「今まで即興でしかやったことがなかったんで、
普通に映画を撮るということが、新しい挑戦でした」
『さまよう獣』内田伸輝監督インタビュー
自主映画『ふゆの獣』で注目を集めた新鋭・内田伸輝が手がけた新作『さまよう獣』が、大阪、九条のシネ・ヌーヴォにて上映中。都会から田舎の村に流れてきたキヨミ(山崎真実)は、老女キヌ(森康子)の家でやっかいになることに。キヨミはどう振舞っていいのかわからないまま日々を過ごすが、キヌが孫同然に扱っているマサル(波岡一喜)、トマトを栽培しているタツヤ(渋川清彦)、牛の世話をしているシンジ(山岸門人)ら男たちはキヨミの魅力に翻弄され……。田舎の村を舞台に、その気もないのに男たちを何故か喜ばせてしまう女と、彼女の魅力に翻弄されて調子にのっては動揺しまくる男達の姿を描き出す。 そんな本作を手がけた内田伸輝監督に話を訊いた。
――『ふゆの獣』で脚光を浴び、次の『おだやかな日常』も話題となりましたね。そして今回の『さまよう獣』が商業デビュー作ということになるんでしょうか?
「前作の『おだやかな日常』は、ぼくが企画を出して撮り、『さまよう獣』は、オファーをいただいて撮ったという形です。商業デビューというのか分からないんですが『ふゆの獣』までは完全な自主映画で、ぼくがプロットだけを書いて即興で演技してもらい撮影していました。本作は脚本をプロデューサーなどに見せながらひとつひとつ段階を踏んで、どのように物語を進めていくかを教えていただいた感じです。明確にモノを作っていく過程で誰かと一緒に構築していくというのは初めてでしたので、脚本は何度も書き直しましたし、本当に苦労しました。」
――即興を止めた理由はあるんですか?
「『ふゆの獣』は脚本なしのプロットのみ、『おだやかな日常』は脚本は書いたけど、それを現場で即興で撮影するというスタイル。要するに今まで即興でしかやったことがなかったんです。それで、『おだやかな日常』が終わった後、基本の映画製作も学ばないといけない、それを経験しないと先へ進めないなと思っていました。普通に映画を撮るということが、ぼくにとっては新しい挑戦でしたし、ここで一度きっちり撮り、そこで自分自身を再評価してみて、次どう撮るかを考えようと思ったんです。なので、この作品だからというような理由はなく、段階としてこの作品では即興をやめてみようと思ったんです。」
――第三者の目を通し、基本の撮影をすることでどんなメリットがありましたか?
「脚本に関しては、自分が思っている以上に他の人には伝わらないというのがよく分かりました。物語の階段の登り方と申しますか、ひとつひとつの箱を開けていくようなやり方をテクニックと言うんですかね。成功してるしてないは別にして、そういったテクニックを学んだという実感はあります。撮影に関しては、即興の場合、動きが自然になり感情が激しくなるというメリットがあったんですが、基本の撮影では、カット割りを決め、キャラクターをどう演じるのか、どのように喋るのかを細かく観察することで、ぼく自身が思うキャラクターに近づけることが出来、それが明確化していったのかなと思います。」
――『さまよう獣』はオリジナルの脚本なんですよね? どういったところから、この話は生まれたんでしょうか?
「まず、女性を主人公にした物語を作って欲しいという依頼があったんですが、3.11の震災以降、ぼく自身が単純に恋愛モノを描くことが出来なくなってしまっていました。震災以前の映画を観ると日常や生活の風景が退屈の象徴として描かれていたケースが多かったように思うんですが、震災を経て退屈ではなく大切なものになっているんではないのかなと感じていました。映画の中で日常を描くことで、それは大切なものなんだというメッセージをこの作品に入れたかったというのはあります。」
――その大切な日常はこの映画にもたくさん出てきますが、具体的に言うと?
