先に公開された東京でのぴあ満足度ランキングのトップ3に!
近年のクリント・イーストウッド作品を思わす(!?)
漁師を主軸に捉えたドキュメンタリー
水道橋博士が絶賛していることでも注目の『長良川ド根性』
阿武野勝彦プロデューサー・共同監督
&片本武志共同監督インタビュー
『平成ジレンマ』『青空どろぼう』『死刑弁護人』等、良質なドキュメンタリー映画を生みだし注目される東海テレビ放送の新作映画『長良川ド根性』が、第七藝術劇場にて上映中。鵜飼で知られる清流、長良川の河口にそびえ立つ人工物“長良川河口堰”にまつわる社会派ドキュメンタリーだ。多くの反対があったにも関わらず、建設を推進したはずの愛知県と名古屋市が開門調査と堰の不要論を唱え始めた。そんな身勝手さに翻弄され続けている、長良川の恩恵と共に生きる漁師たちの姿を通して、自然と人間のあり方を問う。そこで、本作のプロデューサーであり共同監督も務める阿武野勝彦氏と、同じく共同監督の片本武志氏にインタビューを行った。
――題材として、長良川について描こうという構想はいつごろからあったんですか?
阿武野勝彦(以下、阿武野):河口堰が出来て16年というタイミングで、河口堰のその後がどうなってるか取材してみたらどう? というサジェスチョンをもらってです。三重と岐阜と愛知の境目に長良川河口堰はあり、自治体で言うと三重県なんですが、一番流れてる川の長さが長いのが岐阜で、東海テレビでは岐阜支局が担当していました。1990年頃、僕はそこ在籍していたんですが、当時は、日々起きる出来事を懸命に追いかけていただけで、長良川河口堰の賛成反対について、あまり熱く取材したというわけではないんです。
――ということは、昔からというわけはないんですね。
阿武野:『平成ジレンマ』では戸塚ヨットスクールのその後、『青空どろぼう』では四日市公害のその後を追いました。そういった過去の地域の出来事をもう一度捕らえなおしてみると、様々な視点や問題が見えてくることは分かっていました。そんな折に片本が3年間の北京特派員から帰ってきて。狩猟型のニュースに対して農耕型のドキュメンタリーの両方を経験するとすごく強い記者になると思い「長良川河口堰やってみる? 嫌だったらいいよ。」と声を掛けました。
――その段階から映画化を念頭においていたんですか?
阿武野:それはないんです。いつもテレビの作品として撮り始めます。私たちの取材の方法というのは専従班を作ってディレクターがひとり、カメラマンひとり、音声というかカメラ助手もひとりという形で、それが半年から1年というスパンで、ほぼ、それだけを追うという形をとっています。この作品についても40分テープで400本くらいのVTRがあって、第一項で1時間半くらいにしたものを見た瞬間に、これは映画バージョンも作ってきちんと全国で映画館で観て貰いたいと思ったんです。
――半年から1年かけて1本作るというのはすごいですね。阿武野さんが今まで数々の質の高いドキュメンタリー作品を手がけてきたから出来た環境ですかね。
片本武志(以下、片本):そういう環境は本当に恵まれていると思います。
阿武野:よくぞ言ってくれました(笑)。
――テレビを撮りながら映画も同時に撮ってるということですよね。
阿武野:しくみをお話すると、テレビ版を作る予算で映画版を作ってて、ぶっちゃけて言うとタダなわけです。第一項を作った段階で決めるわけですからほぼ撮りきっていて、400本も回っていれば捨てる素材のほうが多いわけですから。そうすると映画にした時は配給宣伝費をかけるだけでみなさんに観ていただけるという構図が立ち上がったので、これはええんちゃうか(笑)と。
――では、ニュースとドキュメンタリーで伝え方の違いや意義の違いはどう捕らえてらっしゃいますか?
阿武野:多様な視点をみなさんに開示したいというのがわたしたちの仕事だと思っています。それはニュースでは難しく、その日起こったことを画一化した情報で流しがちで。どんな題材でも時間軸を変えてもう一度捉えなおすと色んなものが見えてくる。それをじっくり追っていくのがドキュメンタリーなのかもしれないなと思っています。
――片本さんは阿武野さんから話をもらってどんな取り組みをされたんですか?
片本:学生の頃に反対運動が起きてることぐらいは知っていましたが、それは本当に知っていたというだけで、どういう役割で何のためにあるのかもよく分からない状態でした。お話をいただいた時は、どういう切り口で誰を取材するのかのイメージも沸きませんでしたので、正直、戸惑いました。最初の1ヶ月はどこを掘り下げればいいのか彷徨っていて。長良川だけで言っても上流に10以上の漁協がありますし、下流、中流、上流で捕ってる魚も違えば考えも違う。ですので、まず上流から下流までのすべての漁師と会ったりだとか、当時反対運動をしていた方たちなど、とにかく人に会って、どういう形にしよう、どこを掘り下げようと模索しました。赤須加漁協の秋田組合長の考え方や生き方も取材対象のひとりとして取材を始めたんです。
――すぐ秋田組合長を軸に話を進めていくと決めたんですか?
