ホーム > インタビュー&レポート > 闇に葬られようとしていた“もうひとつのビキニ事件”の真実に 光を当てる渾身のドキュメンタリー 『放射線を浴びたX年後』伊東英朗監督インタビュー
1954年に行われたビキニ環礁沖水爆実験と、あまりにも有名な第五福龍丸事件。その裏で忘れ去られてしまった“被ばく”の事実を明らかにしていくドキュメンタリー『放射線を浴びたX年後』が、11月23日(金)までシアターセブンにて、その後11月24日(土)~12月7日(金)まで京都みなみ会館にて公開される。高知県の港町で地道に調査を続ける人たちと、その足跡を辿るローカル放送局、南海放送のTVマンが約8年もの歳月をかけて、闇に葬られようとしていた真実に光を当てていく。本作の公開にあたり、伊東英朗監督が来阪した。
1954年のビキニ環礁水爆実験により多くの漁船が被ばくしたが、第五福龍丸以外の事実はほとんど語られていない。しかし、南海放送のTVマンであり、本作の監督である伊東英朗監督が、高知県で地道に調査を続ける教師や生徒たちに出会ったことを機に取材を敢行。そこには驚くほど深刻な放射能汚染の事実があった…。まずは、このドキュメンタリーを制作するきっかけについて聞いてみるとー
伊東英朗監督(以下、伊東):戦争や被爆をテーマに番組を作りたいと思って色々検索しているうちに、インターネットで山下正寿先生たちの活動を知ったことがきっかけです。第五福龍丸以外にもこんなに被ばくした船があって、被ばくした方がいらっしゃったことにびっくりしましたし、自分が知らなかったことに本当に驚きました。実際に、(南海放送のある)愛媛にもたくさん被ばく者の方はいらっしゃいますが、日本全国の港に行けば、おそらく大阪にも、被ばく者の方はいらっしゃると思います。山下先生が高知にいらっしゃったことと、わかっている範囲の中で1/3の船が高知船籍の船だったこと、高地に被ばく者の方がたくさんいらっしゃったことから高知で撮影することになったんです。
「こんなにたくさんの被ばく者がいる現実を知ってびっくりした」と語る監督だが、第五福龍丸以外に被ばくした船があったという事実を、このドキュメンタリーで初めて知る方がほとんどではないだろうか。監督自身も事実を知った後に、改めて調べてみたそうだがー
伊東:本当に、このことを知った時は驚きました。でも、よくよく考えると第五福龍丸だけが、ビキニ環礁に行っていたわけがないんですよね。それなのに、第五福龍丸だけの事件として扱われていることが不思議なんです。当時の新聞を見ると、たくさんの船が被ばくマグロを水揚げしたことは大きく報道されているんです。放射線の検査をしていたのは、1954年の3月から12月までなんですが、その間はずっと報道されていました。その後も何年間かはお茶や牛乳、雨からも放射線が出たというように報道されているにも関わらず、人々の記憶からは何故か消えているんですよね。
さらには、ビキニ環礁で行われた水爆実験の後に広がった放射能の被害についても調べてみるとー
伊東:一応、アメリカはビキニ環礁に危険区域を設定して水爆実験を行っているんです。でも、いざやってみると、とんでもない爆発が起こってしまったそうなんです。それからは危険区域を広げて実験を行っているのですが、映画の中でも描いているように放射能の広がり方を見てもらうと、アメリカ全土とアジア全体、日本全土を網羅するぐらい放射能が広がってしまっているんです。でも、それは予測できなかったのではなく、放射能を測るためのモニタリングポストを既に色んな場所に置いていたことが重要なんです。日本では5ヶ所に置かれていて、そのうちの2ヶ所が長崎と広島なんですよ。でも、アメリカ本土も爆心地に近いぐらいの被ばくをしているにも関わらず、そのことは国民には知らされていないんです。そう考えると、アメリカ国民も被ばくしていますし、被害者ですよね。
そのように、事実を淡々と語る監督だが、我々が、第五福龍丸以外の船も被ばくしていたという事実を映す本作を見て痛切に感じるのは、“無知”の恐ろしさだ。
伊東:第五福龍丸以外の船が被ばくしていたことも、日本全土が被ばくしていたことも、被ばくしたマグロが水揚げされていたことも、知っている人はほとんどいないと思うんです。無知というよりも、知らされてないんですよね。だから僕は、福島でも同じことが起こるんじゃないかと心配なんです。被ばくした魚が水揚げされていても、政府が安全宣言を出していれば、国民は大丈夫なんだろうと思いたいから思うだろうし、日本近海の魚も被ばくしていたとしても、日本近海の魚全てが食べられなくなるというのは、大変なことですよね。それに、魚が獲れなくなると漁師さんの生活も立ち行かなくなるから、そこで利害関係がマッチしてしまうんです。そうすると誰も何も言えなくなってしまう。当時もきっとそういうことが起こっていたんじゃないかと思うんです。そう考えると福島でも、結局放射能の影響って何もなかったんだと言いながら、10年、20年が過ぎて何かしら影響が出てきても、直接的な因果関係は調べられないから、(今回のように)58年後に、福島で事故があったことを知らない人ばかりになってしまうことが、僕は本当に心配だし、怖いんです。
そして監督は、本作を作るうえで調べれば調べるほど、放射能についての疑問が募ったそうだ。しかし、監督は本作で放射能の恐ろしさを訴えたいわけではないようでー
伊東:水爆実験や原爆が落とされてから60年以上も経って、こんなにも科学が発達しているにも関わらず、放射能の本当の恐ろしさについて解明されていないことに疑問を感じますよね。きっと、もし放射能の被害についての裏付けができれば、世界中で訴訟が起こると思うんです。結局は、放射能そのものをコントロールすることが非常に難しいんだと思うんです。でも僕はこの映画については、事実を伝えたいという思いで作ったのであって、広島や長崎に原爆が落とされたことと同じような、当たり前の知識として、第五福龍丸以外の船が被ばくしていたことを知ってもらいたいんです。イデオロギーとは関係なく、事実を事実として知ってもらったうえで、観てくださった方が原発について考えてくださったり、福島のことについて考えてくださると嬉しいです。
たしかに、監督が語ってくれたように、この映画を観るまでは第五福龍丸以外の船が被ばくしていたことも、それによって日本全土が被ばくしていたという事実も知ることはなかっただろう。
伊東:僕がこの映画を作ったのは、この事件の解決が目的なんです。僕は、この事件を解決するためならなんでもやりたいと思っているんです。被ばく者たちが自分の死をもって訴えているというのが現状で、そんなことは許されるはずがありませんよね。具体的に言うと、被ばく者手帳の交付や遺族の方への補償や医療補償など、そういうことは当たり前ですし、彼らの死が犬死にならないように、国民が知ったうえで、みんなで福島について考える、そのために僕が存在していると思っています。そして、もうひとつの目的は自主上映です。自主上映をすることによって、そこの地域の方に調査をしていただきたいんです。全国でここにも、あそこにもと声が上がることによって、大きなデータベースが出来上がることによって、解決につながっていくと思います。結局、事実を事実としてきちんと伝えることが大切なんだと思うんです。事実をちゃんと伝えないから風評被害につながってしまうと思うので、政府にはそういうことをきちんとしてほしいですね。
(2012年11月11日更新)
●11月23日(金・祝)まで、
シアターセブンにて上映中
●11月24日(土)~12月7日(金)、
京都みなみ会館にて公開
【公式サイト】
http://x311.info/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/160266/