「何らかのことに脅威があっても、結局はご飯を食べないと生きていけない。人間をもちろん動物は食べなきゃ生きていけない。本作は食べるという行為をとても意識して作りました。それは、ご飯をキレイに映すということではなく、食“欲”にこだわりましたね。」
――欲といえば、この映画はもうひとつの“欲”も描かれていますね。主演のキヨミを演じる山崎真実さん色っぽかったですね。
「ぼくはどちらかと言うと色気よりもどう人間として生きているかに重心を置いているので、観て色っぽいなと感じるということは彼女自身が発信しているものになると思います。でも、普段の彼女は関西弁でサバサバしていて、この役柄とは違う感じなんですよ。」
――山崎さんには、キヨミはどういった女性であると演出されたんですか?
「何か影がある女性ということを意識して動いてもらいました。いろいろな男性に対して八方美人で対する男性によって性格が変わったように見えるということを、自然とやってしまう。たぶん都内に住んでいた頃はそういった生活をしていて、その状況に慣れてしまっている。それが嫌で田舎に逃げ出して来たのに、男性たちに八方美人になってしまうという状況を、いかにナチュラルに見せるか。なんとなくキャラ変わってない? という感じを印象づけさせるような努力をしてもらいました。」
――キヨミのように恋愛依存してしまう女性にはモデルがいるのですか?
「話を遡ると『ふゆの獣』は、当時、同じ会社に勤めていた女性から恋愛についての相談を受けていて聞いた話が盛り込まれています。男性からの言葉での暴力がある中で女性が逆らえないでいる、そういったいわゆる共依存の関係を映画にしたいなと思ったんです。それで、本作に関しては、そこから抜け出したい、抜け出さないといけないと思い行動に移した女性を主人公にしました。誰かがモデルになったというわけではなく、モデルになったと言えば『ふゆの獣』がモデルになったという感じですかね(笑)。お風呂の水滴のシーンでは、落ちそうで落ちない感じの水滴で主人公の心情を表しました。」
――監督自身がああいった女性に弱いというわけではないんですか?
「渋川(清彦)さん演じるタツヤに「タツヤくんと一緒にいると元気になる」と言い、山岸(門人)さん演じるシンジに「シンジさんといると気持ちが安らぐ」と言う。自分で脚本を書きながらこんな女嫌だなと思ってました(笑)。でも、こういうの実際聞いたことあるなぁと思って。そういうのに騙されないぞと思ってました(笑)。僕自身は、こういう女性は苦手ですし、浮き足は立たない方です(笑)。」
――ハハハ(笑)。本作は笑えるシーンもたくさんありますよね。追いかけ合うシーンとか。
「実は、あのシーン音楽が面白くてですね。音楽ひとつでまさかの青春映画になるとは思わなかったので、ぼく自身も驚きましたし嬉しかったですね。音楽家の方が当てはめた時に大爆笑してしまって。映画って共同で作るモノなのでそれが発揮されたところだと思います。予想してたのとは違ういい方向に進んだので。」
――作品の内容もそうですが、人と人の繋がりって不思議ですね。
「人とのコミュニケーションが、人を描きたいというのに繋がったと思います。ぼくが20代の頃ってまだネットもそんなに普及してませんでしたし、携帯電話もまだまだの時代。コミュニケーションって人と会って話すことがメインでしたよね。でも、今はツイッターやフェイスブックなど、文字で相手とコミュニケーションをとる時代。そこから生まれてくるぶつかり合いや意見の食い違いは見ていて辛いし、嫌だと思う。人と会って話すことが何よりも重要なんじゃないかと。いろんな人と話し、みんな同じように生活する人間であるということをこれからも描いていきたいと思います。」
(2013年2月12日更新)
Check
内田伸輝 監督…1972年埼玉県生まれ。画家を目指し油絵を学んでいたが、高校時代に観た黒澤明監督の『羅生門』で映画に目覚め、絵筆をカメラに持ち替え独自の世界観を映像で表現し始める。主な作品は、『えてがみ』(2002)、『かざあな』(2007)の2作品共PFFにて審査員特別賞受賞、『ふゆの獣』(2011)東京フィルメックス最優秀作品賞受賞。『おだやかな日常』の京阪神での上映は終了したが、好評につき宝塚のシネ・ピピアにて3月9日(土)より公開する。
Movie Data
(C)2012「さまよう獣」Partners
『さまよう獣』
●シネ・ヌーヴォにて上映中
●2月23日(土)~3月1日(金)まで、
神戸アートビレッジセンターにて公開
【公式サイト】
http://www.makotoyacoltd.jp/lovebombs/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161053/