阿武野:狙いすまして秋田組合長で行こうとは誰も言ってないんです。一番最後に河口堰検討委員会で静かな怒りをグッと表現されるシーンがありますけども、この作品はその彼の言っている言葉が観客のお腹の中にきちんと落ちるようなものになればいいと思いました。それが、自然と秋田さんの物語になっていったんです。素材はたくさんありますが、それをどのように一本の作品にしていくかは紆余曲折します。秋田さんは少なくとも取材に対してウェルカムではなかったので、秋田さんのインタビューがたくさん撮れてるわけではなかったので、秋田さんを主人公に描くのは、かなり際どいラインでした。でも、秋田さん以外ないだろうと。そういう判断ですね。最後の秋田さんの言葉、胸を掴まれますよね。
――秋田さんの姿は、クリント・イーストウッドが映画化しそうな男らしさがあってドラマティックな印象を受けました。
阿武野:このシーンが観ている人のお腹に落ちなかったら何も意味が無いだろう。このシーンさえ分かってもらえれば、解釈出来ればそれでいいんです。
――では、編集はラストシーンを見せるために組み立てていったということですか?
阿武野:結局そういうイメージですよね。
片本:秋田組合長は、なかなか取材をさせてもらえなくて、普通の会話の中でさりげなく撮るということの繰り返しでした。素材は他に取材した方に比べて圧倒的に少なかったです。気持ちとしては秋田組合長を主役にしたいんだけど、ちょっとそこまでの素材がなくて、わたしの中では下流と中流の漁師が約1対1になる編集と原稿を作ったんですけど、それを阿武野が観た時に「これはやっぱり秋田組合長だ」と。なかなか編集に入っても、どうしたらいいのか迷ってましたね。
阿武野:秋田組合長の威圧感がおそらく半端じゃないんだよね。
片本:そうですね。特に最初は。
阿武野:僕も「実は秋田組合長の取材をしたことがある」という漁業関係の新聞の記者さんに先日偶然会って話を聞いたんですよ。その人の言うには、秋田組合長の話を聞きながらメモをとってたら「メモなんか取るんじゃねぇ。」と言って、船をぐっと曲げて「等身大の記事を書きゃあいいんだよ。心の中に入ったものだけ書け。」というようなことを言われたらしいんです。
――かっこいい…。もう、クリント・イーストウッドか高倉健ですね。
阿武野:それが若い頃に言われた言葉で自分の記者生活はそこが出発点になりましたと言ってましたが、こういうエピソードを聞くと片本も苦労しただろうなぁと思いましたね。
――苦労の甲斐もあって(笑)この映画は先に公開された東京で調査したぴあの満足度ランキングのトップ3に入っていましたね。
阿武野:映画の関係者の方にも今までの作品の中で1番人間が描かれていると言ってくださる方が結構いらっしゃいました。おとなしめの作品のほうが意外と得意なんですが、やっぱり“戸塚”“死刑弁護人”なんかの方が注目されやすいんですけどよね。
――インパクトがありますものね。
阿武野:でも、そこを一番大事にしていくとセンセーショナリズムに走ってしまうことになるので『青空どろぼう』という作品を入れたり、本作を入れたりすることによって言ってみれば両輪という形を取ってはいるんです。
――この作品は、高度経済成長時代の日本の自然を破壊して出来たものが今どういう状態なの? というところなど“原発”に絡めて語る方も多そうですが、そういう流れをどうお思いですか?
片本:そもそもこのテーマで行こうと決めた時は震災前ですから、原発の問題も起きる前ですし、あえて意図的に隠れたメッセージがあるというわけではありません。
阿武野:ただ構図が同じなんですよね。『青空どろぼう』の四日市も。あれも震災前の映画ですが“原発が透けて見えます”と言われるようになって評価すら変わりました。わたしたちは原発問題に関係なく、真っ当に取材をして、構図を描いてきただけで実は普遍的な意味合いを持ってたものが原発と言う、目の前のものによって視点が開かれて「これと一緒だね」と気がついたということに過ぎない。我々はずっとこの構図の中にいるんだよ。突然起こったことじゃないよということに気づいてくれれば、その方がいいんじゃないかなと思いますね。
――それは、この映画でものすごくよく分かりました。しかし、報道という立場は公平に見なければいけないところがありますよね?
阿武野:わたしは表現だと思っているんです。公のメディアを使って言うんだから公平性に注意しなさいというのは、入社したときから叩き込まれてきたことですが、それでも尚且つ表現したいと思ったものはなんだともう一回自分に聞きなおして、これは偏ってるかと言ったらこれは偏ってる。だけど、これは表現すべき偏りであると思ったときには何の迷いも無く出す。その考え方おかしいよと言われた場合にはわたしはこういう風に考えたんだという話を出来るようにしておくということはしてますね。だから、最後は真ん中にしとけばいいという考えにはならないですね。
――今回もそうですが、東海テレビのドキュメンタリーの質の高さはいつも評判になっていますね。作り続けていく上でのポリシーみたいなものはありますか?
阿武野:長い時間かけて、丁寧に取材をして、丁寧に編集をして、「あ、これは!」と思うものは映画に出していくということですかね。
(2013年1月27日更新)
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左:片本武志 共同監督 右:阿武野勝彦 プロデューサー・共同監督