぎますが。
「そうですね。そういうことだと思います。美術館で見せるというのはその作品が1番いい形で見えるように正装されてるというか。その為に学芸員がいるわけですもんね。美術館に並べられただけで作品の持つ力が全然変わってくると思います。」
――コンテンポラリーアートというのは色々な見方が出来る半面、難しいと思われがちですが監督はどのように捉えておられますか?
「わたしは、アートというのは“考えなくてもいい”と思っているんです。本作の中でガイドさんのひとりが言ってるんですが「アートには間違った答えはない」と。ひとりひとり見方が違えば感じ方も違う。それがすべて正解であり、好きでもいいし嫌いでもいい。子どもたちの反応のように、ただ心をオープンにして見ればいいのかなと思っています。」
――そうですよね。映画の終盤でハーブは亡くなってしまうわけですが、それで映画の方向性が変わった部分はありましたか?
「この映画はアートの寄贈プロジェクトを中心に、1作目よりアートそのものに近づいた作品にしたかったので、ハーブがどんどん弱っていく様や亡くなるところは必要ないと思っていたんです。別に愛する人の死を迎えて~というようなテーマの作品にするつもりはないので。それに彼が亡くなってもそんなに変わらないかなと思って撮っていたんです。ハーブが亡くなったという事実は映画の中で言わなくてはいけないけど、最後にテロップを入れるとかで終わってもいいと思ってたんです。でもいざ亡くなってみると、ドロシーがコレクションの終了宣言をしたりだとか、実はハーブはこの寄贈計画に反対だったとか、彼が生きている間には想像していなかった事態が起きたんです。なので、作りを全部洗いなおす必要がありましたね。」
――ハーブが亡くなった後のドロシーは?
「ふたりはちょうど結婚してちょうど50年だったんですが、ハーブが亡くなった時に彼女が「自分が誰だったか思い出せない」と言ったんです。やっぱりふたりでひとりのような生活をしてきたので、そのパートナーが亡くなった時に自分はこれからどうやって生きていけばいいのかと必死に取り戻そうとしていたと思うんです。ハーブが亡くなったということは悲しいことですが悲しみだけではなく、最後に希望を持ってドロシーのライフ・ゴーズ・オン(人生は続く)みたいな感じでね。ドロシーは元気に生きていくのかなとみなさんに想像してほしいんです。」
――ドロシーはもうコレクションをやめたんですよね。
「もういいんじゃないですかね、50年つき合わされたので(笑)。なんだかんだ言ってもハーブがやりたいことにドロシーが付き合ってたという感じだったんですよね。実はドロシーは動物もそんなに好きじゃないんです。ハーブが亡くなって真っ先に亀はどこかに引き取りに来てもらってましたからね(笑)。餌が気持ち悪いらしいんですよ。「触るのも嫌だ」とか言ってました(笑)。」
――ドロシーはお元気そうで何よりですね。
「「とにかく部屋をかたづけたい!」と言ってたので、彼女に断捨離の本を買ってあげたんですよ。その本っていうのが風水的な内容で、部屋の中の使わなくなったものをためると運も悪くなり体にも悪いみたいなことが書いてあるんですけど、その本に影響されちゃったのか、かたづけ魔みたいになりました(笑)。」
――部屋を片付けた最後に印象的な絵が出てきますね。
「コレクション全部が無くなった部屋を撮りに行ったらハーブが書いたあの絵が出てきたんですって。ハーブもアーティストでしたから。でも、いつ頃に書いた作品かも全然分からないんですよ。ハーブ本人も亡くなり、コレクションも全部が消えた時にひとつ出てきたのがハーブが描いたドロシーの絵だった。」
――なんともドラマティックですね。原題『50x50(フィフティ・フィフティ)』から『ふたりからの贈りもの』としたのは?
「もちろんアートの贈りものということもあるんですけど、ふたりの生き方とか幸せとは何? そういうことを教えられたという意味での贈りものでもありますね。」
★クラウドファンディングについて★
――成功の要因はどこにあると思いますか?
「今回すごく運が良かったのは、これが続編であり、前作をたくさんの方に観ていただいていたのが大きいと思います。やっぱり2作目も観たいと言ってくださる声が強かったようです。それと、このふたりの人柄。あとは、バックボーンになるような大きな映画会社とかから資金的な支援を受けているわけではないので、ひとりでやってるわたしを応援しましょうとみなさんが思ってくださったのかなと思います。」
――クラウドファンディングの成功のために努力したことがあれば教えてください。
「まず、ひとつ大きいのは1作目の上映料を無料にして全国に呼びかけたことですかね。普通は上映料を取るんですが、わたしたちは一銭ももらわず、どなたでもいいので、カフェでも美術館でも会社のオフィスでもいいので上映会を開いてくださいと呼びかけました。それとニューヨークに住んで25年目になるんですけど、わたしが何度も日本に来てトークイベントを開いたりして呼びかけたこと。あとは、クラウドファンディングの中で1番最高額の100万円のパッケージがあるんですが、それは札幌のわたしの同窓生が中心になって『ハーブ&ドロシー』の応援基金を立ち上げてくださって、ひとりが100万円払ったわけではなく、その応援基金を通じて200人以上の方から集めてくださったんです。というサブ・クラウドファンディングみたいな(笑)こともあったのですごく助かりましたね。その次に高額な50万円のパッケージは、クリストから作品を寄贈してもらったのですぐにSOLD OUTになりました。そのほかにも、いくつかのソーシャルメディアで呼びかけたり。まだ日本ではインターネットを使ってお金を払うこに抵抗があると聞きましたので、郵便局や銀行でもこのために口座を開いて振込みでもいいんですよと打ち出していきました。今思うと本当に大変でした。」
(2013年3月30日更新)
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